通夜 -7-

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師匠シリーズ
以前cicciさんが更新してくださっていましたが、更新が止まってしまってしまったので、続きを代わりにアップさせていただきます。
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関連タイピング

問題文

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(ししょうのかたったしんじつ、それはかのじょのていじしただけのもので、)

師匠の語った真実、それは彼女の提示しただけのもので、

(けっしてたったひとつのたしかなものだというかくしょうはなかった。)

けっしてたった一つの確かなものだという確証はなかった。

(ぼくはさっきいおうとしてとめられたじぶんなりのしんじつをもういちどもちだして、)

僕はさっき言おうとして止められた自分なりの真実をもう一度持ち出して、

(たがいをくらべてみた。)

互いを比べてみた。

(くらべるとはっきりとわかる。)

比べるとはっきりと分かる。

(ししょうのしんじつはごういんなところもあるがほんすじはりろんてきで、)

師匠の真実は強引なところもあるが本筋は理論的で、

(たしゃをうなずかせるだけのものだった。)

他者を頷かせるだけのものだった。

(けれどたったひとつ、あきらかにかけているものがある。)

けれどたった一つ、明らかに欠けているものがある。

(それはこの、そふのおつやにもでられない、おもいつめたちいさなおんなのこにたいして)

それはこの、祖父のお通夜にも出られない、思いつめた小さな女の子に対して

(もっともひつようなものだった。)

もっとも必要なものだった。

(「どうして、そんな、おもいやりのないことをいうんです」)

「どうして、そんな、思いやりのないことを言うんです」

(ぼくはくちのなかでつぶやいた。)

僕は口の中で呟いた。

(かなしくなった。ぼくにだけあとでそっとおしえてくれればよかったのだ。)

悲しくなった。僕にだけあとでそっと教えてくれれば良かったのだ。

(どうしてこのばで、かのじょのまえでいうひつようがあったのか。)

どうしてこの場で、彼女の前で言う必要があったのか。

(じぶんのははおやのした、すくいのないこういを。)

自分の母親のした、救いのない行為を。

(ししょうはきびしいひょうじょうでくらやみのおくをみつめている。)

師匠は厳しい表情で暗闇の奥を見つめている。

(きばこのむこうにはいきをひそめるけはい。)

木箱の向こうには息を潜める気配。

(そのとき、へいのむこうからおおきなこえがあがった。)

その時、塀の向こうから大きな声が上がった。

(「さちこっ」)

「サチコッ」

(さっきのじょせいのこえだ。おもわずくびをすくめる。)

さっきの女性の声だ。思わず首を竦める。

など

(けれど、そのあとにつづいたことばをきいたしゅんかん、えたいのしれないおかんがはしった。)

けれど、その後に続いた言葉を聞いた瞬間、得体の知れない悪寒が走った。

(「さちこっ、どこいってたのよ、このいそがしいときにまったくあんたってこは」)

「サチコッ、どこ行ってたのよ、この忙しい時にまったくあんたって子は」

(おもわずむいたへいのほうから、ゆっくりとくびをもどす。)

思わず向いた塀の方から、ゆっくりと首を戻す。

(ぎしぎしとくびのほねがきしむようなおとがする。)

ギシギシと首の骨が軋むような音がする。

(みちをふさぐそふぁーのむこう、うずたかくつまれたきばこのかげに)

道を塞ぐソファーの向こう、堆く積まれた木箱の影に

(ひっそりとかくれるちいさなもののけはい。)

ひっそりと隠れる小さなものの気配。

(なんとなくこのこがさちこちゃんだとおもっていた。)

なんとなくこの子がサチコちゃんだと思っていた。

(ちがうらしい。)

違うらしい。

(では、このこはだれ?)

では、この子はだれ?

(またじょせいのこえがよるのほとりにひびいた。)

また女性の声が夜のほとりに響いた。

(「ほらほら、はやくいっておばあちゃんのおかおみてあげなさい。)

「ほらほら、早く行っておばあちゃんのお顔見てあげなさい。

(ちゃんときれいにしてもらってるからこわいことなんてないのよ」)

ちゃんと綺麗にしてもらってるから怖いことなんてないのよ」

(・・・・・)

・・・・・

(おばあちゃん?)

おばあちゃん?

(どきんどきんとしんぞうがなみうつ。)

ドキンドキンと心臓が波打つ。

(しんだのはおじいちゃんのはずでは?)

死んだのはおじいちゃんのはずでは?

(なんだ?なんだこれ。)

なんだ?なんだこれ。

(からだがふるえる。くちびるのはしにぷつりとちがふくらむのをかんじた。)

身体が震える。唇の端にプツリと血が膨らむのを感じた。

(きばこのむこうになにかがいる。)

木箱の向こうに何かがいる。

(うすっすらとかおだけがみえる。)

薄っすらと顔だけが見える。

(ひかりにてらされているわけではない。)

光に照らされているわけではない。

(つきはくもにおおわれ、いまはまったくみえない。)

月は雲に覆われ、今はまったく見えない。

(ただ、くらやみにそういういろがついたとでもいうように、あおじろい、ろうのような、)

ただ、暗闇にそういう色が着いたとでもいうように、青白い、蝋のような、

(それでいてこうたくのないかおがうかんでいた。)

それでいて光沢のない顔が浮かんでいた。

(ぼくはそこからめをそらせない。)

僕はそこから目を逸らせない。

(くびすじがきんちょうしている。かおもうごかせない。)

首筋が緊張している。顔も動かせない。

(きばこのかげにおさないおんなのこかおだけがこおりついたようにうかんでいる。)

木箱の影に幼い女の子顔だけが凍りついたように浮かんでいる。

(そしてそれはやがてぐにゃぐにゃとうごめき、)

そしてそれはやがてぐにゃぐにゃと蠢き、

(はしのほうからほつれるようにだんだんとうすくなっていった。)

端の方からほつれるように段々と薄くなっていった。

(そしてさいごに、かんぜんにきえさるしゅんかん、それはろうばのかおになって)

そして最後に、完全に消え去る瞬間、それは老婆の顔になって

(なにごとかつげるようにくちをひらくーー)

何ごとか告げるように口を開くーー

(きえた。)

消えた。

(もうみえない。なにも。)

もう見えない。なにも。

(けれどぼくのあたまのなかには、ですますくのようにそのさいごのかおがこびりついていた。)

けれど僕の頭の中には、デスマスクのようにその最後の顔がこびりついていた。

(かたをたたかれ、われにかえった。)

肩を叩かれ、我に返った。

(「もういない。いなくなった」)

「もういない。いなくなった」

(ししょうはたちあがり、きょうみをなくしたようにせまいろじのおくにせをむけた。)

師匠は立ち上がり、興味を無くしたように狭い路地の奥に背を向けた。

(そしてはじめてさむそうにかたをふるわせるとかるくくっしんうんどうをする。)

そしてはじめて寒そうに肩を震わせると軽く屈伸運動をする。

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