カインの末裔 3/11
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問題文
(えんりょえしゃくもなくはやてはやまとのとをこめてふきすさんだ。うるしのようなやみがたいがの)
遠慮会釈もなく迅風は山と野とをこめて吹きすさんだ。漆のような闇が大河の
(ごとくひがしへひがしへとながれた。まっかりぬぷりのぜってんのゆきだけがりんこうをはなってかすかに)
如く東へ東へと流れた。マッカリヌプリの絶巓の雪だけが燐光を放ってかすかに
(ひかっていた。あらくれたおおきなしぜんだけがそこによみがえった。)
光っていた。荒らくれた大きな自然だけがそこに甦った。
(こうしてにんえもんふうふは、どこからともなくkむらにあらわれでて、まつかわのうじょうの)
こうして仁右衛門夫婦は、何処からともなくK村に現われ出て、松川農場の
(こさくにんになった。)
小作人になった。
(に)
(二)
(にんえもんのこやからいっちょうほどはなれて、kむらからくっちゃんにかようみちぞいに、)
仁右衛門の小屋から一町ほど離れて、K村から倶知安に通う道路添いに、
(さとうよじゅうというこさくにんのこやがあった。よじゅうというおとこはこがらでかおいろもあおく、なんねん)
佐藤与十という小作人の小屋があった。与十という男は小柄で顔色も青く、何年
(たってもとしをとらないで、はたらきもかいなそうにみえたが、こどものおおいことだけは)
たっても齢をとらないで、働きも甲斐なそうに見えたが、子供の多い事だけは
(のうじょういちだった。あすこのかかあはこだねをよそからもらってでもいるんだろうとのうじょうの)
農場一だった。あすこの嚊は子種をよそから貰ってでもいるんだろうと農場の
(わかいものなどがよるとじょうだんをいいあった。にょうぼうというのはからだのがっしりしたさけぐらい)
若い者などが寄ると戯談を言い合った。女房と言うのは体のがっしりした酒喰い
(のおんなだった。おおにんずうなためにかせいでもかせいでもびんぼうしているので、だらしのない)
の女だった。大人数なために稼いでも稼いでも貧乏しているので、だらしのない
(きたないふうはしていたが、そのかおつきはわりあいにととのっていて、ふしぎにおとこにせまるいんとうな)
汚い風はしていたが、その顔付きは割合に整っていて、不思議に男に逼る淫蕩な
(いろをたたえていた。)
色を湛えていた。
(にんえもんがこののうじょうにはいったよくあさはやく、よじゅうのつまはあわせいちまいにぼろぼろのそでなし)
仁右衛門がこの農場に這入った翌朝早く、与十の妻は袷一枚にぼろぼろの袖無し
(をきて、いどーーといってもみそだるをうめたのにあかさびのういたうわみずがよんぶんめ)
を着て、井戸ーーといっても味噌樽を埋めたのに赤鏽の浮いた上層水が四分目
(ほどたまってるーーのところであねちょこといいならわされたはくらいのざっそうのねにできるいも)
ほど溜ってるーーの所でアネチョコといい慣わされた舶来の雑草の根に出来る薯
(をあらっていると、そこにひとりのおとこがのそりとやってきた。ろくしゃくちかいせいをすこし)
を洗っていると、そこに一人の男がのそりとやって来た。六尺近い背丈を少し
(まえこごみにして、えいようのわるいつちけいろのかおがまっすぐにかたのうえにのっていた。とうわくした)
前こごみにして、営養の悪い土気色の顔が真直に肩の上に乗っていた。当惑した
(やじゅうのようで、どうじにどこかわるがしこいおおきなめがふといまゆのしたでぎろぎろとひかって)
野獣のようで、同時に何所か奸譎い大きな眼が太い眉の下でぎろぎろと光って
(いた。それがにんえもんだった。かれはよじゅうのつまをみるとちょっとほほえましいきぶん)
いた。それが仁右衛門だった。彼れは与十の妻を見ると一寸ほほえましい気分
(になって、)
になって、
(「おっかあ、ひだねべあったらちょっぴりわけてくれずに」)
「おっかあ、火種べあったらちょっぴり分けてくれずに」
(といった。よじゅうのつまはいぬにであったねこのようなてきいとおちつきをもってかれをみた。)
