怪物 「転」-1-
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問題文
(としょかんからのかえりみち、わたしはくれーぷをかいぐいしながら)
図書館からの帰り道、私はクレープを買い食いしながら
(しょうてんがいのろじにたたずんでいた。)
商店街の路地に佇んでいた。
(ゆうやけがれんがのほそうみちをそめて、さまざまなかたちのかげをうつしだしてる。)
夕焼けがレンガの舗装道を染めて、様々なかたちの影を映し出してる。
(みちいくひとのよこがおはどこかおちつかないようにみえる。)
道行く人の横顔はどこか落ち着かないように見える。
(みんなこころのおくふかいばしょで、せつめいしがたいふあんかんをいだいているようだった。)
みんな心の奥深い場所で、説明しがたい不安感を抱いているようだった。
(そうおもったわたしのめのまえをおんなのこたちのわらいごえがとおりすぎる。)
そう思った私の目の前を女の子たちの笑い声が通り過ぎる。
(いきをはいて、さいごのひとくちをかじる。)
息を吐いて、最後の一口を齧る。
(どのひとのひょうじょうも、わたしのこころのとうえいなのかもしれない。)
どの人の表情も、私の心の投影なのかも知れない。
(ろーるしゃはてすとだ。わらいがおいがいに、)
ロールシャハテストだ。笑い顔以外に、
(すれちがうのひとのきもちをりかいできるきかいなんてまずないんだから。)
すれ違うの人の気持ちを理解できる機会なんてまずないんだから。
(けっきょくあのとしょかんのほんのらっかのげんいんはわからないままだった。)
結局あの図書館の本の落下の原因はわからないままだった。
(こんなことが、きのうのすいようびからきょうにかけて、)
こんなことが、昨日の水曜日から今日にかけて、
(まちのいたるところでおきているらしい。)
街の至る所で起きているらしい。
(わたしはおこっていることより、このいちれんのできごとの)
私は起こっていることより、この一連の出来事の
(むかうさきのことがきにかかっていた。)
向かう先のことが気に懸かっていた。
(いったいどういうかたるしすをむかえるのか。そうかんがえながらめをとじると、)
いったいどういうカタルシスを迎えるのか。そう考えながら目を閉じると、
(なにかをせずにはいられないきもちになるのだった。)
何かをせずにはいられない気持ちになるのだった。
(「えきどなをさがせ」そのことばに、いとぐちをみだせそうなきがする。)
『エキドナを探せ』その言葉に、糸口を見出せそうな気がする。
(さっきからそのことばかりかんがえている。くれーぷのつつみをくずかごにほうる。)
さっきからそのことばかり考えている。クレープの包みをクズ籠に放る。
(わたしにこのひんとをなげかけたまさききょうこは、まちじゅうでおこっている)
私にこのヒントを投げ掛けた間崎京子は、街中で起こっている
(かいいをかいぶつにたとえた。そしてそのかいぶつたちをうみおとすのはまむしのおんなえきどなだ。)
怪異を怪物に例えた。そしてその怪物たちを生み落とすのは蝮の女エキドナだ。
(これがいったいなにのいんゆなのかさだかではない。)
これがいったい何の隠喩なのか定かではない。
(さだかではないが、わたしはこうかんがえている。すくなくともまさききょうこは、)
定かではないが、私はこう考えている。少なくとも間崎京子は、
(いっけんばらばらにはっせいしているようにみえるかいきげんしょうが)
一見バラバラに発生しているように見える怪奇現象が
(たんいつのねっこをもっているとおもっている。それも、なんとかげんしょうだとか)
単一の根っこを持っていると思っている。それも、ナントカ現象だとか
(なんとかこうかだとかといったほうかつてきななにかではなく、)
ナントカ効果だとかといった包括的ななにかではなく、
(しんじがたいことにそれはたったひとつの”じんかく”といえるようなそんざいに)
信じがたいことにそれはたった一つの”人格”と言えるような存在に
(しゅうそくされているようなきがするのだ。は。)
収束されているような気がするのだ。ハ。
(こんなこと、だれかにはなせるようなものではない。くづくひとりがすきだな。)
こんなこと、誰かに話せるようなものではない。くづく一人が好きだな。
(あんうつなきもちが、かえりみちをやけにとおくさせた。)
