死せる魂 1

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ニコライ・ゴーゴリ 平井肇訳
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1 もっちゃん先生 4596 C++ 4.8 94.9% 949.8 4611 245 86 2024/12/11

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問題文

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(けんちょうしょざいちのnnというまちのあるりょかんのもんへ、)

県庁所在地のNNという街の或る旅館の門へ、

(ばねつきのかなりきれいなこがたのぶりーちかがのりこんできた。)

ばねつきのかなり綺麗な小型のブリーチカが乗りこんで来た。

(それはたいしょくのりくぐんちゅうさかにとうたいい、)

それは退職の陸軍中佐か二等大尉、

(ないしはひゃくにんぐらいののうどをもっているじぬしといった、まあひとくちにいえば、)

乃至は百人ぐらいの農奴を持っている地主といった、まあ一口に言えば、

(ちゅうりゅうどころのしんしとよばれるようなひとりものがよくのりまわしているかたのばしゃで。)

中流どころの紳士と呼ばれるような独り者がよく乗りまわしている型の馬車で。

(それにはしんしがひとりのっていたが、)

それには紳士がひとり乗っていたが、

(それはべつにこうだんしでもないかわりにぶおとこでもなく、)

それは別に好男子でもないかわりに醜男でもなく、

(ふとりすぎてもいなければやせすぎてもいず、)

肥りすぎてもいなければ痩せすぎてもいず、

(またねんぱいも、ふけているとはいえないが、さりとてあまりわかいほうでもなかった。)

また年配も、老けているとはいえないが、さりとてあまり若い方でもなかった。

(このしんしがのりこんできたからとて、まちにはなんのさわぎもおこらねば、)

この紳士が乗りこんで来たからとて、街には何の騒ぎも起こらねば、

(べつにかわったできごとももちあがらなかった。)

別に変った出来ごとも持ちあがらなかった。

(ただわずかに、りょかんのむかいがわにあるいざかやのいりぐちにたっていたろじんのひゃくしょうがふたり、)

ただ僅かに、旅館の向い側にある居酒屋の入口に立っていた露人の百姓が二人、

(ぼそぼそとかげぐちをきいただけで、それも、のっているしんしのことよりも、)

ぼそぼそと蔭口をきいただけで、それも、乗っている紳士のことよりも、

(ばしゃのほうがもんだいになったのである。)

馬車の方が問題になったのである。

(「おい、どうだい、」と、ひとりがもうひとりのほうにむかっていった。)

『おい、どうだい、』と、一人がもう一人の方に向って言った。

(「てえしたくるまでねえか!ひょっと、あのくるまでもすくわまでいくとしたら、)

『てえした車でねえか! ひょっと、あの車でモスクワまで行くとしたら、

(いきつけるだか、いきつけねえだか、さあ、おめえどうおもう?」)

行きつけるだか、行きつけねえだか、さあ、おめえどう思う?』

(「いきつけるともさ。」と、あいてがこたえた。)

ーー『行きつけるともさ。』と、相手が答えた。

(「だが、かざんまであ、いかれめえとおもうだが?」)

ーー『だが、カザンまであ、行かれめえと思うだが?』

(「うん、かざんまであ、いかれねえだよ。」と、またあいてがこたえた。)

ーー『うん、カザンまであ、行かれねえだよ。』と、また相手が答えた。

など

(これでそのはなしにもけりがついてしまったのである。)

これでその話にも鳧がついてしまったのである。

(あ、それからまだ、ばしゃがりょかんのまぢかまでやってきたとき、)

あ、それからまだ、馬車が旅館の間近までやって来た時、

(ひとりのわかいおとことすれちがった。)

一人の若い男と擦れ違った。

(そのおとこは、おそろしくほそくてみじかいあやおりもめんのしろずぼんをはいて、)

その男は、おそろしく細くて短かい綾織木綿の白ズボンをはいて、

(なかなかこったえんびふくをきていたが、)

なかなか凝った燕尾服を著ていたが、

(したからは、せいどうのぴすとるがたのかざりのついた)

下からは、青銅のピストル型の飾りのついた

(とぅーらせいのぴんをさしたしゃつのむねあてがのぞいていた。)

トゥーラ製のピンを挿したシャツの胸当が覗いていた。

(このわかいおとこはふりかえってばしゃをひとめながめたが、)

