軍用鼠5 海野十三
青空文庫より引用
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問題文
(「ねずみのかお、ねずみのかお。あたったかたは、もっかどくしょかいにはくねつてきにんきのしょうてんにある)
「鼠の顔、鼠の顔。当った方は、目下読書界に白熱的人気の焦点にある
(しんしんじょりゅうたんていしょうせつか(しんしんだなんてしつれいな、きせいのだいいっせんさっかだわよーー)
新進女流探偵小説家(新進だなんて失礼ナ、既成の第一線作家だわよーー
(と、これは、うめがえじょしのふんまんである)のうめがえとしこさん。けいひんはぁーー)
と、これは、梅ヶ枝女史の憤懣である)の梅ヶ枝十四子さん。景品はァーー
(どうかふうとうからおだしになってくださいーーたーきーのぷろまいど!)
どうか封筒からお出しになって下さいーーターキーのプロマイド!
(そのわけは、にゃんにゃんがおおさわぎ。ーー」というのであるが、)
そのわけは、娘々(ニャンニャン)が大騒ぎ。ーー」というのであるが、
(このふくびきのほうが「ねずみのかおとかけてなんととく。がりゅうばいととく。そのこころは)
この福引の方が「鼠の顔とかけてなんと解く。臥竜梅と解く。その心は
(みっきーよりはながひくい」のばあいよりできがよろしい。そのりゆうは、このふくびきの)
幹より花が低い」の場合より出来がよろしい。その理由は、この福引の
(「ねずみのかお(けいひんはたーきーのぷろまいど)にゃんにゃんがおおさわぎ」のほうがぜんしゃに)
「鼠の顔(景品はターキーのプロマイド)娘々が大騒ぎ」の方が前者に
(ひかくして、ずっとひきんにして、しかもそうとうこんにちのわだいてきざいりょうをもってきた)
比較して、ずっと卑近にして、而も相当今日の話題的材料を持ってきた
(ところがすぐれているのである。しかもにゃんにゃんは、ややこうきゅうではあるけれど)
ところが勝れているのである。しかも娘々は、やや高級ではあるけれど
(にちまんりょうていこくいったいとなっているこんにち、にほんじんにとってはめいほうにおけるもっとも)
日満両帝国一体となっている今日、日本人にとっては盟邦に於ける最も
(めいろうなるぎょうじとしてにゃんにゃんびょうのにゃんにゃんまつりをしっているものがすくなくないので)
明朗なる行事として娘々廟の娘々まつりを知っているものが少くないので
(あって、それくらいのこうきゅうさはかえってこのふくびきをさらにこうがなものにひきあげる。)
あって、それ位の高級さは却ってこの福引を更に高雅なものに引き上げる。
(これがそのまま、たんていしょうせつさほうにもひきうつして、いえるのであって、)
これがそのまま、探偵小説作法にも引きうつして、云えるのであって、
(たんていしょうせつのなぞもあたうかぎりひきんなじょうしきてきなざいりょうをつかい、そのすいりの)
探偵小説の謎も能うかぎり卑近な常識的な材料を使い、その推理の
(なんいていどもこのへんのちゅうようにとどめ、かつそのなぞのこたえがそうとうせんせいしょなるな)
難易程度もこの辺の中庸に停め、且つその謎の答が相当センセイショナルな
(ものを・・・・・・。「これはいかんうっかりしていて、またたんていしょうせつろんを)
ものを……。「これはいかんうっかりしていて、また探偵小説論を
(かいていた。もりかんじがふくびきをひろうして、「ーーそのわけは、にゃんにゃんがおおさわぎ」の)
書いていた。森幹事が福引を披露して、『ーーそのわけは、娘々が大騒ぎ』の
(ところでげんこうのぶんしょうをきることにして、そのあとの「というのであるが」いか)
ところで原稿の文章を切ることにして、そのあとの『というのであるが』以下
(「せんせいしょなるなもの・・・・・・」までをさくじょしなければいかん」)
『センセイショナルなもの……』までを削除しなければいかん」
(と、うめのじゅうごはくしょうしながら、じゅうぎょうばかりのところを、すみくろぐろとまっしょうした。)
と、梅野十伍は苦笑しながら、十行ばかりのところを、墨くろぐろと抹消した。
(とけいはごぜんよじはんとなった。うめのじゅうごは、げんこうがいっこうはかどらないのに)
時計は午前四時半となった。梅野十伍は、原稿が一向はかどらないのに
