軍用鼠6 海野十三

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軍用鼠/海野十三 著
青空文庫より引用

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問題文

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(「だんな、そういわないでみておくんなさい。わしはうまれつきごまかすのが)

「旦那、そういわないで見ておくんなさい。儂は生れつき胡魔化すのが

(きらいでね、なるべくこうしておてすきのごぜんちゅうにうかがって、しなものをひとつ)

嫌いでネ、なるべくこうしてお手隙の午前中に伺って、品物をひとつ

(ゆっくりねんいりにしらべておもらいもうしてえとねえだんな、このれっどはいつも)

悠くり念入りに調べてお貰い申してえとねえ旦那、このレッドはいつも

(そうおもっているんですぜ」「ふふん、わらわせるない。うまれつきしょうじきだなんて)

そう思っているんですぜ」「フフン、笑わせるない。生れつき正直だなんて

(いうやつにほんとうにしょうじきなやつがいたためしがない。ことにきさまは、ちかごろここへ)

云う奴に本当に正直な奴が居た験しがない。ことに貴様は、ちかごろここへ

(あらわれたばっかりだが、そのつらがまえはほんごくせいふからちゃんとちゅういじんぶつほうこくしょとして)

現れたばっかりだが、その面構えは本国政府からチャンと注意人物報告書として

(ほんかんのところへしらせてきてあるのだ。どうだおどろいたか、ごまかしてみろ、)

本官のところへ知らせてきてあるのだ。どうだ驚いたか、胡魔化してみろ、

(こんどはさいばんぬきのじゅうさつだぞ」「えへへ、ごじょうだんを、わしはそんなちゅういじんぶつなんて)

こんどは裁判ぬきの銃殺だぞ」「エヘヘ、御冗談を、儂はそんな注意人物なんて

(たいしたしろものじゃありませんや、ただねずみをとらえてきては、このむこうの)

大した代物じゃありませんや、ただ鼠を捕えてきては、この向うの

(らちぇっとさんにかってもらってるばかりなんで」「うむ、らちぇっとという)

ラチェットさんに買って貰ってるばかりなんで」「うむ、ラチェットという

(ゆだやじんは、ねずみをそんなにかいこんで、なににしようというんだ」「それぁね)

猶太人は、鼠をそんなに買いこんで、何にしようというんだ」「それァね

(だんな、これはだいひみつでございますが、このねずみのにくがちかごろさかんにそーせーじに)

旦那、これは大秘密でございますが、この鼠の肉が近頃盛んにソーセージに

(なるらしいんですよ」「えっ、そーせーじ?」ぜいかんりわいとまんはそれを)

なるらしいんですよ」「えッ、ソーセージ?」税関吏ワイトマンはそれを

(きくとみょうなかおをしていぶくろをおさえた。じつはあさおきぬけに、そーせーじを)

聞くと妙な顔をして胃袋を抑えた。実は朝起きぬけに、ソーセージを

(さかなにしてむかいざけをに、さんぼんやったのだ。「なんだ、きゃつはそーせーじを)

肴にして迎い酒を二、三本やったのだ。「なんだ、彼奴はソーセージを

(ねずみのにくでつくっているのか。どうもけしからんやつじゃ」「いやぁだんな、)

鼠の肉で作っているのか。どうも怪しからん奴じゃ」「いやァ旦那、

(そういうけれども、ねずみのにくをまぜたそーせーじときたひにゃ、とてもあじが)

そう云うけれども、鼠の肉を混ぜたソーセージと来た日にゃ、とても味が

(いいのですぜ。やぽんこくでは、ねずみのてんぷらといってしょうみしてるそうですぜ。)

いいのですぜ。ヤポン国では、鼠のテンプラといって賞味してるそうですぜ。

(だからねずみのにくいりのそーせーじは、なかなかねだんがたかいのです。ちょっと)

だから鼠の肉入りのソーセージは、なかなか値段が高いのです。ちょっと

(こちとらのてにはとどきませんや」「てにとどかんといってーーいっぽんいくらぐらいだ。)

