山本周五郎 赤ひげ診療譚 鶯ばか 六-1

背景
投稿者投稿者文吾いいね0お気に入り登録
プレイ回数348難易度(4.5) 3865打 長文 長文モードのみ
順位 名前 スコア 称号 打鍵/秒 正誤率 時間(秒) 打鍵数 ミス 問題 日付
1 りつ 4225 C 4.3 96.4% 895.2 3928 145 57 2024/10/15

関連タイピング

問題文

ふりがな非表示 ふりがな表示

(「どうしてあたしたちをしなしてくれなかったんでしょう」 しばらくしておふみが)

「どうしてあたしたちを死なしてくれなかったんでしょう」 暫くしておふみが

(そういいだした。 「どうしてでしょうせんせい」とおふみはてんじょうをみまもったまま)

そう云いだした。 「どうしてでしょう先生」とおふみは天床を見まもったまま

(いった、「かんがえにかんがえたあげく、そうするよりしようがないから、おやこいっしょ)

云った、「考えに考えたあげく、そうするよりしようがないから、親子いっしょ

(にしのうとしたんです、そのほかにどうしようもなかったのに、なぜみんな)

に死のうとしたんです、そのほかにどうしようもなかったのに、なぜみんな

(ほっといてくれなかったんでしょう」 「こんなふうに」といって、のぼるは)

放っといてくれなかったんでしょう」 「こんなふうに」と云って、登は

(ちょっとまをおいた、「こんなふうにしぬのはよくない、もってうまれた)

ちょっとまをおいた、「こんなふうに死ぬのはよくない、持って生まれた

(じゅみょうを、じぶんですてるなどということはつみだ、ことにこんなちいさなこどもまで)

寿命を、自分で捨てるなどということは罪だ、ことにこんな小さな子供まで

(みちづれにするというのはね、ーーみんながみごろしにできなかったのはとうぜんの)

道伴れにするというのはね、ーーみんなが見殺しにできなかったのは当然の

(ことだよ」 おふみはくちをつぐんだ。ずいぶんながいあいだ、みうごきもせずに)

ことだよ」 おふみは口をつぐんだ。ずいぶん長いあいだ、身動きもせずに

(だまっていたが、やがて、のどのかげんをしてかるくせき、ひとりごとのようにほそいこえで、)

黙っていたが、やがて、喉のかげんをして軽く咳き、独り言のように細い声で、

(ぽつりぽつりとはなしだした。 ごろきちはふかがわ、おふみはいたばしでうまれた。どちらも)

ぽつりぽつりと話しだした。 五郎吉は深川、おふみは板橋で生れた。どちらも

(いえがまずしく、ごろきちはななつ、おふみはもういつつのときから、こもりにだされた)

家が貧しく、五郎吉は七つ、おふみはもう五つのときから、子守に出された

(けいけんがあった。ふたりのおやたちもおなじようなそだちかたで、ごろきちのちちはぼてふりの)

経験があった。二人の親たちも同じような育ちかたで、五郎吉の父はぼて振の

(さかなやであり、おふみのちちはくずやや、にんそくや、てつだいなどをてんてんとしていた。)

魚屋であり、おふみの父は屑屋や、人足や、手伝いなどを転々としていた。

(ごろきちはじゅうにのとしからやくしゅどんやにほうこうにいったが、じゅうしちのとき、くらでにばこを)

五郎吉は十二の年から薬種問屋に奉公にいったが、十七のとき、倉で荷箱を

(おろしていると、それがくずれてきて、ひどくあたまをうった。とうざはなんでも)

おろしていると、それが崩れて来て、ひどく頭を打った。当座はなんでも

(なかったが、はんとしほどすると、おもいがけないときにいっしゅのほっさがおこるように)

なかったが、半年ほどすると、思いがけないときに一種の発作が起こるように

(なった。とつぜんいしきがくらんできて、ものごとのはんだんができなくなる。くすりのはこを)

なった。とつぜん意識が昏んできて、ものごとの判断ができなくなる。薬の箱を

(しまいにいって、たなのまえにたったとたんに、なにをしなければならないか、)

しまいにいって、棚の前に立ったとたんに、なにをしなければならないか、

(なにをするためにそこへきたのか、まったくわからなくなってしまう。にを)

なにをするためにそこへ来たのか、まったくわからなくなってしまう。荷を

など

(うけとるためにくるまをひいてでかけて、とちゅうでそのほっさがおこり、くるまをひいたまま)

受取るために車を曳いてでかけて、途中でその発作が起こり、車を曳いたまま

(ふつかものまずくわずで、しちゅうをまよいあるいたこともあった。)

二日も飲まず食わずで、市中を迷い歩いたこともあった。

(おふみはあさくさなみきちょうのめしやにほうこうしていたとき、ごろきちとしりあった。)

おふみは浅草並木町のめし屋に奉公していたとき、五郎吉と知りあった。

(かれはやくしゅどんやからひまをだされ、そのときはくらまえでにあげにんそくをしていた。)

彼は薬種問屋から暇を出され、そのときは蔵前で荷揚げ人足をしていた。

(ごろきちがにじゅういち、おふみがはたちのときのことである。--しりあってから)

五郎吉が二十一、おふみが二十のときのことである。ーー知り合ってから

(まもなく、ふたりはえどをしゅっぽんしてみとへいった。おふみがおかばしょへうられる)

まもなく、二人は江戸を出奔して水戸へいった。おふみが岡場所へ売られる

(ことになったので、かれにそのじじょうをはなすと「いっしょににげよう」ということに)

ことになったので、彼にその事情を話すと「いっしょに逃げよう」ということに

(なったのだ。あたしがそそのかしたようなものです、とおふみはいった。)