暗鬱な気持ちが、帰り道をやけに遠くさせた。
(いえにかえりつき、げんかんのまえにたったときからきづいていたが、)
家に帰り着き、玄関の前に立った時から気づいていたが、
(やはりそのよるのばんごはんはかれーだった。)
やはりその夜の晩御飯はカレーだった。
(「そんなにみずばかりのんでるとしょうかがわるくなるわよ」)
「そんなに水ばかり飲んでると消化が悪くなるわよ」
(というははおやのこごとをききながらかれーをすぷーんでかきこみ、みずでながしこむ。)
という母親の小言を聞きながらカレーをスプーンでかき込み、水で流し込む。
(「けさどっかでこうじしてた?」さりげなくきいてみたが、)
「今朝どっかで工事してた?」さりげなく聞いてみたが、
(「そういえば、どこでやってのかしらね」とははおやがくびをかしげる。)
「そういえば、どこでやってのかしらね」と母親が首を傾げる。
(ちちおやは「しらん」といいながらゆうかんをよんでいる。)
父親は「知らん」と言いながら夕刊を読んでいる。
(いもうとはからだをはんてんさせてさらをもったままいまのてれびをみている。)
妹は身体を反転させて皿を持ったまま居間のテレビを見ている。
(ちちおやがよみおわるのをまってからゆうかんにめをとおしたが、)
父親が読み終わるのを待ってから夕刊に目を通したが、
(とくにかわったきじはなかった。それからじぶんのへやにひきあげる。)
特に変わった記事はなかった。それから自分の部屋に引きあげる。
(あかりとらじおをつけて、へやのまんなか。)
明かりとラジオをつけて、部屋の真ん中。
(すみにころがっていたくっしょんをひきよせる。)
隅に転がっていたクッションを引き寄せる。
(なにをすればいいのかしょうじきわからない。)
なにをすればいいのか正直分からない。
(とりあえずきのうふぁふろつきーずのこうだけよんでなげていた)
とりあえず昨日ファフロツキーズの項だけ読んで投げていた
(「せかいのかいきげんしょうふぁいる」をとおしてよんでみることにした。)
『世界の怪奇現象ファイル』を通して読んでみることにした。
(らじおがくだらないわだいでけたたましいわらいこえをだしはじめたので)
ラジオがくだらない話題でけたたましい笑い声を出し始めたので
(すいっちをけし、てきとうなcdをかける。そしてもくもくとぺーじをめくる。)
スイッチを消し、適当なCDをかける。そして黙々と頁をめくる。
(どこかできいたことがあるようなかいきげんしょうばかりがれっきょされているが、)
どこかで聞いたことがあるような怪奇現象ばかりが列挙されているが、
(じょうほうのりょうとしつにはかなりかたよりがあり、ふぁふろつきーずのこうのような)
情報の量と質にはかなり偏りがあり、ファフロツキーズの項のような
(しょうさいなかいせつはあまりなかった。)
詳細な解説はあまりなかった。
(そんななか、cdのななきょくめがすぎたあたりだっただろうか。)
そんな中、CDの7曲目が過ぎたあたりだっただろうか。
(わたしははんぶんよみとばしかかっていたぶんのなかになにかひっかかるものをかんじ、)
私は半分読み飛ばしかかっていた文の中になにか引っかかるものを感じ、
(おもわずしせいをただす。それは「ぽるたーがいすとげんしょう」のこうだった。)
思わず姿勢を正す。それは『ポルターガイスト現象』の項だった。
(「・・・・・・ぽるたーがいすとげんしょうのれいとしては、しつないにばしっという)
「……ポルターガイスト現象の例としては、室内にバシッという
(しょうたいふめいのおとがひびく、てもふれていないのにかぐがうごく、さらがちゅうにまう、)
正体不明の音が響く、手も触れていないのに家具が動く、皿が宙に舞う、
(すいっちをいれていないかでんせいひんがさどうするといった)
スイッチを入れていない家電製品が作動するといった
(めにみえないちからがはたらいているかのようなものから、なにもないくうかんから)
目に見えない力が働いているかのようなものから、何もない空間から
(いしやみずがふってきたり、ひのけのないばしょでものがはっかしたりといった)
石や水が降ってきたり、火の気のない場所で物が発火したりといった
(かいげんしょうなどがあげられる・・・・・・」わたしはきんちょうした。いしふりげんしょう!)
怪現象などが挙げられる……」私は緊張した。石降り現象!
