「踊る一寸法師」3 江戸川乱歩
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問題文
(てんでんにはなしあったり、ふざけあったりしていたれんちゅうが、だんだんそのうたの)
てんでんに話し合ったり、ふざけ合ったりしていた連中が、段々その歌の
(ちょうしにひきいれられて、ついにはぜんいんのがっしょうとなった。きがつかぬまに)
調子に引き入れられて、遂には全員の合唱となった。気がつかぬ間に
(さっきのわかいかるわざしがもってきたのであろう、しゃみせん、つづみ、かね、ひょうしぎなどの)
さっきの若い軽業師が持ってきたのであろう、三味線、鼓、鉦、拍子木などの
(ばんそうがはいっていた。みみをろうせんばかりの、ふしぎなるいちだいこうきょうがくが、)
伴奏が入っていた。耳をろうせんばかりの、不思議なる一大交響楽が、
(てんとをゆるがした。かしのくぎりくぎりには、おそろしいどごうとはくしゅがおこった。)
テントをゆるがした。歌詞の句切り句切りには、恐しい怒号と拍手が起った。
(おとこもおんなも、よいがまわるにつれて、ぜんじきょうてきにはしゃぎまわった。)
男も女も、酔が廻るにつれて、漸次狂的にはしゃぎ廻った。
(そのうちで、いっすんぼうしとむらさきじゅすは、まだあらそいつづけていた。ろくさんはもうまるたを)
その中で、一寸法師と紫繻子は、まだ争いつづけていた。緑さんはもう丸太を
(はなれて、えへえへわらいながら、こざるのようににげまわっていた。)
離れて、エヘエヘ笑いながら、小猿の様に逃げ廻っていた。
(そうなるとかれはなかなかびんしょうだった。おおおとこのむらさきじゅすは、ていのうのいっすんぼうしに)
そうなると彼はなかなか敏捷だった。大男の紫繻子は、低能の一寸法師に
(ばかにされて、しょうしょうかんしゃくをおこしていた。)
馬鹿にされて、少々癇癪を起していた。
(「このまめぞうめ、いまに、ほえづらかくな」)
「この豆蔵奴、今に、吠面かくな」
(かれはそんないかくのことばをどなりながらおっかけた。)
彼はそんな威嚇の言葉を怒鳴りながら追っかけた。
(「ごめんよ。ごめんよ。」)
「御免よ。御免よ。」
(さんじゅうづらのいっすんぼうしは、しょうがくせいのように、しんけんににげまわっていた。)
三十面の一寸法師は、小学生の様に、真剣に逃げ廻っていた。
(かれは、むらさきじゅすにとっつかまって、さかだるのなかへくびをおしつけられるのが、)
彼は、紫繻子にとっつかまって、酒樽の中へ首を押しつけられるのが、
(どんなにかおそろしかったのであろう。)
どんなにか恐ろしかったのであろう。
(そのこうけいは、ふしぎにもわたしにかるめんのころしばをおもいださせた、)
その光景は、不思議にも私にカルメンの殺し場を思出させた、
(とうぎゅうじょうからきこえてくる、きょうぼうなおんがくとかんせいにつれて、)
闘牛場から聞えてくる、狂暴な音楽と喊声につれて、
(おいつおわれつしている、ほせとかるめん、どうしたわけか、)
追いつ追われつしている、ホセとカルメン、どうした訳か、
(たぶんふくそうのせいであったろう、わたしはそれをれんそうした。)
多分服装のせいであったろう、私はそれを聯想した。
(いっすんぼうしはまっかなどうけやくのいしょうをつけていた。それを、にくじゅばんのむらさきじゅすが)
一寸法師は真赤な道化役の衣装をつけていた。それを、肉襦袢の紫繻子が
(おっかけるのだ。しゃみせんとかねとつづみとひょうしぎが、そして、やけくそなさんきょくばんざいが、)
追っかけるのだ。三味線と鉦と鼓と拍子木が、そして、やけくそな三曲万歳が、
(それをはやしたてるのだ。「さあ、とっつかまえたぞ、こんちくしょう」)
それを囃し立てるのだ。「サア、とっつかまえたぞ、こん畜生」
(ついにむらさきじゅすがかんせいをあげた。かわいそうなろくさんは、かれのがんじょうなりょうてのなかで、)
遂に紫繻子が喊声を上げた。可哀相な緑さんは、彼の巖乗な両手の中で、
(あおくなってふるえていた。「どいた、どいた」)
青くなってふるえていた。「どいた、どいた」
(かれはもがくいっすんぼうしをあたまのうえにさしあげて、こちらへやってきた。)
彼はもがく一寸法師を頭の上にさし上げて、こちらへやって来た。
(みなはうたうのをやめて、そのほうをみた。ふたりのあらあらしいはないきがきこえた。)
皆は歌うのを止めて、その方を見た。二人の荒々しい鼻息が聞こえた。
(あっとおもうまに、まっさかさまにつりさげられたいっすんぼうしのあたまが、ざぶっと)
アッと思う間に、真逆様につり下げられた一寸法師の頭が、ザブッと
(さかだるのなかにつかった。ろくさんのみじかいりょうてが、くうにもがいた。)
酒樽の中に漬った。緑さんの短い両手が、空に藻がいた。
(ぱちゃぱちゃとさけのしぶきがとびちった。)
パチャパチャと酒のしぶきが飛び散った。
(こうはくだんだらぞめのにくじゅばんや、にくいろのにくじゅばんや、あるいははんらたいのだんじょが、)
紅白段だら染の肉襦袢や、肉色の肉襦袢や、或いは半裸体の男女が、
(たがいにてをくみひざをあわせて、げらげらわらいながらけんぶつしていた。)
互に手を組み膝を合せて、ゲラゲラ笑いながら見物していた。
(だれもこのざんこくなゆうぎをとめようとはしなかった。)
誰もこの残酷な遊戯を止めようとはしなかった。