泉鏡花 悪獣篇 14

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投稿者投稿者神楽@社長推しいいね0お気に入り登録
プレイ回数66難易度(3.8) 3862打 長文
泉鏡花の中編小説です
順位 名前 スコア 称号 打鍵/秒 正誤率 時間(秒) 打鍵数 ミス 問題 日付
1 もっちゃん先生 4694 C++ 4.9 94.6% 775.6 3858 217 100 2025/02/08

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問題文

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(「せんせい、」)

「先生、」

(「はあ、どうですな。」)

「はあ、どうですな。」

(「わたしが、あの、うみへはいってしのうといたしましたのより、あなたは、)

「私が、あの、海へ入って死のうといたしましたのより、貴下[あなた]は、

(もっとおおどろきなさいましたことがございましょう。」)

もっとお驚きなさいました事がございましょう。」

(「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」)

「……………………」

(なんといおうと、だまってつをのむ。)

何と言おうと、黙って唾[つ]を呑む。

(「わたしが、わたしが、こんなところにふねのなかに、ねて、ねて、」)

「私が、私が、こんな処に船の中に、寝て、寝て、」

(とないじゃくりして、)

と泣いじゃくりして、

(「ねかされておりましたのに、なおびっくりなさいましてしょうねぇ、)

「寝かされておりましたのに、なお驚愕[びっくり]なさいましてしょうねぇ、

(あなた。」)

貴下。」

(「・・・・・・ですが、それは、しかし・・・・・・」とばかり、れんぺいはいうべきすべを)

「……ですが、それは、しかし……」とばかり、廉平は言うべき術を

(しらなかった)

知らなかった

(「せんせい、」)

「先生、」

(これぎり、こえのでないひとになろうもしれず、とてにあせをにぎったのが、)

これぎり、声の出ない人になろうも知れず、と手に汗を握ったのが、

(われをよばれたので、ちからをえて、みみをかたむけ、かおをよせて、)

我を呼ばれたので、力を得て、耳を傾け、顔を寄せて、

(「は、」)

「は、」

(うらこははげしくかぶりをふった。)

浦子は烈[はげ]しく頭[かぶり]を掉[ふ]った。

(せんすべをしらずだまっても、まだかぶりを)

二十五 為[せ]ん術[すべ]を知らず黙っても、まだ頭[かぶり]を

(ふるのであるから、れんぺいはぼうぜんとして、)

ふるのであるから、廉平は茫然[ぼうぜん]として、

(ただこぶしをにぎって、)

ただ拳[こぶし]を握って、

など

(「どうなさる。こうしていらしっては、それこそ、ひとがよってくるか)

「どうなさる。こうしていらしっては、それこそ、人が寄って来るか

(わかりません。だいいち、さがしにでましたのでもよにんやはちにんではありません。」)

分りません。第一、捜しに出ましたのでも四人や八人ではありません。」

(いいもおわらず、あしずりして、)

言いも終らず、あしずりして、

(「どうしましょう、わたし、どうしましょうねえ。どうぞ、どうぞ、)

「どうしましょう、私、どうしましょうねえ。どうぞ、どうぞ、

(あなた、ひとおもいにしなしてくださいまし、はずかしくっても、)

貴下[あなた]、一思いに死なして下さいまし、恥かしくっても、

(しがいになれば・・・・・・」)

死骸[しがい]になれば……」

(なくのになかばこときえて、)

泣くのに半ば言消[ことき]えて、

(「よ、ごしょうですから、」)

「よ、後生ですから、」

(もくもれるこえなり。)

も曇れる声なり。

(こころよわくてかなうまじ、とれんぺいはややきっとしたものいいで、)

心弱くて叶うまじ、と廉平はやや屹[きっ]としたものいいで、

(「とんだことを!おくさん、れんぺいがここにおるです。)

「飛んだ事を!夫人[おくさん]、廉平がここに居[お]るです。

(けして、けして、そんなまちがいはさせんですよ。」)

決[け]して、決して、そんな間違[まちがい]はさせんですよ。」

(「どうしましょうねえ、」)

「どうしましょうねえ、」

(はっとふかくためいきつくのを、)

はッと深く溜息[ためいき]つくのを、

(「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」)

