怖い話《卵の中》

(ちちおやはびょういんにかかることをゆるさず、)

父親は病院にかかることを許さず、

(それでいてえいこさんのいる２かいへはちかづこうとしない。)

それでいて英子さんのいる２階へは近づこうとしない。

(であるかせないせいかふとってたいかくのよくなっていくえいこさんに)

出歩かせないせいか太って体格の良くなっていく英子さんに

(ははおやのてだけではおえないときがでてきて、)

母親の手だけでは負えない時が出てきて、

(いつきさんがせわをてつだうようになったんです。)

一樹さんが世話を手伝うようになったんです。

(えいこさんはいぜんからてさきがきようでこまかいしゅげいをとくいとしていたそうで、)

英子さんは以前から手先が器用で細かい手芸を得意としていたそうで、

(いえにとじこもるようになってからは、いつもたまごさいくをつくっていたそうです。)

家に閉じこもるようになってからは、いつも卵細工を作っていたそうです。

(たまごにあなをあけてなかみをぬいてよくあらって、こまかいぬのきれをぼんどではりつける。)

卵に穴をあけて中身を抜いてよく洗って、細かい布切れをボンドで張り付ける。

(それにひもをつけて、かーてんれーるにつるす。)

それに紐をつけて、カーテンレールに吊るす。

(かーてんがしめられなくなるので、それをおかあさんがまいにち、)

カーテンが閉められなくなるので、それをお母さんが毎日、

(へやのてんじょうにうつしてがびょうでとめる。)

部屋の天井に移して画鋲で留める。

(へやのてんじょうがいろんながらのたまごにうめつくされていきました。)

部屋の天井がいろんな柄の卵に埋め尽くされていきました。

(そんなあるひ、おかあさんはえいこさんのにんしんにきづきました。)

そんなある日、お母さんは英子さんの妊娠に気付きました。

(そして、いつきさんのおかあさんにまっさきにそうだんしました。)

そして、一樹さんのお母さんに真っ先に相談しました。

(おかあさんからはなしをきいたいつきさんは、)

お母さんから話を聞いた一樹さんは、

(いえをとびだしてゆうじんのいえをとまりあるくようになりました。)

家を飛び出して友人の家を泊まり歩くようになりました。

(えいこさんをにんしんさせたのは、いつきさんだったんです。)

英子さんを妊娠させたのは、一樹さんだったんです。

(あるひ、ゆうじんのひとりがたびたびとまりにくるいつきさんからはなしをききだしました。)

ある日、友人の一人が度々泊まりに来る一樹さんから話を聞き出しました。

(かれは、そのはなしをしてすぐ、やっぱりちゃんとせきにんをとらなくてはいけない、)

彼は、その話をしてすぐ、やっぱりちゃんと責任を取らなくてはいけない、

(けじめをつける、といいおいてゆうじんたくをでていきました。)

けじめをつける、と言い置いて友人宅を出ていきました。

(けれど、それが、いきているかれをみたさいごのしょうげんとなったのです。)

けれど、それが、生きている彼を見た最後の証言となったのです。

(よくじつ、かれはえいこさんのへやで、ばらばらにされてみつかりました。)

翌日、彼は英子さんの部屋で、バラバラにされて見つかりました。

(みつけたのは、えいこさんのおかあさんでした。)

見つけたのは、英子さんのお母さんでした。

(はじめ、それがなにかわからなかったそうです。)

はじめ、それが何か分からなかったそうです。

(へやのすみでは、えいこさんがねむっていました。)

部屋の隅では、英子さんが眠っていました。

(そして、へやちゅうに、てんじょうにぶらさげていたはずのたまごのからがおちていたんです。)

そして、部屋中に、天井にぶら下げていたはずの卵の殻が落ちていたんです。

(ひどいにおいがしていたそうです。)

酷い臭いがしていたそうです。

(けれど、えいこさんはすやすやとねむっていたし、においのもともみあたらなかった。)

けれど、英子さんはすやすやと眠っていたし、臭いの元も見当たらなかった。

(おかあさんは、えいこさんにじょせいのまいつきのぎょうじがはじまったためだろうと)

お母さんは、英子さんに女性の毎月の行事が始まったためだろうと

(けんとうをつけました。ちのにおいににていたからです。)

見当をつけました。血の臭いに似ていたからです。

(にんしんじゃなかったんだとほっとして、とりあえずくうきをいれかえようと)

妊娠じゃなかったんだとほっとして、とりあえず空気を入れ替えようと

(おもっても、ゆかにはいちめん、われてくずれたまるいから。ぬのにくるまれたなんびゃくものたまご。)

思っても、床には一面、割れて崩れた丸い殻。布にくるまれた何百もの卵。

(おかあさんはまどへみちをつくろうとあしでたまごをさけようとして、)

お母さんは窓へ道を作ろうと足で卵を避けようとして、

(そのいようなおもさにおどろきました。)

その異様な重さに驚きました。

(うごかしたひょうしにつよくなったいしゅう。そのおもさのみょうなかんじ。)

動かした拍子に強くなった異臭。その重さの妙な感じ。

(おそるおそるしゃがみこんでちかくのそれらをかんさつして、)

恐る恐るしゃがみこんで近くのそれらを観察して、

(かのじょはぬのきれのあいだからのぞくあかぐろいものにきづきました。)

彼女は布切れの間からのぞく赤黒いモノに気付きました。

(むかし、おおけがをしたときにみたひらいたきずぐちそっくりのいろ。)

昔、大怪我をした時に見た開いた傷口そっくりの色。

(おかあさんはひめいをあげて、でも、おとうさんは１かいにいたけれど、)

