太宰治 斜陽15
順位 | 名前 | スコア | 称号 | 打鍵/秒 | 正誤率 | 時間(秒) | 打鍵数 | ミス | 問題 | 日付 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | すもさん | 6046 | A++ | 6.2 | 96.1% | 1088.5 | 6857 | 275 | 100 | 2024/10/18 |
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問題文
(あのよる、ちかしつのかいだんで、わたしたちのしたことも、きゅうにいきいきとあざやかに)
あの夜、地下室の階段で、私たちのした事も、急にいきいきとあざやかに
(おもいだされてきて、なんだかあれは、わたしのうんめいをけっていするほどのじゅうだいなこと)
思い出されて来て、なんだかあれは、私の運命を決定するほどの重大なこと
(だったようなきがして、あなたがしたわしくて、これが、こいかもしれぬと)
だったような気がして、あなたがしたわしくて、これが、恋かも知れぬと
(おもったら、とてもこころぼそくたよりなく、ひとりでめそめそなきました。あなたは、)
思ったら、とても心細くたよりなく、ひとりでめそめそ泣きました。あなたは、
(ほかのおとこのひとと、まるでぜんぜんちがっています。わたしは、「かもめ」のにーなの)
他の男のひとと、まるで全然ちがっています。私は、「かもめ」のニーナの
(ように、さっかにこいしているのではありません。わたしは、しょうせつかなどにあこがれては)
ように、作家に恋しているのではありません。私は、小説家などにあこがれては
(いないのです。ぶんがくしょうじょ、などとおおもいになったら、こちらも、まごつきます。)
いないのです。文学少女、などとお思いになったら、こちらも、まごつきます。
(わたしは、あなたのあかちゃんがほしいのです。もっとずっとまえに、あなたがまだ)
私は、あなたの赤ちゃんがほしいのです。もっとずっと前に、あなたがまだ
(おひとりのとき、そうしてわたしもまだやまきへいかないときに、おあいして、ふたりが)
おひとりの時、そうして私もまだ山木へ行かない時に、お逢いして、二人が
(けっこんしていたら、わたしもいまみたいにくるしまずにすんだのかもしれませんが、)
結婚していたら、私もいまみたいに苦しまずにすんだのかも知れませんが、
(わたしはもうあなたとのけっこんはできないものとあきらめています。あなたのおくさまを)
私はもうあなたとの結婚は出来ないものとあきらめています。あなたの奥さまを
(おしのけるなど、それはあさましいぼうりょくみたいで、わたしはいやなんです。わたしは、)
押しのけるなど、それはあさましい暴力みたいで、私はいやなんです。私は、
(おめかけ、(このことば、いいたくなくて、たまらないのですけど、でも、あいじん、)
おメカケ、(この言葉、言いたくなくて、たまらないのですけど、でも、愛人、
(といってみたところで、ぞくにいえば、おめかけにちがいないのですから、はっきり)
と言ってみたところで、俗に言えば、おメカケに違いないのですから、はっきり
(いうわ)それだって、かまわないんです。でも、せけんふつうのおめかけの)
言うわ)それだって、かまわないんです。でも、世間普通のお妾《めかけ》の
(せいかつって、むずかしいものらしいのね。ひとのはなしでは、おめかけはふつう、ようが)
生活って、むずかしいものらしいのね。人の話では、お妾は普通、用が
(なくなると、すてられるものですって。ろくじゅうちかくなると、どんなおとこのかたでも)
無くなると、捨てられるものですって。六十ちかくなると、どんな男のかたでも
(みんな、ほんさいのところへおもどりになるんですって。ですから、おめかけにだけはなるもの)
みんな、本妻の所へお戻りになるんですって。ですから、お妾にだけはなるもの
(じゃないって、にしかたまちのじいやとうばがはなしあっているのを、きいたことが)
じゃないって、西片町のじいやと乳母が話合っているのを、聞いた事が
(あるんです。でも、それは、せけんふつうのおめかけのことで、わたしたちのばあいは、ちがう)
あるんです。でも、それは、世間普通のお妾のことで、私たちの場合は、ちがう
