谷崎潤一郎 痴人の愛 25

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投稿者投稿者神楽@社長推しいいね1お気に入り登録
プレイ回数619難易度(4.5) 5596打 長文
谷崎潤一郎の中編小説です
私のお気に入りです
順位 名前 スコア 称号 打鍵/秒 正誤率 時間(秒) 打鍵数 ミス 問題 日付
1 布ちゃん 5506 A 5.7 95.6% 966.4 5573 252 100 2024/11/19

関連タイピング

問題文

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(「だいじょうぶよ、あたしにはあたしでかんがえがあるわよ。なあに、あんなおんなには)

「大丈夫よ、あたしにはあたしで考があるわよ。なあに、あんな女には

(そのくらいのことをいってやったほうがいいのよ、でないとこっちまでめいわく)

そのくらいのことを云ってやった方がいいのよ、でないと此方まで迷惑

(するから。まあちゃんだって、あれじゃこまるからちゅういしてやるって)

するから。まアちゃんだって、あれじゃ困るから注意してやるって

(いっていたわ」)

云っていたわ」

(「そりゃ、おとこがいうのはいいだろうけれど、・・・・・・・・・」)

「そりゃ、男が云うのはいいだろうけれど、・・・・・・・・・」

(「ちょいと!はまちゃんがきらこをつれてきたわよ、れでぃーがきたらすぐに)

「ちょいと!浜ちゃんが綺羅子を連れて来たわよ、レディーが来たら直ぐに

(いすからたつもんよ。」)

椅子から立つもんよ。」

(「あの、ごしょうかいします、」)

「あの、御紹介します、」

(と、はまだはわたしたちふたりのまえに、へいしの「きをつけ」のようなしせいで)

と、浜田は私たち二人の前に、兵士の「気をつけ」のような姿勢で

(たちどまりました。)

立ち止まりました。

(「これがはるのきらこじょうです。」)

「これが春野綺羅子嬢です。」

(こういうばあい、「このおんなはなおみにくらべまさっているか、おとっているか」と、わたしは)

こう云う場合、「この女はナオミに比べ優っているか、劣っているか」と、私は

(しぜん、なおみのうつくしさをひょうじゅんにしてしまうのですが、いまはまだのあとから、)

自然、ナオミの美しさを標準にしてしまうのですが、今浜田の後から、

(しとやかなしなをつくって、そのくちもとにゆうぜんとじしんのあるほほえみを)

しとやかなしなを作って、その口もとに悠然と自信のあるほほ笑みを

(うかべながら、ひとあしそこへあゆみでたきらこは、なおみよりひとつかふたつとしかさ)

浮かべながら、一と足そこへ歩み出た綺羅子は、ナオミより一つか二つ歳かさ

(でもありましょうか。が、いきいきとした、にゃんにゃんしたてんにおいては、こがらな)

でもありましょうか。が、生き生きとした、娘々した点に於いては、小柄な

(せいもあるでしょうが、すこしもなおみとかわりなく、そしていしょうのごうかなことは)

せいもあるでしょうが、少しもナオミと変りなく、そして衣裳の豪華なことは

(むしろなおみをあっとうするものがありました。)

寧ろナオミを圧倒するものがありました。

(「はじめまして、・・・・・・・・・」)

「初めまして、・・・・・・・・・」

(と、つつましやかなたいどでいって、りこうそうな、ちいさくまるく、ぱっちりとしたひとみを)

と、慎ましやかな態度で云って、悧巧そうな、小さく円く、パッチリとした眸を

など

(ふせて、こころもちむねをひくようにしてあいさつする、そのみのこなしには、)

伏せて、こころもち胸を引くようにして挨拶する、その身のこなしには、

(さすがはじょゆうだけあってなおみのようながさつなところがありません。)

さすがは女優だけあってナオミのようなガサツな所がありません。

(なおみはすることなすことがかっぱつのいきをとおりこして、らんぼうすぎます。くちのききかたも)

ナオミは為る事成す事が活発の域を通り越して、乱暴過ぎます。口の利き方も

(つんけんしていておんなとしてのやさしみにかけ、ややともするとげひんになります。)

