ある自殺者の手記 二

背景
投稿者投稿者rouいいね3お気に入り登録
プレイ回数2224難易度(4.4) 4410打 長文

関連タイピング

問題文

ふりがな非表示 ふりがな表示

(ぼくはきのうのばんまで、じさつすべきじじょうがはっせいするとは、ゆめにもおもわなかったのだ。)

僕は昨日の晩まで、自殺すべき事情が発生するとは、夢にも思わなかったのだ。

(だから、きみたちのせっぷんをみたしゅんかんにじさつをけっしんしても、)

だから、君たちの接吻を見た瞬間に自殺を  決心しても、

(ないふをもっているでなし、)

ナイフを以って居るでなし、

(どくやくをたずさえているでなし、)

毒薬を携(たずさ)えて居るでなし、

(すぐさまじさつをけっこうするだけのじょうけんが)

すぐさま自殺を決行するだけの条件が

(ととのっていなかったのだ。)

ととのって居なかったのだ。

(だから、とうぜん、いかなるほうほうをもってしぬべきかにかんがえおよんだのである。)

だから、当然、いかなる方法をもって死ぬべきかに考え及んだのである。

(さて、いよいよじさつほうほうをかんがえるとなると、ふしぎなもので、)

さて、いよいよ自殺方法を考えるとなると、不思議なもので、

(おいそれとけっていすることはできぬものだ。)

おいそれと決定することは出来ぬものだ。

(もしあのとき、しんぺんににほんとうがあったならば、ぼくはなんのちゅうちょもなく)

もしあの時、身辺に日本刀があったならば、僕は何の躊躇もなく

(そのさやをはらってけいどうみゃくをきったであろう。)

その鞘を払って頸動脈を切ったであろう。

(もしまた、まどのまえがせんじんのたにになっていたならば、)

もし又、窓の前が千仞(せんじん)の谷になって居たならば、

(うむをいわず、このみをなげたであろう。)

有無をいわず、この身を投げたであろう。

(さるに、いったん、どのほうほうをえらぶかということになると、もはや、)

然る(さる)に、一旦、どの方法を選ぶかということになると、もはや、

(にほんとうのさやをはらうきにもなれなければ、せんじんのたににちかよることもいやになった。)

日本刀の鞘を払う気にもなれなければ、千仞の谷に近よることもいやになった。

(ともにくつうをともなうからである。)

共に苦痛を伴うからである。

(だから、ぼくはくるしまずにしねるほうほうをかんがえたのだ。)

だから、僕は苦しまずに死ねる方法を考えたのだ。

(くるしまずにしねるいちばんよいほうほうといえば、いしにかぎるということを)

苦しまずに死ねる一ばんよい方法といえば、縊死(いし)に限るということを

(ほういがくのこうぎできいた。いしのさいには、)

法医学の講義できいた。縊死(いし)の際には、

(けいどうみゃくがあっぱくされるので、のうへのけっこうがしゃだんされ、)

頸動脈が圧迫されるので、脳への血行が遮断され、

など

(それがためになんのくつうもかんじないということだ。)

それがために何の苦痛も感じないということだ。

(けれども、きみもけいけんしたことがあるだろう、いきのつまるときのかんじを。)

けれども、君も経験したことがあるだろう、息のつまるときの感じを。

(あのいやなかんじが、きっといしにはともなうだろうとぼくはおもうのだ。)

あの厭な感じが、きっと縊死には伴うだろうと僕は思うのだ。

(それがぼくにはなんとしてもたえられないのだ。)

それが僕には何としても耐えられないのだ。

(ぼくはべつにいしにたいしてびてきけんおをかんじない。それはけっしてうつくしいすがたではないが、)

僕は別に縊死に対して美的嫌悪を感じない。それは決して美しい姿ではないが、

(どんなほうほうでしんだところが、しのすがたはさほどうつくしいものではないのだ。)

どんな方法で死んだところが、死の姿は   さほど美しいものではないのだ。

(だから、とくにいしをみにくいともおもわぬが、いしするしゅんかんにおこる)

だから、特に縊死を醜いとも思わぬが、縊死する瞬間に起こる

(であろうくるしいかんじ、いわばいきうめのときにおこるであろうところのおそろしさ、)

