「毒草」2 江戸川乱歩
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問題文
(それから、だたいだんがきっかけになって、わたしたちのはなしはさんじせいげんもんだいにうつって)
それから、堕胎談がきっかけになって、私達の話は産児制限問題に移って
(いった。そのてんではともだちもわたしも、ちかごろのわかいもののことだ。むろんはなしがあった。)
行った。その点では友達も私も、近頃の若い者のことだ。無論話が合った。
(せいげんろんじゃなのだ。ただそれがごようされて、ふひつようなゆうさんかいきゅうにおこなわれ、)
制限論者なのだ。ただそれが誤用されて、不必要な有産階級に行われ、
(むさんしゃかいには、そんなうんどうのおこっているのをしらぬものがおおい、げんに)
無産社会には、そんな運動の起っているのを知らぬ者が多い、現に
(このきんじょにはひんみんくつのようなながやがあるのだが、そこではどのいえもひつよういじょうに)
この近所には貧民窟の様な長屋があるのだが、そこではどの家も必要以上に
(こぶくしゃばかりだ、というようなことをおおいにろんじたものである。)
子福者ばかりだ、という様なことを大いに論じたものである。
(それをろんじながら、はからずもわたしのあたまにうかんできたのは、わたしのうちのすぐうらに)
それを論じながら、計らずも私の頭に浮かんで来たのは、私の家のすぐ裏に
(すんでいるろうゆうびんはいたつふいっかであった。そこのしゅじんはこのまちのさんとうゆうびんきょくに)
住んでいる老郵便配達夫一家であった。そこの主人はこの町の三等郵便局に
(じゅうなんねんきんぞくして、げっきゅうわずかにごじゅうえん、ぼんくれのてあてがおのおのにじゅうえんに)
十何年勤続して、月給僅に五拾円、盆暮れの手当てが各々二拾円に
(みたないというみのうえであった。そのうちでばんしゃくをかかしたことのない)
充たないという身の上であった。その中で晩酌を欠かしたことのない
(さけずきであったけれど、きわめてりちぎもので、じゅうなんねんというながのつきひを、)
酒好きであったけれど、極めて律儀者で、十何年という長の月日を、
(おそらくいちにちもけっきんせずにとおしたようなおとこであった。それでとしはごじゅうを)
恐らく一日も欠勤せずに通した様な男であった。それで年は五十を
(こしているらしいのだが、けっこんがおそかったものとみえて、じゅうにさいを)
越しているらしいのだが、結婚がおそかったものと見えて、十二歳を
(うえにろくにんのこだから(?)があるのだ。やちんだってじゅうえんははらわねばなるまい。)
上に六人の子宝(?)があるのだ。屋賃だって拾円は払わねばなるまい。
(それをまあどうしてくらしていこうというのだ。ゆうがたになるとは、じゅうにさいの)
それをまあどうして暮して行こうというのだ。夕方になるとは、十二歳の
(ちょうじょがたいじそうにごごうびんをかかえて、ろうふのばんしゃくをかいにいく。わたしのいえの)
長女が大切相に五合瓶を抱えて、老父の晩酌を買いに行く。私の家の
(にかいから、そのあわれなすがたがまいにちながめられるのだ。よるは、ちばなれのさんさいに)
二階から、その哀れな姿が毎日眺められるのだ。夜は、乳離れの三歳に
(なるおとこのこが、びょうてきな(おそらくえいじのひすてりいであろうか)ちからのないこえで、)
なる男の子が、病的な(恐らく嬰児のヒステリイであろうか)力のない声で、
(ひとばんじゅうなきつづける。ごさいになるそのうえのおんなのこは、あたまからかおからおできが)
一晩中泣き続ける。五歳になるその上の女の子は、頭から顔から腫物が
(できて、よるになるとそれがいたいのかかゆいのか、これもまたひすてりいのように)
出来て、夜になるとそれが痛いのか痒いのか、これもまたヒステリイの様に
(なきさけぶのだ。よんじゅっさいのかれらのははおやは、それをまあどんなこころもちでながめて)
泣き叫ぶのだ。四十歳の彼等の母親は、それをまあどんな心持で眺めて
(いるのであろう。しかもかのじょのはらには、もうまた、いつつきのこがやどっているのだ。)
いるのであろう。しかも彼女の腹には、もう又、五月の子が宿っているのだ。
(だが、これはわたしのうらのゆうびんきゃくふのうちにかぎったことではない、そのとなりにも、)
だが、これは私の裏の郵便脚夫の家に限ったことではない、その隣にも、
(そのうらにも、にたようなこぶくしゃがいくらもある。そして、ひろいせけんには、)
その裏にも、似た様な子福者がいくらもある。そして、広い世間には、
(もっともっと、ゆうびんきゃくふのじゅっそうばいもふこうなかていが、たくさんあることであろう。)
もっともっと、郵便脚夫の十層倍も不幸な家庭が、沢山あることであろう。
(そんなことを、とりとめもなくはなしあっているうちに、みじかいあきのひがもうくれはじめた)
そんなことを、取止めもなく話合っているうちに、短い秋の日がもう暮れ初めた
(のである。あおかったそらがうすずみいろになり、きんじょのいえいえにはしらちゃけたとうかが)
のである。青かった空が薄墨色になり、近所の家々には白茶けた燈火が
(てんじられ、そうしてつちのうえにこしをおろしているのが、みょうにうそさむくなってきた。)
点じられ、そうして土の上に腰をおろしているのが、妙にうそ寒くなってきた。
(そこで、わたしたちはたちあがって、わたしはわたしのいえに、ともだちはかれのいえに、かえることにした)
そこで、私達は立上って、私は私の家に、友達は彼の家に、帰ることにした
(のである。が、そのとき、つとたちあがったわたしは、いままでせなかをむけていたおかのうえに、)
のである。が、その時、ツト立上った私は、今迄背中を向けていた丘の上に、