(ごうをにやしている。うかうかしていると、もうこうがいでんしゃがうごきだすじこくになる。)
業を煮やしている。うかうかしていると、もう郊外電車が動き出す時刻になる。
(しんぶんはいたつも、はやいしゃのは、あとさんじっぷんぐらいでもんぜんにあらわれることだろう。)
新聞配達も、早い社のは、あと三十分ぐらいで門前に現われることだろう。
(そうなると、もんのわきにとりつけてあるゆうびんしんぶんうけのきんぞくばこがかちゃりと)
そうなると、門の脇に取りつけてある郵便新聞受の金属函がカチャリと
(なりひびくはずだった。それがよあけのまくがあがるひょうしぎのおとのような)
鳴り響くはずだった。それが夜明けの幕が上る拍子木の音のような
(ものであった。かれはふくびきのはなしをとにかくものにして、すこしきをよくしていたが、)
ものであった。彼は福引の話をとにかく物にして、すこし気をよくしていたが、
(それにしても、ふくびきのはなしはあくまでふくびきのはなしであってたんていしょうせつとはいいがたいーー)
それにしても、福引の話は飽くまで福引の話であって探偵小説とはいい難いーー
(といわれやしないだろうか。「さあ、はやくたんていしょうせつをかかなきゃあ!」)
といわれやしないだろうか。「さあ、早く探偵小説を書かなきゃあ!」
(と、うめのじゅうごは、じぶんのかってなせいそうへきがわざわいをなしてぺんのしんこうをはばんでいる)
と、梅野十伍は、自分の勝手な清掃癖が禍をなしてペンの進行を阻んでいる
(ことにもきづかず、またやっこらやとたちなおって、たんていしょうせつがりに)
ことにも気づかず、またやっこらやと立ち直って、探偵小説狩りに
(しゅっぱつするのであった。だれがみてもなるほどそれがたんていしょうせつらしいけいしきを)
出発するのであった。誰が見てもなるほどそれが探偵小説らしい形式を
(そなえていることがわかるようなものをえらんでかくのがけんめいなやりかただ。)
備えていることが分るようなものを選んで書くのが賢明なやり方だ。
(そういうけいしきをとってみようと、うめのじゅうごはかんがえた。それではこくさいかんけいけんあくの)
そういう形式を採ってみようと、梅野十伍は考えた。それでは国際関係険悪の
(おりから、ひとつこっきょうにおけるこうはくりょうこくのにんげんのすいりくらべをあつかった)
折柄、ひとつ国境に於ける紅白両国の人間の推理くらべを扱った
(たんていしょうせつをかいてみることにしよう、とうめのはけっしんした。まずどうぐだてを)
探偵小説を書いてみることにしよう、と梅野は決心した。まず道具立を
(かんがえるのにここはこうはくりょうこくのこっきょうである。あまりひろくないどうろがりょうこくを)
考えるのにここは紅白両国の国境である。あまり広くない道路が両国を
(ついでいる。そのみちのまんなかあたりに、あすふぁるとのろめんにしんちゅうの)
接いでいる。その道のまん中あたりに、アスファルトの路面に真鍮の
(おおきなびょうをうえこんで、りょうこくこっきょうせんがひとめでわかるようになっている。)
大きな鋲を植えこんで、両国国境線がひと目で分るようになっている。
(よるになるとこのびょうはみえなくなるから、かわりにみちのりょうがわにしんごうとうが)
夜になるとこの鋲は見えなくなるから、代りに道の両側に信号灯が
(つくようなしかけになっている。そのこっきょうせんをあいだにはさんでりょうがわに、)
点くような仕掛けになっている。その国境線を間に挿んで両側に、
(それぞれのくにのざいりょうでつくったそれぞれのかたちをしたふみきりのうでぎのようなものが)
それぞれの国の材料で作ったそれぞれの形をした踏切の腕木のようなものが
(ある。こっきょうせんじょうをつうかするものがあるたびに、このふたつのうでぎがぐっとうえに)
ある。国境線上を通過する者があるたびに、この二つの腕木がグッと上に
(あがるのだった。こっきょうごえのひとびとは、そのうでぎのしたをもぐって、あいてこくのうちに)
あがるのだった。国境越えの人々は、その腕木の下を潜って、相手国のうちに
(あしをいれ、そしてそこにみせをひらいてまちうけているぜいかんのやくにんのまえにいって)
足を入れ、そしてそこに店を開いて待ちうけている税関の役人の前にいって
