シャーロック・ホームズの事件簿 高名な依頼人1
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問題文
(「もうもんだいないかな」わたしがここできじゅつするじけんをはっぴょうさせてほしいと、)
「もう問題ないかな」私がここで記述する事件を発表させて欲しいと、
(じゅうねんかんでじゅうどめにたのんだときのしゃーろっくほーむずのへんじがこれだった。)
10年間で10度目に頼んだ時のシャーロックホームズの返事がこれだった。
(ついにわたしはこのじけんをきろくにのこすきょかをえたのだ。このじけんは、あるいみで)
遂に私はこの事件を記録に残す許可を得たのだ。この事件は、ある意味で
(ほーむずがそのけいれきのちょうてんをきわめたじけんだった。)
ホームズがその経歴の頂点を極めた事件だった。
(ほーむずとわたしはとるこふうのふろにめがなかった。かわいたへやのここちよい)
ホームズと私はトルコ風の風呂に目がなかった。乾いた部屋のここちよい
(けだるさのなかでたばこをすっているとき、わたしはかれがほかのどのばしょよりも)
けだるさの中で煙草を吸っている時、私は彼が他のどの場所よりも
(はなしずきでにんげんみにあふれることをしっていた。のーさんばーらんどどおりの)
話し好きで人間味にあふれる事を知っていた。ノーサンバーランド通りの
(よくじょうのうえのかいに、ふたつのながいすがならべておかれたひっそりしたいっかくがあり、)
浴場の上の階に、二つの長いすが並べて置かれたひっそりした一角があり、
(わたしたちは、1902ねん9がつ3にち、そこにねそべっていた。)
私たちは、1902年9月3日、そこに寝そべっていた。
(これが、じけんのはじまったひだ。わたしはかれになにかそうさちゅうのじけんがあるかたずねた。)
これが、事件の始まった日だ。私は彼に何か捜査中の事件があるか尋ねた。
(かれはこたえるかわりに、くるまっていたしーつから、ほそながいしんけいしつそうなてを)
彼は答える代わりに、くるまっていたシーツから、細長い神経質そうな手を
(さっとだし、そばにかかっていたこーとのうちぽけっとからふうとうをとりだした。)
さっと出し、側にかかっていたコートの内ポケットから封筒を取り出した。
(「これはもったいぶっただけのくだらないようけんかもしれないし、)
「これはもったいぶっただけの下らない用件かもしれないし、
(たいへんなじけんなのかもしれない」かれはそのてがみをわたすときにいった。)
大変な事件なのかもしれない」彼はその手紙を渡すときに言った。
(「このてがみにかいてあることいがいはわからない」)
「この手紙に書いてある事以外は分からない」
(それはぜんじつのよるにちゃーるとん・くらぶからだされていた。こんなぶんめんだった。)
それは前日の夜にチャールトン・クラブから出されていた。こんな文面だった。
(さー・じぇいむず・だむりーからしゃーろっくほーむずどのによろしく)
サー・ジェイムズ・ダムリーからシャーロックホームズ殿によろしく
(おつたえくださいとのことです。そしてあした、よじはんにおうかがいしたい)
お伝えくださいとのことです。そして明日、四時半にお伺いしたい
(とのことです。さー・じぇいむずからでんごんをいらいされましたのは、)
とのことです。サー・ジェイムズから伝言を依頼されましたのは、
(ほーむずしにそうだんしたいじけんは、ひじょうにせんさいかつじゅうようなものである)
ホームズ氏に相談したい事件は、非常に繊細かつ重要なものである
(ということです。それゆえ、かれはほーむずしがこのかいだんをじつげんするために)
という事です。それゆえ、彼はホームズ氏がこの会談を実現するために
(あらゆるどりょくをしていただき、ほーむずしがちゃーるとん・くらぶに)
あらゆる努力をしていただき、ホームズ氏がチャールトン・クラブに
(かくにんのためにでんわをしていただけるものとしんじております。)
確認のために電話をしていただけるものと信じております。
(「いうまでもないが、かくにんのでんわはしたよ、わとそん」)
「言うまでもないが、確認の電話はしたよ、ワトソン」
(ほーむずはわたしがてがみをかえすときにいった。)
ホームズは私が手紙を返すときに言った。
(「このだむりーというじんぶつについてなにかしっているか?」)
「このダムリーという人物について何か知っているか?」
