青いルビー 2
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問題文
(「ここにかくだいきょうがある。きみはぼくのやりかたをしっているだろう。このぼうしを)
「ここに拡大鏡がある。君は僕のやり方を知っているだろう。この帽子を
(かぶっていたおとこのこじんてきとくちょうについてじぶんじしんでかんがえてみたらどうだ」)
かぶっていた男の個人的特長について自分自身で考えてみたらどうだ」
(わたしはぼろぼろのぼうしをてにとり、やれやれというきもちでひっくりかえした。)
私はボロボロの帽子を手にとり、やれやれという気持ちでひっくり返した。
(ほんとうにどこにでもありそうなふつうのまるがたのくろいぼうしで、)
本当にどこにでもありそうな普通の丸形の黒い帽子で、
(かたいがひじょうにすりきれていた。うらじはあかいきぬでできていたが、)
堅いが非常に擦り切れていた。裏地は赤い絹で出来ていたが、
(かなりへんしょくしていた。めーかーのなまえはなかったが、)
かなり変色していた。メーカーの名前は無かったが、
(ほーむずがいったようにh.bのいにしゃるがよこがわにはしりがきされていた。)
ホームズが言ったようにH.Bのイニシャルが横側に走り書きされていた。
(ふちにはぼうしおさえがぬいつけてあったが、ごむはなくなっていた。)
縁には帽子押さえが縫い付けてあったが、ゴムは無くなっていた。
(それいがいは、ひびわれてほこりまみれで、あちこちにしみがあったが、)
それ以外は、ひび割れてホコリまみれで、あちこちにシミがあったが、
(それでもたいしょくしたぶぶんにいんくをぬってかくそうとしたようだ。)
それでも褪色した部分にインクを塗って隠そうとしたようだ。
(「なにもみあたらないな」わたしはほーむずにそのぼうしをてわたしながらいった。)
「何も見当たらないな」私はホームズにその帽子を手渡しながら言った。
(「そのはんたいだよ、わとそん。きみはなにもかもみている。)
「その反対だよ、ワトソン。君は何もかも見ている。
(しかし、そこからすいりしない。もっとおもいきってすいろんしてみるべきだ」)
しかし、そこから推理しない。もっと思い切って推論してみるべきだ」
(「そういうなら、きみがそのぼうしからなにをすいろんしたかいってみてくれるか?」)
「そう言うなら、君がその帽子から何を推論したか言ってみてくれるか?」
(ほーむずはぼうしをもちあげると、かれとくゆうのふんいきでじっとながめた。)
ホームズは帽子を持ち上げると、彼特有の雰囲気でじっと眺めた。
(「もしかすると、ほんらいならもうすこしいいてがかりがのこっていたかもしれない」)
「もしかすると、本来ならもう少しいい手掛かりが残っていたかもしれない」
(ほーむずはいった。「しかしそれでも、なんてんかひじょうにはっきり)
ホームズは言った。「しかしそれでも、何点か非常にはっきり
(すいりできることがあるし、ほかにもなんてんか、すくなくともひじょうに)
推理できることがあるし、他にも何点か、少なくとも非常に
(かのうせいがたかいことがある。このおとこがたかいちせいをもっているということは、)
可能性が高いことがある。この男が高い知性を持っているということは、
(もちろんいっけんしてあきらかだ。そしていまはふぐうのひびをおくっているけれども、)
もちろん一見して明らかだ。そして今は不遇の日々を送っているけれども、
(かこさんねんかんはじつにゆうふくだった。かつてはどうさつりょくをもっていたが、)
過去三年間は実に裕福だった。かつては洞察力を持っていたが、
(いまはいぜんほどではない。これはせいかつがあれだしたことをしめしている。)
今は以前ほどではない。これは生活が荒れだしたことを示している。
(こうなったのはかれのかねまわりがわるくなったじきだが、どうやらなにかわるいえいきょうを)
こうなったのは彼の金回りが悪くなった時期だが、どうやら何か悪い影響を
(うけたことをしめしている。ひとがかわったりゆうは、おそらくさけだ。)