であろう苦しい感じ、いわば生き埋めの時に起こるであろうところの恐ろしさ、

(かのせいしんぶんせきがくしゃのいわゆる、しきゅうないにとじこめられていたときにえた)

かの精神分析学者のいわゆる、子宮内にとじこめられて居た時に得た

(きょうふそのきょうふかんのおこるのが、いかがにも)

恐怖その恐怖感の起こるのが、            如何が(いかが)にも

(しのびえないのだ。)

忍び得ないのだ。

(じっさいにはあるいはそのようなきょうふはおこらないかもしれない。)

実際には或はそのような恐怖は起こらないかも知れない。

(けれども、おこるであろうとそうぞうされるのがいやでいやでならぬのだ。)

けれども、起こるであろうと想像されるのが厭で厭でならぬのだ。

(だから、ぼくはいしはやめた。)

だから、僕は縊死はやめた。

(また、そうしょうをつくってしぬのはいたいからいやだ。)

又、創傷(そうしょう)を造って死ぬのは          痛いから厭だ。

(で、ぼくはどくやくしをえらぶことにけっしたのである。)

で、僕は毒薬死を選ぶことに決したのである。

(しかしおなじどくやくでもはげしいしょうじょうをともなうものはこのましくない。)

しかし同じ毒薬でもはげしい症状を伴うものは好ましくない。

(またあじのわるいのもおもしろくない。)

又 味の悪いのも面白くない。

(あひさんはむみであるけれども、)

亜砒酸(あひさん)は無味であるけれども、

(げきれつないちょうしょうじょうのおこるのはなんとしてもふゆかいである。)

激烈な胃腸症状の起こるのは何としても           不愉快である。

(またせいさんはしゅんかんてきにしをおこすといわれておるが)

又 青酸は瞬間的に死を起こすといわれて              おるが

(えんずいのこきゅうちゅうすいをおかして)

延髄の呼吸虫垂を冒して

(ちっそくをおこさせるのだから、ぼくにはやはりいしとおなじようにおそろしいのだ。)

窒息を起こさせるのだから、僕にはやはり  縊死と同じように恐ろしいのだ。

(で、けっきょくは、ゆかいにねむって、ねむったまま、いつとはなしにしんでいける)

で、結局は、愉快に眠って、眠ったまま、    いつとはなしに死んでいける

(みんざいのしゅるいがぼくにとってはいちばんこうつごうなのである。)

眠剤の種類が僕にとっては一ばん好都合なのである。

(おなじさいみんざいのうちでも、あじのにがいのはごめんだ。)

同じ催眠剤のうちでも、味の苦いのは御免だ。

(またたりょうにふくようしなければならぬものもおことわりしたい。)

また多量に服用しなければならぬものも           お断りしたい。

(が、それについてこうふくなことは、こんどはっけんされた、、、というさいみんざいだ。)

が、それについて幸福なことは、こんど発見された、、、という催眠剤だ。

(これはきみもしっているとおり、あじもなければしゅうきもなく、)

これは君も知っているとおり、味もなければ臭気もなく、

(またきわめてみずにようかいしやすく、かつ0、2ぐらむというしょうりょうで)

又極めて水に溶解し易く、かつ0、2グラムという少量で

(にじゅっかんのたいじゅうのひとをころすことができるのだ。)

二十貫の体重の人を殺すことが出来るのだ。

(それに、このしんやくはそのさようがふくようごいちじかんにあらわれ、)

それに、この新薬はその作用が服用後一時間にあらわれ、

(しかもふくようごごふんごにはけっちゅうにきゅうしゅうされるのであるから、)

しかも服用後五分後には血中に吸収されるのであるから、

(もるひねやそのほかのやくざいとちがって、)

モルヒネやその他の薬剤とちがって、

(ふくようごごふんごにいをせんじょうしても、)

服用後五分後に胃を洗滌(せんじょう)しても、

(もはやそのひとをすくうことができないのだ。まったくぼくのようなかんじょうをもったものが)

最早その人を救うことが出来ないのだ。 まったく僕のような感情を持った者が

(じさつするにはくっきょうなどくであるといってよい。)

自殺するには屈竟(くっきょう)な毒であるといってよい。

(いしゃをしているおかげに、この、、、をてにいれるくしんはいらない。)

