夜泣き鉄骨7 海野十三

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夜泣き鉄骨/海野十三 著
青空文庫より引用

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問題文

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(6)

6

(「これはよこせさん。めずらしいね。さぁ、こっちへはいったり、はいったり」)

「これは横瀬さん。珍らしいね。さァ、こっちへ入ったり、入ったり」

(わしは、ちんきゃくのらいほうにあって、だだっぴろい、がっしゅくのしゃかんいまのいっしつへ)

わしは、珍客の来訪にあって、だだっ広い、合宿の舎監居間の一室へ

(しょうじいれた。「きょうは、なんのごようかな」わしはたずねた。「じつはひとつ)

招じ入れた。「今日は、何の御用かな」わしは尋ねた。「実は一つ

(きいていただきたいことがあるのでして・・・・・・」よこせは、れいのもじゃもじゃかみに)

聴いていただきたいことがあるのでして……」横瀬は、例のモジャモジャ頭髪に

(ごほんのゆびをつっこむと、ごしごしとかいた。「どんなはなしかしらぬが、)

五本の指を突込むと、ゴシゴシと掻いた。「どんな話かしらぬが、

(いってごらんなせえな」わしはちらりと、おきどけいのほうをみたが、もうごごじゅうじに)

言ってごらんなせえな」わしはチラリと、置時計の方を見たが、もう午後十時に

(ちかかった。「じゃ、きいてもらいますか」そういってよこせは、たばこをいっぽん、)

近かった。「じゃ、聴いて貰いますか」そう云って横瀬は、莨を一本、

(くちにくわえた。「これは、おれのしっている、あるおとこの、すばらしいけいかくなんだ。)

口に銜えた。「これは、俺の知っている、或る男の、素晴らしい計画なんだ。

(ねえ、そのおとこは、じぶんのおんなを、わかいおとこにしっけいされちまったんだ。)

ねえ、その男は、自分の情婦を、若い男に失敬されちまったんだ。

(いや、おまけに、おんなというのが、わかいおとこのたねをやどしちまった。いいですか。)

いや、おまけに、情婦というのが、若い男の胤を宿しちまった。いいですか。

(これがふつうのばあいだったら、だんなどののたねだと、ごまかせるんだが、あいにくと、)

これが普通の場合だったら、旦那どのの胤だと、胡魔化せるんだが、生憎と、

(そのだんなどのというのは、おんなにこをうませるちからがないことがいがくてきに)

その旦那どのというのは、女に子を産ませる力がないことが医学的に

(わかっているのだ。それで、はらのこを、ごまかしようもないので、わかいふたりは)

判っているのだ。それで、胎の子を、胡魔化しようもないので、若い二人は

(ひそかにあってなきながらそうだんした。いいちえもみつからぬうちに、おんなのからだは)

秘かに会って泣きながら相談した。いい智恵も見付からぬ裡に、女の身体は

(だんだんとかくせないほど、かわってくる。とうとうしかたなしに、はらのこには)

だんだんと隠せない程、変ってくる。とうとう仕方なしに、胎の子には

(つみなことだが、だたいをすることにけっしんをした。わかいおとこは、だたいどうぐと、やくひんを、)

罪なことだが、堕胎をすることに決心をした。若い男は、堕胎道具と、薬品を、

(さるところでてにいれて、おんなをよびだした。ふたりはひじょうにひとめをしのぶじじょうに)

さるところで手に入れて、女を呼びだした。二人は非常に人目を忍ぶ事情に

(あるというのが、これがちょっとでも、だんなどののみみにいれば、ふたりとも)

あるというのが、これが鳥渡でも、旦那どのの耳に入れば、二人とも

(ころされてしまうに、きまってる。そこでだれにもしられぬひみつのあいばしょと)

殺されてしまうに、きまってる。そこで誰にも知られぬ秘密の逢い場所と

など

(いうのがひつようだったが、それは、たったひとつあった。どこだというと、わかいおとこの)

いうのが必要だったが、それは、たった一つあった。どこだと云うと、若い男の

(つとめているこうじょうの、くれーんのうえだった。わかいおとこは、くれーんのうんてんしゅなんだ。)

勤めている工場の、クレーンの上だった。若い男は、クレーンの運転手なんだ。

(こうじょうがひけてしまうと、あのひろいないぶが、がらんどうだ。さいわいおんなも、こうじょうの)

工場が引けてしまうと、あの広い内部が、がらん胴だ。幸い女も、工場の

(あんないをしっていた。というのが、そのおんなもこうじょうにはたらいていたのだ。おんなは)

案内を知っていた。というのが、その女も工場に働いていたのだ。女は

(こいしいおとこにあいたいばっかりに、まっくらなこうじょうにしのびいり、ひじょうにたかいてつばしごを)

恋しい男に逢いたいばっかりに、真暗な工場に忍び入り、非常に高い鉄梯子を

(おんなのちからでのぼったり、おりたりしたのだ。さてだたいしゅじゅつも、もちろんそのたかい)