受けたことを示している。人が変わった理由は、おそらく酒だ。
(それから、これもほとんどあきらかなじじつといってよいだろう)
それから、これもほとんど明らかな事実と言ってよいだろう
(・・・・かれはもうつまにあいされていない」「ほーむず、そのへんでいいだろう!」)
・・・・彼はもう妻に愛されていない」「ホームズ、その辺でいいだろう!」
(「しかし、いくらかのじそんしんはのこっている」)
「しかし、いくらかの自尊心は残っている」
(ほーむずはわたしのこうぎをむししてつづけた。)
ホームズは私の抗議を無視して続けた。
(「こしがおもく、ほとんどがいしゅつしない。ちゅうねんで、かんぜんにうんどうぶそくだ。)
「腰が重く、ほとんど外出しない。中年で、完全に運動不足だ。
(しらがまじりですうじついないにさんぱつした。かみにらいむくりーむをぬっている。)
白髪交じりで数日以内に散髪した。髪にライムクリームを塗っている。
(ほかにもこのぼうしからあきらかにすいさつできるじじつはある。)
他にもこの帽子から明らかに推察できる事実はある。
(さらに、べっけんだが、いえにがすとうがひかれているかのうせいはまずないだろう」)
さらに、別件だが、家にガス灯が引かれている可能性はまずないだろう」
(「きみはきっとからかっているんだな、ほーむず」)
「君はきっとからかっているんだな、ホームズ」
(「とんでもない。ぼくがこうしてすいりのけっかをひろうしたのに、)
「とんでもない。僕がこうして推理の結果を披露したのに、
(どうやってそれがみちびきだされたか、りかいできないなんてありえるのか?」)
どうやってそれが導き出されたか、理解できないなんてありえるのか?」
(「わたしのあたまがにぶいんだろうとはおもうが、しょうじきにいうとまったくりかいできない。)
「私の頭が鈍いんだろうとは思うが、正直に言うとまったく理解できない。
(たとえば、どのようにしてこのおとこのちせいがたかいとすいりしたのだ?」)
例えば、どのようにしてこの男の知性が高いと推理したのだ?」
(そのこたえにほーむずはぼうしをあたまにぽんとのせた。)
その答えにホームズは帽子を頭にポンと乗せた。
(ぼうしはひたいをかんぜんにおおい、はなすじにまでたっした。)
帽子は額を完全に覆い、鼻筋にまで達した。
(「これは、ようせきのもんだいだ」ほーむずはいった。)
「これは、容積の問題だ」ホームズは言った。
(「これほどおおきなずのうなら、いろいろとつまっているさ」)
「これほど大きな頭脳なら、いろいろと詰まっているさ」
(「それでは、しさんがへったということにかんしては?」)
「それでは、資産が減ったということに関しては?」
(「このぼうしをかったのはさんねんまえだ。こんなふうにつばがまっすぐで)
「この帽子を買ったのは三年前だ。こんな風にツバが真っ直ぐで
(はしがまるまっているぼうしがはやっていたのは、そのころだ。)
端が丸まっている帽子が流行っていたのは、その頃だ。
(このぼうしはさいこうきゅうひんだ。うねおりのきぬのべるととこうきゅうなうらじをみてみろ。)
この帽子は最高級品だ。畝織の絹のベルトと高級な裏地を見てみろ。
(もしもちぬしがさんねんまえには、こんなにたかいぼうしをかうよゆうがあったのに、)
もし持ち主が三年前には、こんなに高い帽子を買う余裕があったのに、
(そのごかいかえていないなら、まちがいなくかねまわりがわるくなったということだ」)
その後買い換えていないなら、間違いなく金回りが悪くなったということだ」
(「なるほど、たしかによくわかるな。しかしどうさつりょくとひんこうのだらくは?」)
「なるほど、確かによく分かるな。しかし洞察力と品行の堕落は?」
(しゃーろっくほーむずはわらった。「どうさつりょくはここにある」)
シャーロックホームズは笑った。「洞察力はここにある」
(かれはぼうしおさえのいとのわとちいさなえんばんをゆびでおさえながらいった。)
彼は帽子押さえの糸の輪と小さな円盤を指で押さえながら言った。
(「これはさいしょからぼうしについてうられていたものではない。)
