怪人二十面相26

関連タイピング
問題文
(ななつどうぐ)
七つ道具
(こばやししょうねんはほとんどにじゅっぷんほどのあいだ、ちていのくらやみのなかで、)
小林少年はほとんど二十分ほどのあいだ、地底の暗やみの中で、
(ついらくしたままのしせいで、じっとしていました。ひどくこしをうった)
ついらくしたままの姿勢で、じっとしていました。ひどく腰を打った
(ものですから、いたさにみうごきするきにもなれなかったのです。)
ものですから、痛さに身動きする気にもなれなかったのです。
(そのまに、てんじょうでは、にじゅうめんそうがさんざんあざけりのことばを)
そのまに、天井では、二十面相がさんざんあざけりのことばを
(なげかけておいて、おとしあなのふたをぴっしゃりしめてしまいました。)
なげかけておいて、おとしあなのふたをピッシャリしめてしまいました。
(もうたすかるみこみはありません。えいきゅうのとりこです。もしぞくがこのまま)
もう助かる見こみはありません。永久のとりこです。もし賊がこのまま
(しょくじをあたえてくれないとしたら、だれひとりしるものもないあばらやの)
食事をあたえてくれないとしたら、だれひとり知るものもないあばらやの
(ちかしつでうえしにしてしまわねばなりません。)
地下室でうえ死にしてしまわねばなりません。
(としはもいかぬしょうねんのみで、このおそろしいきょうぐうをどうたえしのぶことが)
年はもいかぬ少年の身で、このおそろしい境遇をどうたえしのぶことが
(できましょう。たいていのしょうねんならば、さびしさとおそろしさに、)
できましょう。たいていの少年ならば、さびしさとおそろしさに、
(ぜつぼうのあまりしくしくとなきだしたことでありましょう。)
絶望のあまりシクシクと泣きだしたことでありましょう。
(しかし、こばやししょうねんはなきもしなければ、ぜつぼうもしませんでした。)
しかし、小林少年は泣きもしなければ、絶望もしませんでした。
(かれはけなげにも、まだ、にじゅうめんそうにまけたとはおもっていなかったのです。)
彼はけなげにも、まだ、二十面相に負けたとは思っていなかったのです。
(やっとこしのいたみがうすらぐと、しょうねんがまずさいしょにしたことは、)
やっと腰の痛みがうすらぐと、少年がまず最初にしたことは、
(へんそうのやぶれころものしたにかくして、かたからさげていたちいさなずっくの)
変装のやぶれ衣の下にかくして、肩からさげていた小さなズックの
(かばんに、そっとさわってみることでした。)
カバンに、ソッとさわってみることでした。
(「ぴっぽちゃん、きみは、ぶじだったかい。」)
「ピッポちゃん、きみは、ぶじだったかい。」
(みょうなことをいいながら、うえからなでるようにしますと、)
みょうなことをいいながら、上からなでるようにしますと、
(かばんのなかでなにかちいさなものが、ごそごそとうごきました。)
カバンの中で何かちいさなものが、ゴソゴソと動きました。
(「ああ、ぴっぽちゃんは、どこもうたなかったんだね。)
「ああ、ピッポちゃんは、どこも打たなかったんだね。
(おまえさえいてくれれば、ぼく、ちっともさびしくないよ。」)
おまえさえいてくれれば、ぼく、ちっともさびしくないよ。」
(ぴっぽちゃんが、べつじょうなくいきていることをたしかめると、)
ピッポちゃんが、べつじょうなく生きていることをたしかめると、
(こばやししょうねんは、やみのなかにすわって、そのしょうかばんをかたからはずし、)
小林少年は、やみの中にすわって、その小カバンを肩からはずし、
(なかからまんねんひつがたのかいちゅうでんとうをとりだして、そのひかりで、ゆかにちらばっていた)
中から万年筆型の懐中電燈をとりだして、その光で、床に散らばっていた
