泉鏡花 悪獣篇 13
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問題文
(はまにとまぶねはこれにはかぎらぬから、たしかに、うえでみていたのをと、)
浜に苫船はこれには限らぬから、確[たしか]に、上で見ていたのをと、
(いただきをあおいでいちど。まずそのふたりがまえにたった、ひだりのほうのふなべりから、)
頂を仰いで一度。まずその二人が前に立った、左の方の舷から、
(ざくりととまをうえへあげた。・・・・・・)
ざくりと苫を上へあげた。・・・・・・
(ざらざらとわらがゆれて、ひろきひたいをさしいれて、べとりとあごひげいちめんな)
ざらざらと藁が揺れて、広き額を差入れて、べとりと頤髯[あごひげ]一面な
(そのにゅうわなくちをむすんで、あしをややつまだったとおもうと、りょうのかたで、)
その柔和な口を結んで、足をやや爪立ったと思うと、両の肩で、
(おどろきのはらをもんで、けたたましくとびのいて、したなるつなに)
驚愕[おどろき]の腹を揉んで、けたたましく飛び退いて、下なる綱に
(つまずいてたおれぬばかり、きょとんとして、ふといまゆのひそんだしたに、)
躓いて倒れぬばかり、きょとんとして、太い眉の顰[ひそ]んだ下に、
(まなこをつぶらにしてあたりをながめた。)
眼[まなこ]を円[つぶら]にして四辺[あたり]を眺めた。
(これなるおかとそうたいして、むこうなる、うみのおもにむらむらと)
これなる丘と相対して、対[むこ]うなる、海の面[おも]にむらむらと
(はびこった、ねずみいろのこきくもは、かしこいちざのやまをつつんで、)
蔓[はびこ]った、鼠色の濃き雲は、彼処[かしこ]一座の山を包んで、
(まだはれやらぬあさもやにて、すさまじくそらにひひって、)
まだ霽[は]れやらぬ朝靄にて、もの凄[すさま]じく空に冲[ひひ]って、
(ほのおのつらなってもゆるがごときは、やがてきゅうじゅうどを)
焔[ほのお]の連[つらな]って燃[もゆ]るがごときは、やがて九十度を
(こえんずる、なつのひをかいきにつつんで、がけにくさなきあかつちへ、)
越えんずる、夏の日を海気につつんで、崖に草なき赤地[あかつち]へ、
(ほのかにはんえいするのである。)
仄[ほのか]に反映するのである。
(かくてひとつめのはまはわんにゅうする、うみにもはまにもこのとき、)
かくて一つ目の浜は彎入[わんにゅう]する、海にも浜にもこの時、
(ひとはただれんぺいと、おやふねをこぎめぐる)
人はただ廉平と、親船を漕ぎ繞[めぐ]る
(ちょうようふたりのはだかごあるのみ。)
長幼二人の裸児[はだかご]あるのみ。
(えもいわれぬかおして、しばらくぼうのごとくたっていた、れんぺいは)
二十三 得も言われぬ顔して、しばらく棒のごとく立っていた、廉平は
(なにおもいけん、あしをこなたにかえして、ずっとみをおおきくいわのうえへ。)
何思いけん、足を此方[こなた]に返して、ずッと身を大きく巌の上へ。
(それをおりて、なぎさつだい、ふねをもてあそぶこどものまえへ。)
それを下りて、渚つだい、船を弄ぶ小児[こども]の前へ。
(ちかづいてみれば、かれらがこぎまわるおやぶねは、そのじくをなみうちぎわ。)
近づいて見れば、渠等[かれら]が漕ぎ廻る親船は、その舳[じく]を波打際。
(あさなぎのうみ、おだやかに、まさごをひろうばかりなれば、)
朝凪の海、穏[おだや]かに、真砂[まさご]を拾うばかりなれば、
(もやいもむすばずただよわせたのに、のんきにごろりと)
纜[もやい]も結ばず漾[ただよ]わせたのに、呑気にごろりと
(だいのじなり、かじをまくらのかんたんし、ふといまゆの)
大の字形[なり]、楫[かじ]を枕の邯鄲子[かんたんし]、太い眉の
(ひいでたのと、はなすじのとおったのが、まのけざまのねがおである。)
秀でたのと、鼻筋の通ったのが、真向[まの]けざまの寝顔である。
(かたわらのふねも、おさないのも、おもうに)
傍[かたわら]の船も、穉[おさな]いのも、惟[おも]うに
(このおやのこなのであろう。)
この親の子なのであろう。
(れんぺいは、ものもいわずにかけあるいたこえをまずととのえようと、)
廉平は、ものも言わずに駈け歩行[ある]いた声をまず調えようと、
(うちしわぶいたが、えへん! とおおきく、ちょうしはずれに)
打咳[うちしわぶ]いたが、えへん! と大きく、調子はずれに
(ひびいたので、しゃつのそでぐちのゆるんだてで、)
