日記帳2 江戸川乱歩
江戸川乱歩の小説「日記帳」です。
今はあまり使われていない、漢字や読み方、表現などがありますが、原文のままです。
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問題文
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(それではおとうとはゆきえさんをこいしていたのかもしれない。)
それでは弟は雪枝さんを恋していたのかもしれない。
(わたしはふとそんなきがしました。そこでわたしは、いっしゅのあわいせんりつをおぼえながら、)
私はふとそんな気がしました。そこで私は、一種の淡い戦慄を覚ながら、
(なおもそのさきを、ひもといてみましたけれど、わたしのいきごんだよきにはんして、)
なおもその先を、ひもといて見ましたけれど、私の意気込んだ予期に反して、
(にっきのほんぶんには、すこしもゆきえさんはあらわれてこないのでした。)
日記の本文には、少しも雪枝さんは現れて来ないのでした。
(ただ、そのよくじつのじゅしんらんに「きたがわゆきえ(はがき)」とあるのをはじめに)
ただ、その翌日の受信欄に「北川雪枝(葉書)」とあるのを始めに
(すうじつのあいだをおいては、じゅしんらんとはっしんらんのそうほうにゆきえさんのなまえが)
数日の間をおいては、受信欄と発信欄の双方に雪枝さんの名前が
(しるされているばかりなのです。)
記されているばかりなのです。
(そして、それもはっしんのほうはさんがつここのかからごがつにじゅういちにちまで、)
そして、それも発信の方は三月九日から五月二十一日まで、
(じゅしんのほうもおなじじぶんにはじまってごがつじゅうしちにちまで、りょうほうともさんがつに)
受信の方も同じ時分に始まって五月十七日まで、両方とも三月に
(たらぬみじかいきかんつづいているだけで、それいごには、)
足らぬ短い期間続いているだけで、それ以後には、
(おとうとのびょうじょうがすすんでふでをとることもできなくなったとつきなかばにいたるまで、)
弟の病状が進んで筆をとることも出来なくなった十月なかばに至るまで、
(そのかれのぜっぴつともいうべきさいごのぺーじにすら、)
その彼の絶筆ともいうべき最後のページにすら、
(いちどもゆきえさんのなまえはでていないのでした。)
一度も雪枝さんの名前は出ていないのでした。
(かぞえてみれば、かれのほうからはちかい、ゆきえさんのほうからはじゅっかいのぶんつうが)
数えて見れば、彼の方からは八回、雪枝さんの方からは十回の文通が
(あったにすぎず、しかもかれのにもゆきえさんのにも、ことごとく「はがき」と)
あったに過ぎず、しかも彼のにも雪枝さんのにも、ことごとく「葉書」と
(しるしてあるのをみると、それにはたぶんをはばかるようなしゅるいのぶんげんが)
記してあるのを見ると、それには他聞をはばかる様な種類の文言が
(しるしてあったともかんがえられません。そして、またにっきちょうのぜんたいのちょうしから)
記してあったとも考えられません。そして、また日記帳の全体の調子から
(さっするのに、じっさいはそれいじょうのことみがあったのを、かれがわざとかかないで)
察するのに、実際はそれ以上の事実があったのを、彼がわざと書かないで
(おいたものともおもわれぬのです。)
おいたものとも思われぬのです。
(わたしはあんしんともしつぼうともつかぬかんじで、にっきちょうをとじました。そして、)
私は安心とも失望ともつかぬ感じで、日記帳をとじました。そして、
など
(おとうとはやっぱりこいをしらずにしんだのかと、さびしいきもちになったことでした。)
弟はやっぱり恋を知らずに死んだのかと、寂しい気持になったことでした。