禁酒の心 太宰治(1/2)
順位 | 名前 | スコア | 称号 | 打鍵/秒 | 正誤率 | 時間(秒) | 打鍵数 | ミス | 問題 | 日付 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | kei | 4045 | C | 4.3 | 94.3% | 1578.8 | 6795 | 408 | 100 | 2024/11/15 |
2 | Par99 | 3964 | D++ | 4.0 | 98.0% | 1659.6 | 6713 | 133 | 100 | 2024/11/14 |
3 | はち | 3731 | D+ | 3.8 | 96.1% | 1755.6 | 6826 | 275 | 100 | 2024/10/03 |
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問題文
(わたしはきんしゅをしようとおもっている。このごろのさけは、ひどくにんげんをひくつにする)
私は禁酒をしようと思っている。このごろの酒は、ひどく人間を卑屈にする
(ようである。むかしはこれによっていわゆるこうぜんのきを)
ようである。昔はこれに依《よ》って所詮浩然之気《いわゆるこうぜんのき》を
(やしなったものだそうであるが、いまは、ただせいしんをあさはかにするばかりである。)
養ったものだそうであるが、今は、ただ精神をあさはかにするばかりである。
(きんらいわたしはさけをにくむこときょくどである。いやらしくも、なすあるところのじんぶつは、)
近来私は酒を憎むこと極度である。いやらしくも、なすあるところの人物は、
(きょうこのさい、だんじてしゅはいをふんさいすべきである。)
今日此際、断じて酒杯を粉砕すべきである。
(ひごろさけをこのむもの、いかにそのせいしん、りんしょくひしょうになりつつ)
日頃酒を好む者、いかにその精神、吝嗇卑小《りんしょくひしょう》になりつつ
(あるか、いっしょうのはいきゅうざけのびんにじゅうごとうぶんのめもりをふし、まいにち、きっちりひとめもりずつ)
あるか、一升の配給酒の瓶に十五等分の目盛を附し、毎日、きっちり一目盛ずつ
(のみ、たまにどをすごしてふためもりのんだときには、すなわちひとめもりぶんのみずをうめあわせ、)
飲み、たまに度を過して二目盛飲んだ時には、すなわち一目盛分の水を埋合せ、
(びんをよこざまにかかえてしんどうをあたえ、さけとみず、りょうしゃのかごうはっこうを)
瓶を横ざまに抱えて震動を与え、酒と水、両者の化合醗酵《はっこう》を
(くわだてるなど、まことにしっしょうをきんじえない。またはいきゅうのさんごうのしょうちゅうに、)
企てるなど、まことに失笑を禁じ得ない。また配給の三合の焼酎に、
(やかんいっぱいのばんちゃをくわえ、そのかっしょくのえきをちいさいぐらすにそそいで)
薬缶《やかん》一ぱいの番茶を加え、その褐色の液を小さいグラスに注いで
(のんで、このういすきいにはちゃばしらがたっている、ゆかいだ、などときょえいのまけ)
飲んで、このウイスキイには茶柱が立っている、愉快だ、などと虚栄の負け
(おしみをいって、ごうほうにわらってみせるが、そばのにょうぼうはにこりともしないので、)
惜しみを言って、豪放に笑ってみせるが、傍の女房はニコリともしないので、
(いっそうみじめなふうけいになる。またむかしは、ばんしゃくのさいちゅうにひょっこりえんらいの)
いっそうみじめな風景になる。また昔は、晩酌の最中にひょっこり遠来の
(ともなどみえると、やあ、これはいいところへきてくださった、ちょうどあいてが)
友など見えると、やあ、これはいいところへ来て下さった、ちょうど相手が
(ほしくてならなかったところだ、なにもないが、まあどうです、いっぱい、)