響いたので、襯衣[しゃつ]の袖口の弛[ゆる]んだ手で、
(そのくちもとをおおいながら、)
その口許を蔽[おお]いながら、
(「おい、おい。」)
「おい、おい。」
(ねたひとにはないしょらしく、ていちょうにしてこどもをよんだ。)
寝た人には内証らしく、低調にして小児[こども]を呼んだ。
(「おい、そのにいさん、そっちのこ。むむ、そうだ、おまえたちだ。)
「おい、その兄さん、そっちの児[こ]。むむ、そうだ、お前達だ。
(じょうずにこぐな、うまいものだ、かんしんなもんじゃな。」)
上手に漕ぐな、甘[うま]いものだ、感心なもんじゃな。」
(こえをかけられると、はねあがって、ふねをゆすること)
声を掛けられると、跳上[はねあ]がって、船を揺[ゆす]ること
(このはのごとし。)
木の葉のごとし。
(「あぶない、これこれ、はなしがある、まあ、ちょっとしずまれ。)
「あぶない、これこれ、話がある、まあ、ちょっと静まれ。
(おお、りこうりこう、よくいうことをきくな。)
おお、怜悧[りこう]々々、よく言うことを肯[き]くな。
(なにじゃ、そとじゃないがな、どうだあまりかんしんしたについて、)
何じゃ、外じゃないがな、どうだ余り感心したについて、
(もうちっとじょうずなところがみせてもらいたいな。)
もうちッと上手な処が見せてもらいたいな。
(どうじゃ、ずっとこげるか。そら、あの、そらいわのもっとさきへ、)
どうじゃ、ずッと漕げるか。そら、あの、そら巌のもっとさきへ、
(うみのまんなかまでこいでゆけるか、どうじゃろうな。」)
海の真中[まんなか]まで漕いで行[ゆ]けるか、どうじゃろうな。」
(やどかりでつるこふぐほどには、こんなおじさんに)
寄居虫[やどかり]で釣る小鰒[こふぐ]ほどには、こんな伯父さんに
(なじみのない、ひとなれぬさとのこは、めをひからすのみ、)
馴染[なじみ]のない、人馴れぬ里の児は、目を光らすのみ、
(へんじはしないが、としうえなのが、ろのてをとめつつ、)
返事はしないが、年紀上[としうえ]なのが、艪[ろ]の手を止めつつ、
(けろりで、がてんのめつきをする。)
けろりで、合点の目色[めつき]をする。
(「こげる? むむ、こげる! えらいな、こいでみせな/¥。)
「漕げる? むむ、漕げる! 豪[えら]いな、漕いで見せな/\。
(おじさんが、またほうびをやるわ。)
伯父さんが、また褒美をやるわ。
(いや、おやじ、なによ、おまえのとっさんか、とっさんには)
いや、親仁[おやじ]、何よ、お前の父[とっ]さんか、父爺[とっさん]には
(だまってよ、とっさんにきくと、あぶないとかいたずらをするなとか、)
黙ってよ、父爺に肯[き]くと、危いとか悪戯をするなとか、
(なんとかいってしかられら。そら、な、いいか、だまってだまって。」)
何とか言って叱られら。そら、な、可[い]いか、黙って黙って。」
(というと、またがってんがってん。よい、とおしたこがいなながら)
というと、また合点[がってん]々々。よい、と圧[お]した小腕ながら
(ろをおすせいこうなくろんぼのきかいのよう、しっといっせいとぶににたり。)
艪を圧す精巧な昆倫奴[くろんぼ]の器械のよう、シッと一声飛ぶに似たり。
(はやいこと、ただしゆれること、なかにのったおさないほうは、)
疾[はや]い事、但[ただ]し揺れる事、中に乗った幼い方は、
(あははあはは、とわらってはねる。)
アハハアハハ、と笑って跳ねる。
(「えらいぞ、えらいぞ。」)
「豪[えら]いぞ、豪いぞ。」
(というのもはばかり、たださしまねいてほめそやした。こぶねは)
というのも憚[はばか]り、たださしまねいて褒めそやした。小船は
(みるみるれんぺいのたかくあげたてのゆびをはなれて、いわがくれにやがて)
見る見る廉平の高くあげた手の指を離れて、岩がくれにやがて
(ただくもをこぼれたてんとなんぬ。)
ただ雲をこぼれた点となンぬ。
(おやぶねはたわいがなかった。)
親船は他愛がなかった。
(れんぺいはいそぎあしにとってかえして、またおかのねのいわをこして、とまぶねに)
廉平は急ぎ足に取って返して、また丘の根の巌を越して、苫船に
(たちよって、こなたのふなばたをよこにつたうて、にさんど、)
立寄って、此方[こなた]の船舷[ふなばた]を横に伝うて、二三度、
(おなじところをいったり、きたり。)
同じ処を行ったり、来たり。
(なかごろで、しゃがんでびくのかげにかくれたとおもうと、)
中ごろで、踞[しゃが]んで畚[びく]の陰に隠れたと思うと、
