太宰治 斜陽27

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投稿者投稿者藤村 彩愛いいね3お気に入り登録1
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超長文です
太宰治の中編小説です
順位 名前 スコア 称号 打鍵/秒 正誤率 時間(秒) 打鍵数 ミス 問題 日付
1 すもさん 5961 A+ 6.1 97.0% 961.9 5913 179 84 2024/10/27

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問題文

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(いつか、ちかいうちにかならずしぬきでいたのですが、でも、きのう、おんなをつれて)

いつか、近いうちに必ず死ぬ気でいたのですが、でも、きのう、女を連れて

(さんそうへきたのは、おんなにりょこうをせがまれ、ぼくもとうきょうであそぶのにつかれて、このばかな)

山荘へ来たのは、女に旅行をせがまれ、僕も東京で遊ぶのに疲れて、この馬鹿な

(おんなと、に、さんにち、さんそうでやすむのもわるくないとかんがえ、ねえさんにはすこしぐあいが)

女と、二、三日、山荘で休むのもわるくないと考え、姉さんには少し工合いが

(わるかったけど、とにかくここへいっしょにやってきてみたら、ねえさんはとうきょうの)

悪かったけど、とにかくここへ一緒にやって来てみたら、姉さんは東京の

(おともだちのところへでかけ、そのときふと、ぼくはしぬならいまだ、とおもったのです。)

お友達のところへ出掛け、その時ふと、僕は死ぬなら今だ、と思ったのです。

(ぼくはむかしから、にしかたまちのあのいえのおくのざしきでしにたいとおもっていました。がいろや)

僕は昔から、西片町のあの家の奥の座敷で死にたいと思っていました。街路や

(はらっぱでしんで、やじうまたちにしがいをいじくりまわされるのは、)

原っぱで死んで、弥次馬《やじうま》たちに死骸をいじくり廻されるのは、

(なんとしても、いやだったんです。けれども、にしかたまちのあのいえはひとでにわたり、)

何としても、いやだったんです。けれども、西片町のあの家は人手に渡り、

(いまではやはりこのさんそうでしぬよりほかはなかろうとおもっていたのですが、)

いまではやはりこの山荘で死ぬよりほかは無かろうと思っていたのですが、

(でも、ぼくのじさつをさいしょにはっけんするのはねえさんで、そうしてねえさんは、そのとき)

でも、僕の自殺をさいしょに発見するのは姉さんで、そうして姉さんは、その時

(どんなにきょうがくしきょうふするだろうとおもえば、ねえさんとふたりきりのよるにじさつするのは)

どんなに驚愕し恐怖するだろうと思えば、姉さんと二人きりの夜に自殺するのは

(きがおもくて、とてもできそうもなかったのです。それが、まあ、なんという)

気が重くて、とても出来そうも無かったのです。それが、まあ、何という

(ちゃんす。ねえさんがいなくて、そのかわり、すこぶるどんぶつのだんさあが、)

チャンス。姉さんがいなくて、そのかわり、頗《すこぶ》る鈍物のダンサアが、

(ぼくのじさつのはっけんしゃになってくれる。さくや、ふたりでおさけをのみ、おんなのひとを)

僕の自殺の発見者になってくれる。昨夜、ふたりでお酒を飲み、女のひとを

(にかいのようまにねかせ、ぼくひとりままのなくなったしたのおざしきにふとんをひいて、)

二階の洋間に寝かせ、僕ひとりママの亡くなった下のお座敷に蒲団をひいて、

(そうして、このみじめなしゅきにとりかかりました。ねえさん。ぼくには、きぼうの)

そうして、このみじめな手記にとりかかりました。姉さん。僕には、希望の

(じばんがないんです。さようなら。けっきょく、ぼくのしは、しぜんしです。ひとは、しそう)

地盤が無いんです。さようなら。結局、僕の死は、自然死です。人は、思想

(だけでは、しねるものではないんですから。それから、ひとつ、とても)

