太宰治 斜陽13

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投稿者投稿者藤村 彩愛いいね3お気に入り登録1
プレイ回数1710難易度(5.0) 6782打 長文
超長文です
太宰治の中編小説です
順位 名前 スコア 称号 打鍵/秒 正誤率 時間(秒) 打鍵数 ミス 問題 日付
1 すもさん 5788 A+ 6.0 96.1% 1157.9 6983 280 99 2024/10/17

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問題文

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(わたしがうえはらさんとあって、そうしてうえはらさんをいいおかただといったのが、おとうとを)

私が上原さんと逢って、そうして上原さんをいいお方だと言ったのが、弟を

(なんだかひどくよろこばせたようで、おとうとは、そのよる、わたしからおかねをもらってさっそく、)

何だかひどく喜ばせたようで、弟は、その夜、私からお金をもらって早速、

(うえはらさんのところにあそびにいった。ちゅうどくは、それこそ、せいしんのびょうきなのかも)

上原さんのところに遊びに行った。中毒は、それこそ、精神の病気なのかも

(しれない。わたしがうえはらさんをほめて、そうしておとうとからうえはらさんのちょしょをかりて)

知れない。私が上原さんをほめて、そうして弟から上原さんの著書を借りて

(よんで、えらいおかたねえ、などというと、おとうとは、ねえさんなんかにわかるもんか、と)

読んで、偉いお方ねえ、などと言うと、弟は、姉さんなんかにわかるもんか、と

(いって、それでも、とてもうれしそうに、じゃあこれをよんでごらん、とまた)

言って、それでも、とてもうれしそうに、じゃあこれを読んでごらん、とまた

(べつのうえはらさんのちょしょをわたしによませ、そのうちにわたしもうえはらさんのしょうせつをほんきに)

別の上原さんの著書を私に読ませ、そのうちに私も上原さんの小説を本気に

(よむようになって、ふたりであれこれうえはらさんのうわさなどして、おとうとはまいばんのように)

読むようになって、二人であれこれ上原さんの噂などして、弟は毎晩のように

(うえはらさんのところにおおいばりであそびにいき、だんだんうえはらさんのごけいかくどおりに)

上原さんのところに大威張りで遊びに行き、だんだん上原さんの御計画どおりに

(あるこーるのほうへてんかんしていったようであった。くすりやのしはらいについて、)

アルコールのほうへ転換していったようであった。薬屋の支払いに就いて、

(わたしがおかあさまにこっそりそうだんしたら、おかあさまは、かたてでおかおをおおいなさって、)

私がお母さまにこっそり相談したら、お母さまは、片手でお顔を覆いなさって、

(しばらくじっとしていらっしゃったが、やがておかおをあげてさびしそうに)

しばらくじっとしていらっしゃったが、やがてお顔を挙げて淋しそうに

(おわらいになり、かんがえたってしようがないわね、なんねんかかるかわからないけど、)

お笑いになり、考えたって仕様が無いわね、何年かかるかわからないけど、

(まいつきすこしずつでもかえしていきましょうよ、とおっしゃった。あれから、)

毎月すこしずつでもかえして行きましょうよ、とおっしゃった。あれから、

(もう、ろくねんになる。ゆうがお。ああ、おとうともくるしいのだろう。しかも、みちが)

もう、六年になる。夕顔。ああ、弟も苦しいのだろう。しかも、途《みち》が

(ふさがって、なにをどうすればいいのか、いまだになにもわかっていないのだろう。)

ふさがって、何をどうすればいいのか、いまだに何もわかっていないのだろう。

(ただ、まいにち、しぬきでおさけをのんでいるのだろう。いっそおもいきって、ほんしょくの)

ただ、毎日、死ぬ気でお酒を飲んでいるのだろう。いっそ思い切って、本職の

(ふりょうになってしまったらどうだろう。そうすると、おとうともかえってらくになるのでは)

不良になってしまったらどうだろう。そうすると、弟もかえって楽になるのでは

(あるまいか。ふりょうでないにんげんがあるだろうか、とあののーとぶっくに)

あるまいか。不良で無い人間があるだろうか、とあのノートブックに

(かかれていたけれども、そういわれてみると、わたしだってふりょう、おじさまもふりょう、)

書かれていたけれども、そう言われてみると、私だって不良、叔父さまも不良、

など

(おかあさまだって、ふりょうみたいにおもわれてくる。ふりょうとは、やさしさのことでは)

お母さまだって、不良みたいに思われて来る。不良とは、優しさの事では

(ないかしら。)

ないかしら。

(おてがみ、かこうか、どうしようか、ずいぶんまよっていました。けれども、)