つんけんしていて女としての優しみに欠け、ややともすると下品になります。

(ようするにかのじょはやせいのけもので、これにくらべるときらこのほうは、もののいいよう、)

要するに彼女は野生の獣で、これに比べると綺羅子の方は、物の言いよう、

(めのつかいよう、くびのひねりよう、てのあげよう、すべてがせんれんされていて、)

眼の使いよう、頸のひねりよう、手の挙げよう、総べてが洗練されていて、

(ちゅういぶかく、しんけいしつに、じんこうのきょくすうをつくしてみがきをかけられたきちょうひんのかんが)

注意深く、神経質に、人工の極数を尽して研きをかけられた貴重品の感が

(ありました。たとえばかのじょが、てーぶるについてかくてるのこっぷをにぎった)

ありました。たとえば彼女が、テーブルに就いてカクテルのコップを握った

(ときの、てのひらからてくびをみると、じつにほそい。そのしっとりとたれているたもとのおもみにも)

時の、掌から手頸を見ると、実に細い。そのしっとりと垂れている袂の重みにも

(えこたえぬほどに、しなしなとほそい。きめのこまやかさといろつやの)

得堪えぬほどに、しなしなと細い。きめのこまやかさと色つやの

(なまめかしさは、なおみといずれおとらずで、わたしはいくどたくじょうにおかれたよんまいのてのひらを、)

なまめかしさは、ナオミと孰れ劣らずで、私は幾度卓上に置かれた四枚の掌を、

(かわるがわるうちながめたかしれませんけれど、しかしふたりのかおのおもむきはたいへんにちがう。)

代る代る打ち眺めたか知れませんけれど、しかし二人の顔の趣は大変に違う。

(なおみがめりー・ぴくふぉーどで、やんきー・がーるであるとするなら、こっちは)

ナオミがメリー・ピクフォードで、ヤンキー・ガールであるとするなら、此方は

(どうしてもいたいりかふらんすあたりの、しとやかなうちにほのかなるこびをたたえた)

どうしても伊太利か仏蘭西あたりの、しとやかなうちに仄かなる媚びを湛えた

(ゆうえんなびじんです。おなじはなでもなおみはのにさき、きらこはむろにさいたものです。)

幽艶な美人です。同じ花でもナオミは野に咲き、綺羅子は室に咲いたものです。

(そのひきしまったまるがおのなかにあるちいさなはなは、まあなんというにくのうすい、)

その引き締まった円顔の中にある小さな鼻は、まあ何と云う肉の薄い、

(すきとおるようなはなでしょう!よほどのめいこうがこしらえたにんぎょうかなにかでないかぎり、)

透き徹るような鼻でしょう!余程の名工が拵えた人形か何かでない限り、

(あかんぼうのはなだってよもやこんなにせんさいではありますまい。そしてさいごに)

赤ん坊の鼻だってよもやこんなに繊細ではありますまい。そして最後に

(きがついたことは、なおみがひごろじまんしているみごとなはならび、それとまったく)

気がついたことは、ナオミが日頃自慢している見事な歯並び、それと全く

(おなじもののしんじゅのつぶが、まっかなうりをさいたようなきらこのかわいいこうこうのなかに、)

同じ物の真珠の粒が、真赤な瓜を割いたような綺羅子の可愛い口腔の中に、

(そのしゅしのようにはえそろっていたことです。)

その種子のように生え揃っていたことです。

(わたしがひけめをかんずるとどうじに、なおみもひけめをかんじたにちがいありません。)

私が引け目を感ずると同時に、ナオミも引け目を感じたに違いありません。

(きらこがせきへまじわってから、なおみはさっきのごうまんにもにず、ひやかすどころか)

綺羅子が席へ交わってから、ナオミはさっきの傲慢にも似ず、冷やかすどころか

(にわかにしんとだまってしまって、いちざはしらけわたりました。が、それでなくても)

俄かにしんと黙ってしまって、一座はしらけ渡りました。が、それでなくても

(まけおしみのつよいかのじょは、じぶんが「きらこをよんでこい」といったことばのてまえ、)

