谷崎潤一郎 痴人の愛 61

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投稿者投稿者神楽@社長推しいいね1お気に入り登録
プレイ回数538難易度(4.3) 4717打 長文
谷崎潤一郎の中編小説です
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順位 名前 スコア 称号 打鍵/秒 正誤率 時間(秒) 打鍵数 ミス 問題 日付
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問題文

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(「じょうじさんはこのごろへんよ、すこしどうかしているわよ」)

「譲治さんはこの頃変よ、少しどうかしているわよ」

(と、なおみはあるばんやってきて、そういいました。)

と、ナオミは或る晩やって来て、そう云いました。

(「そりゃあどうかしているだろうさ、こんなにおまえに)

「そりゃあどうかしているだろうさ、こんなにお前に

(じらされりゃあ、・・・・・・・・・」)

懊らされりゃあ、・・・・・・・・・」

(「ふん、・・・・・・・・・」)

「ふん、・・・・・・・・・」

(「なにがふんだい?」)

「何がふんだい?」

(「あたし、やくそくはげんじゅうにまもるつもりよ」)

「あたし、約束は厳重に守る積りよ」

(「いつまでまもるつもりなんだい?」)

「いつまで守る積りなんだい?」

(「えいきゅうに」)

「永久に」

(「じょうだんじゃない、こうしているとおれはだんだんきがへんになるよ」)

「冗談じゃない、こうしていると己はだんだん気が変になるよ」

(「じゃ、いいことをおしえてあげるわ、すいどうのみずをあたまからざっと)

「じゃ、いいことを教えて上げるわ、水道の水を頭からザッと

(ぶっかけるといいわ」)

打っかけるといいわ」

(「おい、ほんとうにおまえ・・・・・・・・・」)

「おい、ほんとうにお前・・・・・・・・・」

(「またはじまった!じょうじさんがそんなめつきをするから、あたしなおさら)

「又始まった!譲治さんがそんな眼つきをするから、あたし尚更

(からかってやりたくなるんだわ。そんなにそばへよってこないで、もっと)

からかってやりたくなるんだわ。そんなに傍へ寄って来ないで、もっと

(はなれていらっしゃいよ、ゆびいっぽんでもさわらないようにしてちちょうだいよ」)

離れていらっしゃいよ、指一本でも触らないようにしてち頂戴よ」

(「じゃあしかたがない、ともだちのきっすでもしておくれよ」)

「じゃあ仕方がない、友達のキッスでもしておくれよ」

(「おとなしくしていればしてあげるわ、だけどもあとできが)

「大人しくしていればして上げるわ、だけども後で気が

(へんになりやしなくって?」)

変になりやしなくって?」

(「なってもいいよ、もうそんなことをかまってなんかいられないんだ」)

「なってもいいよ、もうそんな事を構ってなんかいられないんだ」

など

(そのばんなおみは、「ゆびいっぽんでもさわらないように」わたしをてーぶるの)

二十七 その晩ナオミは、「指一本でも触らないように」私をテーブルの

(むこうがわにかけさせ、やきもきしているわたしのかおをおもしろそうにながめながら、)

向う側にかけさせ、ヤキモキしている私の顔を面白そうに眺めながら、

(よるおそくまでむだぐちをたたいていましたが、じゅうにじがなると、)

夜遅くまで無駄口を叩いていましたが、十二時が鳴ると、

(「じょうじさん、こんやはとめてもらうわよ」)

「譲治さん、今夜は泊めて貰うわよ」

(と、またしてもひとをからかうようなくちょうでいいました。)

と、又しても人をからかうような口調で云いました。

(「ああ、おとまり、あしたはにちようでおれもいちにちうちにいるから」)

「ああ、お泊り、明日は日曜で己も一日内にいるから」

(「だけどもなによ。とまったからって、じょうじさんのちゅうもんどおりにはならないわよ」)

「だけども何よ。泊ったからって、譲治さんの注文通りにはならないわよ」

(「いや、ごねんにはおよばないよ、ちゅうもんどおりになるようなおんなでもないからな」)

「いや、御念には及ばないよ、注文通りになるような女でもないからな」

(「なればつごうがいいとおもっているんじゃないの」)

「なれば都合が好いと思っているんじゃないの」

(そういってかのじょは、くすくすはなをならして、)

そう云って彼女は、クスクス鼻を鳴らして、

(「さ、あなたからさきへおやすみなさい、ねごとをいわないようにして」)

「さ、あなたから先へお休みなさい、寝語を云わないようにして」

(と、わたしをにかいへおいたてておいて、それからとなりのへやへはいって、がちんと)

と、私を二階へ追い立てて置いて、それから隣りの部屋へ這入って、ガチンと

(かぎをかけました。)