四 お手紙、書こうか、どうしようか、ずいぶん迷っていました。けれども、

(けさ、はとのごとくすなおに、へびのごとくさとかれ、といういえすのことばを)

けさ、鳩のごとく素直に、蛇のごとく慧《さと》かれ、というイエスの言葉を

(おもいだし、きみょうにげんきがでて、おてがみをさしあげることにしました。なおじのあねで)

思い出し、奇妙に元気が出て、お手紙を差し上げる事にしました。直治の姉で

(ございます。おわすれかしら。おわすれだったら、おもいだしてください。)

ございます。お忘れかしら。お忘れだったら、思い出して下さい。

(なおじが、こないだまたおじゃまにあがって、ずいぶんごやっかいを、おかけした)

直治が、こないだまたお邪魔にあがって、ずいぶんごやっかいを、おかけした

(ようで、そうすみません。(でも、ほんとうは、なおじのことは、それはなおじのかってで、)

ようで、相すみません。(でも、本当は、直治の事は、それは直治の勝手で、

(わたしがさしでておわびをするなど、なんせんすみたいなきもするのです。))

私が差し出ておわびをするなど、ナンセンスみたいな気もするのです。)

(きょうは、なおじのことではなく、わたしのことで、おねがいがあるのです。きょうばしの)

きょうは、直治の事ではなく、私の事で、お願いがあるのです。京橋の

(あぱーとでりさいなさって、それからいまのごじゅうしょにおうつりになったことを)

アパートで罹災《りさい》なさって、それから今の御住所にお移りになった事を

(なおじからききまして、よっぽどとうきょうのこうがいのそのおたくにおうかがいしようかと)

直治から聞きまして、よっぽど東京の郊外のそのお宅にお伺いしようかと

(おもったのですが、おかあさまがこないだからまたすこしおかげんがわるく、おかあさまを)

思ったのですが、お母さまがこないだからまた少しお加減が悪く、お母さまを

(ほっといてじょうきょうすることは、どうしてもできませぬので、それで、おてがみで)

ほっといて上京する事は、どうしても出来ませぬので、それで、お手紙で

(もうしあげることにいたしました。あなたに、ごそうだんしてみたいことがあるのです。)

申し上げる事に致しました。あなたに、御相談してみたい事があるのです。

(わたしのこのそうだんは、これまでの「じょだいがく」のたちばからみると、ひじょうにずるくて、)

私のこの相談は、これまでの「女大学」の立場から見ると、非常にずるくて、

(けがらわしくて、あくしつのはんざいでさえあるかもしれませんが、けれどもわたしは、)

けがらわしくて、悪質の犯罪でさえあるかも知れませんが、けれども私は、

(いいえ、わたしたちは、いまのままでは、とてもいきていけそうもありませんので、)

いいえ、私たちは、いまのままでは、とても生きて行けそうもありませんので、

(おとうとのなおじがこのよでいちばんそんけいしているらしいあなたに、わたしのいつわらぬきもちを)

弟の直治がこの世で一ばん尊敬しているらしいあなたに、私のいつわらぬ気持を

(きいていただき、おさしずをおねがいするつもりなのです。わたしには、いまのせいかつが、)

聞いていただき、お指図をお願いするつもりなのです。私には、いまの生活が、

(たまらないのです。すき、きらいどころではなく、とても、このままではわたしたち)

たまらないのです。すき、きらいどころではなく、とても、このままでは私たち

(おやこさんにん、いきていけそうもないのです。きのうも、くるしくて、からだも)

親子三人、生きて行けそうもないのです。昨日も、くるしくて、からだも

(ねつっぽく、いきぐるしくて、じぶんをもてあましていましたら、おひるすこしすぎ、)

熱っぽく、息ぐるしくて、自分をもてあましていましたら、お昼すこしすぎ、

(あめのなかをしたののうかのむすめさんが、おこめをせおってもってきました。そうしてわたしの)

雨の中を下の農家の娘さんが、お米を背負って持って来ました。そうして私の

(ほうから、やくそくどおりのいるいをさしあげました。むすめさんは、しょくどうでわたしとむかい)

ほうから、約束どおりの衣類を差し上げました。娘さんは、食堂で私と向い

(あってこしかけておちゃをのみながら、じつに、りあるなくちょうで、「あなた、ものを)

合って腰かけてお茶を飲みながら、じつに、リアルな口調で、「あなた、ものを

(うって、これからさき、どのくらいせいかつしていけるの?」といいました。)

売って、これから先、どのくらい生活して行けるの?」と言いました。

(「はんとしか、いちねんくらい」とわたしはこたえました。こうして、みぎてではんぶんばかりかおを)