といった。与十の妻は犬に出遇った猫のような敵意と落着きを以て彼れを見た。
(そしてみつめたままでだまっていた。)
そして見つめたままで黙っていた。
(にんえもんはやにのつまったおおきなめをてのこうでこどもらしくこすりながら、)
仁右衛門は脂のつまった大きな眼を手の甲で子供らしくこすりながら、
(「おらあすこのこやさきたもんだのし。ほいとではねえだよ」)
「俺らあすこの小屋さ来たもんだのし。乞食ではねえだよ」
(といってにこにこした。つみのないかおになった。よじゅうのつまはだまってこやにひき)
といってにこにこした。罪のない顔になった。与十の妻は黙って小屋に引き
(かえしたが、まっくらなこやのなかにねみだれたこどもをのりこえのりこえいろりのところに)
かえしたが、真暗な小屋の中に臥乱れた子供を乗りこえ乗りこえ囲炉裡の所に
(いってそだをいっぽんさげてでてきた。にんえもんはうけとると、くちをふくらまして)
行って粗朶を一本提げて出て来た。仁右衛門は受取ると、口をふくらまして
(それをふいた。そしてなにかひとことふたことはなしあってこやのほうにかえっていった。)
それを吹いた。そして何か一言二言話しあって小屋の方に帰って行った。
(このひもゆうべのかぜはふきおちていなかった。そらはすみからすみまでそこきみわるくはれ)
この日も昨夜の風は吹き落ちていなかった。空は隅から隅まで底気味悪く晴れ
(わたっていた。そのためにかぜはじめんにばかりふいているようにみえた。さとうのはたけは)
渡っていた。そのために風は地面にばかり吹いているように見えた。佐藤の畑は
(とにかくあきおこしをすましていたのに、それにとなったにんえもんのはたけはみわたすかぎり)
とにかく秋耕をすましていたのに、それに隣った仁右衛門の畑は見渡す限り
(かまどがえしとみずひきとあかざととびつかとでぼうぼうとしていた。ひきのこされた)
かまどがえしとみずひきとあかざととびつかとで茫々としていた。ひき残された
(だいずのからがかぜにふかれてひょうきんなおとをたてていた。あちこちにひょろひょろと)
大豆の殻が風に吹かれて瓢軽な音を立てていた。あちこちにひょろひょろと
(たったしらかばはおおかたはをふるいおとしてなよなよとしたしろいみきがかぜにたわみ)
立った白樺はおおかた葉をふるい落してなよなよとした白い幹が風にたわみ
(ながらひかっていた。こやのまえのあまをこいだところだけは、こぼれだねからはえたほそい)
ながら光っていた。小屋の前の亜麻をこいだ所だけは、こぼれ種から生えた細い
(くきがあおいいろをみせていた。あとはこやもはたけもしものためにしらちゃけたにぶいきつねいろだった。)
茎が青い色を見せていた。跡は小屋も畑も霜のために白茶けた鈍い狐色だった。
(にんえもんのさびしいこやからはそれでもやがてしろいすいえんがかすかにもれはじめた。)
仁右衛門の淋しい小屋からはそれでもやがて白い炊煙がかすかに漏れはじめた。
(やねからともなくかこいからともなくゆげのようにもれた。)
屋根からともなく囲いからともなく湯気のように漏れた。
(ちょうしょくをすますとふうふはじゅうねんもまえからすみなれているように、へいきなかおではたけに)
朝食をすますと夫婦は十年も前から住み馴れているように、平気な顔で畑に
(でかけていった。ふたりはしごとのてはいもきめずにはたらいた。しかし、ふゆをめのまえに)
出かけて行った。二人は仕事の手配もきめずに働いた。しかし、冬を眼の前に
(ひかえてなにをさきにすればいいかをふたりながらほんのうのようにしっていた。)
ひかえて何を先きにすればいいかを二人ながら本能のように知っていた。
(つまは、もようもわからなくなったふろしきをさんかくにおってろしあじんのようにほおかむりを)
妻は、模様も分らなくなった風呂敷を三角に折って露西亜人のように頬かむりを
(して、あかんぼうをせなかにしょいこんで、せっせとこえだやねっこをひろった。にんえもんは)
して、赤坊を背中に背負いこんで、せっせと小枝や根っこを拾った。仁右衛門は
(いっぽんのくわでよんちょうにあまるはたけのいちぐうからほりおこしはじめた。ほかのこさくにんはのらしごと)