欲しくてならなかったところだ、何も無いが、まあどうです、一ぱい、
(というようなことになって、とみにかっきをていしたものであったが、いまは、はなはだ)
というような事になって、とみに活気を呈したものであったが、今は、はなはだ
(いんきである。「おい、それでは、そろそろ、あのひとめもりをはじめるからな、)
陰気である。「おい、それでは、そろそろ、あの一目盛をはじめるからな、
(げんかんをしめて、じょうをおろして、それからあまどもしめてしまいなさい。)
玄関をしめて、錠《じょう》をおろして、それから雨戸もしめてしまいなさい。
(ひとにみられて、うらやましがられてもぐあいがわるいからな。」なにもひとめもりのばんしゃくを)
人に見られて、羨ましがられても具合いが悪いからな。」なにも一目盛の晩酌を
(うらやましがるひともないのに、そこはせいしん、りんしょくひしょうになっているものだから、)
うらやましがる人も無いのに、そこは精神、吝嗇卑小になっているものだから、
(それこそふうせいかくれいにもこころをおどろかし、そとのあしおとにもいちいち)
それこそ風声鶴唳《ふうせいかくれい》にも心を驚かし、外の足音にもいちいち
(きもをひやして、なにかしらじぶんがひどいだいざいでもおかしているようなきもちになり、)
肝を冷やして、何かしら自分がひどい大罪でも犯しているような気持になり、
(せけんのだれもかれもみんなじぶんをうらみにうらんでいるようないうべからざるきょうふと)
世間の誰もかれもみんな自分を恨みに恨んでいるような言うべからざる恐怖と
(ふあんとぜつぼうとふんまんとえんさといのりと、じつにふくざつなしんきょうで)
不安と絶望と忿懣《ふんまん》と怨嗟《えんさ》と祈りと、実に複雑な心境で
(へやのでんきをくらくしてせなかをまるめ、ちびりちびりとさけをなめるようにして)
部屋の電気を暗くして背中を丸め、チビリチビリと酒をなめるようにして
(のんでいる。「ごめんください。」とげんかんでこえがする。「きたな!」)
飲んでいる。「ごめん下さい。」と玄関で声がする。「来たな!」
(きっとみがまえて、このさけのまれてたまるものか。それ、このびんはとだなに)
屹《き》っと身構えて、この酒飲まれてたまるものか。それ、この瓶は戸棚に
(かくせ、まだふためもりのこってあるんだ、あすとあさってのぶんだ、)
隠せ、まだ二目盛残ってあるんだ、あすとあさってのぶんだ、
(このちょうしにもまだみちょこぶんくらいのこっているが、)
この銚子《ちょうし》にもまだ三猪口《みちょこ》ぶんくらい残っているが、
(これはねざけにするんだから、ちょうしはこのまま、このまま、さわってはいけない、)
これは寝酒にするんだから、銚子はこのまま、このまま、さわってはいけない、
(ふろしきでもかぶせておけ、さて、てぬかりはないか、とへやじゅうをぎょろりと)
風呂敷でもかぶせて置け、さて、手抜かりは無いか、と部屋中をぎょろりと
(みまわして、それからきゅうにねこなでごえで、「どなた?」)
見まわして、それから急に猫撫声《ねこなでごえ》で、「どなた?」
(ああ、かきながらもおうとをさいす。にんげんも、こうなっては、すでにだめである。)
ああ、書きながらも嘔吐を摧す。人間も、こうなっては、既にだめである。
(こうぜんのきもへったくれもあったものでない。「つきのよる、ゆきのあさ、はなの)
浩然之気もへったくれもあったものでない。「月の夜、雪の朝、花の
(もとにても、こころのどかにものがたりしてさかずきだしたる、よろずのきょうをそうるものなり。」)
もとにても、心のどかに物語して盃出したる、よろずの興を添うるものなり。」
(などといっているむかしのひとのてんがなしんきょうをもすこしはまなんで、はんせいするように)
などと言っている昔の人の典雅な心境をも少しは学んで、反省するように