「半歳か、一年くらい」と私は答えました。こうして、右手で半分ばかり顔を

(かくして、「ねむいの。ねむくて、しかたがないの」といいました。)

かくして、「眠いの。眠くて、仕方がないの」と言いました。

(「つかれているのよ。ねむくなるしんけいすいじゃくでしょう」「そうでしょうね」)

「疲れているのよ。眠くなる神経衰弱でしょう」「そうでしょうね」

(なみだがでそうで、ふとわたしのむねのなかに、りありずむということばと、ろまんちしずむ)

涙が出そうで、ふと私の胸の中に、リアリズムという言葉と、ロマンチシズム

(ということばがうかんできました。わたしに、りありずむは、ありません。こんな)

という言葉が浮かんで来ました。私に、リアリズムは、ありません。こんな

(ぐあいで、いきていけるのかしら、とおもったら、ぜんしんにさむけをかんじました。)

具合いで、生きて行けるのかしら、と思ったら、全身に寒気を感じました。

(おかあさまは、はんぶんごびょうにんのようで、ねたりおきたりですし、おとうとは、ごぞんじの)

お母さまは、半分御病人のようで、寝たり起きたりですし、弟は、ご存じの

(ようにこころのだいびょうにんで、こちらにいるときは、しょうちゅうをのみに、このきんじょのやどやと)

ように心の大病人で、こちらにいる時は、焼酎を飲みに、この近所の宿屋と

(りょうりやとをかねたいえへごせいきんで、みっかにいちどは、わたしたちのいるいをうったおかねを)

料理屋とをかねた家へ御精勤で、三日にいちどは、私たちの衣類を売ったお金を

(もってとうきょうほうめんへごしゅっちょうです。でも、くるしいのは、こんなことではありません。)

持って東京方面へ御出張です。でも、くるしいのは、こんな事ではありません。

(わたしはただ、わたくしじしんのせいめいが、こんなにちじょうせいかつのなかで、ばしょうのはがちらないで)

私はただ、私自身の生命が、こんな日常生活の中で、芭蕉の葉が散らないで

(くさっていくように、たちつくしたままおのずからくさっていくのをありありと)

腐って行くように、立ちつくしたままおのずから腐って行くのをありありと

(よかんせられるのが、おそろしいのです。とても、たまらないのです。だからわたしは)

予感せられるのが、おそろしいのです。とても、たまらないのです。だから私は

(「じょだいがく」にそむいても、いまのせいかつからのがれでたいのです。それで、わたし、)

「女大学」にそむいても、いまの生活からのがれ出たいのです。それで、私、

(あなたに、そうだんいたします。わたしは、いま、おかあさまやおとうとに、はっきりせんげん)

あなたに、相談いたします。私は、いま、お母さまや弟に、はっきり宣言

(したいのです。わたしがまえから、あるおかたにこいをしていて、わたしはしょうらい、そのおかたの)

したいのです。私が前から、或るお方に恋をしていて、私は将来、そのお方の

(あいじんとしてくらすつもりだということを、はっきりいってしまいたいのです。)

愛人として暮らすつもりだという事を、はっきり言ってしまいたいのです。

(そのおかたは、あなたもたしかごぞんじのはずです。そのおかたのおなまえのいにしゃるは)

そのお方は、あなたもたしかご存じの筈です。そのお方のお名前のイニシャルは

(m・cでございます。わたしはまえから、なにかくるしいことがおこると、そのm・cの)

M・Cでございます。私は前から、何か苦しい事が起ると、そのM・Cの

(ところにとんでいきたくて、こがれじにをするようなおもいをしてきたのです。)

ところに飛んで行きたくて、こがれ死にをするような思いをして来たのです。

(m・cには、あなたとおなじように、おくさまもおこさまもございます。また、わたしより)

M・Cには、あなたと同じ様に、奥さまもお子さまもございます。また、私より

(もっときれいでわかい、おんなのおともだちもあるようです。けれどもわたしは、m・cの)

もっと綺麗で若い、女のお友達もあるようです。けれども私は、M・Cの

(ところへいくよりほかに、わたしのいきるみちがないきもちなのです。m・cのおくさまとは)

ところへ行くより他に、私の生きる途が無い気持なのです。M・Cの奥さまとは

(わたしはまだあったことがありませんけれども、とてもやさしくてよいおかたのようで)

私はまだ逢った事がありませんけれども、とても優しくてよいお方のようで

(ございます。わたしは、そのおくさまのことをかんがえると、じぶんをおそろしいおんなだと)

ございます。私は、その奥さまの事を考えると、自分をおそろしい女だと

(おもいます。けれども、わたしのいまのせいかつは、それいじょうにおそろしいもののような)

