注文の多い料理店(4/4)宮沢賢治
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問題文
(なるほどりっぱなあおいせとのしおつぼはおいてありましたが、)
なるほど立派な青い瀬戸の塩壷は置いてありましたが、
(こんどというこんどはふたりともぎょっとして)
今度という今度は二人ともぎょっとして
(おたがいにくりーむをたくさんぬったかおをみあわせました。)
お互にクリームをたくさん塗った顔を見合わせました。
(「どうもおかしいぜ。」「ぼくもおかしいとおもう。」)
「どうもおかしいぜ。」「ぼくもおかしいとおもう。」
(「たくさんのちゅうもんというのは、むこうがこっちへちゅうもんしてるんだよ。」)
「沢山の注文というのは、向うがこっちへ注文してるんだよ。」
(「だからさ、せいようりょうりてんというのは、ぼくのかんがえるところでは、せいようりょうりを、)
「だからさ、西洋料理店というのは、ぼくの考えるところでは、西洋料理を、
(きたひとにたべさせるのではなくて、きたひとをせいようりょうりにして、)
来た人に食べさせるのではなくて、来た人を西洋料理にして、
(たべてやるうちとこういうことなんだ。これは、その、)
食べてやる家(うち)とこういう事なんだ。これは、その、
(つ、つ、つ、つまり、ぼ、ぼ、ぼくらが・・・・・・。」)
つ、つ、つ、つまり、ぼ、ぼ、ぼくらが・・・・・・。」
(がたがたがたがた、ふるえだしてもうものがいえませんでした。)
がたがたがたがた、震え出してもうものが言えませんでした。
(「その、ぼ、ぼくらが、・・・・・・うわあ。」)
「その、ぼ、ぼくらが、・・・・・・うわあ。」
(がたがたがたがた、ふるえだしてもうものがいえませんでした。)
がたがたがたがた、震え出してもうものが言えませんでした。
(「にげ・・・・・・。」)
「逃げ・・・・・・。」
(がたがたしながらひとりのしんしはうしろのとをおそうとしましたが、)
がたがたしながら一人の紳士は後ろの戸を押そうとしましたが、
(どうです、とはいちぶもうごきませんでした。)
どうです、戸は一分(いちぶ)も動きませんでした。
(おくのほうにはまだいちまいとびらがあって、おおきなかぎあながふたつつき、)
奥の方にはまだ一枚扉があって、大きなかぎ穴が二つつき、
(ぎんいろのほーくとないふのかたちがきりだしてあって、)
銀色のホークとナイフの形が切り出してあって、
(「いや、わざわざごくろうです。たいへんけっこうにできました。)
「いや、わざわざご苦労です。大へん結構にできました。
(さあさあおなかにおはいりください。」とかいてありました。)
さあさあおなかにお入りください。」と書いてありました。
(おまけにかぎあなからはきょろきょろふたつのあおいめだまがこっちをのぞいています。)
おまけにかぎ穴からはきょろきょろ二つの青い眼玉がこっちをのぞいています。
(「うわあ。」がたがたがたがた。「うわあ。」がたがたがたがた。)
「うわあ。」がたがたがたがた。「うわあ。」がたがたがたがた。
(ふたりはなきだしました。)
ふたりは泣き出しました。
(するととのなかでは、こそこそこんなことをいっています。)
すると戸の中では、こそこそこんな事を云っています。
(「だめだよ。もうきがついたよ。しおをもみこまないようだよ。」)
「だめだよ。もう気がついたよ。塩を揉み込まないようだよ。」
(「あたりまえさ。おやぶんのかきようがまずいんだ。)
「当たり前さ。親分の書きようがまずいんだ。
(あすこへ、いろいろちゅうもんがおおくてうるさかったでしょう。)
あすこへ、いろいろ注文が多くてうるさかったでしょう。
(おきのどくでしたなんて、まぬけたことをかいたもんだ。」)
お気の毒でしたなんて、間抜けたことを書いたもんだ。」
(「どっちでもいいよ。どうせぼくらには、ほねもわけてくれやしないんだ。」)
「どっちでもいいよ。どうせぼくらには、骨も分けて呉れやしないんだ。」
(「それはそうだ。けれどももしここへあいつらがはいってこなかったら、)
「それはそうだ。けれどももしここへあいつらが入って来なかったら、
(それはぼくらのせきにんだぜ。」)
それはぼくらの責任だぜ。」
(「よぼうか、よぼう。おい、おきゃくさんがた。はやくいらっしゃい。)
「呼ぼうか、呼ぼう。おい、お客さん方。早くいらっしゃい。
(いらっしゃい。いらっしゃい。おさらもあらってありますし、)
いらっしゃい。いらっしゃい。お皿も洗ってありますし、
(なっぱももうよくしおでもんでおきました。あとはあなたがたと、)
菜っ葉ももうよく塩で揉んで置きました。あとはあなたがたと、
(なっぱをうまくとりあわせて、まっしろなおさらにのせるだけです。)
菜っ葉をうまくとりあわせて、真っ白なお皿にのせるだけです。
(はやくいらっしゃい。」)