この若い男は振り返って馬車を一目ながめたが、

(かぜでふっとばされそうになったかるつーずをかたてでおさえると、)

風で吹っ飛ばされそうになったカルツーズを片手でおさえると、

(そのままこころざすほうへすたすたとあるきだした。)

そのまま志す方へすたすたと歩きだした。

(ばしゃがなかにわへはいると、やどやのげなんというか、)

馬車が中庭へ入ると、宿屋の下男というか、

(それともろしあのりょかんやりょうていでいっぱんによばれているようにぽろうぉいというか、)

それともロシアの旅館や料亭で一般に呼ばれているようにポロウォイというか、

(とにかく、おっそろしくてきぱきして、)

とにかく、おっそろしくてきぱきして、

(あまりせわしなくうごきまわるのでいったいどんなかおつきをしているのか、)

あまりせわしなく動きまわるので一体どんな顔附をしているのか、

(みわけもつかないようなおとこがとびだして、しんしをでむかえた。)

見分けもつかないような男が飛び出して、紳士を出迎えた。

(そのおとこはひょろながいからだに、えりがこうとうぶまでもかぶさりそうな、)

その男はひょろ長い躯に、襟が後頭部までも被さりそうな、

(ながいはんもめんのふろっくこーとをきていたが、)

長い半木綿のフロックコートを著ていたが、

(かたてになぷきんをかけたまますばやくかけだして、)

片手にナプキンを掛けたまま素早く駆け出して、

(さっとかみをゆりあげるようにいちゆうするやいなや、もくぞうのろうかづたいに、)

さっと髪を揺りあげるように一揖するや否や、木造の廊下づたいに、

(そそくさとしんしをにかいのありあわせのへやへあんないしていった。)

そそくさと紳士を二階の有り合わせの部屋へ案内して行った。

(それはしごくありふれたへやであった。)

それは至極ありふれた部屋であった。

(というのは、だいいち、りょかんそのものが、ごくありふれたものであったからだ。)

というのは、第一、旅館そのものが、極くありふれたものであったからだ。

(つまりけんちょうのしょざいちなどによくあるりょかんで、)

つまり県庁の所在地などによくある旅館で、

(なるほどいちにちにるーぶりもはらえば、りょかくはしずかなへやをあてがわれるけれど、)

なるほど一日二ルーブリも払えば、旅客は静かな部屋をあてがわれるけれど、

(へやのよすみからはまるであんずのようなあぶらむしがぞろぞろとかおをのぞけ、)

部屋の四隅からはまるで杏子のような油虫がぞろぞろと顔を覗け、

(となりのへやへつうじるとびらぐちはいつもたんすでふさいではあるが、)

隣りの部屋へ通じる扉口はいつも箪笥で塞いではあるが、

(そのおとなりにはきまってとまりきゃくがあって、)

そのお隣りには決まって泊り客があって、

(これがまたひどくむくちでものしずかなくせになみはずれてこうきしんがつよく、)

これが又ひどく無口で物静かな癖に並はずれて好奇心が強く、

(しんらいのきゃくのいっきょいちどうにきょうみをもってききみみをたてていようといったあんばいである。)

新来の客の一挙一動に興味をもって聴耳を立てていようといった塩梅である。

(このりょかんのおもてつきがまた、いかにもそのないぶにふさわしく、)

この旅館のおもてつきが又、いかにもその内部にふさわしく、

(むやみにまぐちばかりひろいにかいだてで、)

無闇に間口ばかり広い二階建で、

(いっかいのがいへきはしっくいもぬらないであかぐろいれんががむきだしになっているが、)

一階の外壁は漆喰も塗らないで赤黒い煉瓦が剥き出しになっているが、

(もともときたならしいれんががはげしいてんこうのへんかにあっていっそうくろずんでいる。)

もともと汚ならしい煉瓦が烈しい天候の変化に逢って一層くろずんでいる。

(にかいのほうは、あいもかわらぬきいろのぺんきでぬってあり、かいかには、)

二階の方は、相も変らぬ黄色のペンキで塗ってあり、階下には、

(うまのくびきだの、ほそびきだの、ばらんかだのをうっているみせがならんでいる。)

馬の頸木だの、細引だの、バランカだのを売っている店が並んでいる。

(そのならびのいちばんはずれの、みせというよりはひとつのまどに、)

その並びの一番はずれの、店というよりは一つの窓に、

(しゃくどうのさもわーるとならんで、)