思います。けれども、私のいまの生活は、それ以上におそろしいもののような

(きがして、m・cにたよることをよせないのです。はとのごとくすなおに、)

気がして、M・Cにたよる事を止《よ》せないのです。鳩のごとく素直に、

(へびのごとくさとく、わたしは、わたしのこいをしとげたいとおもいます。でも、きっと)

蛇のごとく慧《さと》く、私は、私の恋をしとげたいと思います。でも、きっと

(おかあさまも、おとうとも、またせけんのひとたちも、だれひとりわたしにさんせいしてくださらない)

お母さまも、弟も、また世間の人たちも、誰ひとり私に賛成して下さらない

(でしょう。あなたは、いかがです。わたしはけっきょく、ひとりでかんがえて、ひとりで)

でしょう。あなたは、いかがです。私は結局、ひとりで考えて、ひとりで

(こうどうするよりほかはないのだ、とおもうと、なみだがでてきます。うまれてはじめての、)

行動するより他は無いのだ、と思うと、涙が出て来ます。生れて初めての、

(ことなのですから。この、むずかしいことを、しゅういのみんなからしゅくふくされて)

ことなのですから。この、むずかしいことを、周囲のみんなから祝福されて

(しとげるほうはないものかしら、とひどくややこしいだいすうのいんすうぶんかいかなにかの)

しとげる法はないものかしら、とひどくややこしい代数の因数分解か何かの

(とうあんをかんがえるように、おもいをこらして、どこかにいっかしょ、ぱらぱらときれいに)

答案を考えるように、思いをこらして、どこかに一箇所、ぱらぱらと綺麗に

(ときほぐれるいとぐちがあるようなきもちがしてきて、きゅうにようきになったりなんか)

解きほぐれる糸口があるような気持がして来て、急に陽気になったりなんか

(しているのです。けれども、かんじんのm・cのほうで、わたしをどうおもって)

しているのです。けれども、かんじんのM・Cのほうで、私をどう思って

(いらっしゃるのか。それをかんがえると、しょげてしまいます。いわば、わたしは、)

いらっしゃるのか。それを考えると、しょげてしまいます。謂わば、私は、

(おしかけ、・・・なんというのかしら、おしかけにょうぼうといってもいけないし、)

押しかけ、・・・なんというのかしら、押しかけ女房といってもいけないし、

(おしかけあいじん、とでもいおうかしら、そんなものですから、m・cのほうで)

押しかけ愛人、とでもいおうかしら、そんなものですから、M・Cのほうで

(どうしても、いやだといったら、それっきり。だから、あなたにおねがいします。)

どうしても、いやだといったら、それっきり。だから、あなたにお願いします。

(どうか、あのおかたに、あなたからきいてみてください。ろくねんまえのあるひ、わたしのむねに)

どうか、あのお方に、あなたからきいてみて下さい。六年前の或る日、私の胸に

(かすかなあわいにじがかかって、それはこいでもあいでもなかったけれども、ねんげつのたつ)

幽かな淡い虹がかかって、それは恋でも愛でもなかったけれども、年月の経つ

(ほど、そのにじはあざやかにしきさいのこさをましてきて、わたしはいままでいちども、)

ほど、その虹はあざやかに色彩の濃さを増して来て、私はいままで一度も、

(それをみうしなったことはございませんでした。ゆうだちのはれたそらにかかるにじは、やがて)

それを見失った事はございませんでした。夕立の晴れた空にかかる虹は、やがて

(きえてしまいますけど、ひとのむねにかかったにじは、きえないようでございます。)

消えてしまいますけど、ひとの胸にかかった虹は、消えないようでございます。

(どうぞ、あのおかたに、きいてみてください。あのおかたは、ほんとに、わたしを、どう)

どうぞ、あのお方に、きいてみて下さい。あのお方は、ほんとに、私を、どう

(おもっていらっしゃったのでしょう。それこそ、うごのそらのにじみたいに、おもって)

思っていらっしゃったのでしょう。それこそ、雨後の空の虹みたいに、思って

(いらっしゃったのでしょうか。そうして、とっくにきえてしまったものと?)

いらっしゃったのでしょうか。そうして、とっくに消えてしまったものと?

(それなら、わたしも、わたしのにじをけしてしまわなければなりません。けれども、わたしの)

それなら、私も、私の虹を消してしまわなければなりません。けれども、私の

(せいめいをさきにけさなければ、わたしのむねのにじはきえそうもございません。)

生命をさきに消さなければ、私の胸の虹は消えそうもございません。

(ごへんじを、いのっています。うえはらじろうさま(わたしのちぇほふ。まい、ちぇほふ。)

御返事を、祈っています。上原次郎様(私のチェホフ。マイ、チェホフ。

(m・c))

M・C)

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