女の力で昇ったり、降りたりしたのだ。さて堕胎手術も、勿論その高い

(くれーんのうえで、やることになった。わかいおとこはおそわってきたとおり、どうぐを)

クレーンの上で、やることになった。若い男は教わって来たとおり、道具を

(おんなのからだに、さしいれて、あるやくえきをちゅうにゅうした。それはあるじかんのあとになって、)

女の身体に、挿し入れて、或る薬液を注入した。それは或る時間の後になって、

(せいこうしたことがはじめてわかった。しかしおんなは、しばらくのあいだ、こうじょうをやすみ、)

成功したことが始めて判った。しかし女は、暫くの間、工場を休み、

(びょうがしなければならなかった。だがせっかくのふたりのくしんもみずのあわだった。)

病臥しなければならなかった。だが折角の二人の苦心も水の泡だった。

(というのが、だんなどのが、おんなのようすから、ぎわくをしょうじたためだった。そのおとこは)

というのが、旦那どのが、女の様子から、疑惑を生じたためだった。その男は

(ひじょうにしっとぶかいやつだったが、ひといちばい、りこうなおとこなので、それといろにはださず、)

非常に嫉妬深い奴だったが、人一倍、利口な男なので、それと色には出さず、

(さまざまのくしんをして、おんなをめぐるぎうんについて、はっけんにつとめた。)

さまざまの苦心をして、情婦をめぐる疑雲について、発見につとめた。

(きじんのようなそのおとこは、なにもかもしってしまった。ふたりのしんぺんから、)

鬼神のような其の男は、なにもかも知ってしまった。二人の身辺から、

(れきぜんたるしょうこもつかんだのだった。それより、ずっとまえ、だんなどのは、)

歴然たる証拠も掴んだのだった。それより、ずっと前、旦那どのは、

(だいたいのりんかくをしったので、にくむべきふたりにたいして、どんなふくしゅうをしようかと、)

大体の輪廓を知ったので、憎むべき二人に対して、どんな復讐をしようかと、

(かくさくした。そのけっか、かんがえだしたのは、よにもおそろしいふたりのじめつけいかくだった。)

画策した。その結果、考え出したのは、世にも恐ろしい二人の自滅計画だった。

(かれは、ふたりがだたいをはかっただいきゅうこうじょうというのに、(よなきてっこつ)というかいだんを)

彼は、二人が堕胎を計った第九工場というのに、(夜泣き鉄骨)という怪談を

(うえつけた。そのじつ、かれがこっそり、よなかになると、こうじょうへしのびこみ、)

植えつけた。その実、彼がコッソリ、夜中になると、工場へ忍びこみ、

(じぶんで、くれーんをきぃきぃいわせたのだ。さいごに、かれじしんが、ばけものたんけんたいの)

自分で、クレーンをキィキィ云わせたのだ。最後に、彼自身が、化物探険隊の

(せんとうにたって、しんぎをたしかめたが、うえとしたとのすうぃっちが、どっちも)

先登に立って、真偽を確めたが、上と下とのスウィッチが、どっちも

(あいているのに、くれーんが、ごうごうとうごいたというので、これはいよいよ、)

開いているのに、クレーンが、轟々と動いたというので、これはいよいよ、

(おんりょうのしわざということにきまった。そのじつ、そのだんなせんせいが、さきにたって、)

怨霊の仕業ということに極まった。その実、その旦那先生が、先に立って、

(いちいちすうぃっちをはずしておいたのだ。おんりょうのしわざということになると、)

一々スウィッチを外して置いたのだ。怨霊の仕業ということになると、

(いちばんせんりつをかんじたのは、わかいおとこと、れいのおんなだ。ふたりともおおいにおもいあたるところが)

一番戦慄を感じたのは、若い男と、例の女だ。二人とも大いに思い当るところが

(ある。というのは、じぶんたちがてをくだしてやみからやみへおくってしまったたいじのおんりょうの)

ある。というのは、自分達が手を下して闇から闇へ送ってしまった胎児の怨霊の

(せいにちがいないとおもいこんでしまう。さぁ、こうなると、だんなどののけいかくは、)

せいに違いないと思いこんでしまう。さァ、こうなると、旦那どのの計画は、

(いよいよおもうつぼにはまっていったというわけだ。たんけんのけっか、これはおんりょうのほかに、)

いよいよ思う壺に嵌っていったというわけだ。探険の結果、これは怨霊の外に、

(りゆうがつかないとけっていしたよるのこと、だんなどのは、やぎょうをしているおんなの)

理由がつかないと決定した夜のこと、旦那どのは、夜業をしている情婦の

(ところへいって、ついにいんどうのことばをわたしてきた。それは、のっぴきならぬ)

ところへ行って、遂に引導の言葉を渡してきた。それは、のっぴきならぬ

(しょうこをてにいれたので、あしたになったら、けいさつへこくはつするぞとおどしたのだ。)