負け惜しみの強い彼女は、自分が「綺羅子を呼んで来い」と云った言葉の手前、

(やがていつものわんぱくきぶんをもりかえしたらしく、)

やがていつもの腕白気分を盛り返したらしく、

(「はまさん、だまっていないでなにかおっしゃっしゃいよ、あの、きらこさんは)

「浜さん、黙っていないで何か仰っしゃいよ、あの、綺羅子さんは

(なにですか、いつからはまさんとおともだちにおなりになって?」)

何ですか、いつから浜さんとお友達におなりになって?」

(と、そんなふうにぼつぼつはじめました。)

と、そんな風にぼつぼつ始めました。

(「わたくし?」)

「わたくし?」

(ときらこはいって、さえたひとみをぱっとあかるくして、)

と綺羅子は云って、冴えた瞳をぱっと明るくして、

(「ついこのあいだからですの」)

「ついこの間からですの」

(「あたくし」)

「あたくし」

(と、なおみもあいての「わたくし」くちょうにつりこまれながら、)

と、ナオミも相手の「わたくし」口調に釣り込まれながら、

(「いまはいけんしておりましたけれど、ずいぶんおじょうずでいらっしゃいますのね、よっぽど)

「今拝見しておりましたけれど、随分お上手でいらっしゃいますのね、よっぽど

(おならいになりましたの?」)

お習いになりましたの?」

(「いいえ、わたくし、やることはあの、まえからやっておりますけれど、ちっとも)

「いいえ、わたくし、やる事はあの、前からやっておりますけれど、ちっとも

(じょうずになりませんのよ、ぶきようだものですから、・・・・・・・・・」)

上手になりませんのよ、不器用だものですから、・・・・・・・・・」

(「あら、そんなことはありませんわ。ねえはまさん、あんたどうおもう?」)

「あら、そんなことはありませんわ。ねえ浜さん、あんたどう思う?」

(「そりゃうまいはずですよ、きらこさんのじょゆうようせいしょで、ほんしきにけいこしたんだから」)

「そりゃ巧い筈ですよ、綺羅子さんの女優養成所で、本式に稽古したんだから」

(「まあ、あんなことをおっしゃっしゃって」)

「まあ、あんなことを仰っしゃって」

(と、きらこはぽうっとはにかんだようなそぶりをみせて、うつむいてしまいます。)

と、綺羅子はぽうッとはにかんだような素振りを見せて、俯向いてしまいます。

(「でもほんとうにおじょうずよ、みわたしたところ、おとこでいちばんうまいのははまさん、)

「でもほんとうにお上手よ、見わたしたところ、男で一番巧いのは浜さん、

(おんなではきらこさん・・・・・・・・・」)

女では綺羅子さん・・・・・・・・・」

(「まあ」)

「まあ」

(「なんだい、だんすのひんぴょうかいかい?おとこでいちばんうめえのはなんといってもおれじゃ)

「何だい、ダンスの品評会かい?男で一番うめえのは何と云っても己じゃ

(ねえか。」)

ねえか。」

(と、そこへくまがいがぴんくいろのようふくをつれてわりこんできました。)

と、そこへ熊谷がピンク色の洋服を連れて割り込んで来ました。

(このぴんくいろは、くまがいのしょうかいによるとあおやまのほうにすんでいるじつぎょうかの)

このピンク色は、熊谷の紹介に依ると青山の方に住んでいる実業家の

(おじょうさんで、いのうえきくこというのでした。もはやこんきをすぎかけているにじゅうごろくの)

お嬢さんで、井上菊子と云うのでした。もはや婚期を過ぎかけている二十五六の

(としごろで、これはあとできいたのですが、にさんねんまえあるところへとついだのに、)

歳頃で、これは後で聞いたのですが、二三年前或る所へ嫁いだのに、

(あまりだんすがすきなのでちかごろりこんになったのだそうです。わざと)

あまりダンスが好きなので近頃離婚になったのだそうです。わざと

(そういうやかいふくのしたにかたからうでをあらわにしたよそおいは、おおかたほうえんなるにくたいびを)

