怪人二十面相75

関連タイピング
問題文
(ろうはかせは、おこったようなくちょうでいいました。あまりのことに、)
老博士は、おこったような口調でいいました。あまりのことに、
(にじゅうめんそうのはなしをするのもはらだたしいのでしょう。)
二十面相の話をするのも腹だたしいのでしょう。
(しつないのさんにんは、それきりだまりこんで、ただかべのとけいとにらめっこ)
室内の三人は、それきりだまりこんで、ただ壁の時計とにらめっこ
(するばかりでした。)
するばかりでした。
(きんもーるいかめしいせいふくにつつまれた、すもうとりのようにりっぱな)
金モールいかめしい制服につつまれた、相撲とりのようにりっぱな
(たいかくのけいしそうかん、ちゅうにくちゅうぜいで、はちじひげのうつくしいけいじぶちょう、せびろすがたで)
体格の警視総監、中肉中背で、八字ひげの美しい刑事部長、背広姿で
(つるのようにやせたはくはつはくぜんのきたこうじはかせ、そのさんにんがそれぞれの)
ツルのようにやせた白髪白髯の北小路博士、その三人がそれぞれの
(あんらくいすにこしかけて、ちらちらと、とけいのはりをながめているようすは、)
安楽イスにこしかけて、チラチラと、時計の針をながめているようすは、
(ものものしいものというよりは、なにかしらきみょうな、ばしょにそぐわぬこうけい)
ものものしいものというよりは、何かしら奇妙な、場所にそぐわぬ光景
(でした。そうしてすうじゅっぷんがけいかしたとき、ちんもくにたえかねたけいじぶちょうが)
でした。そうして数十分が経過したとき、沈黙にたえかねた刑事部長が
(とつぜんくちをきりました。)
とつぜん口を切りました。
(「ああ、あけちくんは、いったいどうしているんでしょうね。わたしは、)
「ああ、明智君は、いったいどうしているんでしょうね。わたしは、
(あのおとことはこんいにしていたんですが、どうもふしぎですよ。いままでの)
あの男とは懇意にしていたんですが、どうもふしぎですよ。今までの
(けいけんからかんがえても、こんなしっさくをやるおとこではないのですがね。」)
経験から考えても、こんな失策をやる男ではないのですがね。」
(そのことばに、そうかんはふとったからだをねじまげるようにして、ぶかの)
そのことばに、総監は太ったからだをねじまげるようにして、部下の
(かおをみました。)
顔を見ました。
(「きみたちは、あけちあけちと、まるであのおとこをすうはいでもしているような)
「きみたちは、明智明智と、まるであの男を崇拝でもしているような
(ことをいうが、ぼくはふさんせいだね。いくらえらいといっても、)
ことをいうが、ぼくは不賛成だね。いくらえらいといっても、
(たかがいちみんかんたんていじゃないか。どれほどのことはできるものか。)
たかが一民間探偵じゃないか。どれほどのことはできるものか。
(ひとりのちからでにじゅうめんそうをとらえてみせるなどといっていたそうだが、)
ひとりの力で二十面相をとらえてみせるなどといっていたそうだが、
(こうげんがすぎるよ。こんどのしっぱいは、あのおとこにはよいくすりじゃろう。」)
広言がすぎるよ。こんどの失敗は、あの男にはよい薬じゃろう。」
(「ですが、あけちくんのこれまでのこうせきをかんがえますと、いちがいにそうもいい)
「ですが、明智君のこれまでの功績を考えますと、いちがいにそうもいい
(きれないのです。いまもそとでなかむらくんとはなしたことですが、こんなさい、)
きれないのです。今も外で中村君と話したことですが、こんなさい、
(あのおとこがいてくれたらとおもいますよ。」)
あの男がいてくれたらと思いますよ。」
(けいじぶちょうのことばがおわるかおわらぬときでした。かんちょうしつのどあが)
刑事部長のことばが終わるか終わらぬときでした。館長室のドアが
(しずかにひらかれて、ひとりのじんぶつがあらわれました。)
しずかにひらかれて、ひとりの人物があらわれました。
(「あけちはここにおります。」)
「明智はここにおります。」
(そのじんぶつがにこにこわらいながら、よくとおるこえでいったのです。)
その人物がにこにこ笑いながら、よく通る声でいったのです。
(「おお、あけちくん!」)
「おお、明智くん!」
(けいじぶちょうがいすからとびあがってさけびました。)
刑事部長がイスからとびあがってさけびました。
(それは、かっこうのよいくろのせびろをぴったりとみにつけ、あたまのけを)
それは、かっこうのよい黒の背広をピッタリと身につけ、頭の毛を
(もじゃもじゃにした、いつにかわらぬあけちこごろうそのひとでした。)
モジャモジャにした、いつにかわらぬ明智小五郎その人でした。
(「あけちくん、きみはどうして・・・・・・。」)
「明智君、きみはどうして……。」
(「それはあとでおはなしします。いまは、もっとたいせつなことはあるのです。」)
「それはあとでお話します。今は、もっとたいせつなことはあるのです。」
(「むろん、びじゅつひんのとうなんはふせがなくてはならんが。」)
「むろん、美術品の盗難はふせがなくてはならんが。」
(「いや、それはもうおそいのです。ごらんなさい。やくそくのじかんはすぎました。」)
「いや、それはもうおそいのです。ごらんなさい。約束の時間は過ぎました。」
(あけちのことばに、かんちょうも、そうかんも、けいじぶちょうもいっせいにかべのでんきどけい)
明智のことばに、館長も、総監も、刑事部長もいっせいに壁の電気時計
(をみあげました。いかにも、ちょうしんはもうじゅうにじのところをすぎて)
を見あげました。いかにも、長針はもう十二時のところをすぎて
(いるのです。)
いるのです。
(「おやおや、するとにじゅうめんそうは、うそをついたわけかな。かんないには、)
「おやおや、すると二十面相は、うそをついたわけかな。館内には、
(べつにいじょうもないようだが・・・・・・。」)
べつに異状もないようだが……。」
(「ああ、そうです。やくそくのよじはすぎたのです。あいつ、やっぱり)
「ああ、そうです。約束の四時はすぎたのです。あいつ、やっぱり
(てだしができなかったのです。」)
手出しができなかったのです。」
(けいじぶちょうががいかをあげるようさけびました。)
刑事部長が凱歌をあげるようさけびました。
(「いや、ぞくはやくそくをまもりました。このはくぶつかんは、もうからっぽもどうようです。」)
「いや、賊は約束を守りました。この博物館は、もう空っぽも同様です。」
(あけちが、おもおもしいくちょうでいいました。)
明智が、おもおもしい口調でいいました。
(めいたんていのろうせき)
名探偵の狼籍