軍用鼠4 海野十三

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軍用鼠/海野十三 著
青空文庫より引用

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問題文

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(たんていしょうせつということについては、なかなかやかましいていぎがある。うめのじゅうごは、)

探偵小説ということについては、なかなか喧しい定義がある。梅野十伍は、

(ふだんそんなていぎにあまりこだわらないほうであるが、このさいはげんこうだいなんこうの)

普段そんな定義にあまりこだわらない方であるが、この際は原稿大難航の

(おりからのこととて、いっぽうのけつろをきりひらいてともかくものりきることが)

折柄のこととて、一方の血路を切り開いて兎も角も乗り切ることが

(だいいちぎであった。いちおうそのていぎにふくじゅうして、けっかをだすのがいいであろう。)

第一義であった。一応その定義に服従して、結果を出すのがいいであろう。

(がくせつによればたんていしょうせつとはなぞがていきょうされ、つぎにすいりによってそのなぞをとく)

学説に拠れば探偵小説とは謎が提供され、次に推理によってその謎を解く

(しょうせつのことである。つまりここにひとつのなぞがあって、そのなぞをこうせいしている)

小説のことである。つまりここに一つの謎があって、その謎を構成している

(しょざいりょうにかんするじょうしきないしはせつめいだけのちしきでもって、そのちしきのあるぶぶんを)

諸材料に関する常識乃至は説明だけの知識でもって、その知識の或る部分を

(すいりによっててきとうにくみあわせてゆくとそこでなぞがとけるそのようなすいりたいけいを)

推理によって適当に組合わせてゆくとそこで謎が解けるそのような推理体系を

(しょうせつのかたちであらわしたものがたんていしょうせつだというのである。ねずみのかおをすいりでといて、)

小説の形で現わしたものが探偵小説だというのである。鼠の顔を推理で解いて、

(はたしてどういうこたえがでるだろうか。「ねずみのかおとかけて、なんとときなはるか」)

果してどういう答がでるだろうか。「鼠の顔とかけて、何と解きなはるか」

(「さあなんとときまひょう。わかりまへんよってにあげまひょう」「そんなら、)

「さあ何と解きまひょう。分りまへんよってにあげまひょう」「そんなら、

(それをもらいまして、がりゅうばいとときます」「なんでやねん」)

それを貰いまして、臥竜梅と解きます」「なんでやねン」

(「そのこころは、みき(みっきー)よりもはな(はな)がひくい、とな」)

「その心は、幹(ミッキー)よりも花(鼻)が低い、とナ」

(これはたんなるなぞなぞであって、たんていしょうせつではない。だいいちそのなぞをとく)

これは単なる謎々であって、探偵小説ではない。第一その謎を解く

(きいが、しごくふぇあとまではゆかない。むりなちゃくそうをしいる。)

鍵(キイ)が、至極フェアとまではゆかない。無理な着想を強いる。

(もしこれがたんていしょうせつのかたちではっぴょうされていたにしても、そのてんでゆうとうひんとは)

もしこれが探偵小説の形で発表されていたにしても、その点で優等品とは

(ゆかない。そうしたけってんは、このなぞをつくるときにたてたすいりがなぞをとくときの)

ゆかない。そうした欠点は、この謎を作るときに建てた推理が謎を解くときの

(すいりとまったくぎゃくであるところにむりがある。つまりすなおなるじゅんじょによって)

推理と全く逆であるところに無理がある。つまり素直なる順序によって

(この「ねずみのかお」のなぞをといたわけではなかったのだ。ぎゃくはかならずしも)

この「鼠の顔」の謎を解いたわけではなかったのだ。逆ハ必ズシモ

(しんならずとは、ちゅうがっこうーーもちろんじょがっこうでもいいがーーでならうきかの)

真ナラズとは、中学校ーーもちろん女学校でもいいがーーで習う幾何の

など

(きょうかしょにはじめてあらわれるが、じょうきのばあいはまさにかならずしものばあいなのである。)

教科書に始めて現れるが、上記の場合は正に必ズシモの場合なのである。

(「ねずみのかお」のなぞをこしらえるというので、まずねずみにちなむものはないかかんがえた。)

「鼠の顔」の謎を拵えるというので、まず鼠に因むものはないか考えた。

(そしてみっきーをえた。ーーみっきーまうすではすこしながすぎててに)