(ようなきがします。あなたにとって、いちばん、だいじなのは、やはり、あなたの)
ような気がします。あなたにとって、一番、大事なのは、やはり、あなたの
(おしごとだとおもいます。そうして、あなたが、わたしをおすきだったら、ふたりが)
お仕事だと思います。そうして、あなたが、私をおすきだったら、二人が
(なかよくすることが、おしごとのためにもいいでしょう。すると、あなたのおくさまも、)
仲よくする事が、お仕事のためにもいいでしょう。すると、あなたの奥さまも、
(わたしたちのことをなっとくしてくださいます。へんな、こじつけのりくつみたいだけど、)
私たちの事を納得して下さいます。へんな、こじつけの理窟みたいだけど、
(でも、わたしのかんがえは、どこもまちがっていないとおもうわ。もんだいは、あなたの)
でも、私の考えは、どこも間違っていないと思うわ。問題は、あなたの
(ごへんじだけです。わたしを、すきなのか、きらいなのか、それとも、なんとも)
御返事だけです。私を、すきなのか、きらいなのか、それとも、なんとも
(ないのか、そのごへんじ、とてもおそろしいのだけれども、でも、うかがわなければ)
ないのか、その御返事、とてもおそろしいのだけれども、でも、伺わなければ
(なりません。こないだのてがみにも、わたし、おしかけあいじん、とかき、また、この)
なりません。こないだの手紙にも、私、押しかけ愛人、と書き、また、この
(てがみにも、ちゅうねんのおんなのおしかけ、などとかきましたが、いまよくかんがえて)
手紙にも、中年の女の押しかけ、などと書きましたが、いまよく考えて
(みましたら、あなたからのごへんじがなければ、わたし、おしかけようにも、なにも、)
みましたら、あなたからの御返事が無ければ、私、押しかけようにも、何も、
(てがかりがなく、ひとりでぼんやりやせていくだけでしょう。やはりあなたの)
手がかりが無く、ひとりでぼんやり痩せて行くだけでしょう。やはりあなたの
(なにかおことばがなければ、だめだったんです。いまふっとおもったことでございますが)
何かお言葉が無ければ、ダメだったんです。いまふっと思った事でございますが
(あなたは、しょうせつではずいぶんこいのぼうけんみたいなことをおかきになり、せけんからも)
あなたは、小説ではずいぶん恋の冒険みたいな事をお書きになり、世間からも
(ひどいあっかんのようにうわさされていながら、ほんとうは、じょうしきかなんでしょう。わたしには、)
ひどい悪漢のように噂されていながら、本当は、常識家なんでしょう。私には、
(じょうしきということが、わからないんです。すきなことができさえすれば、それはいい)
常識という事が、わからないんです。すきな事が出来さえすれば、それはいい
(せいかつだとおもいます。わたしは、あなたのあかちゃんをうみたいのです。ほかのひとの)
生活だと思います。私は、あなたの赤ちゃんを生みたいのです。他のひとの
(あかちゃんは、どんなことがあっても、うみたくないんです。それで、わたしは、)
赤ちゃんは、どんな事があっても、生みたくないんです。それで、私は、
(あなたにそうだんをしているのです。おわかりになりましたら、ごへんじをください。)
あなたに相談をしているのです。おわかりになりましたら、御返事を下さい。
(あなたのおきもちを、はっきり、おしらせください。あめがあがって、かぜがふきだし)
あなたのお気持を、はっきり、お知らせ下さい。雨があがって、風が吹き出し
(ました。いまごごさんじです。これから、いっきゅうしゅ(ろくごう)のはいきゅうをもらいに)
ました。いま午後三時です。これから、一級酒(六合)の配給を貰いに
(いきます。らむしゅのびんをにほん、ふくろにいれて、むねのぽけっとに、このてがみを)
行きます。ラム酒の瓶を二本、袋にいれて、胸のポケットに、この手紙を
(いれて、もうじっぷんばかりしたら、したのむらにでかけます。このおさけは、おとうとには)
いれて、もう十分ばかりしたら、下の村に出かけます。このお酒は、弟には
(のませません。かずこがのみます。まいばん、こっぷでいっぱいずついただきます。)
飲ませません。かず子が飲みます。毎晩、コップで一ぱいずついただきます。
(おさけは、ほんとうは、こっぷでのむものですわね。こちらに、いらっしゃいません?)
お酒は、本当は、コップで飲むものですわね。こちらに、いらっしゃいません?
