「踊る一寸法師」9(終) 江戸川乱歩
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問題文
(さっきのは、あれはほんもののおはなのしょうせいだったのか。)
さっきのは、あれは本物のお花の笑声だったのか。
(もしや、おくそこのしれぬふぐしゃが、ゆかのしかけをふさいでしんじつかのじょをさしころし、)
若しや、奥底の知れぬ不具者が、床の仕掛けをふさいで真実彼女を刺し殺し、
(ごくもんにさらしたのではないか。そして、あのこえは、あれはしにんのこえでは)
獄門に晒したのではないか。そして、あの声は、あれは死人の声では
(なかったのか。おろかなるかるわざしどもは、かれのはちにんげいとしょうするまじゅつを)
なかったのか。愚なる軽業師共は、彼の八人芸と称する魔術を
(しらないのであろうか。くちをつぐんだまま、ふくちゅうではつおんしてしぶつに)
知らないのであろうか。口をつぐんだまま、腹中で発音して死物に
(ぶつをいわせる、あのはちにんげいというふしぎなじゅつを。それを、あのかいぶつが)
物を云わせる、あの八人芸という不思議な術を。それを、あの怪物が
(ならいおぼえていなかったと、どうしてだんていできるのであろう。)
習い覚えていなかったと、どうして断定出来るのであろう。
(ふときがつくと、てんとのなかにうすいけむりがみちみちていた。かるわざしたちの)
ふと気がつくと、テントの中に薄い煙が充ち充ちていた。軽業師達の
(たばこのけむりにしては、すこしへんだった。はっとしたわたしは、いきなりけんぶつせきの)
煙草の煙にしては、少し変だった。ハッとした私は、いきなり見物席の
(すみのほうへとんでいった。あんのじょう、てんとのすそを、あかぐろいかえんが、)
隅の方へ飛んで行った。案の定、テントの裾を、赤黒い火焔が、
(めらめらとなめていた。ひはすでにてんとのまわりをとりまいているようすだった。)
メラメラと嘗めていた。火は已にテントの四周を取りまいている様子だった。
(わたしは、やっとのことでもえるほぬのをくぐって、そとのひろっぱへでた。ひろびろとした)
私は、やっとのことで燃える帆布をくぐって、外の広っぱへ出た。広々とした
(そうげんには、しろいげっこうが、くまもなくふりそそいでいた。わたしはあしにまかせて)
草原には、白い月光が、隈もなく降りそそいでいた。私は足にまかせて
(ちかくのじんかへとはしった。ふりかえると、てんとはもはやさんぶんのいちまで、)
近くの人家へと走った。振り返ると、テントは最早三分の一まで、
(もえあがっていた。むろん、まるたのあしばや、けんぶつせきのいたにもひがうつっていた。)
燃え上っていた。無論、丸太の足早、見物席の板にも火が移っていた。
(「わははははははははは」なにがおかしいのか、そのかえんのなかで、)
「ワハハハハハハハハハ」何がおかしいのか、その火焔の中で、
(よいしれたかるわざしたちがきょうきのようにわらうこえが、はるかにきこえてきた。なにものであろう、)
酔いしれた軽業師達が狂気の様に笑う声が、遥に聞えて来た。何者であろう、
(てんとのちかくのおかのうえで、こどものようなひとかげが、つきをせにしておどっていた。)
テントの近くの丘の上で、子供の様な人影が、月を背にして踊っていた。
(かれはすいかににたまるいものを、ちょうちんのようにぶらさげて、おどりくるっていた。)
彼は西瓜に似た丸いものを、提灯の様にぶら下げて、踊り狂っていた。
(わたしは、あまりのおそろしさに、そこへたちすくんで、ふしぎなこくえいをみつめた。)
私は、余りの恐ろしさに、そこへ立ちすくんで、不思議な黒影を見つめた。
(おとこは、さげていたまるいものを、りょうてでかれのくちのところへもっていった。)
男は、さげていた丸いものを、両手で彼の口の所へ持って行った。
(そして、ちだんだをふみながら、そのすいかのようなものにくいついた。)
そして、地だんだを踏みながら、その西瓜の様なものに食いついた。
(かれは、それを、はなしてはくいつき、さもたのしげにおどりつづけた。)
彼は、それを、離しては喰いつき、さも楽しげに踊り続けた。
(みずのようなげっこうが、へんげおどりのかげぼうしを、まっくろにうきあがらせていた。)
水の様な月光が、変化踊の影法師を、真黒に浮き上がらせていた。
(おとこのてにあるまるいものから、そしてかれじしんのくちびるから、のうこうな、くろいえきたいが、)
男の手にある丸い物から、そして彼自身の脣から、濃厚な、黒い液体が、
(ぼとりぼとりとたれているのさえ、はっきりとみわけられた。)
ボトリボトリと垂れているのさえ、はっきりと見分けられた。