山本周五郎 赤ひげ診療譚 鶯ばか 五-2
順位 | 名前 | スコア | 称号 | 打鍵/秒 | 正誤率 | 時間(秒) | 打鍵数 | ミス | 問題 | 日付 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | りつ | 3789 | D++ | 4.0 | 93.6% | 766.1 | 3114 | 211 | 49 | 2024/10/14 |
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問題文
(みんなとびあがりそうになって、ふりむいた。ごろきちもおふみも、これまで)
みんなとびあがりそうになって、振向いた。五郎吉もおふみも、これまで
(ひとこともくちをきかず、ねどこのなかでよこになったきり、ほとんどみうごきもしなかった。)
一と言も口をきかず、寝床の中で横になったきり、殆んど身動きもしなかった。
(それがいまきゅうに、にんげんのこえとはおもえないような、かさかさにしゃがれたこえで)
それがいま急に、人間の声とは思えないような、かさかさにしゃがれた声で
(よびかけたのである。ふりかえってみると、おふみはじっとあおむきにねており、めは)
呼びかけたのである。振返ってみると、おふみはじっと仰向きに寝ており、眼は
(つむったままであった。 「そのこがどろぼうしたことはしってました」とおふみは)
つむったままであった。 「その子が泥棒したことは知ってました」とおふみは
(だるいようなくちぶりで、ゆっくりといった、「おきぬさんにいわれなくっても、)
だるいような口ぶりで、ゆっくりと云った、「おきぬさんに云われなくっても、
(あたしはちゃんとしってたんです、しょうがなかったもの、ちょうがわるいんじゃ)
あたしはちゃんと知ってたんです、しょうがなかったもの、長が悪いんじゃ
(ない、どうにもしょうがなかったんだもの」 「おきぬだって」とおけいが)
ない、どうにもしょうがなかったんだもの」 「おきぬだって」とおけいが
(すりよっていった、「あのおんながなにかいったのかい」 「あのこをしなして)
すり寄っていった、「あの女がなにか云ったのかい」 「あの子を死なして
(やって」とおふみはいった、「そのままそっとしなしてやってください、あのこの)
やって」とおふみは云った、「そのままそっと死なしてやって下さい、あの子の
(ためにもそれがいちばんなのよ」 「おふみさん」おけいはのぞきこみ、)
ためにもそれがいちばんなのよ」 「おふみさん」おけいは覗きこみ、
(いきごんできいた、「おまえはっきりいっとくれ、あのすべたあまがちょうぼうの)
いきごんで訊いた、「おまえはっきり云っとくれ、あのすべたあまが長坊の
(ことをなにかいったのかい、え、あいつがなにかいったのかい、おふみさん」)
ことをなにか云ったのかい、え、あいつがなにか云ったのかい、おふみさん」
(おふみはかおをしかめた、「うちのひとがしまやさんによばれたの、そうしたら)
おふみは顔をしかめた、「うちの人が島屋さんに呼ばれたの、そうしたら
(おきぬさんがみせにいて、ちょうのすることをみていたって、しょうにんになるって)
おきぬさんが店にいて、長のすることを見ていたって、証人になるって
(いったそうよ」 「あのいろきちがいがかい」)
云ったそうよ」 「あのいろきちがいがかい」
(「いいのよ、わるいのはこっちだもの、おきぬさんにつみはないわ」)
「いいのよ、悪いのはこっちだもの、おきぬさんに罪はないわ」
(「ちくしょう」といっておけいはみをおこし、ぎらぎらするようなめでちゅうを)
「ちくしょう」と云っておけいは身を起こし、ぎらぎらするような眼で宙を
(にらんだ、「さかりのついたいんらんなめすいぬみたような、あのちくしょうあまが、)
にらんだ、「さかりのついた淫乱な雌犬みたような、あのちくしょうあまが、
(そんなしゃれたまねをしやがったのか」 「ごしょうだよ、おけいさん」と)
そんなしゃれたまねをしやがったのか」 「ごしょうだよ、おけいさん」と
(おふみがあいがんするようにいった、「ごめいわくをかけてすまないけれど、もう)
おふみが哀願するように云った、「ご迷惑をかけて済まないけれど、もう
(あたしたちのことはそっとしておいておくれ、ちょうのやつもそのまま、しなして)
あたしたちのことはそっとしておいておくれ、長のやつもそのまま、死なして
(やっておくれよ」 ちょうじはあけがたにしんだ。)
やっておくれよ」 長次は明けがたに死んだ。