(m・cさま)
M・C様
(きょうもあめふりになりました。めにみえないようなきりさめがふって)
きょうも雨降りになりました。目に見えないような霧雨《きりさめ》が降って
(いるのです。まいにちまいにち、がいしゅつもしないでごへんじをおまちしているのに、とうとう)
いるのです。毎日々々、外出もしないで御返事をお待ちしているのに、とうとう
(きょうまでおたよりがございませんでした。いったいあなたは、なにをおかんがえに)
きょうまでおたよりがございませんでした。いったいあなたは、何をお考えに
(なっているのでしょう。こないだのてがみで、あのだいししょうさんのことなど)
なっているのでしょう。こないだの手紙で、あの大師匠さんの事など
(かいたのが、いけなかったのかしら。こんなえんだんなんかをかいて、きょうそうしんを)
書いたのが、いけなかったのかしら。こんな縁談なんかを書いて、競争心を
(かきたてようとしていやがる、とでもおおもいになったのでしょうか。でも、)
かき立てようとしていやがる、とでもお思いになったのでしょうか。でも、
(あのえんだんは、もうあれっきりだったのです。さっきも、おかあさまと、そのはなしを)
あの縁談は、もうあれっきりだったのです。さっきも、お母さまと、その話を
(してわらいました。おかあさまは、こないだしたのさきがいたいとおっしゃって、なおじに)
して笑いました。お母さまは、こないだ舌の先が痛いとおっしゃって、直治に
(すすめられて、びがくりょうほうをして、そのりょうほうによって、したのいたみもとれて、)
すすめられて、美学療法をして、その療法に依って、舌の痛みもとれて、
(このごろはちょっとおげんきなのです。さっきわたしがおえんがわにたって、うずをまきつつ)
この頃はちょっとお元気なのです。さっき私がお縁側に立って、渦を巻きつつ
(ふかれていくきりさめをながめながら、あなたのおきもちのことをかんがえていましたら、)
吹かれて行く霧雨を眺めながら、あなたのお気持の事を考えていましたら、
(「みるくをわかしたから、いらっしゃい」とおかあさまがしょくどうのほうから)
「ミルクを沸《わか》したから、いらっしゃい」とお母さまが食堂のほうから
(およびになりました。「さむいから、うんとあつくしてみたの」わたしたちは、しょくどうで)
お呼びになりました。「寒いから、うんと熱くしてみたの」私たちは、食堂で
(ゆげのたっているあついみるくをいただきながら、せんじつのししょうさんのことを)
湯気の立っている熱いミルクをいただきながら、先日の師匠さんの事を
(はなしあいました。「あのかたと、わたしとは、どだいなにもにあいませんでしょう?」)
話合いました。「あの方と、私とは、どだい何も似合いませんでしょう?」
(おかあさまはへいきで、「にあわない」とおっしゃいました。「わたし、こんなに)
お母さまは平気で、「似合わない」とおっしゃいました。「私、こんなに
(わがままだし、それにげいじゅつかというものをきらいじゃないし、おまけに、)
わがままだし、それに芸術家というものをきらいじゃないし、おまけに、
(あのかたにはたくさんのしゅうにゅうがあるらしいし、あんなかたとけっこんしたら、そりゃ)
あの方にはたくさんの収入があるらしいし、あんな方と結婚したら、そりゃ
(いいとおもうわ。だけど、だめなの」おかあさまは、おわらいになって、)
いいと思うわ。だけど、ダメなの」お母さまは、お笑いになって、
(「かずこは、いけないこね。そんなに、だめでいながら、こないだあのかたと、)
「かず子は、いけない子ね。そんなに、ダメでいながら、こないだあの方と、
(ゆっくりなにかとたのしそうにおはなしをしていたでしょう。あなたのきもちが、)
ゆっくり何かとたのしそうにお話をしていたでしょう。あなたの気持が、
(わからない」「あら、だって、おもしろかったんですもの。もっと、いろいろはなしを)
わからない」「あら、だって、面白かったんですもの。もっと、いろいろ話を
(してみたかったわ。わたし、たしなみがないのね」「いいえ、べったりして)
してみたかったわ。私、たしなみが無いのね」「いいえ、べったりして
(いるのよ。かずこべったり」おかあさまは、きょうは、とてもおげんき。)
いるのよ。かず子べったり」お母さまは、きょうは、とてもお元気。
(そうして、きのうはじめてあっぷにしたわたしのかみをごらんになって、)
そうして、きのうはじめてアップにした私の髪をごらんになって、
(「あっぷはね、かみのけのすくないひとがするといいのよ。あなたのあっぷは)
「アップはね、髪の毛の少いひとがするといいのよ。あなたのアップは
(りっぱすぎて、きんのちいさいかんむりでものせてみたいくらい。しっぱいね」)
立派すぎて、金の小さい冠でも載せてみたいくらい。失敗ね」
(「かずこがっかり。だって、おかあさまはいつだったか、かずこはくびすじが)
「かず子がっかり。だって、お母さまはいつだったか、かず子は頸すじが
