軍用鼠3 海野十三

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軍用鼠/海野十三 著
青空文庫より引用

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問題文

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(さっきのようばあだむういっちのはなしをもっとかくのだったらそれからさきに)

さっきの妖婆アダムウイッチの話をもっと書くのだったらそれから先に

(あるあいであがないでもなかった。ーーすなわち、さくちゅうのしゅじんこううめだじゅうはちが)

或るアイデアがないでもなかった。ーーすなわち、作中の主人公梅田十八が

(ついにいをけっしてようばをころそうとする。じょうないからおおきなたくあんいしーーは、ちと)

遂に意を決して妖婆を殺そうとする。城内から大きな沢庵石ーーは、ちと

(おかしいから、おおきないしうすをみつけてきて、これをめのうえよりもたかくあげて、)

可笑しいから、大きな石臼を見つけてきて、これを目の上よりも高くあげて、

(しんだいにねむるようばのあたまのうえにどーんとうちつける。ぎゃーっとひとこえはなったが、)

寝台に睡る妖婆の頭の上にドーンとうちつける。ギャーッと一声放ったが、

(このよのわかれ、ようばのいきがたえると、うめだじゅうはちのすがたはいっすんぐらいのちいさな)

この世の別れ、妖婆の呼吸が絶えると、梅田十八の姿は一寸ぐらいの小さな

(はつかねずみのすがたとなってーーいっすんはすこしみじかすぎるかな、とにかくせいかくな)

二十日鼠の姿となってーー一寸はすこし短かすぎるかな、とにかく正確な

(ところはあとでさくいんつきどうぶつずかんをひいてということにして「すん」のじだけで、)

ところは後で索引付動物図鑑を引いてということにして「寸」の字だけで、

(すうじはけしておこう。しかし、そこでようばをころしてしまったのでは、しょうせつとして)

数字は消して置こう。しかし、そこで妖婆を殺してしまったのでは、小説として

(いっこうおもしろくない。もっとようばのようじゅつをいかさなければそんである。では、)

一向面白くない。もっと妖婆の妖術を生かさなければ損である。では、

(こうしてはどうであろうか。しゅじんこううめだじゅうはちはおしろへたんけんになどこなかった)

こうしてはどうであろうか。主人公梅田十八はお城へ探検になど来なかった

(ことにする。かれはげんこうのさいむなんかすっかりかたづけてしまって、のうのうとした)

ことにする。彼は原稿の債務なんかすっかり片づけてしまって、のうのうとした

(からだになっている。そこへかれがくどいてみようかとおもっているきんじょのむすめさんが)

身体になっている。そこへ彼が口説いてみようかと思っている近所の娘さんが

(えんじいろのわんぴーすをきてあそびにやってくる。そこでうめだじゅうはちは、るりこーー)

臙脂色のワンピースを着て遊びにやってくる。そこで梅田十八は、ルリ子ーー

(むすめさんのなであるーーをともなってさんぽにでかける。ふたりはあるきつかれて、つきあかるき)

娘さんの名であるーーを伴って散歩に出かける。二人は歩き疲れて、月明るき

(こじょうをせにしてべんちにならんでこしをおろす。そしてぴったりとよりそい)

古城を背にしてベンチに並んで腰を下ろす。そしてピッタリと寄りそい

(あまいこいをささやきかわすのだった。ところがしろのなかにいたようばあだむういっちが)

甘い恋を囁きかわすのだった。ところが城の中にいた妖婆アダムウイッチが

(はるかにこれをみて、おおいにしっとする。そしてたまりかねて、やけざけをのむ。)

遥かにこれを見て、大いに嫉妬する。そしてたまりかねて、自棄酒を呑む。

(あまりにさけをがぶがぶのんだので、こんにゃくのようによっぱらって、とうとうゆかのうえに)

あまりに酒をガブガブ呑んだので、蒟蒻のように酔払って、とうとう床の上に

(だいのじになってねむってしまう。おしろのしたでは、じゅうはちとるりこが、あたりはばからず)

大の字になって睡ってしまう。お城の下では、十八とルリ子が、あたり憚らず

など

(まだぴったりとだきあってこいをかたっている。つきがにしのそらにおちたのもしらない。)

まだピッタリと抱き合って恋を語っている。月が西の空に落ちたのも知らない。

(そのうちにひがしのそらがしらみ、よるはほのぼのとあけはじめ(ああよるがあけはじめる)

そのうちに東の空が白み、夜はほのぼのと明けはじめ(ああ夜が明けはじめる

(なんて、くだらないことをおもいついてしまったものだ。ほんとうによるはまだ)

なんて、くだらないことを思いついてしまったものだ。本当に夜はまだ

(くろぐろとあんていしているのであろうな。かーてんをひらいてまどのそとを)

くろぐろと安定しているのであろうな。カーテンを開いて窓の外を

(のぞいてみよう。うむいまのところ、まだだいじょうぶである)わかきふたりのだきあっている)

覗いてみよう。うむ今のところ、まだ大丈夫である)若き二人の抱き合っている

(そばには、おおきなざくろのきがあって、えだにはたわわにあかいみがなっている。)

傍には、大きな柘榴の樹があって、枝にはたわわに赤い実がなっている。

(そのあいだをはやおきのはちすずめのむれがちゅっちゅっととびたわむれている。まるでさらさの)