(むっつのだいやもんどと、ぴすとるをひろいあつめ、それをかばんに)
六つのダイヤモンドと、ピストルを拾いあつめ、それをカバンに
(おさめるついでに、そのなかのいろいろなしなものをふんしつしていないかどうかを、)
おさめるついでに、その中のいろいろな品物を紛失していないかどうかを、
(ねんいりにてんけんするのでした。)
念入りに点検するのでした。
(そこには、こばやししょうねんのななつどうぐが、ちゃんとそろっていました。)
そこには、小林少年の七つ道具が、ちゃんとそろっていました。
(むかし、むしさぼうべんけいというごうけつは、あらゆるいくさのどうぐを、すっかり)
むかし、武蔵坊弁慶という豪傑は、あらゆる戦の道具を、すっかり
(せなかにせおってあるいたのだそうですが、それを、「べんけいのななつどうぐ」)
背中にせおって歩いたのだそうですが、それを、「弁慶の七つ道具」
(といって、いまにかたりつたえられています。こばやししょうねんの「たんていななつどうぐ」は、)
といって、今に語りつたえられています。小林少年の「探偵七つ道具」は、
(そんなおおきなぶきではなく、ひとまとめにしてりょうてににぎれるほどの)
そんな大きな武器ではなく、ひとまとめにして両手ににぎれるほどの
(ちいさなものばかりでしたが、そのやくにたつことは、けっしてべんけいの)
小さなものばかりでしたが、その役にたつことは、けっして弁慶の
(ななつどうぐにもおとりはしなかったのです。)
七つ道具にもおとりはしなかったのです。
(まずまんねんひつがたかいちゅうでんとう。やかんのそうさじぎょうにはとうかがなによりもたいせつです。)
まず万年筆型懐中電燈。夜間の捜査事業には燈火が何よりもたいせつです。
(また、このかいちゅうでんとうは、ときにしんごうのやくめをはたすこともできます。)
また、この懐中電燈は、ときに信号の役目をはたすこともできます。
(それから、こがたのばんのうないふ。これにはのこぎり、はさみ、きりなど、)
それから、小型の万能ナイフ。これにはのこぎり、はさみ、きりなど、
(さまざまなはものるいがおりたたみになってついております。)
さまざまな刃物類が折りたたみになってついております。
(それから、じょうぶなきぬひもでつくったなわばしご、これはたためば、)
それから、じょうぶな絹ひもで作ったなわばしご、これはたためば、
(てのひらにはいるほどちいさくなってしまうのです。そのほか、やっぱり)
てのひらにはいるほど小さくなってしまうのです。そのほか、やっぱり
(まんねんひつがたのぼうえんきょう、とけい、じしゃく、こがたのてちょうとえんぴつ、さいぜんぞくを)
万年筆型の望遠鏡、時計、磁石、小型の手帳と鉛筆、さいぜん賊を
(おびやかしたこがたぴすとるなどがおもなものでした。)
おびやかした小型ピストルなどがおもなものでした。
(いや、そのほかに、もうひとつぴっぽちゃんのことをわすれてはなりません。)
いや、そのほかに、もう一つピッポちゃんのことをわすれてはなりません。
(かいちゅうでんとうにてらしだされたのをみますと、それはいちわのはとでした。)
懐中電燈に照らしだされたのを見ますと、それは一羽のハトでした。
(かわいいはとがみをちぢめて、かばんのべつのくかくに、おとなしく)
かわいいハトが身をちぢめて、カバンのべつの区画に、おとなしく
(じっとしていました。)
じっとしていました。
(「ぴっぽちゃん、きゅうくつだけれど、もうすこしがまんするんだよ。)
「ピッポちゃん、きゅうくつだけれど、もう少しがまんするんだよ。
(こわいおじさんにみつかるとたいへんだからね。」)
こわいおじさんに見つかるとたいへんだからね。」