(しろくてきれいだから、なるべくくびすじをかくさないように、っておっしゃったじゃ)
白くて綺麗だから、なるべく頸すじを隠さないように、っておっしゃったじゃ
(ないの」「そんなことだけは、おぼえているのね」「すこしでもほめられたことは、)
ないの」「そんな事だけは、覚えているのね」「少しでもほめられた事は、
(いっしょうわすれません。おぼえていたほうが、たのしいもの」「こないだ、あのかた)
一生わすれません。覚えていたほうが、たのしいもの」「こないだ、あの方
(からも、なにかとほめられたのでしょう」「そうよ。それで、べったりに)
からも、何かとほめられたのでしょう」「そうよ。それで、べったりに
(なっちゃったの。わたしといっしょにいるとれいかんが、ああ、たまらない。わたし、げいじゅつかは)
なっちゃったの。私と一緒にいると霊感が、ああ、たまらない。私、芸術家は
(きらいじゃないんですけど、あんな、じんかくしゃみたいに、もったいぶってる)
きらいじゃないんですけど、あんな、人格者みたいに、もったいぶってる
(ひとは、とても、だめなの」「なおじのししょうさんは、どんなひとなの?」)
ひとは、とても、ダメなの」「直治の師匠さんは、どんなひとなの?」
(わたしは、ひやりとしました。「よくわからないけど、どうせなおじのししょうさん)
私は、ひやりとしました。「よくわからないけど、どうせ直治の師匠さん
(ですもの、ふだつきのふりょうらしいわ」「ふだつき?」と、おかあさまは、たのしそうな)
ですもの、札つきの不良らしいわ」「札つき?」と、お母さまは、楽しそうな
(めつきをなさってつぶやき、「おもしろいことばね。ふだつきなら、かえってあんぜんで)
眼つきをなさって呟き、「面白い言葉ね。札つきなら、かえって安全で
(いいじゃないの。すずをくびにさげているこねこみたいでかわいらしいくらい。ふだの)
いいじゃないの。鈴を首にさげている子猫みたいで可愛らしいくらい。札の
(ついていないふりょうが、こわいんです」「そうかしら」うれしくて、うれしくて、)
ついていない不良が、こわいんです」「そうかしら」うれしくて、うれしくて、
(すうっとからだがけむりになってそらにすわれていくようなきもちでした。おわかりに)
すうっとからだが煙になって空に吸われて行くような気持でした。おわかりに
(なります?なぜ、わたしが、うれしかったのか。おわかりにならなかったら、・・・)
なります?なぜ、私が、うれしかったのか。おわかりにならなかったら、・・・
(なぐるわよ。いちど、ほんとうに、こちらへあそびにいらっしゃいません?わたしからなおじに)
殴るわよ。いちど、本当に、こちらへ遊びにいらっしゃいません?私から直治に
(あなたをおつれしてくるように、っていいつけるのも、なんだかふしぜんで、へん)
あなたをお連れして来るように、って言いつけるのも、何だか不自然で、へん
(ですから、あなたごじしんのすいきょうから、ふっとここへたちよったというかたちにして、)
ですから、あなたご自身の酔興から、ふっとここへ立寄ったという形にして、
(なおじのあんないでおいでになってもいいけれども、でも、なるべくならおひとりで、)
直治の案内でおいでになってもいいけれども、でも、なるべくならおひとりで、
(そうしてなおじがとうきょうにしゅっちょうしたるすにおいでになってください。なおじがいると、)
そうして直治が東京に出張した留守においでになって下さい。直治がいると、
(あなたをなおじにとられてしまって、きっとあなたたちは、おさきさんのところへ)
あなたを直治にとられてしまって、きっとあなたたちは、お咲さんのところへ
(しょうちゅうなんかをのみにでかけていって、それっきりになるにきまっていますから。)
焼酎なんかを飲みに出かけて行って、それっきりになるにきまっていますから。
(わたしのいえでは、せんぞだいだい、げいじゅつかをすきだったようです。こうりんという)
私の家では、先祖代々、芸術家を好きだったようです。光琳《こうりん》という
(がかも、むかしわたくしどものきょうとのおうちにながくたいざいして、ふすまにきれいなえをかいて)
画家も、むかし私どもの京都のお家に永く滞在して、襖に綺麗な絵をかいて
(くださったのです。だから、おかあさまも、あなたのごらいほうを、きっとよろこんで)
下さったのです。だから、お母さまも、あなたの御来訪を、きっと喜んで
(くださるとおもいます。あなたは、たぶん、にかいのようまにおやすみということになる)
下さると思います。あなたは、たぶん、二階の洋間におやすみという事になる
(でしょう。おわすれなくでんとうをけしておいてください。わたしはちいさいろうそく)
でしょう。お忘れなく電燈を消して置いて下さい。私は小さい蝋燭《ろうそく》
(をかたてにもって、くらいかいだんをのぼっていって、それは、だめ?はやすぎるわね。)
を片手に持って、暗い階段をのぼって行って、それは、だめ?早すぎるわね。