谷崎潤一郎 痴人の愛 29

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投稿者投稿者神楽@社長推しいいね1お気に入り登録
プレイ回数429難易度(4.3) 4639打 長文
谷崎潤一郎の中編小説です
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順位 名前 スコア 称号 打鍵/秒 正誤率 時間(秒) 打鍵数 ミス 問題 日付
1 布ちゃん 5443 B++ 5.6 96.3% 818.8 4632 175 98 2024/11/20

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問題文

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(「やあ、えれえことになっちゃったな」)

「やあ、えれえ事になっちゃったな」

(かやがつれると、くまがやはなかをすかしてみながらそういいました。)

蚊帳が吊れると、熊谷は中を透かして見ながらそう云いました。

(「これじゃあどうしてもぶたごやだぜ、みんなごちゃごちゃになっちまうぜ」)

「これじゃあどうしても豚小屋だぜ、みんなごちゃごちゃになっちまうぜ」

(「ごちゃごちゃだっていいじゃないか、ぜいたくなことをいうもんじゃないわ」)

「ごちゃごちゃだっていいじゃないか、贅沢なことを云うもんじゃないわ」

(「ふん!ひとさまのいえにごやっかいになりながらか」)

「ふん!人様の家に御厄介になりながらか」

(「あたりまえさ、どうせこんやはほんとにねられやしないんだから」)

「当り前さ、どうせ今夜はほんとに寝られやしないんだから」

(「おれあねるよ、ぐうぐういびきをかいてねるよ」)

「己あ寝るよ、グウグウ鼾をかいて寝るよ」

(どしんとくまがいはじひびきをたてて、きもののまんままっさきにもぐりこみました。)

どしんと熊谷は地響を立てて、着物のまんま真っ先にもぐり込みました。

(「ねようったってねかしゃしないわよ。はまさん、まあちゃんをねかしちゃ)

「寝ようッたって寝かしゃしないわよ。浜さん、まアちゃんを寝かしちゃ

(だめよ、ねそうになったらくすぐってやるのよ。」)

駄目よ、寝そうになったら擽ってやるのよ。」

(「ああむしあつい、とてもこれじゃねられやしないよ。」)

「ああ蒸し暑い、とてもこれじゃ寝られやしないよ。」

(まんなかのふとんにふんぞりかえってひざをたてているくまがいのみぎがわに、ようふくのはまだは)

まん中の布団にふん反り返って膝を立てている熊谷の右側に、洋服の浜田は

(ずぼんとしたぎのしゃついちまいで、やせたからだをあおむけに、ぺこんとはらをへこまして)

ズボンと下着のシャツ一枚で、痩せた体を仰向けに、ぺこんと腹を凹まして

(いました。そしてしずかにこがいのあめをききすましてでもいるように、かたてをひたいの)

いました。そして静かに戸外の雨を聞き澄ましてでもいるように、片手を額の

(うえにのせて、かたてでばたばたとうちわをつかっているおとが、いっそうあつくるしそうでした。)

上に載せて、片手でばたばたと団扇を使っている音が、一層暑苦しそうでした。

(「それになにだよ、ぼかあおんなのひとがいると、どうもおちおちねられないような)

「それに何だよ、僕ア女の人がいると、どうもおちおち寝られないような

(きがするよ」)

気がするよ」

(「あたしはおとこよ、おんなじゃないわよ、はまさんだっておんなのようなきがしないって)

「あたしは男よ、女じゃないわよ、浜さんだって女のような気がしないって

(いったじゃないか」)

云ったじゃないか」

(かやのそとの、うすぐらいところで、ぱっとねまきにきがえるときなおみのしろいせなかが)

蚊帳の外の、うす暗い所で、ぱっと寝間着に着換える時ナオミの白い背中が

など

(みえました。)

見えました。

(「そりゃ、いったことはいったけれど、・・・・・・・・・」)

「そりゃ、云ったことは云ったけれど、・・・・・・・・・」

(「・・・・・・・・・やっぱりそばへねられると、おんなのようなきがするのかい?」)

「・・・・・・・・・やっぱり傍へ寝られると、女のような気がするのかい?」

(「ああ、まあそうだな」)

「ああ、まあそうだな」

(「じゃ、まあちゃんは?」)

「じゃ、まアちゃんは?」

(「おれあへいきさ、おまえなんかおんなのかずにはいれちゃあいねえさ」)

「己ア平気さ、お前なんか女の数に入れちゃあいねえさ」

(「おんなでなけりゃなんなのよ?」)

「女でなけりゃ何なのよ?」

(「うむ、まあおまえはあざらしだな」)

「うむ、まあお前は海豹だな」

(「あはははは、あざらしとさるとどっちがいい?」)

「あはははは、海豹と猿と孰方がいい?」

(「どっちもおれあごめんだよ」)

