山本周五郎 赤ひげ診療譚 鶯ばか 六-2

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1 りつ 4219 C 4.4 95.4% 910.0 4032 192 59 2024/10/15

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問題文

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(そしてしまやのことがおこったのだ。しまやというのはおもてどおりにあるざっかしょうで、)

そして島屋のことが起こったのだ。島屋というのは表通りにある雑貨商で、

(ごろきちもときどきてつだいしごとをたのまれ、いくらかのぜにをもらっていた。おおそうじとか、)

五郎吉もときどき手伝い仕事を頼まれ、幾らかの銭を貰っていた。大掃除とか、

(いえのはめいたのあくあらいなどというたぐいの、ねんにいくたびとかぞえるほどしかない)

家の羽目板のあく洗いなどというたぐいの、年に幾たびと数えるほどしかない

(ことだったが、それでさえこころまちにするかせぎのうちにはいっていた。しまやはみせの)

ことだったが、それでさえ心待ちにする稼ぎの内にはいっていた。島屋は店の

(おくにいんきょじょがあり、ちいさいけれどもにわをかこって、いたべいがまわしてある。そのへいの)

奥に隠居所があり、小さいけれども庭を囲って、板塀がまわしてある。その塀の

(したはんぶん、よこにさんになっているところのきがふるくなり、くぎもくさってとれたりして、)

下半分、横に桟になっているところの木が古くなり、釘も腐ってとれたりして、

(がたがたにゆるんでいた。ちょうじはそのさんのいたをはずしてもってきた。はばはにすん、)

がたがたに緩んでいた。長次はその桟の板を外して持って来た。幅は二寸、

(ながさは(おったので)ごすんからななすんくらい、まきのこたばができるくらいの)

長さは(折ったので)五寸から七寸くらい、薪の小束が出来るくらいの

(りょうである。--するとそのあくるひ、しまやからよびにこられ、またしごとかと)

量である。ーーするとその明くる日、島屋から呼びに来られ、また仕事かと

(おもいながらごろきちがいってみた。しごとどころではない、みせにはおきぬがいて、)

思いながら五郎吉がいってみた。仕事どころではない、店にはおきぬがいて、

(ちょうじがへいのいたをはがしてもっていった、みていたあたしがしょうにんだ、あのこは)

長次が塀の板を剥がして持っていった、見ていたあたしが証人だ、あの子は

(まえからてくせがわるい、どろぼうこんじょうのあるこだ、などとまくしたてた。しまやのしゅじんは)

まえから手癖が悪い、泥棒根性のある子だ、などとまくしたてた。島屋の主人は

(やかましいことはいわず、これからきをつけてくれと、ちゅういしただけであった。)

やかましいことは云わず、これから気をつけてくれと、注意しただけであった。

(ごろきちはしまやからもどると、かせぎにもでずぼんやりとすわりこみ、やがて)

五郎吉は島屋から戻ると、稼ぎにも出ずぼんやりと坐りこみ、やがて

(ひじまくらをして、ねころんでしまった。 「それがいつかまえ、もうむいかに)

肘枕をして、寝ころんでしまった。 「それが五日まえ、もう六日に

(なりますね」とおふみはめつきでひをかぞえた、「そのひのばん、こどもたちが)

なりますね」とおふみは眼つきで日を数えた、「その日の晩、子供たちが

(ねちゃってから、はじめてうちのひとがそのはなしをしました」 ごろきちははなしながら)

寝ちゃってから、初めてうちの人がその話をしました」 五郎吉は話しながら

(ないた。おふみはぜつぼうした。まえにもきんじょのこどもたちは、ちょうじのことをよく)

泣いた。おふみは絶望した。まえにも近所の子供たちは、長次のことをよく

(「どろぼう」などとはやしたてた。けれどもこんどのことはまったくちがう。)

「どろぼう」などとはやしたてた。けれどもこんどのことはまったく違う。

(おきぬというものがみていた「しょうにん」であり、よそのへいのいたを「はがして」)

おきぬという者がみていた「証人」であり、よその塀の板を「剥がして」

など

(きたのだ。まえからてくせがわるかったとか、どろぼうこんじょうがあるなどと、ひとのまえで)

来たのだ。まえから手癖が悪かったとか、泥棒根性があるなどと、人の前で

(はっきりといわれたのである。 「そのばんとあくるひいっぱい、あたしたちは)

はっきりと云われたのである。 「その晩と明くる日いっぱい、あたしたちは

(よくはなしあいました、そしてそうだんがきまったので、こどもたちにいって)

よく話しあいました、そして相談がきまったので、子供たちに云って

(きかせましたが、こどもたちもそのほうがいいって、いってくれたんです」)

聞かせましたが、子供たちもそのほうがいいって、云ってくれたんです」

(おふみはうつろな、ほとんどむかんどうなくちぶりでいった、「ーーでもまちがわないで)

おふみはうつろな、殆んど無感動な口ぶりで云った、「ーーでもまちがわないで

(ください、あたしたちはおきぬさんにいわれたことをうらんで、それでしぬきに)

下さい、あたしたちはおきぬさんに云われたことを怨んで、それで死ぬ気に

(なったんじゃありません、いきていてもしようがない、いきているだけくろうだ)

なったんじゃありません、生きていてもしようがない、生きているだけ苦労だ

(ということがわかったんです」 あたしたちはおやのだいから、いきをつくひまも)

ということがわかったんです」 あたしたちは親の代から、息をつく暇も

(ないほどのびんぼうぐらしをしてきた。ふたりともあきめくらで、こどももひとなみにそだてる)