証拠を手に入れたので、明日になったら、警察へ告発するぞと脅したのだ。

(おんなは、おもいあまって、じさつのいをけっし、じぶんのはたらいているこうじょうの)

情婦は、思い余って、自殺の意を決し、自分の働いている工場の

(きゅーぽらにとびこんで、どろどろにとけたなまりのゆのなかに)

熔融炉(キューポラ)に飛びこんで、ドロドロに熔けた鉛の湯の中に

(あとかたもなくしんでしまった。こんどは、わかいおとこのばんだった。だんなどのは、)

跡方もなく死んでしまった。こんどは、若い男の番だった。旦那どのは、

(たんけんたいのなかに、そのおとこをいれることをわすれなかった。わかいおとこを、じりじりと)

探険隊の中に、その男を入れることを忘れなかった。若い男を、ジリジリと

(くるしめてゆくのが、たまらなくかいかんをそそったのだった。わかいおとこは、くれーんが)

苦しめてゆくのが、たまらなく快感を唆ったのだった。若い男は、クレーンが

(ひとりでうごきだすだいきょうふのまえに、ながいあいだ、ひきすえられていた。さらに、せんりつを)

独りで動き出す大恐怖の前に、永い間、ひき据えられていた。更に、戦慄を

(きんじえないくれーんのうえへ、ひっぱりあげられたり、またおろされたりした。)

禁じ得ないクレーンの上へ、引張り上げられたり、又降ろされたりした。

(そこへ、とつじょとして、おんなのじさつをきいた。それにはだんなどのもあわてたくらいだ。)

そこへ、突如として、女の自殺を聞いた。それには旦那どのも遽てた位だ。

(わかいおとこは、おんなのとびこんだきゅーぽらめがけて、かけだしていった。かれもおんなのあとを)

若い男は、女の飛込んだ熔融炉目懸けて、駈け出して行った。彼も女の跡を

(おって、このろのなかでしのうとけっしんした。そうおもうと、かれはだっとのように)

追って、この炉の中で死のうと決心した。そう思うと、彼は脱兎のように

(きゅーぽらのてつばしごを、かけのぼったのだ。ゆうじんのひとりがたすけようとして、あとから)

熔融炉の鉄梯子を、かけ上ったのだ。友人の一人が助けようとして、後から

(のぼろうとすると、そこへだんなどのが、とびだして、かれをつきとばした。)

上ろうとすると、そこへ旦那どのが、飛び出して、彼をつきとばした。

(そして、だんなどのは、うらみかさなるおとこのあとにつづいてはしごをのぼっていったのだ。)

そして、旦那どのは、恨み重なる男のあとにつづいて梯子を上って行ったのだ。

(これをみていたひとびとはかっさいした。それもそうだろう。いやたったひとりを)

これを見ていた人々は喝采した。それもそうだろう。いやたった一人を

(のぞいてはね。そいつは、こうじょうのすみから、こっそりこのばのこうけいをながめていた)

除いてはネ。そいつは、工場の隅から、コッソリこの場の光景を眺めていた

(おれによくにたおとこさ。はっはっはっ。だが、そのおとこにも、だんなどののふくしゅうが、)

俺によく似た男さ。はッはッはッ。だが、その男にも、旦那どのの復讐が、

(どのようにおこなわれるのか、けんとうがつかなかった。ひょっとすると、だんなどのは、)

どのように行われるのか、見当がつかなかった。ひょっとすると、旦那どのは、

(わざとはしごのぼりのすぴーどをおとして、(ざんねんながら、)

わざと梯子昇りの速力(スピード)を落として、(残念ながら、

(おいつけなくて、わかいおとこをころしてしまった!)といいわけするのかと)

追いつけなくて、若い男を殺してしまった!)と云いわけするのかと

(おもっていたが、みていると、どうやら、そうではない。いや、それは、)

思っていたが、見ていると、どうやら、そうではない。いや、それは、

(おにのようにおそろしいけいかくだった。だんなどののかんがえはわかいおとこがいったんとびこんで、)

鬼のように恐ろしい計画だった。旦那どのの考えは若い男が一旦飛び込んで、

(ねつえんのためあかただれにただれたところでわかいおとこのしがいをひっぱりだすことにあった。)

熱鉛のため赤爛れに爛れたところで若い男の死骸をひっぱり出すことにあった。

(おれはだんなどのが、はしごのうえでうれしそうにわらっているのにかんづいたゆいいつの)

俺は旦那どのが、梯子の上で嬉しそうに笑っているのに感付いた唯一の

(にんげんだったかもしれない。わかいおとこは、かれのてをはなれて、こんくりーとのゆかのうえに)

人間だったかも知れない。若い男は、彼の手を離れて、コンクリートの床の上に

(たたきつけられたが、ふためとみられたざまじゃなかった。)

叩きつけられたが、二た眼と見られた態じゃなかった。

(だんなどのは、べつにとがめられもしなかった」)

旦那どのは、別に咎められもしなかった」

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