白痴 24

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坂口安吾の小説。

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(さんがつとおかのだいくうしゅうのやけあともまだふきあげるけむりをくぐって)

三月十日の大空襲の焼跡もまだ吹きあげる煙をくぐって

(いざわはあてもなくあるいていた。)

伊沢は当(あて)もなく歩いていた。

(にんげんがやきとりとおなじようにあっちこっちにしんでいる。)

人間が焼鳥と同じようにあっちこっちに死んでいる。

(ひとかたまりにしんでいる。まったくやきとりとおなじことだ。)

ひとかたまりに死んでいる。まったく焼鳥と同じことだ。

(こわくもなければ、きたなくもない。)

怖くもなければ、汚くもない。

(いぬとならんでおなじようにやかれているしたいもあるが、)

犬と並んで同じように焼かれている死体もあるが、

(それはまったくいぬじにで、しかしそこにはそのいぬじにのひつうさもかんがいすらもありはしない。)

それは全く犬死で、然しそこにはその犬死の悲痛さも感慨すらも有りはしない。

(にんげんがいぬのごとくにしんでいるのではなく、)

人間が犬の如くに死んでいるのではなく、

(いぬと、そして、それとおなじようななにものかが、)

犬と、そして、それと同じような何物かが、

(ちょうどひとさらのやきとりのようにもられならべられているだけだった。)

ちょうど一皿の焼鳥のように盛られ並べられているだけだった。

(いぬでもなく、もとよりにんげんですらもない。)

犬でもなく、もとより人間ですらもない。

(はくちのおんながやけしんだら  つちからつくられたにんぎょうがつちにかえるだけではないか。)

白痴の女が焼け死んだら土から作られた人形が土にかえるだけではないか。

(もしこのまちにしょういだんのふりそそぐよるがきたら・・・・・・いざわはそれをかんがえると、)

もしこの街に焼夷弾のふりそそぐ夜がきたら……伊沢はそれを考えると、

(へんにおちついてしずみかんがえているじぶんのすがたとじぶんのかお、)

変に落着いて沈み考えている自分の姿と自分の顔、

(じぶんのめをいしきせずにいられなかった。おれはおちついている。)

自分の目を意識せずにいられなかった。俺は落着いている。

(そして、くうしゅうをまっている。)

そして、空襲を待っている。

(よかろう。かれはせせらわらうのだった。)

よかろう。彼はせせら笑うのだった。

(おれはただしゅうあくなものがきらいなだけだ。)

俺はただ醜悪なものが嫌いなだけだ。

(そして、もともとたましいのないにくたいがやけてしぬだけのことではないか。)

そして、元々魂のない肉体が焼けて死ぬだけのことではないか。

(おれはおんなをころしはしない。おれはひれつで、ていぞくなおとこだ。)

俺は女を殺しはしない。俺は卑劣で、低俗な男だ。

など

(おれにはそれだけのどきょうはない。だが、せんそうがたぶんおんなをころすだろう。)

俺にはそれだけの度胸はない。だが、戦争がたぶん女を殺すだろう。

(そのせんそうのれいこくなてをおんなのずじょうへむけるための)

その戦争の冷酷な手を女の頭上へ向けるための

(ちょっとしたてがかりだけをつかめばいいのだ。おれはしらない。)

ちょっとした手掛りだけをつかめばいいのだ。俺は知らない。

(たぶん、なにかあるしゅんかんが、それをしぜんにかいけつしているにすぎないだろう。)

多分、何かある瞬間が、それを自然に解決しているにすぎないだろう。

(そしていざわはくうしゅうをきわめてれいせいにまちかまえていた。)

そして伊沢は空襲をきわめて冷静に待ち構えていた。

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