山本周五郎 赤ひげ診療譚 徒労に賭ける 2

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プレイ回数651難易度(4.5) 1715打 長文
映画でも有名な、山本周五郎の傑作連作短編です。
赤ひげ診療譚の第五話です。

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問題文

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(ちょうどさかをのぼりきって、ほんごういっちょうめのとおりをみぎへおれるところだった。)

ちょうど坂を登りきって、本郷一丁目の通りを右へ折れるところだった。

(のぼるはきょじょうのせつめいをききながら、そのりろんのとうひよりも、)

登は去定の説明を聞きながら、その理論の当否よりも、

(そういうところにめをつけ、それをぜとしんじ、)

そういうところに眼をつけ、それを是と信じ、

(ほかのはんたいやふへいにとんちゃくせず、)

他の反対や不平に頓着せず、

(すぐにじっこうするかれのじょうねつとゆうきにかんたんした。)

すぐに実行する彼の情熱と勇気に感嘆した。

(ーーせんせいのようなひとこそ、)

ーー先生のような人こそ、

(ようじょうしょというとくしゅなしせつにはうってつけのひとなんだな。)

養生所という特殊な施設にはうってつけの人なんだな。

(こうおもいながら、のぼるはてぬぐいであせをふいた。)

こう思いながら、登は手拭で汗を拭いた。

(そのときひょっと、むこうからくるひとりのわかものがめについた。)

そのときひょっと、向うから来る一人の若者が眼についた。

(あらいざらしのひとえにさんじゃくをしめ、わらぞうりをはき、かたほうのすそをまくって、)

洗いざらしの単衣に三尺をしめ、藁草履をはき、片方の裾を捲くって、

(ひょろひょろときたが、すれちがいさまにどんときょじょうにつきあたった。)

ひょろひょろと来たが、すれちがいさまにどんと去定に突き当った。

(うしろにいたのぼるのめにも、あきらかにわざとつきあたったということはわかった。)

うしろにいた登の眼にも、明らかにわざと突き当ったということはわかった。

(ふいをつかれて、きょじょうはちょっとよろめき、するとわかものがわめいた。)

不意をつかれて、去定はちょっとよろめき、すると若者が喚いた。

(「やいおいぼれ、どういうつもりだ」)

「やい老いぼれ、どういうつもりだ」

(きょじょうはあいてをみ、すぐにもくれいしていった、「これはどうも、しつれいした」)

去定は相手を見、すぐに目礼して云った、「これはどうも、失礼した」

(「しつれいしたあ」とわかものはすそをまくっていたてで、こんどはかたそでをまくりあげた、)

「失礼したあ」と若者は裾を捲っていた手で、こんどは片袖を捲りあげた、

(「やい、このひろいおうらいでひとにつきあたって、しつれいしたですむとおもうのかよう」)

「やい、この広い往来で人に突き当って、失礼したで済むと思うのかよウ」

(のぼるはわれしらずまえへでようとした。)

登はわれ知らず前へ出ようとした。

(しかしきょじょうはそれをせいしし、こんどはていねいにあたまをさげていった、)

しかし去定はそれを制止し、こんどは丁寧に頭をさげて云った、

(「みるとおりのとしよりで、かんがえごとをしていたためにしつれいをした、)

「見るとおりの年寄りで、考えごとをしていたために失礼をした、

など

(まことにもうしわけないがかんべんしてもらいたい」)

まことに申訳ないが勘弁してもらいたい」

(「ちえっ」わかものはめをさんかくにして、きょじょうをみあげみおろし、)

「ちえッ」若者は眼を三角にして、去定を見あげ見おろし、

(だが、それいじょういいがかりをつけるすきがないとみたのだろう、)

だが、それ以上云いがかりをつける隙がないとみたのだろう、

(わきのほうへつばをはいていった、)

脇のほうへ唾を吐いて云った、

(「ちえっ、えんぎくそでもねえ、かんじょうわるくしちゃうじゃねえか、きをつけやがれ」)

「ちえッ、縁起くそでもねえ、感情悪くしちゃうじゃねえか、気をつけやがれ」

(はんちょうあまりあるいてから、のぼるがいまいましそうにいった。)

半丁あまり歩いてから、登がいまいましそうに云った。

(「ならずものですね、ひどいやつだ、わたしはわざとつきあたるのをみていましたよ」)

「ならず者ですね、ひどいやつだ、私はわざと突き当るのを見ていましたよ」

(「そうしたかったんだろう」ときょじょうはあっさりいった、)

「そうしたかったんだろう」と去定はあっさり云った、

(「にんげんはときどきあんなことをやってみたいようなきもちになるものだ、)

「人間はときどきあんなことをやってみたいような気持になるものだ、

(わかいうちにはな、ーーおれにもおぼえがあるよ」)

若いうちにはな、ーーおれにも覚えがあるよ」

(わたしはなぐりつけてやろうかとおもいました、のぼるはそういおうとしたが、)

私は殴りつけてやろうかと思いました、登はそう云おうとしたが、

(くちにはださず、こぶしをにぎったままだまってあるいていた。)

口には出さず、拳を握ったまま黙って歩いていた。

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