赤銅のサモワールと並んで、

(そのさもわーるそっくりのしゃくどういろのかおをしたすびでにやがひかえておるが、)

そのサモワールそっくりの赤銅いろの顔をしたスビデニ屋が控えておるが、

(そのかおにしっこくのあごひげさえはえていなければ、)

その顔に漆黒の顎鬚さえ生えていなければ、

(とおめにはてっきりさもわーるがふたつまどにならんでいるとしかみえない。)

遠目にはてっきりサモワールが二つ窓に並んでいるとしか見えない。

(しんらいのきゃくが、あてがわれたへやをけんぶんしているあいだに、)

新来の客が、あてがわれた部屋を検分している間に、

(みのまわりのにもつがはこびこまれた。)

身のまわりの荷物が運びこまれた。

(まっさきにきたのはしろいかわのとらんくで、それがあちこちすりむけているところは、)

真先に来たのは白い革のトランクで、それがあちこち擦り剥けているところは、

(たびにでたのはこんどがはじめてではないぞといわんばかりだ。)

旅に出たのは今度が初めてではないぞといわんばかりだ。

(とらんくをはこびこんできたのは、)

トランクを運びこんで来たのは、

(ぎょしゃのせりふぁんとじゅうぼくのぺとぅるーしかとで、)

馭者のセリファンと従僕のペトゥルーシカとで、

(せりふぁんのほうはけがわがいとうをきたせたけのみじかいおとこだが、)

セリファンの方は毛皮外套を著た背丈の短い男だが、

(ぺとぅるーしかのほうは、まださんじゅうそこそこのわかもので、)

ペトゥルーシカの方は、まだ三十そこそこの若者で、

(どうやらだんなのおさがりらしく、いいかげんちょふるされた、)

どうやら旦那のおさがりらしく、いいかげん著古された、

(だぶだぶのふろっくをきこんだ、おそろしくはなとくちびるのおおきい、)

だぶだぶのフロックを著こんだ、おそろしく鼻と唇の大きい、

(みたところすこしけんのあるおとこだ。)

見たところ少し険のある男だ。

(とらんくについで、もくめしらかばでぞうがんをほどこしたまほがにいのてばこだの、)

トランクについで、木目白樺で象嵌をほどこしたマホガニイの手箱だの、

(ながぐつのかたぎだの、あおいかみにつつんだにわとりのまるやきだのがもちこまれた。)

長靴の型木だの、青い紙に包んだ鶏の丸焼だのが持ちこまれた。

(こうしたものをすっかりはこびこんでしまうと、)

こうした物をすっかり運びこんでしまうと、

(ぎょしゃのせりふぁんはきゅうしゃのほうへうまのしまつをしにいき、)

馭者のセリファンは厩舎の方へ馬の始末をしに行き、

(じゅうぼくのぺとぅるーしかは、まるでいぬごやのような、)

従僕のペトゥルーシカは、まるで犬小屋のような、

(いやにうすぐらいちいさなひかえしつのなかをとりかたづけはじめたが、)

いやに薄暗い小さな控室のなかを取りかたづけはじめたが、

(そこへはもうすでにじぶんのがいとうといっしょに、)

そこへはもう既に自分の外套といっしょに、

(かれとくゆうのへんなにおいまでちゃんともちこんでいた。)

彼特有の変な臭いまでちゃんと持ちこんでいた。

(そのにおいは、あとからはこびこまれたじゅうぼくむきのななつどうぐのはいっているふくろからも)

その臭いは、後から運びこまれた従僕向きの七つ道具の入っている袋からも

(ぷんぷんにおっていた。)

プンプン臭っていた。

(かれはそのこべやのかべぎわに、きゅうくつそうなさんぼんあしのしんだいをすえつけて、)

彼はその小部屋の壁際に、窮屈そうな三本脚の寝台を据えつけて、

(そのうえへ、こちこちのまるであげせんべいのようにうすっぺらな、)

その上へ、こちこちのまるで揚煎餅のように薄っぺらな、

(またおそらくはあげせんべいのようにあぶらじみた、)

また恐らくは揚煎餅のように脂じみた、

(ちっぽけな、どうやらふとんらしいしろものをかぶせたが、)

小っぽけな、どうやら蒲団らしい代物をかぶせたが、

(それはやどやのしゅじんからうまくかりだしてきたしなである。)

それは宿屋の主人からうまく借り出して来た品である。

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