山本周五郎 赤ひげ診療譚 徒労に賭ける 12

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映画でも有名な、山本周五郎の傑作連作短編です。
赤ひげ診療譚の第五話です。

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問題文

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(きょじょうはわかものをじっとみつめていて、それからごくおだやかにきいた、)

去定は若者をじっとみつめていて、それからごく穏やかに訊いた、

(「どうして、おれがきてはいけないのだ」)

「どうして、おれが来てはいけないのだ」

(「とちがさびれるんだそうですよ」とわかものはこたえた、)

「土地がさびれるんだそうですよ」と若者は答えた、

(「おまえさんははじめにまちかたをつれておいでなすった、)

「おまえさんは初めに町方を伴れておいでなすった、

(それはいちどっきりだったそうだが、)

それは一度っきりだったそうだが、

(なにしろようじょうしょはおかみのいきがかかってるし、おまえさんはそこのせんせいだ、)

なにしろ養生所はお上の息がかかってるし、おまえさんはそこの先生だ、

(しぜんおまえさんのようなひとがでいりをすると、)

しぜんおまえさんのような人が出入りをすると、

(きゃくがこわがってよりつかなくなる」)

客がこわがって寄りつかなくなる」

(きょじょうはさえぎっていった、)

去定は遮って云った、

(「そんなもってまわったことをいうな、)

「そんな持って廻ったことを云うな、

(おまえはだれかにたのまれてきたのだろう、たのんだのはだれだ」)

おまえは誰かに頼まれて来たのだろう、頼んだのは誰だ」

(「このしまぜんたいですよ」)

「このしまぜんたいですよ」

(「しょうじきにいえ」ときょじょうはたたみかけていった、)

「正直に云え」と去定はたたみかけて云った、

(「おれはにねんあまりここへかよっている、しょうばいのじゃまになるなら、)

「おれは二年あまりここへかよっている、しょうばいの邪魔になるなら、

(もうとっくにもんくがでているはずだ、だれにたのまれたかしょうじきにいえ、だれだ」)

もうとっくに文句が出ている筈だ、誰に頼まれたか正直に云え、誰だ」

(「いせいのいいじじいだな、ええ」わかものはつれのほうへふりむいた、)

「威勢のいいじじいだな、ええ」若者は伴れのほうへ振向いた、

(「せっかくためをおもっていってやるのに、)

「せっかくためを思って云ってやるのに、

(これじゃあおだやかにゃあすまねえらしいぜ」)

これじゃあ穏やかにゃあ済まねえらしいぜ」

(「あまくみてえるんだ」はだぬぎのおとこはてをあげてさけんだ、)

「あまくみてえるんだ」肌ぬぎの男は手をあげて叫んだ、

(「おい、みんなきてくれ」)

「おい、みんな来てくれ」

など

(のぼるはふりかえった。)

登は振返った。

(するとうしろのほうにさんにんわかいものがいて、こっちへはしってきた。)

するとうしろのほうに三人若い者がいて、こっちへ走って来た。

(ふたりはこのまえ、おとよのことでやりあったあいてであり、)

二人はこのまえ、おとよのことでやりあった相手であり、

(ほかのひとりはくるときにすれちがった、)

他の一人は来るときにすれちがった、

(たけぞうにいわせれば「ほんごういっちょうめでつきあたった」おとこだということをのぼるはみとめた。)

竹造に云わせれば「本郷一丁目で突き当った」男だということを登は認めた。

(「やすもと、ーー」ときょじょうがいった、)

「保本、ーー」と去定が云った、

(「たけぞうといっしょにさがっていろ、てだしはならんぞ」)

「竹造といっしょにさがっていろ、手出しはならんぞ」

(「それはいけません、せんせい」)

「それはいけません、先生」

(「いやかまうな」ときょじょうはのぼるをさえぎった、)

「いや構うな」と去定は登を遮った、

(「おれはだいじょうぶだからさがっていろ、ええ、さがっていろというんだ」)

「おれは大丈夫だからさがっていろ、ええ、さがっていろというんだ」

(のぼるとたけぞうはわきへさがった。のぼるはあしががくがくし、つばがのみこめなくなった。)

登と竹造は脇へさがった。登は足ががくがくし、唾がのみこめなくなった。

(たけぞうをみると、いかりのためだろう、かおがあかくふくれていたが、)

竹造を見ると、怒りのためだろう、顔が赤くふくれていたが、

(ふあんそうなようすはみえなかった。)

