「踊る一寸法師」1 江戸川乱歩
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問題文
(「おい、ろくさん、なにをぼんやりしてるんだな。ここへきて、おまえもいっぱい)
「オイ、緑さん、何をぼんやりしてるんだな。ここへ来て、お前も一杯
(おしょうばんにあずかんねえ」)
御相伴にあずかんねえ」
(にくじゅばんのうえに、むらさきじゅすにきんしでふちどりをしたさるまたをはいたおとこが、)
肉襦袢の上に、紫繻子に金糸でふち取りをした猿股をはいた男が、
(かがみをぬいたさかだるのまえにたちはだかって、みょうにやさしいこえでいった。)
鏡を抜いた酒樽の前に立ちはだかって、妙に優しい声で云った。
(そのちょうしが、なんとなくいみありげだったので、さけにきをとられていた、)
その調子が、何となく意味あり気だったので、酒に気をとられていた、
(いちざのだんじょがいっせいにろくさんのほうをみた。)
一座の男女が一斉に緑さんの方を見た。
(ぶたいのすみの、まるたのはしらによりかかって、とおくのほうからどうりょうたちのしゅえんの)
舞台の隅の、丸太の柱によりかかって、遠くの方から同僚達の酒宴の
(ようすをながめていたいっすんぼうしのろくさんは、そういわれると、いつものとおり、)
様子を眺めていた一寸法師の緑さんは、そう云われると、いつもの通り、
(さもさもこうじんぶつらしく、おおきなくちをまげて、にやにやとわらった。)
さもさも好人物らしく、大きな口を曲げて、ニヤニヤと笑った。
(「おらぁ、さけはだめなんだよ」それをきくと、すこしよいのまわったかるわざしたちは、)
「おらぁ、酒は駄目なんだよ」それと聞くと、少し酔の廻った軽業師達は、
(おもしろそうにこえをだしてわらった。おとこたちのしおからごえと、ふとったおんなどものかんだかいこえとが、)
面白そうに声を出して笑った。男達の鹽辛声と、肥った女共の甲高い声とが、
(ひろいてんとばりのなかにはんきょうした。)
広いテント張りの中に反響した。
(「おまえのげこはいわなくったってわかってるよ。)
「お前の下戸は云わなくったって分ってるよ。
(だが、きょうはとくべつじゃねえか。おおあたりのおいわいだ。)
だが、今日は特別じゃねえか。大当たりのお祝いだ。
(なんぼふぐしゃだって、そうつきあいをわるくするものじゃねえ」)
何ぼ不具者だって、そうつき合いを悪くするものじゃねえ」
(むらさきじゅばんのさるまたが、もういちどやさしくくりかえした。)
紫襦袢の猿股が、もう一度優しく繰返した。
(いろのくろい、くちびるのあつい、しじゅうかっこうのがんじょうなおとこだ。)
色の黒い、脣の厚い、四十格好の巖乗な男だ。
(「おらあ、さけはだめなんだよ」)
「おらあ、酒は駄目なんだよ」
(やっぱりにやにやわらいながら、いっすんぼうしがこたえた。)
やっぱりニヤニヤ笑いながら、一寸法師が答えた。
(じゅういちにさいのこどものどうたいに、さんじゅうおとこのかおをくっつけたようなかいぶつだ。)
十一二歳の子供の胴体に、三十男の顔をくっつけた様な怪物だ。
(あたまのはちがふくすけのようにひらいて、らっきょうがたのかおには、)
頭の鉢が福助の様に開いて、らっきょう型の顔には、
(くもがあしをひろげたような、ふかいしわと、きょろりとしたおおきなめと、)
蜘蛛が足を広げた様な、深い皺と、キョロリとした大きな眼と、
(まるいはなと、わらうときにはみみまでさけるのではないかとおもわれるおおきなくちと、)
丸い鼻と、笑う時には耳までさけるのではないかと思われる大きな口と、
(そして、はなのしたのうすぐろいぶしょうひげとが、ふちょうわについていた。)
そして、鼻の下の薄黒い無精髭とが、不調和についていた。
(あおじろいかおにくちびるだけがみょうにまっかだった。)
青白い顔に脣だけが妙に真赤だった。
(「ろくさん、わたしのおしゃくなら、うけてくれるわね」びじんたまのりのおはなが、)
「緑さん、私のお酌なら、受けて呉れるわね」美人玉乗りのお花が、
(さけのためにあかくほてったかおに、びしょうをうかべて、さもじしんありげにくちをいれた。)
酒の為に赤くほてった顔に、微笑を浮べて、さも自身ありげに口を入れた。
(むらじゅうのひょうばんになった、このおはなのなまえは、わたしもおぼえていた。)
村中の評判になった、このお花の名前は、私も覚えていた。
(いっすんぼうしは、おはなにしょうめんからみつめられて、ちょっとたじろいだ。)
一寸法師は、お花に正面から見つめられて、一寸たじろいだ。
(かれのかおにはいっせつなふしぎなひょうじょうがあらわれた。あれがかいぶつのしゅうちであろうか。)
彼の顔には一刹那不思議な表情が現れた。あれが怪物の羞恥であろうか。
(しかし、しばらくもじもじしたあとで、かれはやっぱりおなじことをくりかえした。)
併し、暫くもじもじしたあとで、彼はやっぱり同じことを繰返した。