(そういえば、ぽるたーがいすとげんしょうをだいざいにしたどらまだかえいがだかで、)
そういえば、ポルターガイスト現象を題材にしたドラマだか映画だかで、
(しつないにいしがふってくるというばめんをみたことがあった。)
室内に石が降って来るという場面を見たことがあった。
(かんぜんにしつねんしていた。まさききょうこはこれをいっていたのだ。)
完全に失念していた。間崎京子はこれを言っていたのだ。
(「ふぁふろつきーず」ということばにふりまわされるなと。)
『ファフロツキーズ』という言葉に振り回されるなと。
(じぶんのまぬけさにはらがたつ。)
自分の間抜けさに腹が立つ。
(いしのあめがふるというげんしょうには、べつのあぷろーちのほうほうがあったのだ。)
石の雨が降るという現象には、別のアプローチの方法があったのだ。
(「くそっ」ほんをなげてたちあがる。)
「クソッ」本を投げて立ち上がる。
(ぽるたーがいすとげんしょうのこうはあきらかにやっつけしごとで、)
ポルターガイスト現象の項はあきらかにやっつけ仕事で、
(じょうほうりょうとしてはわたしでもおぼろげにしっていたていどのことしかのっていなかった。)
情報量としては私でもおぼろげに知っていた程度のことしか載っていなかった。
(かばんからあどれすちょうをひっぱりだして、めあてのばんごうをさがす。)
鞄からアドレス帳を引っ張り出して、目当ての番号を探す。
(ちゅうがくじだいのせんぱいだ。ぶかつがおなじだった。)
中学時代の先輩だ。部活が同じだった。
(かのじょはこどものころにみのまわりでぽるたーがいすとげんしょうとしかおもえないような)
彼女は子どものころに身の回りでポルターガイスト現象としか思えないような
(ふかかいなできごとがつづいたらしく、やがてそれがおさまったあともなにかとはなしのたねに)
不可解な出来事が続いたらしく、やがてそれが収まった後もなにかと話のタネに
(していた。さんざんおなじはなしをきかされたのでないしんうんざりしていたものだが、)
していた。散々同じ話を聞かされたので内心ウンザリしていたものだが、
(にねんほどたったいまではあんがいわすれてしまっている。)
2年ほど経った今では案外忘れてしまっている。
(「ばんにすみません。しかもいきなりで。)
「晩に済みません。しかもいきなりで。
(ちょっとおしえてもらいたいことがあるんですが」)
ちょっと教えてもらいたいことがあるんですが」
(とつぜんのでんわにもかかわらずかのじょはわたしをなつかしがって、)
突然の電話にも関わらず彼女は私を懐かしがって、
(「でんわより、いまからうちくる?」といってくれた。)
「電話より、今からウチ来る?」と言ってくれた。
(「すぐいきます」といってでんわをきり、ろうかからいまのほうにむかって)
「すぐ行きます」と言って電話を切り、廊下から居間の方に向かって
(「ちょっとでてくる」とおおきなこえでつげてからいえをとびだした。)
「ちょっと出てくる」と大きな声で告げてから家を飛び出した。
(なまぬるいくうきがよるのしじまをうめている。)
生ぬるい空気が夜のしじまを埋めている。
(いちにち、ねつえねるぎーをきゅうしゅうしたあすふぁるとがまださめないのだ。)
一日、熱エネルギーを吸収したアスファルトがまだ冷めないのだ。
(じてんしゃにのって、じゅうたくがいのろじをいそぐ。)
自転車に乗って、住宅街の路地を急ぐ。
(がいとうがぽつんとあるくらいいっかくにさしかかったとき、こんくりーとべいのかたわらに)
街灯がぽつんとある暗い一角に差し掛かった時、コンクリート塀の傍らに
(せっちされているこうしゅうでんわがめにはいった。なぜかむかしからにがてなのだ。)
設置されている公衆電話が目に入った。何故か昔から苦手なのだ。
(ちいさいころに「おばけのでんわ」というかいだんがはやったことがあり、)
小さいころに「お化けの電話」という怪談が流行ったことがあり、
(あるきゅうけたのばんごうにこうしゅうでんわからかけるとおばけのこえがじゅわきから)
ある9桁の番号に公衆電話から掛けるとお化けの声が受話器から
(きこえてくるという、たわいもないうわさだったのだが、)
聞こえてくるという、他愛もない噂だったのだが、
(わたしはきんじょのおとこのこといっしょにこのこうしゅうでんわでためしたことがあった。)
私は近所の男の子と一緒にこの公衆電話で試したことがあった。
(きおくがすこしあいまいなのだが、たしかそのときはそのおとこのこが)
記憶が少し曖昧なのだが、たしかその時はその男の子が
(「きこえる」といってなきだし、じゅわきをぶんどったわたしが)
「聞こえる」と言って泣き出し、受話器をぶんどった私が
(みみをつけるとつーつーというおとだけしかきこえなかったにもかかわらず、)
耳をつけるとツーツーという音だけしか聞こえなかったにもかかわらず、
(そのこが「だんだんおおきくなってきてる」とわめいてでんわぼっくすから)
その子が「だんだん大きくなってきてる」と喚いて電話ボックスから
(とびだしてしまい、とりのこされたわたしもこわくなってきてにげだしてしまった。)
飛び出してしまい、取り残された私も怖くなってきて逃げ出してしまった。
(それいらい、このみちをとおるときにはむいしきに)
それ以来、この道を通る時には無意識に
(そのでんわぼっくすからめをそらしてしまうのだ。)
その電話ボックスから目を逸らしてしまうのだ。
(きみはわるかったが、いまはなにごともなくとおりすぎてさきをいそぐ。)
気味は悪かったが、今は何ごともなく通り過ぎて先を急ぐ。
(せんぱいのいえには15ふんほどでついた。げんかんさきでまっていてくれたので、)
先輩の家には15分ほどで着いた。玄関先で待っていてくれたので、
(ちゃいむをならすこともなくいえにあげてもらう。)
チャイムを鳴らすこともなく家に上げてもらう。