(ごろきちもおふみもねむっていたようだ。にょうぼうたちはめがおでかたりあい、おけいが)
五郎吉もおふみも眠っていたようだ。女房たちは眼顔で語りあい、おけいが
(ちょうじのしたいをだいて、さはいのいえへはこんでいった。しんだきょうだいのよにんは、)
長次の死躰を抱いて、差配の家へ運んでいった。死んだきょうだいの四人は、
(さはいのいえでゆかんをし、みんなでしにしょうぞくをしてやってから、うへえのとなりにある)
差配の家で湯灌をし、みんなで死装束をしてやってから、卯兵衛の隣りにある
(あきだなにうつした。のぼるはそれをあとでしったのだが、ちょうじがはこばれていったとき、)
空店に移した。登はそれをあとで知ったのだが、長次が運ばれていったとき、
(かれはこころのなかでそっといった。 ーーこれできょうだいがそろったな、)
彼は心の中でそっと云った。 ーーこれできょうだいが揃ったな、
(さあ、いっしょにてをつないで、なかよくおいで。 あがりはなのすすけたしょうじが、)
さあ、いっしょに手をつないで、仲よくおいで。 上り端の煤けた障子が、
(うっすらとあかるくなった。きおんがさがって、すわっているひざがしらやあしのゆびさきに、)
うっすらと明るくなった。気温がさがって、坐っている膝頭や足の指先に、
(こごえそうなさむさをかんじた。のぼるはあんどんのひをけし、ひばちにすみをついだ。)
こごえそうな寒さを感じた。登は行燈の火を消し、火鉢に炭をついだ。
(「せんせい、ーー」とおふみがいった、「あのこはくるしみましたか」)
「先生、ーー」とおふみが云った、「あの子は苦しみましたか」
(「いや」のぼるはひばちからてをひいた。「いや、くるしみはしなかった。らくにいきを)
「いや」登は火鉢から手を引いた。「いや、苦しみはしなかった。らくに息を
(ひきとったよ」 「くるしみませんでしたか」)
ひきとったよ」 「苦しみませんでしたか」
(「しぬときはもうくるしくはないそうだ」とのぼるはいった、「あたまがしぬどくで)
「死ぬときはもう苦しくはないそうだ」と登は云った、「頭が死ぬ毒で
(やられるから、みているものにはくるしそうだが、とうにんはもうなんにもかんじては)
やられるから、見ている者には苦しそうだが、当人はもうなんにも感じては
(いないということだ。ちょうじはくるしそうなけぶりもみせなかったよ」)
いないということだ。長次は苦しそうなけぶりも見せなかったよ」
(おふみはおっとのほうをみた。しばらくみていて、またあおむきになり、すまないが)
おふみは良人のほうを見た。暫く見ていて、また仰向きになり、済まないが
(みずをもらいたい、とえんりょしたくちぶりでいった。のぼるはせんやくのどびんをとったが、)
水をもらいたい、と遠慮した口ぶりで云った。登は煎薬の土瓶を取ったが、
(おもいなおして、つめたくなっているゆわかしから、からになっているきゅうすへすこしそそぎ、)
思い直して、冷たくなっている湯沸しから、空になっている急須へ少し注ぎ、
(おふみにもっていってやった。 「きをつけて、すこしずつすするんだ」とのぼるは)
おふみに持っていってやった。 「気をつけて、少しずつ啜るんだ」と登は
(ちゅういをあたえた、「きゅうすのくちからじかのほうがいい、ようじんしないとのどにしみるよ」)
注意を与えた、「急須の口からじかのほうがいい、用心しないと喉にしみるよ」
(おふみはかおをするどくゆがめたが、むせはしなかった。ごろきちはかるいねいきを)
おふみは顔をするどく歪めたが、噎せはしなかった。五郎吉は軽い寝息を
(たてはじめた。それはひろうしつくしたというより、せいしんもにくたいもかいほうされ、)
たて始めた。それは疲労し尽したというより、精神も肉躰も解放され、
(あんらくにのびのびとねむりこんでいるひとのねいきのようであった。おふみはしずかに)
安楽にのびのびと眠りこんでいる人の寝息のようであった。おふみは静かに
(そちらをみ、ながいことおっとのねがおをみまもっていた。 「こんなふうに)
そちらを見、長いこと良人の寝顔を見まもっていた。 「こんなふうに
(ねているのははじめてですよ」とおふみはしゃがれたささやきごえでいった、)
寝ているのは初めてですよ」とおふみはしゃがれた囁き声で云った、
(「いっしょになってから、そこそこじゅうねんになるけれど、)
「いっしょになってから、そこそこ十年になるけれど、
(このひとがこんなに、いいきもちそうにねているのははじめてですよ」)
この人がこんなに、いい気持そうに寝ているのは初めてですよ」