「踊る一寸法師」8 江戸川乱歩

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江戸川乱歩の小説「踊る一寸法師」です。
今はあまり使われていない漢字や、読み方、表現などがありますが、原文のままです。

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問題文

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(こおりのようにつめたいものがわたしのせなかをつたわって、すーっとあたまのてっぺんまで)

氷の様に冷いものが私の背中を伝って、スーッと頭のてっぺんまで

(かけあがった。わたしは、そのてーぶるのしたにはにまいのかがみがちょっかくに)

駆け上がった。私は、そのテーブルの下には二枚の鏡が直角に

(はりつめてあって、そのはいごに、ゆかしたのぬけみちをくぐってきた、おはなのどうたいが)

はりつめてあって、その背後に、床下の抜け道をくぐって来た、お花の胴体が

(あることをしっていた。こんなものはたいしてめずらしいてじなではなかった。)

あることを知っていた。こんなものは大して珍しい手品ではなかった。

(それにもかかわらず、わたしのこのおそろしいよかんはどうしたものであろう、それは、)

それにも拘らず、私のこの恐ろしい予感はどうしたものであろう、それは、

(いつものにゅうわなてじなつかいとちがって、あのふぐしゃの、ぶきみなようぼうのためであろうか。)

いつもの柔和な手品使と違って、あの不具者の、不気味な容貌の為であろうか。

(まっくろなはいけいのなかに、ひのころものような、まっかなどうけふくをきたいっすんぼうしが、)

真っ黒な背景の中に、緋の衣の様な、真赤な道化服を着た一寸法師が、

(だいのじにたちはだかっていた。そのあしもとにはちしおのついただんびらが)

大の字にたちはだかっていた。その足許には血潮のついたダンビラが

(ころがっていた。かれはけんぶつたちのほうをむいて、こえのない、かおいっぱいのわらいを)

転がっていた。彼は見物達の方を向いて、声のない、顔一杯の笑いを

(わらっていた。・・・・・だが、あのかすかなものおといったいなにであろう。それはもしや、)

笑っていた。・・・・・だが、あの幽かな物音一体何であろう。それは若しや、

(まっしろにむきだした、ふぐしゃのはとはがかちあうおとではないだろうか。)

真白にむき出した、不具者の歯と歯がカチ合う音ではないだろうか。

(けんぶつたちは、いぜんとしてなりをひそめていた。そして、おたがいが、)

見物達は、依然として鳴りをひそめていた。そして、お互が、

(まるでこわいものでもみるように、おたがいのかおをぬすみみていた。やがて、)

まるで怖いものでも見る様に、お互の顔をぬすみ見ていた。やがて、

(れいのむらさきじゅすがぬっくとたちあがった。そして、てーぶるめがけて、)

例の紫繻子がヌックと立上った。そして、テーブル目がけて、

(つかつかとにさんぽすすんだ。さすがにじっとしていられなかったのだ。)

ツカツカと二三歩進んだ。流石にじっとしていられなかったのだ。

(「ほほほほほほほほ」とつぜんはればれしいおんなのしょうせいがたった。)

「ホホホホホホホホ」突然晴々しい女の笑声が起った。

(「まめちゃんあじをやるわね。ほほほほほほほ」)

「豆ちゃん味をやるわね。ホホホホホホホ」

(それはいうまでもなくおはなのこえであった。かのじょのあおざめたくびが、)

それは云うまでもなくお花の声であった。彼女の青ざめた首が、

(てーぶるのうえでわらったのだった。そのくびを、いっすんぼうしはいきなりまた、)

テーブルの上で笑ったのだった。その首を、一寸法師はいきなり又、

(そででかくした。そして、つかつかとくろまくのうしろへはいっていった。)

袖で隠した。そして、ツカツカと黒幕のうしろへ這入って行った。

など

(あとには、からくりじかけのてーぶるだけがのこっていた。)

跡には、からくり仕掛けのテーブルだけが残っていた。

(けんぶつにんたちは、あまりにみごとなふぐしゃのえんぎに、しばらくためいきをつくばかりだった。)

見物人達は、余りに見事な不具者の演戯に、暫くため息をつくばかりだった。

(とうのてじなつかいさえもが、めをみはって、こえをのんでいた。が、やがて、)

当の手品使いさえもが、目をみはって、声を呑んでいた。が、やがて、

(わーっというときのこえが、こやをゆすった。「どうあげだ、どうあげだ」)

ワーッというときの声が、小屋をゆすった。「胴上げだ、胴上げだ」

(だれかが、そうさけぶと、かれらはいちだんになって、くろまくのうしろへとっしんした。)

誰かが、そう叫ぶと、彼等は一団になって、黒幕のうしろへ突進した。

(でいすいしゃたちは、そのひょうしにあしをとられて、ばたばたと、おりしげってたおれた。)

泥酔者達は、その拍子に足をとられて、バタバタと、折重って倒れた。

(そのうちのあるものは、おきあがって、またひょろひょろとはしった。)

その内のある者は、起上って、又ヒョロヒョロと走った。

(からになったさかだるのまわりには、すでにねいってしまったものどもが、)

空になった酒樽のまわりには、已に寐入って了った者共が、

(うおがしのまぐろのようにとりのこされていた。)

魚河岸の鮪の様に取残されていた。

(「おーい、ろくさーん」くろまくのうしろから、だれかのよびごえがきこえてきた。)

「オーイ、緑さーん」黒幕のうしろから、誰かの呼び声が聞えて来た。

(「ろくさん、かくれなくってもいいよ。でろよ」まただれかがさけんだ。)

「緑さん、隠れなくってもいいよ。出ろよ」又誰かが叫んだ。

(「おはなあねさあん」へんじはきこえなかった。わたしはいいがたききょうふにおののいた。)

「お花姉さあん」返事は聞えなかった。私は云い難き恐怖に戦いた。

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