「孰方も己あ御免だよ」

(と、くまがいはわざとねむそうなこえをだしました。わたしはくまがいのひだりがわにねころびながら、)

と、熊谷はわざと眠そうな声を出しました。私は熊谷の左側に寝ころびながら、

(さんにんがしきりにぺちゃくちゃいうのをだまってきいていましたが、なおみがここへ)

三人がしきりにぺちゃくちゃ云うのを黙って聞いていましたが、ナオミが此処へ

(はいってくると、はまだのほうか、わたしのほうか、いずれどっちかへあたまをむけなければ)

這入って来ると、浜田の方か、私の方か、いずれ孰方かへ頭を向けなければ

(ならないのだが、と、うちうちそれをきにしていました。というのは、なおみのまくらが)

ならないのだが、と、内々それを気にしていました。と云うのは、ナオミの枕が

(どっちつかずに、あいまいないちにほうりだしてあったからです。なんでもさっきふとんを)

孰方つかずに、曖昧な位置に放り出してあったからです。何でもさっき布団を

(しくときに、かのじょはわざとそういうふうに、あとでどうでもなるようにおいたのじゃ)

敷く時に、彼女はわざとそう云う風に、あとでどうでもなるように置いたのじゃ

(ないかとおもわれました。と、なおみはももいろのちぢみのがうんにきがえてしまうと、)

ないかと思われました。と、ナオミは桃色の縮みのガウンに着換えてしまうと、

(やがてはいってきてつったちながら、)

やがて這入って来て衝っ立ちながら、

(「でんきをけす?」)

「電気を消す?」

(と、そういいました。)

と、そう云いました。

(「ああ、けしてもらいてえ、・・・・・・・・・」)

「ああ、消して貰いてえ、・・・・・・・・・」

(そういうくまがいのこえがしました。)

そう云う熊谷の声がしました。

(「じゃあけすわよ。・・・・・・・・・」)

「じゃあ消すわよ。・・・・・・・・・」

(「あ、いてえ!」)

「あ、痛え!」

(と、くまがいがいったとたんに、いきなりなおみはそのむねにとびあがって、おとこのからだを)

と、熊谷が云ったとたんに、いきなりナオミはその胸に飛び上って、男の体を

(ふみだいにして、かやのなかからぱちりとすいっちをきりました。)

蹈み台にして、蚊帳の中からパチリとスイッチを切りました。

(くらくはなったが、ひょうのでんしんばしらにあるがいとうのほさきがまどがらすにうつっているので、)

暗くはなったが、表の電信柱にある街燈の灯先が窓ガラスに映っているので、

(へやのなかはおたがいのかおやきものがみわけられるほどもやもやとあかるく、なおみが)

部屋の中はお互の顔や着物が見分けられるほどもやもやと明るく、ナオミが

(くまがいのくびをまたいで、じぶんのふとんへとびおりたせつなの、ねまきのすそのさっと)

熊谷の首を跨いで、自分の布団へ飛び降りた刹那の、寝間着の裾のさっと

(はだけたかぜのいきおいがわたしのはなをなぶりました。)

はだけた風の勢が私の鼻を嬲りました。

(「まあちゃん、いっぷくたばこをすわない?」)

「まアちゃん、一服煙草を吸わない?」

(なおみはすぐにねようとはしないで、おとこのようにまたをひらいてまくらのうえにどっかと)

ナオミは直ぐに寝ようとはしないで、男のように股を開いて枕の上にどっかと

(こしかけ、うえからくまがいをみおろしながらいうのでした。)

腰かけ、上から熊谷を見おろしながら云うのでした。

(「よう!こっちをおむきよ!」)

「よう!此方をお向きよ!」

(「ちくしょう、どうしてもおれをねかさねえさんだんだな」)

「畜生、どうしても己を寝かさねえ算段だな」

(「うふふふふ、よう!こっちをおむきよ!むかなけりゃいじめてやるよ」)

「うふふふふ、よう!此方をお向きよ!向かなけりゃいじめてやるよ」

(「あ、いてえ!よせ、よせ、よせったら!いきものだからすこしていちょうに)

「あ、いてえ!よせ、止せ、止せッたら!生き物だから少し鄭重に

(してくんねえ、ふみだいにされたりけられたりしちゃ、いくらがんじょうでも)

してくんねえ、蹈み台にされたり蹴られたりしちゃ、いくら頑丈でも

(たまらねえや」)

たまらねえや」

(「うふふふふ」)

「うふふふふ」

(わたしはかやのてんじょうをみているのではっきりわかりませんでしたが、なおみはあしの)

私は蚊帳の天井を見ているのでハッキリ分りませんでしたが、ナオミは足の

(つまさきでおとこのあたまをぐいぐいおしたものらしく、)

爪先で男の頭をグイグイ押したものらしく、

(「しかたがねえな」)

「仕方がねえな」

(といいながら、やがてくまがいはねがえりをうちました。)