不安そうなようすはみえなかった。

(「やいじじい」とはだかのおとこがいっていた、)

「やいじじい」と裸の男が云っていた、

(「としをかんげえてひっこんだらどうだ、いまのうちならみのがしてやるが、)

「年を考げえて引込んだらどうだ、いまのうちなら見逃がしてやるが、

(へたにいじをはるといっしょうかたわものになるぜ」)

へたに意地を張ると一生片輪者になるぜ」

(「きさまこういうじぐちをしっているか」ときょじょうはいった、)

「きさまこういう地口を知っているか」と去定は云った、

(「いしゃとけんかをしてにげるやつがいうんだ、)

「医者と喧嘩をして逃げるやつが云うんだ、

(あのいしゃのてにかかるといのちがあぶない、ーーきさまたちもよくかんがえるほうがいい、)

あの医者の手にかかると命が危ない、ーーきさまたちもよく考えるほうがいい、

(おれはいのちはとらないが、それでもてあしのにほんやさんぼん、)

おれは命は取らないが、それでも手足の二本や三本、

(へしおるぐらいのことはやりかねないぞ」)

へし折るぐらいのことはやりかねないぞ」

(はだかのおとこ、たぶんこのなかのあにきぶんだろうか、ふんとせせらわらいをしながら、)

裸の男、たぶんこの中のあにき分だろうか、ふんとせせら笑いをしながら、

(みくびったようすできょじょうのほうへちかよった。)

みくびったようすで去定のほうへ近よった。

(「じじい」とかれはといかけた、「てめえほんとうにやるきなのか」)

「じじい」と彼は問いかけた、「てめえ本当にやる気なのか」

(「よしたほうがいい」ときょじょうがいった、「ことわっておくがよしたほうがいいぞ」)

「よしたほうがいい」と去定が云った、「断わっておくがよしたほうがいいぞ」

(おとこはとつぜん、きょじょうにとびかかった。)

男は突然、去定にとびかかった。

(のぼるはあっけにとられ、くちをあいたままぼうぜんとたっていた。)

登はあっけにとられ、口をあいたまま茫然と立っていた。

(はだかのおとこがとびかかるのははっきりみたが、あとはろくにんのからだがもつれあい、)

裸の男がとびかかるのははっきり見たが、あとは六人の躯が縺(もつ)れあい、

(とびちがうので、だれがだれともみわけがつかなかった。)

とびちがうので、誰が誰とも見分けがつかなかった。

(そのあいまに、ほねのおれるぶきみなおとや、あいうつにく、こぶしのおとなどとともに、)

そのあいまに、骨の折れるぶきみな音や、相打つ肉、拳の音などと共に、

(おとこたちのどごうとひめいがきこえ、だが、こきゅうにしてじゅうごろくほどのわずかなときがたつと、)

男たちの怒号と悲鳴が聞え、だが、呼吸にして十五六ほどの僅かな時が経つと、

(おとこたちのよにんはじめんにのびてしまい、きょじょうがひとりをくみふせていた。)

男たちの四人は地面にのびてしまい、去定が一人を組伏せていた。

(のびているおとこたちはくつうのうめきをもらし、)

のびている男たちは苦痛の呻きをもらし、

(ひとりはなきながら、みぎのあしをつかんでみもだえをしていた。)

一人は泣きながら、右の足をつかんで身もだえをしていた。

(「さあいえ」)

「さあ云え」

(ときょじょうはくみふせたおとこーーそれはあにきぶんとみえるはだかのわかものだったが、)

と去定は組伏せた男ーーそれはあにき分とみえる裸の若者だったが、

(そのおとこのくびをかたてでせめながらいった、)

その男の首を片手で責めながら云った、

(「だれにたのまれてした、だれだ、いえ、いわぬとこのまましめおとすぞ」)

「誰に頼まれてした、誰だ、云え、云わぬとこのまま絞めおとすぞ」

(おとこはぜいぜいとのどをならし、くびをさゆうにふりながらいった、)

男はぜいぜいと喉を鳴らし、首を左右に振りながら云った、

(「ごあんさまです」)

「ごあんさまです」

(「だれだと、はっきりいえ」)

「誰だと、はっきり云え」

(「おかちまちの」とおとこはあえぎながらいった、)

「御徒町の」と男は喘ぎながら云った、

(「ーーいだのわかせんせいです」)

「ーー井田の若先生です」

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