だけでは、死ねるものでは無いんですから。それから、一つ、とても

(てれくさいおねがいがあります。ままのかたみのあさのきもの。あれをねえさんが、)

てれくさいお願いがあります。ママのかたみの麻の着物。あれを姉さんが、

(なおじがらいねんのなつにきるようにとぬいなおしてくださったでしょう。あのきものを、)

直治が来年の夏に着るようにと縫い直して下さったでしょう。あの着物を、

など

(ぼくのかんにいれてください。ぼく、きたかったんです。よるがあけてきました。)

僕の棺にいれて下さい。僕、着たかったんです。夜が明けて来ました。

(ながいことくろうをおかけしました。さようなら。ゆうべのおさけのよいは、すっかり)

永いこと苦労をおかけしました。さようなら。ゆうべのお酒の酔いは、すっかり

(さめています。ぼくは、しらふでしぬんです。もういちど、さようなら。)

醒めています。僕は、素面《しらふ》で死ぬんです。もういちど、さようなら。

(ねえさん。ぼくは、きぞくです。)

姉さん。僕は、貴族です。

(ゆめ。みんなが、わたしからはなれていく。なおじのしのあとしまつをして、それから)

八 ゆめ。皆が、私から離れて行く。直治の死のあと始末をして、それから

(いっかげつかん、わたしはふゆのさんそうにひとりですんでいた。そうしてわたしは、あのひとに、)

一箇月間、私は冬の山荘にひとりで住んでいた。そうして私は、あのひとに、

(おそらくはこれがさいごのてがみを、みずのようなきもちで、かいてさしあげた。)

おそらくはこれが最後の手紙を、水のような気持で、書いて差し上げた。

(どうやら、あなたも、わたしをおすてになったようでございます。いいえ、だんだん)

どうやら、あなたも、私をお捨てになったようでございます。いいえ、だんだん

(おわすれになるらしゅうございます。けれども、わたしは、こうふくなんですの。わたしの)

お忘れになるらしゅうございます。けれども、私は、幸福なんですの。私の

(のぞみどおりに、あかちゃんができたようでございますの。わたしは、いま、いっさいを)

望みどおりに、赤ちゃんが出来たようでございますの。私は、いま、いっさいを

(うしなったようなきがしていますけど、でも、おなかのちいさいせいめいが、わたしのこどくの)

失ったような気がしていますけど、でも、おなかの小さい生命が、私の孤独の

(びしょうのたねになっています。けがらわしいしっさくなどとは、どうしてもわたしには)

微笑のたねになっています。けがらわしい失策などとは、どうしても私には

(おもわれません。このよのなかに、せんそうだのへいわだのぼうえきだのくみあいだのせいじだのが)

思われません。この世の中に、戦争だの平和だの貿易だの組合だの政治だのが

(あるのは、なんのためだか、このごろわたしにもわかってきました。あなたは、)

あるのは、なんのためだか、このごろ私にもわかって来ました。あなたは、

(ごぞんじないでしょう。だから、いつまでもふこうなのですわ。それはね、おしえて)

ご存じないでしょう。だから、いつまでも不幸なのですわ。それはね、教えて

(あげますわ、おんながよいこをうむためです。わたしには、はじめからあなたのじんかくとか)

あげますわ、女がよい子を生むためです。私には、はじめからあなたの人格とか

(せきにんとかをあてにするきもちはありませんでした。わたしのひとすじのこいのぼうけんの)

責任とかをあてにする気持はありませんでした。私のひとすじの恋の冒険の

(じょうじゅだけがもんだいでした。そうして、わたしのそのおもいがかんせいせられて)

成就《じょうじゅ》だけが問題でした。そうして、私のその思いが完成せられて

(もういまではわたしのむねのうちは、もりのなかのぬまのようにしずかでございます。)

もういまでは私の胸のうちは、森の中の沼のように静かでございます。

(わたしは、かったとおもっています。まりやが、たといおっとのこでないこをうんでも、)

