指環2 江戸川乱歩
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問題文
(aふん、ではやっぱりそうだったのかね。)
A フン、ではやっぱりそうだったのかね。
(bおめえもなかなかすみへはおけないよ。あのとき、おれがそっとまどからなげだした)
B お前も中々隅へは置けないよ。あの時、俺がソッと窓から投げ出した
(みかんのことをひとこともいわないで、けんとうをつけておいて、あとからひろいに)
蜜柑のことを一言も云わないで、見当をつけて置いて、後から拾いに
(でかけるなんざあ、どうして、くろうとだよ。)
出掛けるなんざあ、どうして、玄人だよ。
(aなるほど、おれはずいぶんすばしっこくたちまわったつもりだ。)
A 成程、俺は随分すばしっこく立ち廻った積りだ。
(それが、ちゃんとおめえにせんてをうたれているんだからかなわねえ。)
それが、ちゃんとおめえに先手を打たれているんだから叶わねえ。
(おれがひろったのはただのくされみかんがいつつよ。)
俺が拾ったのはただの腐れ蜜柑が五つよ。
(bおれがまどからなげたのもいつつだったぜ。)
B 俺が窓から投げたのも五つだったぜ。
(aばかいいねえ。あのいつつはみなむきずだった。ゆびわをぬきとったあとなんか)
A 馬鹿云いねえ。あの五つは皆無傷だった。指環を抜き取った跡なんか
(ありゃしなかったぜ。いわくつきのやつあ、ちゃんとおめえがさきまわりして)
ありゃしなかったぜ。曰くつきの奴あ、ちゃんとおめえが先廻りして
(ひろっちまったんだろう。)
拾っちまったんだろう。
(bはははははは。あにはからんや、そうじゃねえんだからおわらいぐさだ。)
B ハハハハハハ。豈に計らんや、そうじゃねえんだからお笑い草だ。
(aおや、これはおかしい。)
A オヤ、これはおかしい。
(じゃ、なんのためにあのみかんをまどからほうりだしたんだね。)
じゃ、何の為にあの蜜柑を窓から抛り出したんだね。
(bまあかんがえてもみねえ。せっかくいのちがけでちょうだいしたしなものをよ。)
B まあ考えても見ねえ。折角命懸けで頂戴した品物をよ。
(たといみかんのなかへおしこんだとしてもよ。だれにひろわれるかわかりもしねえせんろの)
仮令蜜柑の中へ押込んだとしてもよ。誰に拾われるかわかりもしねえ線路の
(わきなぞへほうられるものかね。おめえがのこのこひろいにいくまで)
側なぞへ抛られるものかね。おめえがノコノコ拾いに行くまで
(もとのところにおちていたなぞは、とんだふしぎというもんだ。)
元の所に落ちていたなぞは、飛んだ不思議と云うもんだ。
(aそれじゃやっぱりみかんをほうったわけがわからないじゃないか。)
A それじゃやっぱり蜜柑を抛った訳が分らないじゃないか。
(bまあききねえ、こういうわけだ。あのときはしょうしょうどじをふんでね、ていしゅやろうに)
B まあ聞きねえ、こういう訳だ。あの時は少々どじを踏んでね、亭主野郎に
(かんぐられてしまったものだから、こいつはあぶないとおおあわてにあわてて)
勘ぐられてしまったものだから、こいつは危いと大慌てに慌てて
(にげだしたんだ。どうするひまもありゃしねえ。だが、おめえのとなりのせきまで)
逃げ出したんだ。どうする暇もありゃしねえ。だが、おめえの隣の席迄
(きてようすをみると、きゅうにおっかけてくるようでもねえ。)
来て様子を見ると、急に追っかけて来る様でもねえ。
(さてはしゃしょうにしらせているんだな、こいつはいよいよゆだんがならねえと)
さては車掌に知らせているんだな、こいつは愈々油断がならねえと
(きがきじゃないんだが、さていっけんのものをどうしまつしたらいいのか、)
気が気じゃないんだが、さて一件の物をどう始末したらいいのか、
(とっさのばあいでひごろじまんのちけいもでねえ。)
咄嗟の場合で日頃自慢の知慧も出ねえ。
(はずかしいばなしだが、ただもういらいらしちまってね。)
恥しい話だが、ただもうイライラしちまってね。
(aなるほど)
A なる程
(bすると、ふっとうまいことをかんがえついたんだ。)
B すると、フッとうまい事を考えついたんだ。
(というのが、れいのみかんのいっけんさ。よもやおめえが、あれをみてだまって)
というのが、例の蜜柑の一件さ。よもやおめえが、あれを見て黙って
(いようたあおもわなかったんだ。きっとてがらがおにふいちょうするにちがいない。)
いようたあ思わなかったんだ。きっと手柄顔に吹聴するに違いない。
(そうしておれがみかんのふくろをなげたとわかりゃ、みなのあたまがそっちへむかうと)
そうして俺が蜜柑の袋を投げたと分りゃ、皆の頭がそっちへ向かうと
(いうもんじゃねえか。みかんのなかへしなものをしのばせておいてあとから)
いうもんじゃねえか。蜜柑の中へ品物をしのばせて置いて後から
(ひろいにいくなんざあふるいてだからね。だれだってかんづかあね。)
拾いに行くなんざあ古い手だからね。誰だって感づかあね。
(そうなるてえと、たといしらべるにしてからが、このおとこはもうしなものを)
そうなるてえと、仮令検べるにしてからが、この男はもう品物を
(もっちゃいねえというあたまでしらべるんだから、しぜんおろそかにもなろうてもんだ。)
持っちゃいねえと云う頭で検べるんだから、自然おろそかにもなろうてもんだ。
(ね、わかったかね。)
ね、分ったかね。
(aなるほど、かんがえやがったな。こいつあいっぱいくらわされたね。)
A 成程、考えやがったな。こいつあ一杯喰わされたね。