「心理試験」5 江戸川乱歩

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タグ小説 長文
江戸川乱歩の小説「心理試験」です。
今はあまり使われていない漢字や、読み方、表現などがありますが、原文のままです。

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問題文

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(ざがさだまるとまもなく、「あいにくじょちゅうがおりませんので」とことわりながら、)

座が定まると間もなく、「あいにく女中が居りませんので」と断りながら、

(ろうばはおちゃをくみにたった。ふきやはそれを、いまかいまかとまちかまえていたのだ。)

老婆はお茶を汲みに立った。蕗谷はそれを、今か今かと待構えていたのだ。

(かれは、ろうばがふすまをあけるためにすこしみをかがめたとき、やにわにうしろから)

彼は、老婆が襖を開ける為に少し身を屈めた時、やにわに後ろから

(だきついて、りょううでをつかって(てぶくろをはめていたけれども、なるべくゆびのあとは)

抱きついて、両腕を使って(手袋をはめていたけれども、なるべく指の跡は

(つけまいとしてだ)ちからまかせにくびをしめた。ろうばはのどのところでぐっという)

つけまいとしてだ)力まかせに首を絞めた。老婆は咽の所でグッという

(ようなおとをだしたばかりで、たいしてもがきもしなかった。ただ、くるしまぎれに)

様な音を出したばかりで、大して藻掻きもしなかった。ただ、苦し紛れに

(そらをつかんだゆびさきが、そこにたててあったびょうぶにふれて、)

空を掴んだ指先が、そこに立ててあった屏風に触れて、

(すこしばかりのきずをこしらえた。それはにまいおりのじだいのついたきんびょうぶで、)

少しばかりの傷を拵えた。それは二枚折の時代のついた金屏風で、

(ごくさいしきのろっかせんがえがかれていたが、そのちょうどおののこまちのかおのところが、)

極彩色の六歌仙が描かれていたが、その丁度小野の小町の顔の所が、

(むざんにもちょっとばかりやぶれたのだ。ろうばのいきがたえたのをみさだめると、)

無惨にも一寸許り破れたのだ。老婆の息が絶えたのを見定めると、

(かれはしがいをそこへよこにして、ちょっときになるようすで、そのびょうぶのやぶれを)

彼は死骸をそこへ横にして、一寸気になる様子で、その屏風の破れを

(ながめた。しかしよくかんがえてみれば、すこしもしんぱいすることはない。こんなものが)

眺めた。併しよく考えて見れば、少しも心配することはない。こんなものが

(なにのしょうこになるはずもないのだ。そこで、かれはもくてきのとこのまへいって、)

何の証拠になる筈もないのだ。そこで、彼は目的の床の間へ行って、

(れいのまつのきのねもとをもって、つちもろともすっぽりとうえきばちからひきぬいた。)

例の松の木の根元を持って、土もろともスッポリと植木鉢から引抜いた。

(よきしたとおり、そのていにはあぶらがみでつつんだものがいれてあった。)

予期した通り、その底には油紙で包んだものが入れてあった。

(かれはおちつきはらって、そのつつみをといて、みぎのぽけっとからひとつの)

彼は落ちつきはらって、その包みを解いて、右のポケットから一つの

(あたらしいおおがたのさいふをとりだし、しへいをはんぶんばかり(じゅうぶんごせんえんはあった))

新しい大型の財布を取出し、紙幣を半分ばかり(十分五千円はあった)

(そのなかにいれると、さいふをもとのぽけっとにおさめ、のこったしへいはあぶらがみに)

その中に入れると、財布を元のポケットに納め、残った紙幣は油紙に

(つつんでまえのとおりにうえきばちのそこへかくした。むろん、これはかねをぬすんだという)

包んで前の通りに植木鉢の底へ隠した。無論、これは金を盗んだという

(しょうせきをくらますためだ。ろうばのちょきんのだかは、ろうばじしんがしっていたばかりだから、)

証跡を晦ます為だ。老婆の貯金の高は、老婆自身が知っていたばかりだから、

など

(それがはんぶんになったとて、だれもうたがうはずはないのだ。)

それが半分になったとて、誰も疑う筈はないのだ。

(それから、かれはそこにあったざぶとんをまるめてろうばのむねにあてがい)

それから、彼はそこにあった座布団を丸めて老婆の胸にあてがい

((これはちしおのとばぬようじんだ)ひだりのぽけっとからいっちょうのじゃっくないふを)

(これは血潮の飛ばぬ用心だ)左のポケットから一挺のジャックナイフを

(とりだしてはをひらくと、しんぞうをめがけてぐさっとつきさし、ぐいとひとつえぐって)

取出して歯を開くと、心臓をめがけてグサッと突差し、グイと一つ抉って

(おいてひきぬいた。そして、おなじざぶとんのぬのでないふのちのりをきれいにふきとり、)

置いて引抜いた。そして、同じ座布団の布でナイフの血のりを綺麗に拭き取り、

(もとのぽけっとへおさめた。かれは、しめころしただけでは、そせいのおそれがあると)

元のポケットへ納めた。彼は、絞め殺しただけでは、蘇生の虞れがあると

(おもったのだ。つまりむかしのとどめをさすというやつだ。では、なぜさいしょから)

思ったのだ。つまり昔のとどめを刺すという奴だ。では、何故最初から

(はものをしようしなかったかというと、そうしてはひょっとしてじぶんのきものに)

刃物を使用しなかったかというと、そうしてはひょっとして自分の着物に

(ちしおがかかるかもしれないことをおそれたのだ。)

血潮がかかるかも知れないことを虞れたのだ。

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