そしてミッキーを得た。ーーミッキー・マウスではすこし長すぎて手に

(おえない。それがきまると、みっきーと「ねずみのかお」とのれんさじこうをかんがえる)

負えない。それが決まると、ミッキーと「鼠の顔」との連鎖事項を考える

(じゅんじょとなる。ただしそのれんさじこうたるやどうじに「ねずみのかお」とはまったくちがうほかの)

順序となる。但しその連鎖事項たるや同時に「鼠の顔」とは全く違う他の

(ものをせつめいするものでなければならぬ。ここにいたればもううんとじょうしきの)

ものを説明するものでなければならぬ。ここに至ればもう運と常識の

(せんそうである。さいわいがりゅうばいをはやくおもいついたから、それでなぞはできあがったことに)

戦争である。幸い臥竜梅を早く思いついたから、それで謎は出来上ったことに

(したわけだが、そのれんさじこうがすこしはくじゃくせいをおびていることをいなみえない。)

したわけだが、その連鎖事項がすこし薄弱性を帯びていることを否み得ない。

(なぞなぞはこうしてできあがったが、まえにもいったとおり、なぞのこたえからなぞのせつめいを)

謎々はこうして出来上ったが、前にも云ったとおり、謎の答から謎の説明を

(こうきゅうしていったのだから、そのなぞをとくとき「ねずみのかお」のれんさじこうをさがして、)

考究していったのだから、その謎を解くとき「鼠の顔」の連鎖事項を探して、

(なぞのこたえをすいりしてゆくのとはちょうどぎゃくのじゅんじょとなる。そこにぎゃくはかならずしも)

謎の答を推理してゆくのとはちょうど逆の順序となる。そこに逆ハ必ズシモ

(しんならずがしんにゅうするよちがあるのである。ーーと、かれうめのじゅうごは)

真ナラズが侵入する余地があるのである。ーーと、かれ梅野十伍は

(に、さんまいのげんこうようしをみぎのようにけがしたが、これはたんていしょうせつじゃないようだ。)

二、三枚の原稿用紙を右のように汚したが、これは探偵小説じゃないようだ。

(けっきょくたんていしょうせつろんのしょうじょうてきかいしゃくでしかないから、こんなものを)

けっきょく探偵小説論の小乗的解釈でしかないから、こんなものを

(へんしゅうきょくへさしだすわけにはいかない。かれはせっかくかいたげんこうようしをわしづかみに)

編集局へさし出すわけには行かない。彼は折角書いた原稿用紙を鷲づかみに

(すると、べりべりとやぶいて、つくえのしたのくずかごのなかにぽいとすてた。はじめから)

すると、べりべりと破いて、机の下の屑籠のなかにポイと捨てた。始めから

(またでなおしのやむなきしぎとはなった。しかしかれは、さっきまでのように、)

また出直しの已むなき仕儀とはなった。しかし彼は、さっきまでのように、

(とけいのししんをあまりきにしなくなった。そろそろしょうせつがきの)

時計の指針をあまり気にしなくなった。ソロソロ小説書きの

(どきょうがすわってきたのであろう。)

度胸が据わってきたのであろう。

(ーーじょりゅうたんていさっかうめがえとしこは、せんじつじょがっこうのどうそうかいによばれていって、)

ーー女流探偵作家梅ヶ枝十四子は、先日女学校の同窓会に招ばれていって、

(いっぽんのふくびきをひかされた。それをひらいてみると、ぎすいりゅうのたっぴつで「ねずみのかお」と)

一本の福引を引かされた。それを開いてみると、沂水流の達筆で「鼠の顔」と

(したためてあった。「としこさん、あなたのふくびきはどんなの、ね、ないしょでみせて)

認めてあった。「十四子さん、貴女の福引はどんなの、ね、内緒で見せて

(ごらんなさいよ」「ーーええわたくしのはほら「ねずみのかお」てえのよ」)

ごらんなさいよ」「ーーエエわたくしのはホラ『鼠の顔』てえのよ」

(「あら「ねずみのかお」ですって、あらほんとうね。まあおもしろいだいだわ、なにが)

「アラ『鼠の顔』ですって、アラ本当ね。まあ面白い題だわ、なにが

(あたるんでしょうね」「さあ、わたくしはみなさんとちがってまだちょんがー)

当るんでしょうネ」「さあ、わたくしは皆さんと違ってまだチョンガー

(なんだから、てんていもわたくしのひごろのつみけがれなきせいかつをよみしたまい、きっと)