一本の鍬で四町にあまる畑の一隅から掘り起しはじめた。外の小作人は野良仕事
(にかたをつけて、いまはゆきがこいをしたりたきぎをきったりしてこやのまわりではたらいていた)
に片をつけて、今は雪囲をしたり薪を切ったりして小屋のまわりで働いていた
(から、はたけのなかにたっているのはにんえもんふうふだけだった。すこしたかいところからはどこ)
から、畑の中に立っているのは仁右衛門夫婦だけだった。少し高い所からは何処
(までもみわたされるひろいへいたんなこうさくちのうえでふたりはすにかえりそこねたにひきのありのよう)
までも見渡される広い平坦な耕作地の上で二人は巣に帰り損ねた二匹の蟻のよう
(にきりきりとはたらいた。はかないろうりょくにくてんをうって、くわのさきがひのかげんで)
にきりきりと働いた。果敢ない労力に句点をうって、鍬の先きが日の加減で
(ぎらっぎらっとひかった。つなみのようなおとをたててかぜのこもるしもがれのぼうふうりんには)
ぎらっぎらっと光った。津波のような音をたてて風のこもる霜枯れの防風林には
(からすもいなかった。あれはてたはたけにみきりをつけてさけのぎょばにでもうつっていって)
烏もいなかった。荒れ果てた畑に見切りをつけて鮭の漁場にでも移って行って
(しまったのだろう。)
しまったのだろう。
(ひるすこしまわったころにんえもんのはたけにふたりのおとこがやってきた。ひとりはゆうべじむしょに)
昼少しまわった頃仁右衛門の畑に二人の男がやって来た。一人は昨夜事務所に
(いたちょうばだった。いまひとりはにんえもんのえんじゃというかわもりじいさんだった。めをしょぼ)
いた帳場だった。今一人は仁右衛門の縁者という川森爺さんだった。眼をしょぼ
(しょぼさせたいってつらしいかわもりはにんえもんのすがたをみると、いかったらしいかおつきをして)
しょぼさせた一徹らしい川森は仁右衛門の姿を見ると、怒ったらしい顔付をして
(ずかずかとそのそばによっていった。)
ずかずかとその傍によって行った。
(「わりゃじぎひとつしらねえやつの、なんじょういうておらがにはきくさらぬ。ちょうばさん)
「汝ゃ辞儀一つ知らねえ奴の、何条いうて俺らがには来くさらぬ。帳場さん
(のうしらしてくさずば、いつまでもしんようもねえだった。まずもってこやさ)
のう知らしてくさずば、いつまでも知んようもねえだった。先ずもって小屋さ
(いぐべし」)
行ぐべし」
(さんにんはこやにはいった。いりぐちのみぎてにねわらをしいたうまのいどころと、かわいたをに、さんまい)
三人は小屋に這入った。入口の右手に寝藁を敷いた馬の居所と、皮板を二、三枚
(ならべたこくもつおきばがあった。ひだりのほうにはいりぐちのほったてばしらからおくのほったてばしらにかけて)
ならべた穀物置場があった。左の方には入口の掘立柱から奥の掘立柱にかけて
(いっぽんのまるたをつちのうえにわたしてどまにむぎわらをしきならしたそのうえに、ところどころむしろが)
一本の丸太を土の上にわたして土間に麦藁を敷きならしたその上に、所々蓆が
(ひろげてあった。そのまんなかにきられたいろりにはそれでもまっくろにすすけたてつびんが)
拡げてあった。その真中に切られた囲炉裡にはそれでも真黒に煤けた鉄瓶が
(かかっていて、かぼちゃのこびりついたかけわんがふたつみっつころがっていた。かわもりは)
かかっていて、南瓜のこびりついた欠椀が二つ三つころがっていた。川森は
(はじいるごとく、)
恥じ入る如く、
(「やばっちいところで」)
「やばっちい所で」
(といいながらちょうばをろのよこざにしょうじた。)
といいながら帳場を炉の横座に招じた。
(そこにつまもおずおずとはいってきて、おそるおそるあたまをさげた。それをみると)
そこに妻もおずおずと這入って来て、恐る恐る頭を下げた。それを見ると
(にんえもんはどまにむけてかっとつばをはいた。うまはびくんとしてみみをたてたが、)
仁右衛門は土間に向けてかっと唾を吐いた。馬はびくんとして耳をたてたが、
(やがてくびをのばしてそのにおいをかいだ。)
やがて首をのばしてその香をかいだ。
(ちょうばはつまのさしだすさゆのちゃわんをうけはしたがそのままのまずにむしろのうえに)