(「じょうりゅうしゃかいではゆうめいななまえだというだけだな」)
「上流社会では有名な名前だというだけだな」
(「じゃあ、ぼくのほうがちょっとくわしいな。かれはしんぶんさたにできないせんさいな)
「じゃあ、僕のほうがちょっと詳しいな。彼は新聞沙汰に出来ない繊細な
(できごとをちょうていするじんぶつだというひょうばんだ。きみもはまふぉーど・うぃるのけんで、)
出来事を調停する人物だという評判だ。君もハマフォード・ウィルの件で、
(かれがさー・じょーじ・るいすとこうしょうしたことをおぼえているかもしれない。)
彼がサー・ジョージ・ルイスと交渉した事を覚えているかもしれない。
(かれはうまれつきがいこうにむいたせいかくのにんげんだ。だからぼくはこれがむいみなようけんでは)
彼は生まれつき外交に向いた性格の人間だ。だから僕はこれが無意味な用件では
(なく、ほんとうになにかわれわれのじょりょくがひつようなじけんをかかえているときたいせざるをえない」)
なく、本当に何か我々の助力が必要な事件を抱えていると期待せざるをえない」
(「われわれ?」「そうだ、もしきみがよければだが、わとそん」)
「我々?」「そうだ、もし君がよければだが、ワトソン」
(「こうえいだな」「では、このよじはんというじこくをおぼえていてくれ。)
「光栄だな」「では、この四時半という時刻を覚えていてくれ。
(それまではこのけんをわすれていよう」)
それまではこの件を忘れていよう」
(わたしはこのときくいーんあんどおりのへやにすんでいたが、いわれたじこくに)
私はこの時クイーンアン通りの部屋に住んでいたが、言われた時刻に
(べーかーがいにやってきた。そのじこくきっかりに、さー・じぇいむず・だむりー)
ベーカー街にやってきた。その時刻きっかりに、サー・ジェイムズ・ダムリー
(たいさのらいほうがつげられた。おおくのひとはすでにごぞんじだろうから、かれのおおがらのからだ、)
大佐の来訪が告げられた。多くの人はすでにご存知だろうから、彼の大柄の体、
(そっちょくでしょうじきなひとがら、おおきなきれいにひげをそったかお、そしてとりわけ、ここちよい)
率直で正直な人柄、大きな綺麗に髭を剃った顔、そしてとりわけ、心地よい
(あでやかなこえ、などについてはせつめいするまでもないだろう。あいるらんどじんとくゆうの)
艶やかな声、などについては説明するまでもないだろう。アイルランド人特有の
(はいいろのめにはじっちょくさがかがやき、よくうごくえがおをたやさないくちもとからはたくみな)
灰色の目には実直さが輝き、よく動く笑顔を絶やさない口元からは巧みな
(ゆーもあがあふれでた。ひかりかがやくしるくはっと、くろいふろっくこーと、じっさいかれは、)
ユーモアがあふれ出た。光輝くシルクハット、黒いフロックコート、実際彼は、
(くろいさてんのねくたいにつけたしんじゅのたいぴんからえなめるくつにかかったむらさきの)
黒いサテンのネクタイにつけた真珠のタイピンからエナメル靴にかかった紫の
(すぱっつまで、さいぶにいたるまでふくそうにはこまかくきをくばることでゆうめいだった。)
スパッツまで、細部にいたるまで服装には細かく気を配ることで有名だった。
(しはいしゃぜんとしたきぞくのきょたいがせまいへやをいあつしていた。)
支配者然とした貴族の巨体が狭い部屋を威圧していた。
(「もちろん、わとそんはかせがどうせきされるかもしれないとおもっていました」)
「もちろん、ワトソン博士が同席されるかもしれないと思っていました」
(かれはれいぎただしくあたまをさげていった。「はかせのきょうりょくがほんとうにひつようになる)
彼は礼儀正しく頭を下げて言った。「博士の協力が本当に必要になる
(かもしれません。ほーむずさん、こんかいのあいてはぼうりょくざたがつきもので、)
かもしれません。ホームズさん、今回の相手は暴力沙汰が付き物で、
(もじどおりどんなことでもちゅうちょしないおとこです。)
文字通りどんなことでも躊躇しない男です。
(これいじょうきけんなおとこはよーろっぱにいないといわざるをえません」)
これ以上危険な男はヨーロッパにいないと言わざるをえません」
(「そういうおおげさないみょうをもったあいては、かこになんにんもてきにまわしてきました」)
「そういう大げさな異名を持った相手は、過去に何人も敵に回してきました」
(ほーむずはえがおでいった。「たばこはおすいになりませんか?)