その間を早や起きの蜂雀の群がチュッチュッと飛び戯れている。まるで更紗の

(ずがらのように。おしろではようばあだむういっちが、ゆかのうえにたおれたまま、まだ)

図柄のように。お城では妖婆アダムウイッチが、床の上に仆れたまま、まだ

(ぐうぐうねむっている。でんきどけいのししんは、もうごぜんろくじをさしているーー)

グウグウ睡っている。電気時計の指針は、もう午前六時を指しているーー

(またきんくきんくーーのに、かれはめがさめない。じゅしんきのすいっちを)

また禁句禁句ーーのに、彼は目が覚めない。受信機のスイッチを

(ひねっておけば、このへんでらじおたいそうがはじまり、えぎあなうんさーのおじさんが)

ひねって置けば、この辺でラジオ体操が始まり、江木アナウンサーのおじさんが

(どらごえをはりあげておこしてくれるのだがーーかれ、うめのじゅうごはいつも)

銅羅声をはりあげて起してくれるのだがーー彼、梅野十伍はいつも

(そうしている。ただしとこからはなれるのはかれではなくて、しょうがっこうにゆくかれの)

そうしている。但し床から離れるのは彼ではなくて、小学校にゆく彼の

(こどもである。かれはらじおたいそうをきけばあんしんして、さらにぐうぐうねむれるのである。)

子供である。彼はラジオ体操を聴けば安心して、更にグウグウ睡れるのである。

(ーーあいにくようばはまえのばんにふかざけをして、ねるときにすいっちをひねっておくことを)

ーー生憎妖婆は前の晩に深酒をして、寝るときにスイッチをひねっておくことを

(わすれたので、らじおたいそうがほうそうされていてもかのようばにはきこえなかった。)

忘れたので、ラジオ体操が放送されていても彼の妖婆には聞えなかった。

(そんなわけでとうとうようばはごぜんろくじにとなうべきてんていにやくそくのさんどのじゅもんを)

そんなわけでとうとう妖婆は午前六時に唱うべき天帝に約束の三度の呪文を

(あげないでしまう。そのけっかは、おしろのしたにどんなこうけいをえんしゅつするにいたったで)

あげないでしまう。その結果は、お城の下にどんな光景を演出するに至ったで

(あろうか。るりこはうららかなたいようのひかりをあびながら、うめだじゅうはちとだきあって)

あろうか。ルリ子はうららかな太陽の光を浴びながら、梅田十八と抱き合って

(いるうちに、きゅうにうめだのからだがきえてしまって、はずみをくってどうとべんちのうえに)

いるうちに、急に梅田の身体が消えてしまって、弾みをくって瞠とベンチの上に

(ながくなってたおれる。そのときかのじょのからだのしたから、はつかねずみがとびだした。)

長くなって仆れる。そのとき彼女の身体の下から、二十日鼠が飛びだした。

(そしてそのにひきのはつかねずみが、ちょろちょろとむこうへにげてゆく、にひきの)

そしてその二匹の二十日鼠が、チョロチョロと向うへ逃げてゆく、二匹の

(はつかねずみとかくとどくしゃは、かのさくしゃがねぼけていちのじをにのじにかいてしまったと)

二十日鼠と書くと読者は、彼作者が寝呆けて一の字を二の字に書いてしまったと

(おもうかもしれない。しかしどくしゃはまもなくこうかいするにちがいない。さくしゃは)

思うかもしれない。しかし読者は間もなく後悔するに違いない。作者は

(こんなふうにそのところをかく。ーー「ーーもちろんいっぴきのはつかねずみは、)

こんな風にそのところを書く。ーー「ーーもちろん一匹の二十日鼠は、

(あわれなうめだじゅうはちのきゅうたいにかえったすがただった。ほかのいっぴきはえんじいろのわんぴーすが)

哀れな梅田十八の旧態にかえった姿だった。他の一匹は臙脂色のワンピースが

(きゅうたいにかえったすがただった。るりこはじぶんがはくじつのもとにすっぱだかになっているのも)

旧態にかえった姿だった。ルリ子は自分が白日の下に素裸になっているのも

(しらず、べんちからたちあがった」と、するのである。そのへんで、きっとにやりと)

知らず、ベンチから立ち上った」と、するのである。その辺で、きっとニヤリと

(くちをまげるどくしゃがひとりやふたりはあるにちがいない。さくしゃのかれにとっても、)

口を曲げる読者が一人や二人はあるに違いない。作者の彼にとっても、

(あまりわるいきもちがしないのであったけれど、これではたんていしょうせつにはならない。)

あまり悪い気持がしないのであったけれど、これでは探偵小説にはならない。

(「ほう、もうよじだ。これはいけない」げんこうをかくことをわすれて、うっかり)

「ほう、もう四時だ。これはいけない」原稿を書くことを忘れて、うっかり

(いいここちになっていたうめのじゅうごは、とけいのししんをみてきゅうにあわてだした。かれは)

いい心地になっていた梅野十伍は、時計の指針を見て急に慌てだした。彼は

(ずいぶんじかんをくうひした、はやくかきださねばまにあわない。)

随分時間を空費した、早く書き出さねば間に合わない。

(たんていしょうせつ、たんていしょうせつ、たんていしょうせつやーい。)

探偵小説、探偵小説、探偵小説ヤーイ。

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