白痴 9

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坂口安吾の小説。

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(かれらのぼうしやちょうはつやねくたいやぶるーすはげいじゅつかであったが、)

彼等の帽子や長髪やネクタイや上着(ブルース)は芸術家であったが、

(かれらのたましいやこんじょうはかいしゃいんよりもかいしゃいんてきであった。)

彼等の魂や根性は会社員よりも会社員的であった。

(いざわはげいじゅつのどくそうをしんじ、)

伊沢は芸術の独創を信じ、

(こせいのどくじせいをあきらめることができないので、)

個性の独自性を諦めることができないので、

(ぎりにんじょうのせいどのなかであんそくすることができないばかりか、)

義理人情の制度の中で安息することができないばかりか、

(そのぼんようさとていぞくひれつなたましいをにくまずにいられなかった。)

その凡庸さと低俗卑劣な魂を憎まずにいられなかった。

(かれはととうののけものとなり、あいさつしてもへんじもされず、)

彼は徒党の除け者となり、挨拶しても返事もされず、

(なかにはにらむものもある。)

中には睨む者もある。

(おもいきってしゃちょうしつへのりこんで、)

思いきって社長室へ乗込んで、

(せんそうとげいじゅつせいのひんこんとにりろんじょうのひつぜんせいがありますか。)

戦争と芸術性の貧困とに理論上の必然性がありますか。

(それともぐんぶのいしですか、)

それとも軍部の意思ですか、

(ただげんじつをうつすだけならかめらとゆびがにさんほんあるだけでたくさんですよ。)

ただ現実を写すだけならカメラと指が二三本あるだけで沢山ですよ。

(いかなるあんぐるによってこれをさいだんし)

如何なるアングルによって之を裁断し

(げいじゅつにこうせいするかというとくべつなしめいのために)

芸術に構成するかという特別な使命のために

(われわれげいじゅつかのそんざいがーーしゃちょうはとちゅうにかおをそむけて)

我々芸術家の存在がーー社長は途中に顔をそむけて

(にがりきってたばこをふかし、)

苦りきって煙草をふかし、

(おまえはなぜかいしゃをやめないのか、)

お前はなぜ会社をやめないのか、

(ちょうようがこわいからか、というかおつきでくしょうをはじめ、)

徴用が怖いからか、という顔附で苦笑をはじめ、

(かいしゃのきかくどおりせけんなみのしごとにせいをだすだけで、)

会社の企画通り世間なみの仕事に精をだすだけで、

(それでげっきゅうがもらえるならよけいなことをかんがえるな、)

それで月給が貰えるならよけいなことを考えるな、

など

(なまいきすぎるというかおつきになり、)

生意気すぎるという顔附になり、

(ひとこともへんじせずに、かえれというみぶりをしめすのであった。)

一言も返事せずに、帰れという身振りを示すのであった。

(せんぎょうちゅうのせんぎょうでなくてなにものであろうか。)

賤業中の賤業でなくて何物であろうか。

(ひとおもいにへいたいにとられ、)

ひと思いに兵隊にとられ、

(かんがえるくるしさからすくわれるなら、)

考える苦しさから救われるなら、

(だんがんもきがもむしろたいへいらくのようにすらおもわれるときがあるほどだった。)

弾丸も飢餓もむしろ太平楽のようにすら思われる時があるほどだった。

(いざわのかいしゃでは「らばうるをおとすな」とか)

伊沢の会社では「ラバウルを陥(おと)すな」とか

(「ひこうきをらばうるへ!」とか)

「飛行機をラバウルへ!」とか

(きかくをたてこんてをつくっているうちに)

企画をたてコンテを作っているうちに

(べいぐんはもうらばうるをとおりこしてさいぱんにじょうりくしていた。)

米軍はもうラバウルを通りこしてサイパンに上陸していた。

(「さいぱんけっせん!」きかくかいぎもおわらぬうちにさいぱんぎょくさい、)

「サイパン決戦!」企画会議も終らぬうちにサイパン玉砕、

(そのさいぱんからべいきがずじょうにとびはじめている。)

そのサイパンから米機が頭上にとびはじめている。

(「しょういだんのけしかた」「そらのたいあたり」)

「焼夷弾の消し方」「空の体当り」

(「じゃがいものつくりかた」「いっきもいきてかえすまじ」)

「ジャガ芋の作り方」「一機も生きて返すまじ」

(「せつでんとひこうき」ふしぎなじょうねつであった。)

「節電と飛行機」不思議な情熱であった。

(そこしれぬたいくつをうえつけるきみょうなえいががつぎつぎとつくられ、)

底知れぬ退屈を植えつける奇妙な映画が次々と作られ、

(なまふぃるむはけつぼうし、うごくかめらはすくなくなり、)

生フィルムは欠乏し、動くカメラは少なくなり、

(げいじゅつかたちのじょうねつははくねつてきにきょうそうし)

芸術家達の情熱は白熱的に狂躁し

(「かみかぜとっこうたい」「ほんどけっせん」「ああさくらはちりぬ」)

「神風特攻隊」「本土決戦」「ああ桜は散りぬ」

(なにものかにつかれたごとくかれらのしじょうはこうふんしている。)

何ものかに憑かれた如く彼等の詩情は興奮している。

(そしてあおざめたかみのごとくたいくつむげんのえいががつくられ、)

そして蒼あおざめた紙の如く退屈無限の映画がつくられ、

(あしたのとうきょうははいきょになろうとしていた。)

明日の東京は廃墟になろうとしていた。

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