ホームズは笑顔で言った。「煙草はお吸いになりませんか?
(ではしつれいしてぱいぷにひをつけさせていただきます。)
では失礼してパイプに火をつけさせていただきます。
(もしあなたのいうおとこがこもりあーてぃきょうじゅや、まだいきながらえている)
もしあなたの言う男が故モリアーティ教授や、まだ生きながらえている
(せばすちゃん・もらんたいさよりもきけんなら、まさしく、)
セバスチャン・モラン大佐よりも危険なら、まさしく、
(あうかちのあるじんぶつだ。なまえをうかがえますか?」)
会う価値のある人物だ。名前を伺えますか?」
(「ぐらなーだんしゃくについてきいたことがありますか?」)
「グラナー男爵について聞いたことがありますか?」
(「おーすとりあのさつじんはんのことですか?」)
「オーストリアの殺人犯のことですか?」
(だむりーたいさはきっどかわのてぶくろをはめたてをあげてわらった。)
ダムリー大佐はキッド革の手袋をはめた手を上げて笑った。
(「なにひとつみすごしませんな、ほーむずさん!さすがです!)
「何一つ見過ごしませんな、ホームズさん!さすがです!
(ではあなたはすでにかれをさつじんはんとみなしているのですね?」)
ではあなたはすでに彼を殺人犯とみなしているのですね?」
(「よーろっぱでおきたはんざいをしょうさいにちょうさしておくのもわたしのしごとです。)
「ヨーロッパで起きた犯罪を詳細に調査しておくのも私の仕事です。
(ぷらはでなにがおきたか、だれにもわかりません。それでもこのおとこがてをくだしたことに)
プラハで何が起きたか、誰にも分かりません。それでもこの男が手を下した事に
(だれがぎもんをもつでしょうか!かれがむざいをかちえたのは、つきつめればほうていせんじゅつと)
誰が疑問を持つでしょうか!彼が無罪を勝ち得たのは、突き詰めれば法廷戦術と
(もくげきしゃのふしんなしのけっかにすぎない!わたしはしゅぷりゅーげんとうげで)
目撃者の不審な死の結果に過ぎない!私はシュプリューゲン峠で
(「じこ」とよばれるものがおきたとき、あたかもてをくだすしゅんかんを)
『事故』と呼ばれるものが起きた時、あたかも手を下す瞬間を
(もくげきしたかのように、かれがつまをころしたとかくしんしています。かれがろんどんに)
目撃したかのように、彼が妻を殺したと確信しています。彼がロンドンに
(きていたのもしっていました。そしておそかれはやかれなにかしでかすという)
来ていたのも知っていました。そして遅かれ早かれ何かしでかすという
(よかんがありました。それで、ぐらなーだんしゃくはなにをたくらんでいるのですか?)
予感がありました。それで、グラナー男爵は何を企んでいるのですか?
(いまわだいにあがったふるいじけんとはかんけいないことでしょう?」)
今話題に上がった古い事件とは関係ない事でしょう?」
(「ええ、それよりももっとしんこくです。かこのはんざいをばっするのはじゅうようですが、)
「ええ、それよりももっと深刻です。過去の犯罪を罰するのは重要ですが、
(みぜんにふせぐのはそれいじょうにじゅうようです。めのまえでせすじのこおるわるだくみがちゃくちゃくと)
未然に防ぐのはそれ以上に重要です。目の前で背筋の凍る悪巧みが着々と
(しんこうし、めいはくなけつまつがみえているのに、それをそしできないのは)
進行し、明白な結末が見えているのに、それを阻止できないのは
(おそろしいことではないですか、ほーむずさん。にんげんがこれいじょうたえがたい)
恐ろしいことではないですか、ホームズさん。人間がこれ以上耐え難い
(たちばにおかれることがあるでしょうか?」)
立場におかれることがあるでしょうか?」
(「おそらくないでしょうね」「ではいらいにんのきもちは)
「おそらくないでしょうね」「では依頼人の気持ちは
(ごりかいいただけますね。わたしはそのかたのためにほんそうしています」)
ご理解いただけますね。私はその方のために奔走しています」
(「あなたがただのちゅうかいやくだということははつみみです。じっさいのいらいにんはだれですか?」)
「あなたがただの仲介役だということは初耳です。実際の依頼人は誰ですか?」