そう云う夜会服の下に肩から腕を露わにした装いは、大方豊艷なる肉体美を

(うりものにしているのでしょうが、さてこうやってむかいあったようすでは、ほうえんと)

売り物にしているのでしょうが、さてこうやって向い合った様子では、豊艷と

(いわんよりあぶらぎったおおどしまというかたちでした。もっともひんじゃくなたいかくよりはこのくらいな)

云わんより脂ぎった大年増と云う形でした。尤も貧弱な体格よりはこのくらいな

(にくづきのほうが、ようふくにはにあうわけですけれど、ようふくとははなはだえんのとおいめはなだち)

肉づきの方が、洋服には似合う訳ですけれど、洋服とは甚だ縁の遠い目鼻立ち

(それもそのままにしておけばいいのに、なるべくえんをちかくしようとほねを)

それもそのままにして置けばいいのに、成るべく縁を近くしようと骨を

(おって、あっちこっちへよけいなていれをして、せっかくのきりょうをだいなしにしてしまって)

折って、彼方此方へ余計な手入れをして、折角の器量をダイナシにしてしまって

(いる。みるとなるほど、ほんもののまゆげははちまきのしたにかくされているにちがいなく、)

いる。見ると成る程、本物の眉毛は鉢巻の下に隠されているに違いなく、

(そのめのうえにひいてあるのはあきらかにつくりものなのです。それからめのふちのあおい)

その眼の上に引いてあるのは明かに作り物なのです。それから眼の縁の青い

(くまどり、ほおべに、いれぼくろ、くちびるのせん、はなすじのせん、と、ほとんどかおのあらゆるぶぶんが)

隈取り、頬紅、入れぼくろ、唇の線、鼻筋の線、と、殆ど顔のあらゆる部分が

(ふしぜんにつくってあります。)

不自然に作ってあります。

(「まあちゃん、あんたさるはきらい?」)

「まアちゃん、あんた猿は嫌い?」

(と、とつぜんなおみがそんなことをいいました。)

と、突然ナオミがそんな事を云いました。

(「さる?」)

「猿?」

(そういってくまがいは、ぷっとふきだしたくなるのをがまんしながら、)

そう云って熊谷は、ぷっと吹き出したくなるのを我慢しながら、

(「なんでえ、みょうなことをきくじゃねえか」)

「何でえ、妙なことを聞くじゃねえか」

(「あたしのいえにさるがにひきかってあるのよ、だからまあちゃんがすきだったら、)

「あたしの家に猿が二匹飼ってあるのよ、だからまアちゃんが好きだったら、

(いっぴきわけてあげようとおもうの。どう?まあちゃんはさるがすきじゃない?」)

一匹分けて上げようと思うの。どう?まアちゃんは猿が好きじゃない?」

(「あら、さるをかっていらっしゃいますの?」)

「あら、猿を飼っていらっしゃいますの?」

(とまがおになって、きくこがそれをたずねたので、なおみはいよいよずにのりながら)

と真顔になって、菊子がそれを尋ねたので、ナオミはいよいよ図に乗りながら

(いたずらずきのめをひからして、)

いたずら好きの眼を光らして、

(「ええ、かっておりますの、きくこさんはさるがおすき?」)

「ええ、飼っておりますの、菊子さんは猿がお好き?」

(「わたくし、どうぶつはなんでもすきでございますわ、いぬでもねこでも」)

「わたくし、動物は何でも好きでございますわ、犬でも猫でも」

(「そうしてさるでも?」)

「そうして猿でも?」

(「ええ、さるでも」)

「ええ、猿でも」

(そのもんどうがあまりおかしいので、くまがいはそっぽをむいてはらをかかえる、はまだは)

その問答があまり可笑しいので、熊谷は側方を向いて腹を抱える、浜田は

(はんけちをくちへあててくすくすわらう、きらこもそれとかんづいたらしくにやにや)

ハンケチを口へあててクスクス笑う、綺羅子もそれと感づいたらしくニヤニヤ

(している。が、きくこはあんがいひとのいいおんなだとみえて、じぶんがちょうろうされているとは)

している。が、菊子は案外人の好い女だと見えて、自分が嘲弄されているとは

(きがつきません。)

気がつきません。

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