(つとめなければならぬ。それほどまでにさけをのみたいものなのか。ゆうひを)
努めなければならぬ。それほどまでに酒を飲みたいものなのか。夕陽を
(あかあかとあびて、あせはたきのごとく、ひげをはやしたりっぱなおとこたちが、)
あかあかと浴びて、汗は滝の如く、髭《ひげ》をはやした立派な男たちが、
(びやほおるのまえにぎょうぎよくれつをつくって、そうしてときどき、そっとのびあがって)
ビヤホオルの前に行儀よく列を作って、そうして時々、そっと伸びあがって
(びやほおるのまるいまどからないぶをのぞいて、くびをふってためいきをついている。)
ビヤホオルの丸い窓から内部を覗いて、首を振って溜息をついている。
(なかなかじゅんばんがまわってこないものとみえる。ないぶはまた、いもをあらうような)
なかなか順番がまわって来ないものと見える。内部はまた、いもを洗うような
(こんざつだ。ひじとひじとをぶっつけあい、たがいにとなりのきゃくをけんせいし、)
混雑だ。肘と肘とをぶっつけ合い、互いに隣りの客を牽制《けんせい》し、
(まけずおとらずおおごえをあげて、おういびいるをはやく、おういびいるなどと)
負けず劣らず大声を挙げて、おういビイルを早く、おういビイルなどと
(とうほくなまりのものもあり、けんけんごうごう、やっと)
東北訛り《なまり》の者もあり、喧々囂々《けんけんごうごう》、やっと
(いっぱいのびいるにありつき、ほとんどむがむちゅうでのみおわるやいなや、)
一ぱいのビイルにありつき、ほとんど無我夢中で飲み畢《おわ》るや否や、
(ごめん、ともいわずに、つぎのおきゃくのいろぐろくめのひかりのただならぬのがじぶんを)
ごめん、とも言わずに、次のお客の色黒く眼の光のただならぬのが自分を
(いすからおしのけてわりこんでくるのである。すなわち、ぼうぜん)
椅子から押しのけて割り込んで来るのである。すなわち、呆然《ぼうぜん》
(としてたいじょうしなければならぬ。きをとりなおして、よし、もういちど、とさらに)
として退場しなければならぬ。気を取りなおして、よし、もういちど、と更に
(こがいのちょうだのごときれつのみおについて、じゅんばんをまつ。これをさんど、よんどほど)
戸外の長蛇の如き列の未尾について、順番を待つ。これを三度、四度ほど
(くりかえして、しんしんともにつかれてぐたりとなり、ああよった、とちからなくつぶやいて)
繰り返して、心身共に疲れてぐたりとなり、ああ酔った、と力無く呟いて
(きとにつくのである。こくないにさけがけっしてそんなにきょくどにふそくしているわけでは)
帰途につくのである。国内に酒が決してそんなに極度に不足しているわけでは
(ないとおもう。のむひとがこのごろおおくなったのではないかとわたしにはかんがえられる。)
ないと思う。飲む人が此頃多くなったのではないかと私には考えられる。
(すこしふそくになったというひょうばんがたったので、いままでさけをのんだことのないひとまで)
少し不足になったという評判が立ったので、いままで酒を飲んだ事のない人まで
(よろしい、いまのうちにひとつ、そのさけなるものをのんでおこう、なにごとも、)
よろしい、いまのうちに一つ、その酒なるものを飲んで置こう、何事も、
(けいけんしてみなくてはそんである、じっこうしよう、というへんないかにもこびとの)
経験してみなくては損である、実行しよう、という変な如何にも小人の
(ものほしげなせいしんから、はいきゅうのさけもとにかくいただく、びやほおるという)
もの欲しげな精神から、配給の酒もとにかくいただく、ビヤホオルという
(ところへもいちどとつげきして、もまれてみたい、なにごとにもまけてはならぬ、)
ところへも一度突撃して、もまれてみたい、何事にも負けてはならぬ、
(おでんやというものもひとつ、こころみたい、かふぇというところもはなしにはきいて)