こちとらの手には届きませんや」「手に届かんといってーー一本幾何ぐらいだ。

など

(おいしょうじきにこたえろ」「そうですね。いっぽんごるーぶりはとられますか」)

オイ正直に応えろ」「そうですね。一本五ルーブリは取られますか」

(「ごるーぶり?ああそうか、よしよし。それくらいはするじゃろう」と、)

「五ルーブリ?ああそうか、よしよし。それくらいはするじゃろう」と、

(ぜいかんりわいとまんはほっとむねをなぜおろし「さあさあ、おまえのもちこもうという)

税関吏ワイトマンはホット胸をなぜ下ろし「さあさあ、お前の持ちこもうという

(しなものをはやくみせろ、けんさをしてやるから」「へえ。ーーそこのだいのうえに)

品物を早く見せろ、検査をしてやるから」「へえ。ーーそこの台の上に

(のせてあります」といってれっどろうじんは、みがきあげたわいとまんあいようの)

載せてあります」といってレッド老人は、磨きあげたワイトマン愛用の

(まるてーぶるのうえをさした。そこにはみかんばこだいのかなあみのかごが)

丸卓子(テーブル)の上を指した。そこには蜜柑函大の金網の籠が

(おいてあった。わいとまんは、ねずみのかごがじぶんのあいようのてーぶるのうえに)

置いてあった。ワイトマンは、鼠の籠が自分の愛用のテーブルの上に

(おかれてあるのにちょっときげんをわるくしたが、まあまあがまんしてもんくを)

置かれてあるのにちょっと機嫌を悪くしたが、まあまあ我慢して文句を

(ひかえた。そしてかごのちかくにあかいおおきなかおをちかづけた。「おい、いんすうは?」)

控えた。そして籠の近くに赭い大きな顔を近づけた。「オイ、員数は?」

(「いんすうはみなでにじっぴきです」「にじっぴきだって。ひいふうみい・・・・・・となんだ)

「員数は皆で二十匹です」「二十匹だって。一イ二ウ三イ……となんだ

(いっぴきおおいぞ。にじゅういっぴきいる」「ああそのいっぴきはいんすうがいです。とちゅうでしぬと)

一匹多いぞ。二十一匹居る」「ああその一匹は員数外です。途中で死ぬと

(しなかずがそろわなくなるから、いっぴきくわえてあるんです」「いんすうがいはゆるさん。)

品数が揃わなくなるから、一匹加えてあるんです」「員数外は許さん。

(もしもにじゅういっぴきでとおすならにじっぴきまではむぜい、だいにじゅういっぴきめのいっぴきには)

もしも二十一匹で通すなら二十匹までは無税、第二十一匹目の一匹には

(いっとうにつきいちるーぶるのかんぜいをかする」「こんなねずみいっぴきにいちるーぶるの)

一頭につき一ルーブルの関税を課する」「こんな鼠一匹に一ルーブルの

(かぜいはひどすぎますよ。そんなたいきんをいまここにもってやしませんーーじゃ)

課税はひどすぎますよ。そんな大金を今ここに持ってやしませんーーじゃ

(にじゅういっぴきのなかからいっぴきのけて、にじっぴきとしましょう。それならようがしょう」)

二十一匹の中から一匹のけて、二十匹としましょう。それならようがしょう」

(「うむ、にじっぴきいかならむぜいだ」「じゃあ、そうしまさあ、にじっぴきでむぜいで、)

「うむ、二十匹以下なら無税だ」「じゃあ、そうしまさあ、二十匹で無税で、

(にじゅういっぴきとなるとかぜいいちるーぶるはどうかんがえてもわりにあいませんよ」)

二十一匹となると課税一ルーブルは何う考えても割に合いませんよ」

(そういいながられっどろうじんは、かなあみのちいさいくちをあけてなかからいっぴきのねずみを)

そういいながらレッド老人は、金網の小さい口を開けてなかから一匹の鼠を

(とりだしぽけっとにいれ、そしてまたもとのようにかなあみのいりぐちをしめた。)

