江戸川乱歩 芋虫 -8-(終)
順位 | 名前 | スコア | 称号 | 打鍵/秒 | 正誤率 | 時間(秒) | 打鍵数 | ミス | 問題 | 日付 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | miko | 5983 | A+ | 6.1 | 97.3% | 428.7 | 2636 | 71 | 46 | 2024/11/08 |
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問題文
(「じさつをしたのかもしれませんわ」)
「自殺をしたのかもしれませんわ」
(かのじょはおどおどとろうじんのかおをながめて、いろをうしなったくちびるをふるわせながらいった。)
彼女はオドオドと老人の顔を眺めて、色を失った唇を震わせながら言った。
(わしおけにきゅうがほうぜられ、めしつかいたちがてにてにちょうちんをもって、)
鷲尾家に急が報ぜられ、召使いたちが手に手に提灯を持って、
(おもやとはなれざしきのあいだのざっそうのにわにあつまった。)
母屋と離れ座敷のあいだの雑草の庭に集まった。
(そして、てわけをしてていないのあちこちと、やみよのそうさくがはじめられた。)
そして、手分けをして庭内のあちこちと、闇夜の捜索がはじめられた。
(ときこは、わしおろうじんのあとについて、かれのふりかざすちょうちんのあわいひかりをたよりに、)
時子は、鷲尾老人のあとについて、彼の振りかざす提灯の淡い光をたよりに、
(ひどいむなさわぎをかんじながらあるいていた。あのはしらには「ゆるす」とかいてあった。)
ひどい胸騒ぎを感じながら歩いていた。あの柱には「許す」と書いてあった。
(あれはかのじょがさきにふぐしゃのむねに「ゆるして」とかいたことばのへんじにちがいない。)
あれは彼女が先に不具者の胸に「ユルシテ」と書いた言葉の返事に違いない。
(かれは「わたしはしぬ。けれど、おまえのこういにりっぷくしてではないのだよ。あんしんおし」)
彼は「私は死ぬ。けれど、お前の行為に立腹してではないのだよ。安心おし」
(といっているのだ。)
と言っているのだ。
(このかんだいさがいっそうかのじょのむねをいたくした。かのじょは、あのてあしのないふぐしゃが、)
この寛大さがいっそう彼女の胸を痛くした。彼女は、あの手足のない不具者が、
(まともにおりることはできないで、ぜんしんではしごだんをいちだんいちだんおちなければ)
まともに降りることはできないで、全身で梯子段を一段々々落ちなければ
(ならなかったことをおもうと、かなしさとおそろしさに、そうけだつようであった。)
ならなかったことを思うと、悲しさと恐ろしさに、総毛立つようであった。
(しばらくあるいているうちに、かのじょはふとあることにおもいあたった。)
しばらく歩いているうちに、彼女はふと或ることに思い当たった。
(そして、そっとろうじんにささやいた。)
そして、ソッと老人にささやいた。
(「このすこしさきに、ふるいどがございましたわね」)
「この少し先に、古井戸がございましたわね」
(「うん」)
「ウン」
(ろうしょうしょうはただうなずいたばかりで、そのほうへすすんでいった。)
老少将はただ肯いたばかりで、その方へ進んで行った。
(ちょうちんのひかりは、くうばくたるやみのなかの、ほういっけんほどをうすぼんやりと)
提灯の光は、空漠たる闇の中の、方一間ほどを薄ぼんやりと
(あかるくするにすぎなかった。)
明かるくするにすぎなかった。
(「ふるいどはこのへんにあったが」)
「古井戸はこの辺にあったが」
(わしおろうじんはひとりごとをいいながら、ちょうちんをふりかざし、できるだけとおくのほうを)
鷲尾老人は独り言を言いながら、提灯を振りかざし、できるだけ遠くの方を
(みきわめようとした。)
見きわめようとした。
(そのとき、ときこはふとなにかのよかんにおそわれて、たちどまった。みみをすますと、)
その時、時子はふと何かの予感に襲われて、立ち止まった。耳をすますと、
(どこやらで、へびがくさをわけてはしっているような、かすかなおとがしていた。)
どこやらで、蛇が草を分けて走っているような、かすかな音がしていた。
(かのじょもろうじんも、ほとんどどうじにそれをみた。そして、かのじょはもちろん、)
彼女も老人も、ほとんど同時にそれを見た。そして、彼女はもちろん、
(ろうしょうぐんさえもが、あまりのおそろしさに、くぎづけにされたように、)
老将軍さえもが、あまりの恐ろしさに、釘づけにされたように、
(そこにたちすくんでしまった。)
そこに立ちすくんでしまった。
(ちょうちんのひがやっととどくかとどかぬかの、うすくらがりに、おいしげるざっそうのあいだを、)
提灯の火がやっと届くか届かぬかの、薄くらがりに、生い茂る雑草のあいだを、
(まっくろないちぶつが、のろのろとうごめいていた。そのものは、ぶきみなはちゅうるいの)
まっ黒な一物が、のろのろとうごめいていた。その物は、無気味な爬虫類の
(かっこうで、かまくびをもたげて、じっとぜんぽうをうかがい、おしだまって、どうたいを)
格好で、かま首をもたげて、じっと前方をうかがい、押しだまって、胴体を
(なみのようにうねらせ、どうたいのよすみについたこぶみたいなとっきぶつで、もがくように)
波のようにうねらせ、胴体の四隅についた瘤みたいな突起物で、もがくように
(じめんをかきながら、きょくどにあせっているのだけれど、きもちばかりでからだが)
地面を掻きながら、極度にあせっているのだけれど、気持ばかりでからだが
(いうことをきかぬといったかんじで、じりりじりりとぜんしんしていた。)
いうことを聞かぬといった感じで、ジリリジリリと前進していた。
(やがて、もたげていたかまくびが、とつぜんがくんとさがって、しかいからきえた。)
やがて、もたげていた鎌首が、突然ガクンと下がって、視界から消えた。
(いままでよりは、ややはげしいはずれのおとがしたかとおもうと、からだぜんたいが)
今までよりは、やや烈しい葉擦れの音がしたかと思うと、からだ全体が
(さかとんぼをうって、ずるずるとじめんのなかへ、ひきいれられるように、)
さかとんぼを打って、ズルズルと地面の中へ、引き入れられるように、
(みえなくなってしまった。そして、はるかのちのそこから、どぼんと、)
見えなくなってしまった。そして、遙かの地の底から、ドボンと、
(にぶいみずおとがきこえてきた。)
鈍い水音が聞こえてきた。
(そこに、くさにかくれて、ふるいどのくちがひらいていたのである。)
そこに、草に隠れて、古井戸の口がひらいていたのである。
(ふたりはそれをみとどけても、きゅうにはそこへかけよるげんきもなく、ほうしんしたように、)
二人はそれを見届けても、急にはそこへ駈け寄る元気もなく、放心したように、
(いつまでもたちつくしていた。)
いつまでも立ちつくしていた。
(まことにへんてこだけれど、そのあわただしいせつなに、ときこは、やみよにいっぴきの)
まことに変てこだけれど、そのあわただしい刹那に、時子は、闇夜に一匹の
(いもむしが、なにかのきのかれえだをはっていて、えだのせんたんのところへくると、ふじゆうな)
芋虫が、何かの木の枯枝を這っていて、枝の先端のところへくると、不自由な
(わがみのおもみで、ぽとりと、したのまっくろなくうかんへ、そこしれず)
わが身の重みで、ポトリと、下のまっくろな空間へ、底知れず
(おちていくこうけいを、ふとまぼろしにえがいていた。)
落ちて行く光景を、ふと幻に描いていた。