はやくいらっしゃい。」
(「へい、いらっしゃい、いらっしゃい。それともさらどはおきらいですか。)
「へい、いらっしゃい、いらっしゃい。それともサラドはお嫌いですか。
(そんならこれからひをおこしてふらいにしてあげましょうか。)
そんならこれから火を起してフライにしてあげましょうか。
(とにかくはやくいらっしゃい。」)
とにかくはやくいらっしゃい。」
(ふたりはあんまりこころをいためたために、かおがまるでくしゃくしゃのかみくずのようになり、)
二人はあんまり心を痛めた為に、顔がまるでくしゃくしゃの紙屑のようになり、
(おたがいにそのかおをみあわせ、ぶるぶるふるえ、こえもなくなきました。)
お互にその顔を見合せ、ぶるぶる震え、声もなく泣きました。
(なかではふっふっとわらってまたさけんでいます。)
中ではふっふっと笑ってまた叫んでいます。
(「いらっしゃい、いらっしゃい。)
「いらっしゃい、いらっしゃい。
(そんなにないてはせっかくのくりーむがながれるじゃありませんか。)
そんなに泣いては折角のクリームが流れるじゃありませんか。
(へい、ただいま。じきにもってまいります。さあ、はやくいらっしゃい。」)
へい、ただいま。じきに持って参ります。さあ、早くいらっしゃい。」
(「はやくいらっしゃい。おやかたがもうなふきんをかけて、ないふをもって、)
「早くいらっしゃい。親方がもうナフキンをかけて、ナイフをもって、
(したなめずりして、おきゃくさまがたをまっていられます。)
舌舐めずりして、お客さま方を待っていられます。
(ふたりはないてないてないてなきました。そのときうしろからいきなり、)
二人は泣いて泣いて泣いて泣きました。その時後ろからいきなり、
(「わん、わん、ぐわあ。」というこえがして、あのしろくまのようないぬがにひき、)
「わん、わん、ぐわあ。」という声がして、あの白熊のような犬が二疋、
(とをつきやぶってへやのなかにとびこんできました。)
扉(と)をつきやぶって室の中に飛び込んできました。
(かぎあなのめだまはたちまちなくなり、いぬどもはううとうなってしばらくへやのなかを)
鍵穴の眼玉はたちまちなくなり、犬どもはううとうなってしばらく室の中を
(くるくるまわっていましたが、またひとこえ「わん。」とたかくほえて、)
くるくる廻っていましたが、また一声「わん。」と高く吠えて、
(いきなりつぎのとびらにとびつきました。とはがたりとひらき、)
いきなり次の扉に飛びつきました。戸はがたりと開き、
(いぬどもはすいこまれるようにとんでいきました。)
犬どもは吸い込まれるように飛んで行きました。
(そのとびらのむこうのまっくらやみのなかで、「にゃあお、くゎあ、ごろごろ」)
その扉の向うの真っ暗闇の中で、「にゃあお、くゎあ、ごろごろ」
(というこえがして、それからがさがさなりました。)
という声がして、それからがさがさ鳴りました。
(へやはけむりのようにきえ、ふたりはさむさにぶるぶるふるえて、くさのなかにたっていました。)
室は煙のように消え、二人は寒さにぶるぶる震えて、草の中に立っていました。
(みると、うわぎやくつやさいふやねくたいぴんは、あっちのえだにぶらさがったり、)
見ると、上着や靴や財布やネクタイピンは、あっちの枝にぶらさがったり、
(こっちのねもとにちらばったりしています。かぜがどうとふいてきて、)
こっちの根もとに散らばったりしています。風がどうと吹いてきて、
(くさはざわざわ、このははかさかさ、きはごとんごとんとなりました。)
草はざわざわ、木の葉はかさかさ、木はごとんごとんと鳴りました。
(いぬがふうとうなってもどってきました。そしてうしろからは、)
犬がふうとうなって戻ってきました。そして後ろからは、
(「だんなあ、だんなあ、」とさけぶものがあります。ふたりはにわかにげんきがついて)
「旦那あ、旦那あ、」と叫ぶものがあります。二人は俄かに元気がついて
(「おおい、おおい、ここだぞ、はやくこい。」とさけびました。)
「おおい、おおい、ここだぞ、早く来い。」と叫びました。
(みのぼうしをかぶったせんもんのりょうしが、くさをざわざわわけてやってきました。)
蓑(みの)帽子をかぶった専門の猟師が、草をざわざわ分けてやってきました。
(そこでふたりはやっとあんしんしました。そしてりょうしのもってきただんごをたべ、)
そこで二人はやっと安心しました。そして猟師のもってきた団子を食べ、
(とちゅうでじゅうえんだけやまどりをかってとうきょうにかえりました。)
途中で十円だけ山鳥を買って東京に帰りました。
(しかし、さっきいっぺんかみくずのようになったふたりのかおだけは、)
しかし、さっき一ぺん紙くずのようになった二人の顔だけは、
(とうきょうにかえっても、おゆにはいっても、もうもとのとおりになおりませんでした。)
東京に帰っても、お湯に入っても、もう元の通りになおりませんでした。