(またつったって、はしのほうからとまをなでたり、うえからそっと)
また突立[つった]って、端の方から苫を撫でたり、上からそっと
(たたきなどしたが、さらにあちこちをみまわして、ぐるりと)
叩きなどしたが、更にあちこちを眴[みまわ]して、ぐるりと
(へさきのほうへまわったとおもうと、むこうのふなばたのかげになった。)
舳[へさき]の方へ廻ったと思うと、向うの舷[ふなばた]の陰になった。
(とまがばらばらとあおったが、「ああ」といきのしたにさけぶこえ。わらをわけた)
苫がばらばらと煽ったが、「ああ」と息の下に叫ぶ声。藁を分けた
(えんなるかたそで、あさぎのつまがふねからこぼれて、)
艶[えん]なる片袖、浅葱の褄[つま]が船からこぼれて、
(そのゆかたのそめ、そのしごき、そのくろかみも、そのてあしも、)
その浴衣の染[そめ]、その扱帯[しごき]、その黒髪も、その手足も、
(ちぎれちぎれになったかと、すなにたおれたおんなのすがた。)
ちぎれちぎれになったかと、砂に倒れた婦人[おんな]の姿。
(「きをしずめて、おくさん、しっかりしなければ)
二十四 「気を静めて、夫人[おくさん]、しっかりしなければ
(いけません。おちついて、いいですか。こころをたしかに)
不可[いけ]ません。落着いて、可[い]いですか。心を確[たしか]に
(おもちなさいよ。)
お持ちなさいよ。
(わかりましたか、わたしです。)
判りましたか、私です。
(なにもはずかしいことはありません、ちっともきまりのわるいことは)
何も恥かしい事はありません、ちっとも極[きま]りの悪いことは
(ありませんです。しっかりなさい。)
ありませんです。しっかりなさい。
(ごらんなさい、だれもいないです、ただわたしひとりです。とりやまたったひとり、)
御覧なさい、誰も居ないです、ただ私一人です。鳥山たった一人、
(ほかにはだれもおらんですから。」)
他には誰も居[お]らんですから。」
(うみのほうをそびらにしてやすからぬさまにつきそった、れんぺいのあしもとに、)
海の方を背[そびら]にして安からぬ状[さま]に附添った、廉平の足許に、
(みえもなくこしをおとし、もすそをなげてくずおれつつ、)
見得もなく腰を落し、裳[もすそ]を投げて崩折[くずお]れつつ、
(りょうそでにおもてをおおうて、ひたとうちなくのはふじんであった。)
両袖に面[おもて]を蔽[おお]うて、ひたと打泣くのは夫人であった。
(「ほんとうにおくさん、きをおちつけてくださらんでは)
「ほんとうに夫人[おくさん]、気を落着けて下さらんでは
(いけません。いきなりうみへとびこもうとなすったりなんぞして、)
不可[いけ]ません。突然[いきなり]海へ飛込もうとなすったりなんぞして、
(じょうだんではない。ええ、おくさん、)
串戯[じょうだん]ではない。ええ、夫人[おくさん]、
(こころがたしかになったですか。」)
心が確[たしか]になったですか。」
(こえにばかりちからをこめて、どうしようにもさきはおんな、)
声にばかり力を籠[こ]めて、どうしようにも先は婦人[おんな]、
(ひとえにめをみすえていうのみであった。)
ひとえに目を見据えて言うのみであった。
(かぜそよそよといきするよう、すすりなきのたもとがゆれた。)
風そよそよと呼吸[いき]するよう、すすりなきの袂[たもと]が揺れた。
(うらこはなみだのこえのした、)
浦子は涙の声の下、
(「せんせい、」とかすかにいう。)
「先生、」と幽[かすか]にいう。
(「はあ、はあ、」)
「はあ、はあ、」
(と、わずかにたよりをえたらしく、われをわすれてすりよった。)
と、纔[わず]かに便[たより]を得たらしく、我を忘れて擦り寄った。
(「わ、わたしは、もうしんでしまいたいのでございます。」)
「私[わ]、私は、もう死んでしまいたいのでございます。」
(わっとまたしのびねに、みもだえしてつっぷすのである。)
わッとまた忍び音[ね]に、身悶えして突伏すのである。
(「なぜですか、おくさん、まだ、どうかしておいでなさる、)
「なぜですか、夫人[おくさん]、まだ、どうかしておいでなさる、
(ちゃんとなさらなくってはいかんですよ。」)
ちゃんとなさらなくッては不可[いか]んですよ。」
(「でも、あなた、わたしは、もう・・・・・・」)
「でも、貴下[あなた]、私は、もう・・・・・・」
(「はあ、どうなすった、どんなおこころもちなんですか。」)
「はあ、どうなすった、どんなお心持なんですか。」