おでんやというものも一つ、試みたい、カフェというところも話には聞いて
(いるが、いったいどんなぐあいか、いまのうちにぜひじっけんをしてみたい、などと)
いるが、一たいどんな具合いか、いまのうちに是非実験をしてみたい、などと
(いうつまらぬこうじょうしんから、いつのまにやらいっぱしのさけのみになって、おかねのない)
いうつまらぬ向上心から、いつのまにやら一ぱしの酒飲みになって、お金の無い
(ときには、ひとめもりのさけをおしみ、ちゃばしらのたったういすきいをよろこび、もう、)
時には、一目盛の酒を惜しみ、茶柱の立ったウイスキイを喜び、もう、
(やめられなくなっているひとたちも、かなりおおいのではないかとわたしにはおもわれる。)
やめられなくなっている人たちも、かなり多いのではないかと私には思われる。
(とかくこびとは、どしがたいものである。たまにさけのみせなどへいってみても、)
とかく小人は、度しがたいものである。たまに酒の店などへ行ってみても、
(じつに、いやなことがおおい。おきゃくのあさはかなきょえいとひくつ、みせのおやじの)
実に、いやな事が多い。お客のあさはかな虚栄と卑屈、店のおやじの
(ごうまんどんよく、ああもうさけはいやだ、といくたびごとにわたしはきんしゅの)
傲慢貪欲《ごうまんどんよく》、ああもう酒はいやだ、と行く度毎に私は禁酒の
(けついをあらたにするのであるが、きがじゅくさぬとでもいうのか、いまだにだんこうの)
決意をあらたにするのであるが、機が熟さぬとでもいうのか、いまだに断行の
(はこびにいたらぬ。みせへはいる。「いらっしゃい」などといわれてみせのものにえがおで)
運びにいたらぬ。店へはいる。「いらっしゃい」などと言われて店の者に笑顔で
(むかえられたのは、あれはむかしのことだ。いまはきゃくのほうでえがおをつくるのである。)
迎えられたのは、あれは昔の事だ。いまは客の方で笑顔をつくるのである。
(「こんにちは」ときゃくのほうからみせのおやじ、じょちゅうなどに、まんめんひくつのわらいを)
「こんにちは」と客のほうから店のおやじ、女中などに、満面卑屈の笑を
(たたえてあいさつして、そうして、もくさつされるのがつうれいになっているようである。)
たたえて挨拶して、そうして、黙殺されるのが通例になっているようである。
(ねんいりにぼうしをとっておじぎをして、みせのおやじを「だんな」とよんで、)
念いりに帽子を取ってお辞儀をして、店のおやじを「旦那」と呼んで、
(せいめいほけんのかんゆうにでもきたのかとおもわせるしんしもあるが、これもまさしくさけを)
生命保険の勧誘にでも来たのかと思わせる紳士もあるが、これもまさしく酒を
(のみにきたおきゃくであって、そうして、やはりもくさつされるのがつうれいのように)
飲みに来たお客であって、そうして、やはり黙殺されるのが通例のように
(なっている。さらにねんいりなやつは、はいるなりすぐ、みせのかうんたあのうえに)
なっている。更に念いりな奴は、はいるなりすぐ、店のカウンタアの上に
(かざられてあるうえきばちをいじくりはじめる。「いけないねえ、すこしみずをやった)
飾られてある植木鉢をいじくりはじめる。「いけないねえ、少し水をやった
(ほうがいい。」とおやじにきこえよがしにつぶやいて、じぶんでてあらいのみずをりょうてで)
ほうがいい。」とおやじに聞えよがしに呟いて、自分で手洗いの水を両手で
(すくってきて、しゃっしゃとはちにかける。みぶりばかりたいへんで、はちのきに)
掬《すく》って来て、シャッシャと鉢にかける。身振りばかり大変で、鉢の木に
(かかるみずはほんのに、さんてきだ。ぽけっとからはさみをとりだして、)
かかる水はほんの二、三滴だ。ポケットから鋏《はさみ》を取り出して、