ないほどの貧乏ぐらしをして来た。二人ともあきめくらで、子供も人並に育てる

(ことはできない。そだてるどころか、ちょうじにはぬすみをおしえてきたようなものだ。)

ことはできない。育てるどころか、長次にはぬすみを教えて来たようなものだ。

(おやからあたしたちふうふ、そしてこのままいけばこどもたちまで、おなじようなくろうを)

親からあたしたち夫婦、そしてこのままいけば子供たちまで、同じような苦労を

(しょわなければならない。もうたくさん、もうこれいじょうはほんとうにたくさんだ、)

背負わなければならない。もうたくさん、もうこれ以上は本当にたくさんだ、

(とおふみはよわよわしくかぶりをふった。 「こどもたちはしんでくれました、)

とおふみは弱弱しくかぶりを振った。 「子供たちは死んでくれました、

(うちのひととあたしのふたりなら、じゃまをされずにいつどこででもしねますからね、)

うちの人とあたしの二人なら、邪魔をされずにいつどこででも死ねますからね、

(こどもたちがしんでくれて、しんからほっとしました」おふみはそこで、いぶかしげに)

子供たちが死んでくれて、しんからほっとしました」おふみはそこで、訝しげに

(いった、「ーーこんなこといってはわるいかもしれませんが、どうしてみんなは)

云った、「ーーこんなこと云っては悪いかもしれませんが、どうしてみんなは

(ほっといてくれなかったんでしょう、ほっといてくれればおやこいっしょにしねた)

放っといてくれなかったんでしょう、放っといてくれれば親子いっしょに死ねた

(のに、どうしてたすけようとなんかしたんでしょう、なぜでしょうせんせい」)

のに、どうして助けようとなんかしたんでしょう、なぜでしょう先生」

(のぼるはかろうじてこたえた、「にんげんならだれだって、こうせずにはいられないだろうよ」)

登は辛うじて答えた、「人間なら誰だって、こうせずにはいられないだろうよ」

(おふみはわらった。わらったようにのぼるはかんじた。それはききちがいだったろう、たんに)

おふみは笑った。笑ったように登は感じた。それは聞き違いだったろう、単に

(いきがのどをこすったおとかもしれない。だがのぼるには、かのじょがわらったようにおもえた。)

呼吸が喉を擦った音かもしれない。だが登には、彼女が笑ったように思えた。

(「いきてくろうするのはみていられても、しぬことはほうって)

「生きて苦労するのは見ていられても、死ぬことは放って

(おけないんでしょうか」おふみはまくらのうえでゆらゆらとかぶりをふった、)

おけないんでしょうか」おふみは枕の上でゆらゆらとかぶりを振った、

(「ーーもしあたしたちがたすかったとして、そのあとはどうなるんでしょう、)

「ーーもしあたしたちが助かったとして、そのあとはどうなるんでしょう、

(これまでのようなくろうが、いくらかでもかるくなるんでしょうか、そういうのぞみが)

これまでのような苦労が、いくらかでも軽くなるんでしょうか、そういう望みが

(すこしでもあったんでしょうか」 のぼるはだまって、こうべをたれた。)

少しでもあったんでしょうか」 登は黙って、頭を垂れた。

(このといにこたえられるものがあるだろうか、とのぼるはこころのなかでいった。これは)

この問いに答えられる者があるだろうか、と登は心の中で云った。これは

(かのじょだけのといかけではない、このかぞくとおなじような、きりぬけるあてのない)

彼女だけの問いかけではない、この家族と同じような、切り抜ける当てのない

(ひんこんにおわれつづけて、つかれはてたにんげんぜんたいのさけびであろう。これにたいして、)

貧困に追われ続けて、疲れはてた人間ぜんたいの叫びであろう。これに対して、

(ごまかしのないこたえがあるだろうか。かれらにすこしでもにんげんらしいせいかつをさせる)

ごまかしのない答えがあるだろうか。かれらに少しでも人間らしい生活をさせる

(ほうほうがあるだろうか。のぼるはつめがてのひらにくいこむほどつよくりょうのこぶしをにぎりしめていた。)

方法があるだろうか。登は爪が掌にくいこむほど強く両の拳を握りしめていた。

(「せんせい、--」しばらくしておふみがいった、「あのひとたちがなにかしている)

「先生、--」しばらくしておふみが云った、「あの人たちがなにかしている

(ようですね」 のぼるはあたまをあげた。こがいでおおきなものおとと、おんなたちのわめきたてる)

ようですね」 登は頭を上げた。戸外で大きな物音と、女たちの喚き立てる

(こえが、あさのしずかなろじいっぱいにさわがしくきこえていた。 「あのひとたちですよ」)

声が、朝の静かな路地いっぱいに騒がしく聞えていた。 「あの人たちですよ」

(とおふみがいった、「きっとおきぬさんになにかしているんでしょう、)

とおふみが云った、「きっとおきぬさんになにかしているんでしょう、

(いってとめてあげてくださいな」 のぼるはたとうとしなかった。)

いってとめてあげて下さいな」 登は立とうとしなかった。

(「おねがいですからとめにいってください」とおふみがねっしんにせがんだ、)

「お願いですからとめにいって下さい」とおふみが熱心にせがんだ、

(「おきぬさんのつみじゃありません、あたしたちがわるかったんですから、)

「おきぬさんの罪じゃありません、あたしたちが悪かったんですから、

(どうかせんせいいってやってください」)

どうか先生いってやって下さい」

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