私は、勝ったと思っています。マリヤが、たとい夫の子でない子を生んでも、

(まりやにかがやくほこりがあったら、それはせいぼしになるのでございます。わたしには、)

マリヤに輝く誇りがあったら、それは聖母子になるのでございます。私には、

(ふるいどうとくをへいきでむしして、よいこをえたというまんぞくがあるのでございます。)

古い道徳を平気で無視して、よい子を得たという満足があるのでございます。

(あなたは、そのごもやはり、ぎろちんぎろちんといって、しんしやおじょうさんたちと)

あなたは、その後もやはり、ギロチンギロチンと言って、紳士やお嬢さんたちと

(おさけをのんで、でかだんせいかつとやらをおつづけになっていらっしゃるのでしょう。)

お酒を飲んで、デカダン生活とやらをお続けになっていらっしゃるのでしょう。

(でも、わたしは、それをやめよ、とはもうしませぬ。それもまた、あなたのさいごの)

でも、私は、それをやめよ、とは申しませぬ。それもまた、あなたの最後の

(とうそうのけいしきなのでしょうから。おさけをやめて、ごびょうきをなおして、ながいきを)

闘争の形式なのでしょうから。お酒をやめて、ご病気をなおして、永生きを

(なさってりっぱなおしごとを、などそんなしらじらしいおざなりみたいなことは、)

なさって立派なお仕事を、などそんな白々しいおざなりみたいなことは、

(もうわたしはいいたくないのでございます。「りっぱなおしごと」などよりも、いのちを)

もう私は言いたくないのでございます。「立派なお仕事」などよりも、いのちを

(すてるきで、いわゆるあくとくせいかつをしとおすことのほうが、のちのよのひとたちから)

捨てる気で、所謂悪徳生活をしとおす事のほうが、のちの世の人たちから

(かえっておれいをいわれるようになるかもしれません。ぎせいしゃ。どうとくの)

かえって御礼を言われるようになるかも知れません。犠牲者。道徳の

(かときのぎせいしゃ。あなたも、わたしもきっとそれなのでございましょう。)

過渡期《かとき》の犠牲者。あなたも、私もきっとそれなのでございましょう。

(かくめいは、いったい、どこでおこなわれているのでしょう。すくなくとも、わたしたちの)

革命は、いったい、どこで行われているのでしょう。すくなくとも、私たちの

(みのまわりにおいては、ふるいどうとくはやっぱりそのまま、みじんもかわらず、)

身のまわりに於いては、古い道徳はやっぱりそのまま、みじんも変らず、

(わたしたちのいくてをさえぎっています。うみのひょうめんのなみはなにやらさわいでいても、)

私たちの行く手をさえぎっています。海の表面の波は何やら騒いでいても、

(そのそこのかいすいは、かくめいどころか、みじろぎもせず、たぬきねいりでねそべって)

その底の海水は、革命どころか、みじろぎもせず、狸寝入りで寝そべって

(いるんですもの。けれどもわたしは、これまでのだいいっかいせんでは、ふるいどうとくを)

いるんですもの。けれども私は、これまでの第一回戦では、古い道徳を

(わずかながらおしのけえたとおもっています。そうして、こんどは、うまれること)

わずかながら押しのけ得たと思っています。そうして、こんどは、生れる子と

(ともに、だいにかいせん、だいさんかいせんをたたかうつもりでいるのです。こいしいひとの)

共に、第二回戦、第三回戦をたたかうつもりでいるのです。こいしいひとの

(こをうみ、そだてることが、わたしのどうとくかくめいのかんせいなのでございます。あなたがわたしを)

子を生み、育てる事が、私の道徳革命の完成なのでございます。あなたが私を

(おわすれになっても、また、あなたが、おさけでいのちをおなくしになっても、)

お忘れになっても、また、あなたが、お酒でいのちをお無くしになっても、

(わたしはわたしのかくめいのかんせいのために、じょうぶでいきていけそうです。あなたのじんかくの)

私は私の革命の完成のために、丈夫で生きて行けそうです。あなたの人格の

(くだらなさを、わたしはこないだもあるひとから、さまざまうけたまわりましたが、でも、)