と云いながら、やがて熊谷は寝返りを打ちました。

(「まあちゃん、おきたのかい?」)

「まアちゃん、起きたのかい?」

(そういうはまだのこえがしました。)

そう云う浜田の声がしました。

(「ああ、おきちゃったよ、さかんにはくがいされるんでね」)

「ああ、起きちゃったよ、盛んに迫害されるんでね」

(「はまさん、あんたもこっちをおむきよ、でなけりゃはくがいしてやるわよ」)

「浜さん、あんたも此方をお向きよ、でなけりゃ迫害してやるわよ」

(はまだはつづいてねがえりをうって、はらばいになったようでした。)

浜田はつづいて寝返りを打って、腹這いになったようでした。

(どうじにくまがいががちゃがちゃとたもとのなかからまっちをさぐりだすおとがしました。そして)

同時に熊谷がガチャガチャと袂の中からマッチを捜り出す音がしました。そして

(まっちをすったので、ぼうっとわたしのまぶたのうえにあかりがきました。)

マッチを擦ったので、ぼうッと私の眼瞼の上に明りが来ました。

(「じょうじさん、あなたもこっちをむいたらどう?ひとりでなにをしているのよ」)

「譲治さん、あなたも此方を向いたらどう?独りで何をしているのよ」

(「う、うん、・・・・・・・・・」)

「う、うん、・・・・・・・・・」

(「どうしたの、ねむいの?」)

「どうしたの、眠いの?」

(「う、うん・・・・・・・・・すこしとろとろしかけたところだ、・・・・・・」)

「う、うん・・・・・・・・・少しとろとろしかけたところだ、・・・・・・」

(「うふふふふ、うまくいってらあ、わざとねたふりをしてるんじゃないの、ねえ、)

「うふふふふ、巧く云ってらア、わざと寝たふりをしてるんじゃないの、ねえ、

(そうじゃない?きがもめやしない?」)

そうじゃない?気が揉めやしない?」

(わたしはずぼしをさされたので、めをつぶってはいましたけれど、かおがまっかに)

私は図星を指されたので、眼をつぶってはいましたけれど、顔が真っ赤に

(なったようなきがしました。)

なったような気がしました。

(「あたしだいじょうぶよ、ただこうやってさわいでるだけよ、だからあんしんしてねても)

「あたし大丈夫よ、ただこうやって騒いでるだけよ、だから安心して寝ても

(いいわ。・・・・・・・・・それともほんとにきがもめるなら、ちょっとこっちを)

いいわ。・・・・・・・・・それともほんとに気が揉めるなら、ちょっと此方を

(みてみない?なにもやせがまんしないだって、」)

見てみない?何も痩せ我慢しないだって、」

(「やっぱりはくがいされたいんじゃないかね」)

「やっぱり迫害されたいんじゃないかね」

(そういったのはくまがいで、たばこにひをつけて、すぱっとくちをならしながら)

そう云ったのは熊谷で、煙草に火をつけて、すぱッと口を鳴らしながら

(すいだしました。)

吸い出しました。

(「いやよ!こんなひとをはくがいしたってしようがないわよ、まいにちしてやって)

「いやよ!こんな人を迫害したって仕様がないわよ、毎日してやって

(いるんだもの」)

いるんだもの」

(「ごちそうさまだなあ」)

「御馳走様だなア」

(とはまだのいったのが、こころからそういったのでなく、わたしにたいするいっしゅのおせじの)

と浜田の云ったのが、心からそう云ったのでなく、私に対する一種のお世辞の

(ようにしかとれませんでした。)

ようにしか取れませんでした。

(「ねえ、じょうじさん、だけれど、はくがいされたいんならしてあげようか」)

「ねえ、譲治さん、だけれど、迫害されたいんならして上げようか」

(「いや、たくさんだよ」)

「いや、沢山だよ」

(「たくさんならあたしのほうをおむきなさいよ、そんな、ひとりだけなかまはずれを)

「沢山ならあたしの方をお向きなさいよ、そんな、一人だけ仲間はずれを

(しているなんてみょうじゃないの」)

しているなんて妙じゃないの」

(わたしはぐるりとむきなおって、まくらのうえへあごをのせました。と、たてひざをしてりょうはぎを)

私はぐるりと向き直って、枕の上へ頤を載せました。と、立て膝をして両脛を

(はちのじにふんはっているなおみのあしの、いっぽうははまだのはなさきに、いっぽうはわたしのはなさきに)

八の字に蹈ん張っているナオミの足の、一方は浜田の鼻先に、一方は私の鼻先に

(あるのです。そしてくまがいはというと、そのはちのじのあいだへくびをつっこんで、)

あるのです。そして熊谷はと云うと、その八の字の間へ首を突っ込んで、

(ゆうゆうとしきしまをふかしています。)

悠々と敷島を吹かしています。

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