泉鏡花 悪獣篇 17

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投稿者投稿者神楽@社長推しいいね0お気に入り登録
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泉鏡花の中編小説です

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問題文

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(「なにさまそれじゃ、きのうから、ときどきくろくものわくように、われらのからだを)

「何様それじゃ、昨日から、時々黒雲の湧くように、我等の身体を

(つつみました。ばばというは、なにものでござるじゃろう。」と、れんぺいは)

包みました。婆というは、何ものでござるじゃろう。」と、廉平は

(ゆうしながら、てをかざしてあおでいった。)

揖[ゆう]しながら、手を翳[かざ]して仰いで言った。

(しわでにいきをはっとかけ、ななめにちょうとのみを)

皺手[しわで]に呼吸[いき]をハッとかけ、斜めに丁[ちょう]と鑿を

(おさえて、めいっぱいにうみをのぞみ、)

押えて、目一杯に海を望み、

(「さんぜんせかいじゃ、なんでもいようさ。」)

「三千世界じゃ、何でも居ようさ。」

(「どこに、あの、どこにいますのでございますえ。」)

「どこに、あの、どこに居ますのでございますえ。」

(「それそれそこに、それ、ぬしたちのまわりによ。」)

「それそれそこに、それ、主たちの廻りによ。」

(「あれえ、」)

「あれえ、」

(「およそそやつらがなすわざじゃ。よるいちやおどりおって)

「およそ其奴等[そやつら]がなす業[わざ]じゃ。夜一夜踊りおって

(そうぞうしいわ、ちくしょうども、」)

騒々しいわ、畜生ども、」

(とはたとみるや、うしろのやまにかげおおきく、まなこのひかり)

とハタと見るや、うしろの山に影大きく、眼[まなこ]の光

(らんらんとして、しるこれあまみやのいっしょうせい。)

爛々[らんらん]として、知るこれ天宮の一将星。

(「うごくな!」)

「動くな!」

(とかっするしたに、どぶり、どぶり、どぶり、となみよ、なみよ、)

と喝[かっ]する下に、どぶり、どぶり、どぶり、と浪よ、浪よ、

(なみようずまくよ。)

浪よ渦[うずま]くよ。

(どうじに、つとそのかたてをあげた、たなごころのほうとう、)

同時に、衝[つ]とその片手を挙げた、掌[たなごころ]の宝刀、

(いなずまのはしるがごとく、いてうみにいるぞとみえし。)

稲妻の走るがごとく、射て海に入[い]るぞと見えし。

(やよりもはやこぎよせた、おなじわらべがろを)

矢よりも疾[はや]く漕寄[こぎよ]せた、同じ童[わらべ]が艪[ろ]を

(おして、よりおさなきほかのちごと、おやぶねにねたさきのせんどう、)

押して、より幼き他の児[ちご]と、親船に寝た以前[さき]の船頭、

など

(さんたいともふねにあり。)

三体とも船に在[あ]り。

(ななめにたかくそこみゆるまで、かたむいたふなべりから、ににんはんしんを)

斜めに高く底見ゆるまで、傾いた舷[ふなべり]から、二人[ににん]半身を

(のりいだして、うつむけにうみをのぞくとおもうと、くろがねの)

乗り出[いだ]して、うつむけに海を覗くと思うと、鉄[くろがね]の

(かいな、わらびのて、にじょうのえがすっくとそら、ほさきを)

腕[かいな]、蕨[わらび]の手、二条の柄がすっくと空、穂尖[ほさき]を

(みじかに、いっせいにみつまたのほこをかまえたしゅんかん、)

短[みじ]かに、一斉に三叉[みつまた]の戟[ほこ]を構えた瞬間、

(たたみおよそひゃくよじょう、うみいちめんにからくれない。)

畳およそ百余畳、海一面に鮮血[からくれない]。

(みよ、なんかいにきょじんあり、ふじさんをそのすそに、おおしまをまくらにして、ななめにかかる)

見よ、南海に巨人あり、富士山をその裾に、大島を枕にして、斜めにかかる

(びみょうのすがた。あおあらしするなみのかなたに、)

微妙の姿。青嵐[あおあらし]する波の彼方[かなた]に、

(そうごんなることぼとけのごとく、たんれいなることびじんににたり。)

荘厳[そうごん]なること仏のごとく、端麗なること美人に似たり。

(あやしきもののちしおはきえて、おとするばかりあさひのかげ。なみをわたるか、)

怪しきものの血潮は消えて、音するばかり旭[あさひ]の影。波を渡るか、

(ちゅうをゆくか、しろきがちょうのかたつばさ、あさかぜにかたむく)

宙を行[ゆ]くか、白き鵞鳥[がちょう]の片翼[かたつばさ]、朝風に傾く

(ほかげや、びゃくえ、ときいろ、みずあさぎ、ちらちらと)

帆かげや、白衣[びゃくえ]、水紅色[ときいろ]、水浅葱、ちらちらと

(なみにもれて、ふじんとれんぺいがたたずめる、いわやまのねのいわにちかく、)

波に漏れて、夫人と廉平が彳[たたず]める、岩山の根の巌[いわ]に近く、

(のろるるばかりにこぐあおぞらうおあり、いちびふなばたに)

忘るるばかりに漕ぐ蒼空[あおぞら]。魚[うお]あり、一尾舷[ふなばた]に

(とんで、うろこのいろ、あたかもゆき。)

飛んで、鱗の色、あたかも雪。

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