くだらなさを、私はこないだも或るひとから、さまざま承りましたが、でも、

(わたしにこんなつよさをあたえてくださったのは、あなたです。わたしのむねに、かくめいのにじを)

私にこんな強さを与えて下さったのは、あなたです。私の胸に、革命の虹を

(かけてくださったのはあなたです。いきるもくひょうをあたえてくださったのは、)

かけて下さったのはあなたです。生きる目標を与えて下さったのは、

(あなたです。わたしはあなたをほこりにしていますし、また、うまれるこどもにも、)

あなたです。私はあなたを誇りにしていますし、また、生れる子供にも、

(あなたをほこりにさせようとおもっています。しせいじと、そのはは。けれどもわたしたちは)

あなたを誇りにさせようと思っています。私生児と、その母。けれども私たちは

(ふるいどうとくとどこまでもあらそい、たいようのようにいきるつもりです。どうか、あなたも)

古い道徳とどこまでも争い、太陽のように生きるつもりです。どうか、あなたも

(あなたのたたかいをたたかいつづけてくださいまし。かくめいは、まだ、ちっとも、なにも、)

あなたの闘いをたたかい続けて下さいまし。革命は、まだ、ちっとも、何も、

(おこなわれていないんです。もっと、もっと、いくつものおしいとうといぎせいがひつようの)

行われていないんです。もっと、もっと、いくつもの惜しい貴い犠牲が必要の

(ようでございます。いまのよのなかで、いちばんうつくしいのはぎせいしゃです。ちいさい)

ようでございます。いまの世の中で、一ばん美しいのは犠牲者です。小さい

(ぎせいしゃが、もうひとりいました。うえはらさん。わたしはもうあなたに、なにも)

犠牲者が、もうひとりいました。上原さん。私はもうあなたに、何も

(おたのみするきはございませんが、けれども、そのちいさいぎせいしゃのために、)

おたのみする気はございませんが、けれども、その小さい犠牲者のために、

(ひとつだけ、おゆるしをおねがいしたいことがあるのです。それは、わたしのうまれたこを、)

一つだけ、おゆるしをお願いしたい事があるのです。それは、私の生れた子を、

(たったいちどでよろしゅうございますから、あなたのおくさまにだかせて)

たったいちどでよろしゅうございますから、あなたの奥さまに抱かせて

(いただきたいのです。そうして、そのとき、わたしにこういわせていただきます。)

いただきたいのです。そうして、その時、私にこう言わせていただきます。

(「これは、なおじが、あるおんなのひとにないしょにうませたこですの」)

「これは、直治が、或る女のひとに内緒に生ませた子ですの」

(なぜ、そうするのか、それだけはどなたにももうしあげられません。いいえ、)

なぜ、そうするのか、それだけはどなたにも申し上げられません。いいえ、

(わたくしじしんにも、なぜそうさせていただきたいのか、よくわかっていないのです。)

私自身にも、なぜそうさせていただきたいのか、よくわかっていないのです。

(でも、わたしは、どうしても、そうさせていただかなければならないのです。)

でも、私は、どうしても、そうさせていただかなければならないのです。

(なおじというあのちいさいぎせいしゃのために、どうしても、そうさせて)

直治というあの小さい犠牲者のために、どうしても、そうさせて

(いただかなければならないのです。ごふかいでしょうか。ごふかいでも、しのんで)

いただかなければならないのです。ご不快でしょうか。ご不快でも、しのんで

(いただきます。これがすてられ、わすれかけられたおんなのゆいいつのかすかないやがらせと)

いただきます。これが捨てられ、忘れかけられた女の唯一の幽かないやがらせと

(おぼしめし、ぜひおききいれのほどねがいます。m・cまい、こめであん)

思召《おぼしめ》し、ぜひお聞きいれのほど願います。M・Cマイ、コメデアン

(しょうわにじゅうにねんにがつなのか)

昭和二十二年二月七日

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