鍵をかけました。

(わたしはもちろん、となりのへやがきにかかってよういにねつかれませんでした。いぜん、)

私は勿論、隣りの部屋が気にかかって容易に寝つかれませんでした。以前、

(ふうふでいたじぶんにはこんなばかなことはなかったんだ、おれがこうして)

夫婦でいた時分にはこんな馬鹿なことはなかったんだ、己がこうして

(ねているそばにかのじょもいたんだ、そうおもうと、わたしはむじょうにくやしくて)

寝ている傍に彼女もいたんだ、そう思うと、私は無上に口惜しくて

(なりませんでした。かべひとえのむこうでは、なおみがしきりに、あるいはわざと)

なりませんでした。壁一重の向うでは、ナオミが頻りに、或はわざと

(そうするのか、どたんばたんと、ゆかにじひびきをさせながら、ふとんを)

そうするのか、ドタンバタンと、床に地響きをさせながら、布団を

(しいたり、まくらをだしたり、ねじたくをしています。あ、いまかみをとかしているな、)

敷いたり、枕を出したり、寝支度をしています。あ、今髪を解かしているな、

(きものをぬいでねまきにきがえているところだなと、それらのようすが)

着物を脱いで寝間着に着替えているところだなと、それらの様子が

(てにとるようにわかります。それからばっとやぐをまくったけはいがして、つづいて)

手に取るように分ります。それからばッと夜具をまくったけはいがして、続いて

(どしんと、かのじょのからだがふとんのうえへぶったおれるおとがきこえました。)

どしんと、彼女の体が布団の上へ打っ倒れる音が聞えました。

(「えらいおとをさせるなあ」)

「えらい音をさせるなあ」

(と、わたしはなかばひとりごとのように、なかばかのじょにきこえるようにいいました。)

と、私は半ば独り言のように、半ば彼女に聞えるように云いました。

(「まだおきているの?ねられないの?」)

「まだ起きているの?寝られないの?」

(と、かべのむこうからすぐとなおみがおうじました。)

と、壁の向うから直ぐとナオミが応じました。

(「ああ、なかなかねられそうもないよ、おれはいろいろかんがえごとを)

「ああ、なかなか寝られそうもないよ、己はいろいろ考え事を

(しているんだ」)

しているんだ」

(「うふふふ、じょうじさんのかんがえごとなら、きかないでもたいがいわかっているわ」)

「うふふふ、譲治さんの考え事なら、聞かないでも大概分っているわ」

(「だけども、じつにたえなもんだよ。げんざいおまえがこのかべのむこうにねているのに、)

「だけども、実に妙なもんだよ。現在お前がこの壁の向うに寝ているのに、

(どうすることもできないなんて」)

どうすることも出来ないなんて」

(「ちっともたえなことはないわよ。ずっとむかしはそうだったじゃないの、あたしが)

「ちっとも妙なことはないわよ。ずっと昔はそうだったじゃないの、あたしが

(はじめてじょうじさんのところへきたじぶんは。あのじぶんにはこんやのようにして)

始めて譲治さんの所へ来た時分は。あの時分には今夜のようにして

(ねたじゃないの」)

寝たじゃないの」

(わたしはなおみにそういわれると、ああそうだったか、そんなじだいも)

私はナオミにそう云われると、ああそうだったか、そんな時代も

(あったんだっけ、あのじぶんにはおたがいにじゅんなものだったのにと、)

あったんだっけ、あの時分にはお互に純なものだったのにと、

(ほろりとするようなきになりましたが、これはすこしもいまのわたしのあいよくを)

ホロリとするような気になりましたが、これは少しも今の私の愛慾を

(しずめてはくれませんでした。かえってわたしは、ふたりがいかにふかいいんねんで)

静めてはくれませんでした。却って私は、二人がいかに深い因縁で

(むすびつけられているかをおもい、とうていかのじょとはなれられないこころもちを、つうせつに)

結び着けられているかを思い、到底彼女と離れられない心持を、痛切に

(かんじるばかりでした。)

感じるばかりでした。

(「あのじぶんにはおまえもむじゃきなもんだったがね」)

「あの時分にはお前も無邪気なもんだったがね」

(「いまだってあたしはしごくむじゃきよ、ゆうじゃきなのはじょうじさんだわ」)

「今だってあたしは至極無邪気よ、有邪気なのは譲治さんだわ」

(「なんとでもかってにいうがいいさ、おれはおまえをどこまでもおっかけまわす)

「何とでも勝手に云うがいいさ、己はお前を何処までも追っ駈け廻す

(つもりだから」)

積りだから」

(「うふふふ」)

「うふふふ」

(「おい!」)

「おい!」

(わたしはそういって、かべをどんとうちました。)