(ちょんちょんとえだをきって、えだぶりをととのえる。でいりのうえきやかと)
チョンチョンと枝を剪《き》って、枝ぶりをととのえる。出入りの植木屋かと
(おもうとそうではない。いがいにもぎんこうのじゅうやくだったりする。みせのおやじのきげんを)
思うとそうではない。以外にも銀行の重役だったりする。店のおやじの機嫌を
(とりたいために、わざわざぽけっとにはさみをしのびこませてやってくるのであろうが、)
とりたい為に、わざわざポケットに鋏を忍び込ませてやって来るのであろうが、
(くしんのかいもなく、やっぱりおやじにもくさつされている。しぶいげいもはでなげいも、)
苦心の甲斐もなく、やっぱりおやじに黙殺されている。渋い芸も派手な芸も、
(あのてもこのても、ひとつとしてやくにたたない。いちようにつめたくもくさつされている。)
あの手もこの手も、一つとして役に立たない。一様に冷く黙殺されている。
(けれどもおきゃくも、そのもくさつにひるまず、なんとかしていっぽんでもおおくのませて)
けれどもお客も、その黙殺にひるまず、なんとかして一本でも多く飲ませて
(もらいたいとねがうこころのあまりに、ついには、じぶんがみせのものでもなんでもないのに、)
もらいたいと願う心のあまりに、ついには、自分が店の者でも何でも無いのに、
(みせへだれかはいってくると、いちいち「いらっしゃあい」とさけび、まただれかみせから)
店へ誰かはいって来ると、いちいち「いらっしゃあい」と叫び、また誰か店から
(でていくと、かならず「どうも、ありがとう」とわめくのである。あきらかに、)
出て行くと、必ず「どうも、ありがとう」とわめくのである。あきらかに、
(さくらん、はっきょうのじょうたいである。じつにあわれなものである。おやじは、ひとりおちつき)
錯乱、発狂の状態である。実にあわれなものである。おやじは、ひとり落ちつき
(「きょうは、たいのしおやきがあるよ。」とつぶやく。すかさずいちせいねんはたくをたたいて、)
「きょうは、鯛の塩焼があるよ。」と呟く。すかさず一青年は卓をたたいて、
(「ありがたい!だいこうぶつ。そいつあ、よかった。」ないしんはすこしも、いいことは)
「ありがたい!大好物。そいつあ、よかった。」内心は少しも、いい事は
(ないのである。たかいだろうなあ、そいつは。おれはいままで、たいのしおやきなんて、)
ないのである。高いだろうなあ、そいつは。おれは今迄、鯛の塩焼なんて、
(たべたことがない。けれども、いまはおおいによろこんだふりをしなければならぬ。)
たべた事がない。けれども、いまは大いに喜んだふりをしなければならぬ。
(つらいところだ、ちくしょうめ!「たいのしおやきときいちゃ、たまらねえや。」)
つらいところだ、畜生め!「鯛の塩焼と聞いちゃ、たまらねえや。」
(じっさい、たまらないのである。ほかのおきゃくも、ここはまけてはならぬところだ。)
実際、たまらないのである。他のお客も、ここは負けてはならぬところだ。
(われもわれもと、そのひとさらにえんのたいのしおやきをちゅうもんする。これで、とにかくいっぽんは)
われもわれもと、その一皿二円の鯛の塩焼を注文する。これで、とにかく一本は
(のめる。けれども、おやじはむじひである。しわがれたるこえをして、)
飲める。けれども、おやじは無慈悲である。しわがれたる声をして、
(「ぶたのにこみもあるよ。」「なに、ぶたのにこみ?」ろうしんしはかんじと)
「豚の煮込みもあるよ。」「なに、豚の煮込み?」老紳士は莞爾《かんじ》と
(わらって、「まっていました。」という。けれどもないしんはへいこうしている。ろうしんしは)
笑って、「待っていました。」と言う。けれども内心は閉口している。老紳士は
(はをわるくしているので、ぶたのにくはてんでかめないのである。)
歯をわるくしているので、豚の肉はてんで噛めないのである。