医者をして居る御かげに、この、、、を手に入れる苦心はいらない。

(そのてんにはなんらのこうりょをついやさずにしねるのだ。しかし、)

その点には何等の考慮を費さずに死ねるのだ。然し、

(ぼくがこの、、、でしぬことにけっていするまでには、)

僕がこの、、、で死ぬことに決定するまでには、

(じさつをけっしんしたごごしちじから、およそごじかんかかったよ。)

自殺を決心した午後七時から、凡そ(およそ)五時間かかったよ。

(では、なぜ、ゆうべのうちに、、、を)

では、何故、ゆうべのうちに、、、を

(のまなかったかときみはとうであろう。)

のまなかったかと君は問うであろう。

(いかにも、いまこのしゅきをしたためているのはごぜんごじであるから、)

いかにも、今この手記を認めて(したためて)居るのは午前五時であるから、

(やくごじかんほどのじかんがくうひされたのだ。)

約五時間ほどの時間が空費されたのだ。

(しかし、それはけっしてくうひされたのではなく、)

然し、それは決して空費されたのではなく、

(そのあいだにきわめてじゅうだいなことがけいかくされたのだ。)

その間に極めて重大なことが計画されたのだ。

(しからば、ぼくがどんなことをけいかくしたかというに、)

しからば、僕がどんなことを計画したかというに、

(これはぼくのいしのよわさからおこったことであるから、)

これは僕の意志の弱さから起こったことであるから、

(まことにざんきにたえないが、)

まことに慙愧(ざんき)に堪えないが、

(いざ、、、をのむだんになると、)

いざ、、、をのむ段になると、

(ぼくのてはきゅうにかたばったようなきがしたよ。)

僕の手は急に硬(かた)ばったようなきがしたよ。

(そこで、、、をひとまずつくえのうえにおいて、なぜに、)

そこで、、、を一先ず机の上において、何故に、

(ぼくのてがふくようをちゅうちょするにいたったかを、しずかにぶんせきこうりょしたのだ。)

僕の手が服用を躊躇するに至ったかを、静かに分析考慮したのだ。

(するとぼくはいがいなことをはっけんした。)

すると僕は意外なことを発見した。

(すなわち、たといいったんしをかくごしても、いつのまにか)

即ち、たとい一旦死を覚悟しても、いつの間にか

(せいにたいするしゅうちゃくがこころのなかであたまをもたげていることにきづいたのだ。)

生に対する執着が心の中で頭をもたげていることに気づいたのだ。

(もしぼくが、じさつをけっしんしたちょくごにしんでいたらば、)

もし僕が、自殺を決心した直後に死んで             いたらば、

(せいにたいするしゅうちゃくなどはおこりそうにないが、)

生に対する執着などは起こりそうにないが、

(じさつのほうほうをかんがえているごじかんのあいだに、)

自殺の方法を考えている五時間のあいだに、

(じぶんではたじをかんがえるよちはないとおもっていたにかかわらず、)

自分では他事を考える余地はないと思って        いたにかかわらず、

(にゅうどうぐものようにせいのしゅうちゃくがこころのいっぽうに)

入道雲のように生の執着が心の一方に

(わだかまっていることにきづいたのだ。)

蟠って(わだかまって)居ることに気付いたのだ。

(それからあとのいちにじかんというものはじさつのけっしんとせいにたいする)

それから後の一二時間というものは         自殺の決心と生に対する

(しゅうちゃくとがもうれつにぼくのあたまのなかでたたかったよ。)

執着とが猛烈に僕の頭の中で戦ったよ。

(ぼくはいちじどうなることかときがきでなかった。)

僕は一時どうなることかと気が気でなかった。

(ぼくはあるいははっきょうするのではないかとおもった。)

僕は或は発狂するのではないかと思った。

(しかしさいわいにはっきょうすることなしに、かいけつのみちをみだしたのだ。)

しかし幸に発狂することなしに、解決の道を見出したのだ。

問題文を全て表示 一部のみ表示 誤字・脱字等の報告

◆コメントを投稿

※誹謗中傷、公序良俗に反するコメント、個人情報の投稿、歌詞の投稿、出会い目的の投稿、無関係な宣伝行為は禁止です。削除対象となります。

※このゲームにコメントするにはログインが必要です。

※コメントは日本語で投稿してください。