「これは最初から帽子について売られていたものではない。
(このおとこがちゅうもんしてつけたとすれば、かぜでとばされないようじんをしたわけだから、)
この男が注文してつけたとすれば、風で飛ばされない用心をしたわけだから、
(あるていどどうさつりょくがあったはずだ。しかしごむがはずれたのに、)
ある程度洞察力があったはずだ。しかしゴムが外れたのに、
(あたらしくつけようとしなかったなら、どうさつりょくがいぜんよりおとろえたことはめいはくだ。)
新しくつけようとしなかったなら、洞察力が以前より衰えた事は明白だ。
(それはきりょくのおとろえをはっきりとものがたっている。)
それは気力の衰えをはっきりと物語っている。
(ところが、ふぇるとのしみにいんくをぬってかくそうとどりょくしている。)
ところが、フェルトの染みにインクを塗って隠そうと努力している。
(これはじそんしんがかんぜんになくなったわけではないしょうこだ」)
これは自尊心が完全に無くなったわけではない証拠だ」
(「たしかにせっとくりょくのあるすいりだな」)
「確かに説得力のある推理だな」
(「それいがいのてん、かれがちゅうねんで、しらがまじりのかみで、)
「それ以外の点、彼が中年で、白髪混じりの髪で、
(さいきんさんぱつしてらいむくりーむをつかっている)
最近散髪してライムクリームを使っている
(ーーこれはすべてうらじのかぶをしょうさいにちょうさすることですいさつできる。)
――これはすべて裏地の下部を詳細に調査することで推察できる。
(かくだいきょうでみると、みじかいかみがたくさんついていて、)
拡大鏡で見ると、短い髪が沢山ついていて、
(そのせつだんめんはさんぱつやのはさみによるえいりなものだ。)
その切断面は散髪屋のハサミによる鋭利なものだ。
(かみはぼうしにねんちゃくしているようだし、らいむくりーむのかおりがのこっている。)
髪は帽子に粘着しているようだし、ライムクリームの香りが残っている。
(このほこりは、きみもわかるとおり、そとのとおりのすなっぽいはいいろのものではなく、)
この埃は、君も分かるとおり、外の通りの砂っぽい灰色のものではなく、
(いえのなかのやわらかいかっしょくのものだ。これは、このぼうしがへやのなかに)
家の中の柔らかい褐色のものだ。これは、この帽子が部屋の中に
(ほとんどかけられたままになっていたことをしめしている。うちがわのあせのあとは、)
ほとんど掛けられたままになっていたことを示している。内側の汗の跡は、
(かぶっていたにんげんがひじょうにたりょうのあせをかいたというはっきりしたしょうこだ。)
かぶっていた人間が非常に多量の汗をかいたというはっきりした証拠だ。
(それゆえに、よくうんどうしているということはまずない」)
それゆえに、よく運動しているということはまずない」
(「しかし、かれのつまは・・・きみはおっとにたいするあいじょうがなくなったといったが」)
「しかし、彼の妻は・・・君は夫に対する愛情が無くなったと言ったが」
(「このぼうしはなんしゅうかんもぶらしをかけられていない。)
「この帽子は何週間もブラシを掛けられていない。
(わとそん、もしきみがいっしゅうかんぶんのほこりがつもったぼうしをかぶり、)
ワトソン、もし君が一週間分の埃が積もった帽子を被り、
(しかもきみのつまがそんなじょうたいでがいしゅつするのをゆるすばめんをめにすれば、ぼくはきっと、)
しかも君の妻がそんな状態で外出するのを許す場面を目にすれば、僕はきっと、
(きみもつまのあいじょうをうしなうほどひさんなじょうたいだとしんぱいになるにちがいない」)
君も妻の愛情を失うほど悲惨な状態だと心配になるに違いない」
(「しかしどくしんかもしれないよ」「それはない。)
「しかし独身かもしれないよ」「それはない。
(おとこはつまへのぷれぜんととしていえにがちょうをもってかえるところだったんだ。)
男は妻へのプレゼントとして家にガチョウを持って帰るところだったんだ。
(とりのあしにかーどがあったじゃないか」)
鳥の足にカードがあったじゃないか」