「……………………」

(ただのどをつめてじっとみつつ、おもわずひきいれられて)

ただ咽喉[のど]を詰めて熟[じっ]と見つつ、思わず引き入れられて

(たんそくした。)

歎息した。

(れんぺいはふといいきして、)

廉平は太い息して、

(「まあ、あなた、おくさん、いったいどうなさった。」)

「まあ、貴女[あなた]、夫人[おくさん]、一体どうなさった。」

(「わけを、わけをいえばあなた、だまってしなしてくださいますよ。)

「訳を、訳をいえば貴下[あなた]、黙って死なして下さいますよ。

(もう、もう、こんなけがらわしいものは、みるのもいやに)

もう、もう、こんな汚[けがら]わしいものは、見るのも厭に

(おなりなさいますよ。」)

おなりなさいますよ。」

(「いや、いやになるか、なりませんか、だまってみごろしにしましょうか。)

「いや、厭になるか、なりませんか、黙って見殺しにしましょうか。

(なにしろ、わけをおっしゃってください。おくさん、れんぺいです。)

何しろ、訳をおっしゃって下さい。夫人[おくさん]、廉平です。

(ひとにいってわるいことなら、わたしはちかってもうしませんです。」)

人にいって悪い事なら、私は盟[ちか]って申しませんです。」

(このひとのへいぜいはちかうのにてきしていた。)

この人の平生は盟うのに適していた。

(「は、もうします、せんせい、あなただけならもうします。」)

「は、申します、先生、貴下[あなた]だけなら申します。」

(「いうてくださるか、それはありがたい、むむ、さあ、うけたまわりましょう。」)

「言うて下さるか、それは難有[ありがた]い、むむ、さあ、承りましょう。」

(「どうぞ、その、そのさきにせんせい、どこかへ、ひとのいない、)

「どうぞ、その、その前[さき]に先生、どこかへ、人の居ない、

(たにぞこか、やまのなかか、しまへでも、いわあなへでも、)

谷底か、山の中か、島へでも、巌穴[いわあな]へでも、

(おつれなすってくださいまし。もう、あなたにばかりもせいいっぱい、)

お連れなすって下さいまし。もう、貴下[あなた]にばかりも精一杯、

(だれにもみせられますからだではないんです。」)

誰にも見せられます身体[からだ]ではないんです。」

(そでをわずかにぬれたるかお、ゆめみるようにうっとりと、)

袖を僅[わず]かに濡れたる顔、夢見るように恍惚[うっとり]と、

(あさぼらけなるすいふよう、いろをさましたなみだのあめも、)

朝ぼらけなる酔芙蓉[すいふよう]、色をさました涙の雨も、

(つゆにやどってあわれである。)

露に宿ってあわれである。

(「ひとのこないところといって、おまちなさい、ふねででもどちらへか、」)

「人の来ない処といって、お待ちなさい、船ででもどちらへか、」

(とこころあたりがないでもなかった。おきのほうへみえそめて、)

と心当りがないでもなかった。沖の方へ見え初[そ]めて、

(こどものふねがもやからでてきた。)

小児[こども]の船が靄から出て来た。

(ふじんはときにあらためて、よにでたようなまなざししたが、)

夫人は時にあらためて、世に出たような目[まな]ざししたが、

(とまぶねをひとめみると、まぶちへ、さっとあおざめて、)

苫船を一目見ると、目[ま]ぶちへ、颯[さっ]と蒼[あお]ざめて、

(ぞっとしたらしくかたをすくめた、くろかみおもげに、おきのかた。)

悚然[ぞっ]としたらしく肩をすくめた、黒髪おもげに、沖の方[かた]。

(「もし、」)

「もし、」

(「は、」)

「は、」

(「まいられますなら、あすこへでも。」)

「参られますなら、あすこへでも。」

(いかにもひとはこもらぬらしい、ものすさまじきむこうのがけ、)

いかにも人は籠[こも]らぬらしい、物凄まじき対岸[むこう]の崖、

(ほのおをやどしてめいめいたり。)

炎を宿して冥々[めいめい]たり。

(「あんな、あんなその、じごくのひがもえておりますような、あのなかへ、」)