(こっきょうつうかをねがいいで、そしてもちこむべきにもつをけんさしてもらうのである。)
国境通過を願いいで、そして持ち込むべき荷物を検査してもらうのである。
(それがすめば、そこでぜいかんまえのしょうもんから、あいてこくないにずかずかはいってゆく)
それが済めば、そこで税関前の小門から、相手国内にズカズカ這入ってゆく
(ことをゆるされるのである。まあどうぐだてはそのくらいにしておいて、ここに)
ことを許されるのである。まあ道具立はそのくらいにして置いて、ここに
(こうこくじんのゆうめいなるみつゆにゅうのめいしゅれっどろうじんをとうじょうさせることにする。)
紅国人の有名なる密輸入の名手レッド老人を登場させることにする。
(「またひとつ、たのみますよ。ねえ、ぜいかんのだんなぁ。ーー」れっどのどらごえに)
「また一つ、頼みますよ。ねえ、税関の旦那ァ。ーー」レッドの銅鑼ごえに
((このまえにどらをどらとかいたのはあやまり。どうもすこしへんだとおもっていまじしょを)
(この前にドラを銅羅と書いたのは誤り。どうもすこし変だと思って今辞書を
(ひいてみると、らのじはかねへんがあるのがただしいのであった。しょうせつかしょうばいに)
引いてみると、ラの字は金扁があるのが正しいのであった。小説家商売に
(なるといちいちじをおぼえるだけでもたいへんほねのおれることだった)ーー)
なるといちいち字を覚えるだけでもたいへん骨の折れることだった)ーー
(そのれっどのどらごえにおくのほうからやくにんわいとまんがはいけんのべるとをこしに)
そのレッドの銅鑼ごえに奥の方から役人ワイトマンが佩剣のベルトを腰に
(しめつけながら、ねむそうなかおをあらわした。(とかくと、このこっきょうのぜいかんには)
締めつけながら、睡むそうな顔を現した。(と書くと、この国境の税関には
(あまりじけんもなく、かなりへいわなのんきなせきしょであることがどくしゃにつうじる)
余り事件もなく、かなり平和な呑気な関所であることが読者に通じる
(だろうと、さくしゃうめのじゅうごはそうおもいながら、こうかいたのである))
だろうと、作者梅野十伍はそう思いながら、こう書いたのである)
(「なあんだ、れっどか。またねずみのかごをもちこもうてえんだろう。あんまり)
「なあンだ、レッドか。また鼠の籠を持ちこもうてえんだろう。あんまり
(あさっぱらからくるなよ。ねずみなんかゆうがたでたくさんだ」わいとまんはいささか)
朝っぱらから来るなよ。鼠なんか夕方で沢山だ」ワイトマンはいささか
(ふつかよいのていで、ひごろあかいかおがさらにあかさをましてうれすぎたとまとのように)
二日酔の体で、日頃赭い顔がさらに紅さを増して熟れすぎたトマトのように
(なっている。(このけんは、さくしゃうめのじゅうごにじしんがなかった。かれはうまれつき)
なっている。(この件は、作者梅野十伍に自信がなかった。彼は生れつき
(あるこーるにあわないたいしつをもっており、いまだかつてさかずきをつづけてさんばいと)
アルコールに合わない体質を持って居り、いまだ嘗て酒杯をつづけて三杯と
(かたむけたことがない。だからふつかよいがどんなきもちのものだかよくしらず、また)
傾けたことがない。だから二日酔がどんな気持のものだかよく知らず、また
(ふつかよいになったかんじゃはどんなかおをしているかせいかくなるちしきはなかった。)
二日酔になった患者はどんな顔をしているか正確なる知識はなかった。
(ただかれのしたしいゆうじんのaというのが、よくこんなあかいうれきったようなかおを)
ただ彼の親しい友人のAというのが、よくこんな赭い熟れきったような顔を
(かれのまえにあらわして、「ああゆうべはちかごろになくのみすぎちゃった。きょうは)
彼の前に現わして、「ああ昨夜は近頃になく呑みすぎちゃった。きょうは
(ふらふらでねむいねむい」となげくのであった。うめのじゅうごは、そういうときの)
フラフラで睡い睡い」と慨くのであった。梅野十伍は、そういうときの
(ゆうじんaのようだいがいわゆるふつかよいというのだろうとどくだんした。だからはくこくかんりの)
友人Aの容態が所謂二日酔というのだろうと独断した。だから白国官吏の
(わいとまんはめいわくにもさくしゃのゆうじんaのすいたいをまねしなければならなかった))
ワイトマンは迷惑にも作者の友人Aの酔態を真似しなければならなかった)