私はそう云って、壁をどんと打ちました。

(「あら、なにをするのよ、ここはのなかのいっけんやじゃあないことよ。どうぞおしずかに)

「あら、何をするのよ、此処は野中の一軒家じゃあないことよ。何卒お静かに

(ねがいます」)

願います」

(「このかべがじゃまだ、このかべをぶっこわしてやりたいもんだ」)

「この壁が邪魔だ、この壁を打っ壊してやりたいもんだ」

(「まあそうぞうしい。こんやはひどくねずみがあばれる」)

「まあ騒々しい。今夜はひどく鼠が暴れる」

(「そりゃあばれるとも。このねずみはひすてりーになっているんだ」)

「そりゃ暴れるとも。この鼠はヒステリーになっているんだ」

(「あたしはそんなおじいさんのねずみはきらいよ」)

「あたしはそんなお爺さんの鼠は嫌いよ」

(「ばかをいえ、おれはじじいじゃないぞ、まだやっとさんじゅうにだぞ」)

「馬鹿を云え、己はじじいじゃないぞ、まだやっと三十二だぞ」

(「あたしはじゅうきゅうよ、じゅうきゅうからみればさんじゅうにのひとはおじいさんよ。わるいことは)

「あたしは十九よ、十九から見れば三十二の人はお爺さんよ。悪いことは

(いわないから、そとにおくさんをおもらいなさいよ、そうしたらひすてりーがなおるかも)

云わないから、外に奥さんをお貰いなさいよ、そうしたらヒステリーが直るかも

(しれないから」)

知れないから」

(なおみはわたしがなにをいっても、しまいにはもう、うふうふわらうだけでした。)

ナオミは私が何を云っても、しまいにはもう、うふうふ笑うだけでした。

(そしてまもなく、)

そして間もなく、

(「もうねるわよ」)

「もう寝るわよ」

(と、ぐうぐうそらいびきをかきだしましたが、やがてほんとうにねいったようでした。)

と、ぐうぐう空鼾をかき出しましたが、やがてほんとうに寝入ったようでした。

(あくるひのあさ、めをさましてみると、なおみはしどけないねまきすがたで、わたしの)

明くる日の朝、眼を覚まして見ると、ナオミはしどけない寝間着姿で、私の

(まくらもとにすわっています。)

枕もとに坐っています。

(「どうした?じょうじさん、さくやはたいへんだったわね」)

「どうした?譲治さん、昨夜は大変だったわね」

(「うん、このごろおれは、ときどきあんなふうにひすてりーをおこすんだよ。)

「うん、この頃己は、時々あんな風にヒステリーを起こすんだよ。

(こわかったかい?」)

恐かったかい?」

(「おもしろかったわ、またあんなふうにさしてみたいわ」)

「面白かったわ、又あんな風にさして見たいわ」

(「もうだいじょうぶだ、けさはすっかりおさまっちまった。ああ、きょうは)

「もう大丈夫だ、今朝はすっかり治まっちまった。ああ、今日は

(いいてんきだなあ」)

好い天気だなあ」

(「いいてんきだからおきたらどう?もうじゅうじすぎよ。あたしいちじかんもまえにおきて、)

「好い天気だから起きたらどう?もう十時過ぎよ。あたし一時間も前に起きて、

(いまあさゆにいってきたの」)

今朝湯に行って来たの」

(わたしはそういわれて、ねながらかのじょのゆあがりすがたをみあげました。いったいおんなの)

私はそう云われて、寝ながら彼女の湯上り姿を見上げました。一体女の

(「ゆあがりすがた」というものは、それのしんのうつくしさは、ふろから)

「湯上り姿」と云うものは、それの真の美しさは、風呂から

(あがったばかりのときよりも、じゅうごふんなりにじゅっぷんなり、たしょうじかんを)

上ったばかりの時よりも、十五分なり二十分なり、多少時間を

(おいてからがいい。ふろにつかるとどんなにひふのきれいなおんなでも、いちじは)

置いてからがいい。風呂に漬かるとどんなに皮膚の綺麗な女でも、一時は

(はだがゆだりすぎて、ゆびのさきなどがあかくふやけるものですが、やがてからだが)

肌が茹り過ぎて、指の先などが赤くふやけるものですが、やがて体が

(てきとうなおんどにひやされると、はじめてろうがかたまったようにすきとおってくる。)

適当な温度に冷やされると、始めて蝋が固まったように透き徹って来る。

(なおみはいましも、ふろのかえりにこがいのかぜにふかれてきたので、ゆあがりすがたの)

ナオミは今しも、風呂の帰りに戸外の風に吹かれて来たので、湯上り姿の

(もっともうつくしいしゅんかんにいました。)

最も美しい瞬間にいました。

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