帳場は妻のさし出す白湯の茶碗を受けはしたがそのまま飲まずに蓆の上に
(おいた。そしてむずかしいことばでゆうべのけいやくしょのないようをいいきかしはじめた。)
置いた。そしてむずかしい言葉で昨夜の契約書の内容をいい聞かし初めた。
(こさくりょうはさんねんごとにかきかえのいちたんぶにえんにじゅっせんであること、たいのうにはとしにわりごぶの)
小作料は三年ごとに書換えの一反歩二円二十銭である事、滞納には年二割五分の
(りしをふすること、そんぜいはこさくにわりあてること、にんえもんのこやはまえのこさくから)
利子を付する事、村税は小作に割宛てる事、仁右衛門の小屋は前の小作から
(じゅうごえんでかってあるのだかららいねんじゅうにしょうかんすべきこと、さくあとはうまおこししておくべき)
十五円で買ってあるのだから来年中に償還すべき事、作跡は馬耕して置くべき
(こと、あまはかしつけちせきのごぶんのいちいじょうつくってはならぬこと、ばくちをしてはならぬこと、)
事、亜麻は貸付地積の五分の一以上作ってはならぬ事、博奕をしてはならぬ事、
(りんぽあいたすけねばならぬこと、ほうさくにもこさくりょうはわりましをせぬかわりどんなきょうさくでも)
隣保相助けねばならぬ事、豊作にも小作料は割増しをせぬ代りどんな凶作でも
(わりびきはきんずること、ばぬしにじきそがましいことをしてはならぬこと、りゃくだつのうぎょうをしては)
割引は禁ずる事、場主に直訴がましい事をしてはならぬ事、掠奪農業をしては
(ならぬこと、それからうんぬん、それからうんぬん。)
ならぬ事、それから云々、それから云々。
(にんえもんはいわれることがよくのみこめはしなかったが、はらのなかではくそをくらえと)
仁右衛門はいわれる事がよく飲み込めはしなかったが、腹の中では糞を喰らえと
(おもいながら、いままではたらいていたはたけをきにしていりぐちからながめていた。)
思いながら、今まで働いていた畑を気にして入口から眺めていた。
(「おまえはうまをもってるくせになんだってうまおこしをしねえだ。いくんちもなくゆきに)
「お前は馬を持ってるくせに何んだって馬耕をしねえだ。幾日もなく雪に
(なるだに」)
なるだに」
(ちょうばはちゅうしょうろんからじっさいろんにきりこんでいった。)
帳場は抽象論から実際論に切込んで行った。
(「うまはあるが、ぷらおがねえだ」)
「馬はあるが、プラオがねえだ」
(にんえもんははなのさきであしらった。)
仁右衛門は鼻の先きであしらった。
(「かりればいいでねえか」)
「借りればいいでねえか」
(「ぜにこがねえかんな」)
「銭子がねえかんな」
(かいわはぷつんととぎれてしまった。ちょうばはにどのかいけんでこのやばんじんをどう)
会話はぷつんと途切れてしまった。帳場は二度の会見でこの野蛮人をどう
(とりあつかわねばならぬかをのみこんだとおもった。めんとむかってらちのあくやつではない。)
取扱わねばならぬかを飲み込んだと思った。面と向って埒のあく奴ではない。
(うっかりにょうぼうにでもあいそをみせればおおごとになる。)
うっかり女房にでも愛想を見せれば大事になる。
(「まあしんぼうしてやるがいい。ここのおやかたははこだてのまるもちでもののわかったひと)
「まあ辛抱してやるがいい。ここの親方は函館の金持ちで物の解った人
(だかんな」)
だかんな」
(そういってこやをでていった。にんえもんもこがいにでてちょうばのげんきそうなうしろすがたを)
そういって小屋を出て行った。仁右衛門も戸外に出て帳場の元気そうな後姿を
(みおくった。かわもりはさいふからごじゅっせんぎんかをだしてそれをつまのてにわたした。なにしろ)
見送った。川森は財布から五十銭銀貨を出してそれを妻の手に渡した。何しろ
(ちょうばにつけとどけをしておかないとばんじにそんがいくからこんやにもさけをかって)
帳場につけとどけをして置かないと万事に損が行くから今夜にも酒を買って
(あいさつにいくがいいし、ぷらおならじぶんのところのものをかしてやるといっていた。)
挨拶に行くがいいし、プラオなら自分の所のものを借してやるといっていた。