取出しポケットに入れ、そしてまた元のように金網の入口を閉めた。

(「さあ、これでいいでしょう。もういちどかぞえてみてください。かごのなかのねずみは)

「さあ、これでいいでしょう。もう一度数えてみて下さい。籠の中の鼠は

(にじっぴきとなりましたぜ」わいとまんはふたたびかごのなかにかおをちかづけ、ねんのために)

二十匹となりましたぜ」ワイトマンは再び籠の中に顔を近づけ、念のために

(もういちど、かごのなかのねずみをかぞえた。ごそごそはいまわっているねずみは、たしかに)

もう一度、籠の中の鼠を数えた。ゴソゴソ匍いまわっている鼠は、確かに

(にじっぴきだった。「よぉし、にじっぴきだ。むぜいだぁ」「へえ、ありがとうござんす。)

二十匹だった。「よォし、二十匹だ。無税だァ」「へえ、有難うござんす。

(それでいいんですね。じゃとおしてもらいましょう」れっどはかごをてーぶるのうえから)

それでいいんですね。じゃ通して貰いましょう」レッドは籠を卓子の上から

(もちあげた。とたんにわいとまんがさけんだ。「おいまて。ーー」)

持ち上げた。途端にワイトマンが叫んだ。「オイ待て。ーー」

(「なんですか、だんな」「きさまは、もうゆるしておけんぞ。このてーぶるのうえをみろ」)

「なんですか、旦那」「貴様は、もう許しておけんぞ。この卓子の上を見ろ」

(わいとまんがいきどおりのはないきあらくゆびさしたところをみると、かれのだいじにしている)

ワイトマンが憤りの鼻息あらく指さしたところを見ると、彼の大事にしている

(まるてーぶるのうえは、ねずみのはいせつしたえきたいとこたいとでびしょびしょになっていた。)

丸卓子の上は、鼠の排泄した液体と固体とでビショビショになっていた。

(れっどはねずみのかごをぶらさげたまま、あたまをかいた。そしてこしにぶらさげてあった)

レッドは鼠の籠をぶら下げたまま、頭を掻いた。そして腰にぶら下げてあった

(てぬぐいをとって、てーぶるのうえをきれいにぬぐった。そしてわいとまんのゆうじょを)

手拭を取って、卓子の上を綺麗に拭った。そしてワイトマンの宥恕を

(あいがんしたのだった。「れっど。かんべんならぬところだが、きょうのところはおおめに)

哀願したのだった。「レッド。勘弁ならぬところだが、今日のところは大目に

(みてやる。いったいこんなかなあみのかごにときをきらわずはいせつするようなどうぶつをいれて)

見てやる。一体こんな金網の籠に時を嫌わず排泄するような動物を入れて

(もってくるのがまちがいじゃ。このつぎから、てーぶるのうえにおいてもよごれないような)

持ってくるのが間違いじゃ。この次から、卓子の上に置いても汚れないような

(かんぜんようきにいれてこい。さもないと、もうこんどはとおさんぞ」「へえい。ーー」)

完全容器に入れて来い。さもないと、もう今度は通さんぞ」「へえい。ーー」

(れっどろうじんはきょうしゅくしきって、わいとまんのまえをくだった。そしてぜいかんのよこの)

レッド老人は恐縮しきって、ワイトマンの前を下った。そして税関の横の

(しょうもんからでていった。そこはもうはくこくのかいどうであった。かいどうを、れっどろうじんは)

小門から出ていった。そこはもう白国の街道であった。街道を、レッド老人は

(おおきなぱいぷからぷかぷかけむりをくゆらしながらあるいていった。そして)

大きなパイプからプカプカ煙をくゆらしながら歩いていった。そして

(おもいだしたように、ねずみのかごのいりぐちをあけて、ぽけっとにしのばせておいた)

思い出したように、鼠の籠の入口を開けて、ポケットに忍ばせて置いた

(いんすうがいのねずみをなかにいれてやったのである。)

員数外の鼠を中に入れてやったのである。

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