なんだから、天帝もわたくしの日頃の罪汚れなき生活を嘉したまい、きっと

(すばらしいけいひんをめぐみたまうから、いまにみててごらんなさい」「まあ、)

素晴らしい景品を恵みたまうから、今に見ててごらんなさい」「まあ、

(ずうずうしいのね、ちかごろのしょじょはーー」(たんていさっかうめのじゅうごはつみけがれおおき)

図々しいのネ、近頃の処女はーー」(探偵作家梅野十伍は罪汚れ多き

(ぼうふじんにかわってにやりとわらい、ここでまたぺんをおいた。そして)

某夫人に代ってニヤリと笑い、ここでまたペンを置いた。そして

(あかつきにてをだした)かんじもりはかせふじんとたにしょうさふじんによって)

紙巻煙草(あかつき)に手を出した)幹事森博士夫人と谷少佐夫人によって

(ふくびきがよみあげられ、それぞれきばつなけいひんがじゅよされていった。そのたびに、)

福引が読みあげられ、それぞれ奇抜な景品が授与されていった。そのたびに、

(はなのようなふじんたちーーたちとかいたのはなかに「しょじょ」もひとりくわわって)

花のような夫人たちーーたちと書いたのはなかに『処女』も一人加わって

(いることをしめす(たんていさっかはばんじこのちょうしで、ささいなることもおろそかに)

いることを示す(探偵作家は万事この調子で、些細なることもおろそかに

(せず、ちゃんとすうじてきせいかくさをもってきじゅつしてゆくよう、しゅうかんづけられている)

せず、チャンと数字的正確さをもって記述してゆくよう、習慣づけられている

(ものである)ーーそこでふじんたちがじょせいとじだいのむかしにかえってげらげらと)

ものである)ーーそこで夫人たちが女生徒時代の昔に帰ってゲラゲラと

(わんたんのようにわらうのだった。(わんたんのようにーーはだれかのめいもんくを)

ワンタンのように笑うのだった。(ワンタンのようにーーは誰かの名文句を

(しっけいしたものである。さっかというものは、それくらいのきてんがきかなきゃ)

失敬したものである。作家というものは、それくらいの機転が利かなきゃ

(だめだと、うめのじゅうごはおもっている。しかしいちいちこうちゅうしゃくがおおくてはものがたりが)

駄目だと、梅野十伍は思っている。しかし一々こう註釈が多くては物語が

(しんこうしない。こんごはだまってずんずんしんこうすることにほうしんへんこう))

進行しない。今後は黙ってズンズン進行することに方針変更)

(いよいよ「ねずみのかお」がたからかによみあげられた。「あたくしよ。ーー」)

いよいよ「鼠の顔」が高らかに読みあげられた。「あたくしよ。ーー」

(と、うめがえじょしがさけぶよりもいっぽおさきへ、じょしのとなりのふじん(なまえをつけて)

と、梅ヶ枝女史が叫ぶよりも一歩お先へ、女史の隣りの夫人(名前をつけて

(おくのをわすれた)が、「それはとしこさんのよ」とさけんだ。じょしはじろりと)

置くのを忘れた)が、「それは十四子さんのよ」と叫んだ。女史はジロリと

(よこめでにらんだ。「ああとしこさんなの。あらとてもいいけいひんですわよ。)

横目で睨んだ。「ああ十四子さんなの。アラとてもいい景品ですわよ。

(きょうのけいひんのなかで、いちばんすてきなきちょうなものだわよ」と、かんじのたにふじんが、)

今日の景品のなかで、一番素敵な貴重なものだわよ」と、幹事の谷夫人が、

(はなしのわりあいにはうすっぺらなしろいせいようふうとうにはいったものをもってうめがえじょしのまえに)

話の割合には薄っぺらな白い西洋封筒に入ったものを持って梅ヶ枝女史の前に

(とんできた。じょしはすこしおもはゆげに、ぷらちなのうでわのはまったてをのばして)

飛んできた。女史は少し面映ゆげに、プラチナの腕輪の嵌った手を伸ばして

(そのしろいせいようふうとうをうけとりながらーーこれはじゅうえんしへいかなーーと)

その白い西洋封筒を受けとりながらーーこれは十円紙幣かなーーと

(どきっとした。もりかんじがむこうのほうからおおきなこえでひろうをした。)

ドキッとした。森幹事が向うの方から大きな声で披露をした。

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