なったのだ。あたしが唆したようなものです、とおふみは云った。

(「みとにさんねんいて、そのあいだにとらきちとちょうじがうまれたんですけれど」とおふみは)

「水戸に三年いて、そのあいだに虎吉と長次が生れたんですけれど」とおふみは

(つづけた、「うちのひとはきもよわいし、じびょうもあるし、しらないとちのことで、)

続けた、「うちの人は気も弱いし、持病もあるし、知らない土地のことで、

(どうにもくらしてゆけなくなり、とうとうまたえどへかえってきてしまいました」)

どうにもくらしてゆけなくなり、とうとうまた江戸へ帰って来てしまいました」

(ああ、とおふみはおもいだしたようにびしょうした、「みとをたちのくまえに、おやこで)

ああ、とおふみは思い出したように微笑した、「水戸を立退くまえに、親子で

(おおあらいさまへいきました、べんとうをもってはんにち、おやこでのんびりうみをみてきましたが、)

大洗さまへいきました、弁当を持って半日、親子で暢びり海を見て来ましたが、

(あとにもさきにもあんなにきもちののんびりした、たのしいことは)

あとにもさきにもあんなに気持の暢びりした、たのしいことは

(ありませんでしたよ、うまれてっからきょうまで、ええ、あのときが)

ありませんでしたよ、生れてっから今日まで、ええ、あのときが

(たったいちどでした」 えどへかえってからもいいことはなかった。このさんねん)

たったいちどでした」 江戸へ帰ってからもいいことはなかった。この三年

(ばかりこっち、ごろきちはあのほっさこそおきないが、だんだんあきっぽくなって)

ばかりこっち、五郎吉はあの発作こそ起きないが、だんだん飽きっぽくなって

(きた。もともとめはしのきくほうではないし、てについたしょくもないので、)

来た。もともと眼はしのきくほうではないし、手に付いた職もないので、

(なにをやってもながつづきがせず、あいだにおみよ、おいちとくちがふえたので、)

なにをやっても永続きがせず、あいだにおみよ、おいちと口がふえたので、

(かのじょがどんなにないしょくでおぎなっても、きてたべることさえまんぞくにはできなかった。)

彼女がどんなに内職で補っても、着て喰べることさえ満足にはできなかった。

(とらきちはぼんやりしたこでやくにたたず、おんなのこはまだちいさかった。そのなかで)

虎吉はぼんやりした子で役に立たず、女の子はまだ小さかった。その中で

(ちょうじだけはよくきのまわるしょうぶんで、みっつよっつのころから、ないちえを)

長次だけはよく気のまわる性分で、三つ四つのころから、ない知恵を

(しぼってははおやをかばおうとしてきた。 「ほんのみっつよっつのころからなんです、)

しぼって母親を庇おうとして来た。 「ほんの三つ四つのころからなんです、

(とてもせんせいなんかにはおわかりにならないでしょう」とおふみはいった、)

とても先生なんかにはおわかりにならないでしょう」とおふみは云った、

(「ばんめしのときにたべるものがたりない、あたしはいつもみんながすんでから)

「晩めしのときに喰べる物がたりない、あたしはいつもみんなが済んでから

(たべるようにしているんですけれど、たべものがたりないなとおもうときにかぎって、)

喰べるようにしているんですけれど、喰べ物がたりないなと思うときに限って、

(ちょうじもたべないんです、おなかがすかないとか、はらがいたいから、なんて)

長次も喰べないんです、おなかがすかないとか、腹が痛いから、なんて

(いいましてね、きをつけてみていると、すこしでもあたしのくちにはいるように、)

云いましてね、気をつけてみていると、少しでもあたしの口にはいるように、

(のこしておこうとするんです」 「みっつよっつのとしでですよ」とおふみはくりかえし、)

残しておこうとするんです」 「三つ四つの年でですよ」とおふみは繰り返し、

(「かわいいこだった」と、うっとりするようにつぶやいた。 くらしはいつも)

「可愛い子だった」と、うっとりするように呟いた。 くらしはいつも

(ぎりぎりいっぱいで、ごろきちのかせげないひがみっかもつづくと、たちまちかゆも)

ぎりぎりいっぱいで、五郎吉の稼げない日が三日も続くと、たちまち粥も

(すすれなくなる。ふゆでもこなずみのはかりがいだし、にたきのまきにこまることなど)

啜れなくなる。冬でも粉炭の量り買いだし、煮炊きの薪に困ることなど

(しょっちゅうだった。ちょうじはそれをしっていて、たきぎになりそうなものがあると)

しょっちゅうだった。長次はそれを知っていて、焚木になりそうな物があると

(ひろってくる。こっぱ、いたきれ、かれえだ、こめだわらやむしろなどまでひろってきた。なかには)

拾って来る。木っ端、板切れ、枯枝、米俵や蓆などまで拾って来た。中には

(ふしんばからくすねてきたようないたや、よそのきのえだをおったとおもえるものなども)

普請場からくすねて来たような板や、よその木の枝を折ったと思えるものなども

(しばしばあった。しかし、げんじつにそのひのたきぎにこまっているおふみには、しかる)

しばしばあった。しかし、現実にその日の焚木に困っているおふみには、叱る

(ことはおろか、こんなことをしてはいけない、ということさえできなかった。)

ことはおろか、こんなことをしてはいけない、と云うことさえできなかった。

問題文を全て表示 一部のみ表示 誤字・脱字等の報告

文吾のタイピング

オススメの新着タイピング

タイピング練習講座 ローマ字入力表 アプリケーションの使い方 よくある質問

人気ランキング

注目キーワード