「あんな、あんなその、地獄の火が燃えておりますような、あの中へ、」

(「けっこうなんでございます、」とまたうちしおれて)

「結構なんでございます、」とまた打悄[うちしお]れて

(おもてをそむける。)

面[おもて]を背ける。

(よくよくのことなるべし。)

よくよくの事なるべし。

(「まいりましょうか。もやがはれれば、こことむかいあった)

「参りましょうか。靄が霽[は]れれば、ここと向い合った

(おなじようながけしたでありますけれども、とちゅうがうみできれとるですから、)

同一[おなじ]ような崖下でありますけれども、途中が海で切れとるですから、

(はまづたいにひとのくるところではありません。)

浜づたいに人の来る処ではありません。

(ごらんなさい、あのこどものふねを。だいじょうぶこぐですから、)

御覧なさい、あの小児[こども]の船を。大丈夫漕ぐですから、

(あれにのせてもらいましょう、どうです。」)

あれに乗せてもらいましょう、どうです。」

(ふじんは、がっくりしてうなずいた、ものをいうもせつなそうに)

夫人は、がッくりして頷いた、ものを言うも切なそうに

(いたくひろうしてみえたのである。)

太[いた]く披露して見えたのである。

(「おくさん、それでは。」)

「夫人[おくさん]、それでは。」

(「はい、」)

「はい、」

(といってれいごころに、さびしいえがおして、ほっといき。)

と言って礼心に、寂しい笑顔して、吻[ほっ]と息。

(「そんな、そんなあなた、つまらん、)

二十六 「そんな、そんな貴女[あなた]、詰[つま]らん、

(けしからんことがあるべきわけのものではないのです。)

怪[け]しからん事があるべき次第[わけ]のものではないのです。

(けがれたからだの、ひとにかおはあわされんのとおいいなさるのは)

汚[けが]れた身体の、人に顔は合わされんのとお言いなさるのは

(そのことですか。ははははは、いや、しかしとんだめにおあいでした。)

その事ですか。ははははは、いや、しかし飛んだ目にお逢いでした。

(ちっともごしんぱいはないですよ。まあ、そのあしをおふきなさい。)

ちっとも御心配はないですよ。まあ、その足をお拭きなさい。

(とつぜんこんなところへつけたですから、ふねをはなれるとき、ひどくおぬれなすったようだ。」)

突然こんな処へ着けたですから、船を離れる時、酷くお濡れなすったようだ。」

(れんぺいはとににてあおすきじのあるなめらかないちざの)

廉平は砥[と]に似て蒼[あお]き条[すじ]のある滑[なめら]かな一座の

(いわのうえに、うみにめんしてみすぼらしくしゃがんだ、)

岩の上に、海に面して見すぼらしく踞[しゃが]んだ、

(みにただしゃつをまとえるのみ。)

身にただ襯衣[しゃつ]を纏えるのみ。

(ふねのなかでもひとめをいとって、こんがすりのそのひとえで、)

船の中でも人目を厭[いと]って、紺がすりのその単衣[ひとえ]で、

(かたからふかくつつんでいる。うらこのけだしはうみのいろ、いわばなに)

肩から深く包んでいる。浦子の蹴出[けだ]しは海の色、巌端[いわばな]に

(あおずみて、しらはぎもみずにすくよう、)

蒼澄[あおず]みて、白脛[しらはぎ]も水に透くよう、

(たおれたふぜいにやすらえる。)

倒れた風情に休らえる。

(ふたりはもやのうすもよう。)

二人は靄の薄模様。

(「かまわんですから、わたしのきものでおふきなさい。)

「構わんですから、私の衣服[きもの]でお拭きなさい。

(なに、さむくはないです、さむいどころではないですが、あなた、すそが)

何、寒くはないです、寒いどころではないですが、貴女、裾[すそ]が

(ぬれましたで、きみがわるいでありましょう。」)

濡れましたで、気味が悪いでありましょう。」

(「いえ、もうしおにぬれてきみがわるいなぞと、もうされますからだでは)

「いえ、もう潮に濡れて気味が悪いなぞと、申されます身体では

(ありません。」と、なげたようにいわのうえ。)

ありません。」と、投げたように岩の上。

(「まだ、おっしゃる!」)

「まだ、おっしゃる!」

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