お母さんは悲鳴を上げて、でも、お父さんは１階にいたけれど、

(こえもかけてきませんでした。)

声もかけてきませんでした。

(おかあさんはきもちわるいのをがまんしてあしでおもたいたまごをさけて)

お母さんは気持ち悪いのを我慢して足で重たい卵を避けて

(えいこさんのところまでいき、むりやりおこしてへやからつれだしました。)

英子さんの所まで行き、無理やり起こして部屋から連れ出しました。

(えいこさんはいやがってたまごをふみつぶしたりしましたが、)

英子さんは嫌がって卵を踏み潰したりしましたが、

(かじばのばかぢからがさようしたのか、こがらなおかあさんが)

火事場の馬鹿力が作用したのか、小柄なお母さんが

(えいこさんをへやからひきずりだし、１かいへおろしました。)

英子さんを部屋から引き摺り出し、１階へ下ろしました。

(えいこさんのすがたに、おとうさんはそっぽをむいてしんしつにひっこんでしまいました。)

英子さんの姿に、お父さんはそっぽを向いて寝室に引っ込んでしまいました。

(おかあさんはひとりでやっとのことえいこさんをいまにおちつかせ、)

お母さんは一人でやっとのこと英子さんを居間に落ち着かせ、

(それから、けいさつにでんわをかけました。)

それから、警察に電話をかけました。

(もちろん、おかあさんはたまごのなかみがなにかわかっていませんでした。)

もちろん、お母さんは卵の中身が何か分かっていませんでした。

(けれど、きんじょのひとがへびがでたといって１１０ばんして)

けれど、近所の人が蛇が出たと言って110番して

(おまわりさんをよんだことがあったので、)

おまわりさんを呼んだことがあったので、

(それよりはじゅうだいじだとおもってかけたのだそうです。)

それよりは重大時だと思ってかけたのだそうです。

(やってきたおまわりさんは、えいこさんにふみつぶされたたまごのなかに、)

やってきたおまわりさんは、英子さんに踏み潰された卵の中に、

(にんげんのめだまをみつけました。そこから、おおさわぎになったのです。)

人間の目玉を見つけました。そこから、大騒ぎになったのです。

(もうおわかりだとおもいますが、たまごのなかみはいつきさんでした。)

もうおわかりだと思いますが、卵の中身は一樹さんでした。

(かれが、なんびゃく、せんにちかいくらいこまかくばらばらにされて、)

彼が、何百、千に近いくらい細かくバラバラにされて、

(たまごのからのなかにおさめられていたのです。ｄｎａかんていで、かれだとかくにんされました。)

卵の殻の中に納められていたのです。ＤＮＡ鑑定で、彼だと確認されました。

(いたいのおおくに、せいたいはんのうがみとめられました。)

遺体の多くに、生体反応が認められました。

(かれは、いきたままばらばらにされたのです。)

彼は、生きたままバラバラにされたのです。

(しかも、はものをつかわれたこんせきはみあたらない。)

しかも、刃物を使われた痕跡は見当たらない。

(ひきちぎられ、おられこなごなにされていたんです。)

引きちぎられ、折られ粉々にされていたんです。

(そのばらばらのかけらが、ごていねいにたまごのからのなかにおさめられ、)

そのバラバラのかけらが、ご丁寧に卵の殻の中に納められ、

(ぬのきれでかざられていたんです。)

布切れで飾られていたんです。

(えいこさんからはなんのしょうげんもえられませんでした。)

英子さんからはなんの証言も得られませんでした。

(ごりょうしんもなんのものおともきいていませんでした。)

ご両親もなんの物音も聞いていませんでした。

(けっきょく、えいこさんがむりやりにんしんさせられたことをうらんで)

結局、英子さんが無理やり妊娠させられたことを恨んで

(いつきさんをころしたのだろうということになりました。)

一樹さんを殺したのだろうという事になりました。

(けれど、ふかかいなてんがおおくあります。けいさつもいまだにそのなぞをといていません。)

けれど、不可解な点が多くあります。警察も未だにその謎を解いていません。

(というより、とくきもありません。)

というより、解く気もありません。

(たまごのからにあけられたあなよりおおきなこっぺんが、どうやってなかにおさめられたのか。)

卵の殻に開けられた穴より大きな骨片が、どうやって中に納められたのか。

(それもあなをぬのでふさがれていたのに、ぜんじつのばんにかれがもくげきされている。)

それも穴を布でふさがれていたのに、前日の晩に彼が目撃されている。

(たったひとばんのさぎょうとはとてもおもえないこと。)

たった一晩の作業とはとても思えないこと。

(そして、こなごなにひきさかれたげんばが、どこにもみつからなかったこと。)

そして、粉々に引き裂かれた現場が、どこにも見つからなかったこと。

(なにより、どうぐなしにじんりきでひとをひきさくことができるのか。)

何より、道具無しに人力で人を引き裂くことができるのか。

(それもこなごなに。できるわけがない。)

それも粉々に。できるわけがない。

(えいこさんは、いまはせいしんびょういんにいるそうです。)

英子さんは、今は精神病院にいるそうです。

(おなかのこどもがそのあとどうなったのかはきいていません。)

おなかの子供がその後どうなったのかは聞いていません。

(いつきさんがなににどのようにしてころされ、)

一樹さんが何にどのようにして殺され、

(いかなるほうほうでたまごのなかにいれられたのか。)

いかなる方法で卵の中に入れられたのか。

(かいとうはありません。)

回答はありません。