白痴 16

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坂口安吾の小説。

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問題文

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(どとうのじだいにびがなにものだい。げいじゅつはむりょくだ!)

怒濤の時代に美が何物だい。芸術は無力だ!

(というぶちょうのばかばかしいおおごえが、)

という部長の馬鹿馬鹿しい大声が、

(いざわのむねにまるでちがったしんじつをこめ)

伊沢の胸にまるで違った真実をこめ

(するどいそしてきょだいなちからでくいこんでくる。)

鋭いそして巨大な力で食いこんでくる。

(ああにほんはまける。)

ああ日本は敗ける。

(どろにんぎょうのくずれるようにどうほうたちがばたばたたおれ、)

泥人形のくずれるように同胞たちがバタバタ倒れ、

(ふきあげるこんくりーとや)

吹きあげるコンクリートや

(れんがのくずといっしょくたに)

煉瓦の屑と一緒くたに

(むすうのあしだのくびだのうでだのがまいあがり、)

無数の脚だの首だの腕だのが舞いあがり、

(きもたてものもなにもないたいらなぼちになってしまう。)

木も建物も何もない平な墓地になってしまう。

(どこへにげ、どのあなへおいつめられ、)

どこへ逃げ、どの穴へ追いつめられ、

(どこであなもろともふきとばされてしまうのだか、)

どこで穴もろとも吹きとばされてしまうのだか、

(ゆめのような、けれどもそれはもしいきのこることができたら、)

夢のような、けれどもそれはもし生き残ることができたら、

(そのしんせんなさいせいのために、)

その新鮮な再生のために、

(そしてぜんぜんよそくのつかないしんせかい、)

そして全然予測のつかない新世界、

(いしくずだらけののはらのうえのせいかつのために、)

石屑だらけの野原の上の生活のために、

(いざわはむしろこうきしんがうずくのだった。)

伊沢はむしろ好奇心がうずくのだった。

(それははんとしかいちねんさきのとうぜんおとずれるうんめいだったが、)

それは半年か一年さきの当然訪れる運命だったが、

(そのおとずれのとうぜんさにもかかわらず、)

その訪れの当然さにも拘わらず、

(ゆめのなかのせかいのようなはるかなたわむれにしかいしきされていなかった。)

夢の中の世界のような遥かな戯れにしか意識されていなかった。

など

(めのさきのすべてをふさぎ、)

眼のさきの全てをふさぎ、

(いきるきぼうをねこそぎさらいさるたったにひゃくえんのけっていてきなちから、)

生きる希望を根こそぎさらい去るたった二百円の決定的な力、

(ゆめのなかにまでにひゃくえんにくびをしめられ、)

夢の中にまで二百円に首をしめられ、

(うなされ、まだにじゅうななのせいしゅんのあらゆるじょうねつがひょうはくされて、)

うなされ、まだ二十七の青春のあらゆる情熱が漂白されて、

(げんじつにすでにあんこくのこうやのうえをぼうぼうとあるくだけではないか。)

現実にすでに暗黒の曠野の上を茫々と歩くだけではないか。

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