世界史第Ⅱ部 まとめ
第Ⅱ部の内容のポイントを振り返る
第Ⅱ部では、ヨーロッパ・西アジア・東アジアなどの地域で、古代国家の崩壊後、新しい理念に基づく国家や社会が形成され、これらの地域を結ぶ交流がいちだんと活発となったことを学んだ。
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問題文
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(いすらーむきょうとのしんしゅつによってびざんつていこくはえじぷとしりあからてったいした)
イスラーム教徒の進出によって、ビザンツ帝国はエジプト・シリアから撤退した
(いべりあはんとうなんぶもいすらーむせかいのいちぶにくみこまれた)
イベリア半島南部もイスラーム世界の一部に組み込まれた
(ちちゅうかいせかいのとういつせいはうしなわれたがよーろっぱといすらーむせかいのこうりゅうはつづいた)
地中海世界の統一性は失われたが、ヨーロッパとイスラーム世界の交流は続いた
(11せいきいこうじゅうじぐんのえんせいがひんぱつするといすらーむせかいとのこうりゅうはよりかっぱつか)
11世紀以降、十字軍の遠征が頻発するとイスラーム世界との交流はより活発化
(よーろっぱのしょとしはけおりものこうぎょうのはってんをきそにえんかくちこうえきにのりだした)
ヨーロッパの諸都市は、毛織物工業の発展を基礎に遠隔地交易に乗り出した
(いたりあしょとしはむすりむしょうにんをつうじてさまざまなものをこうにゅうした)
イタリア諸都市は、ムスリム商人を通じて様々なものを購入した
(あらびあごのちょさくがらてんごにほんやくされよーろっぱきんだいかがくのたんじょうにこうけんした)
アラビア語の著作がラテン語に翻訳され、ヨーロッパ近代科学の誕生に貢献した
(こうどなかんがいぎじゅつをともなうのうさくぶつのさいばいがにしあじあからいべりあはんとうにつたわる)
高度な灌漑技術をともなう農作物の栽培が、西アジアからイベリア半島に伝わる
(むすりむしょうにんはないりくあふりかにもしんしゅつしじさんしたがんえんときんやどれいとこうかんした)
ムスリム商人は内陸アフリカにも進出し、持参した岩塩と金や奴隷と交換した
(10せいきいごひがしあふりかのこうわんとしがいんどようこうえきのにしのきょてんとしてはんえいした)
10世紀以後、東アフリカの港湾都市がインド洋交易の西の拠点として繁栄した
(1215せいきかーりみーしょうにんがちちゅうかいといんどようをむすぶとうざいこうえきにかつやくした)
12~15世紀、カーリミー商人が地中海とインド洋を結ぶ東西交易に活躍した
(かーりみーしょうにんはまずあらびあはんとうなんたんのみなとまちあでんでいんどしょうにんからかいつけ)
カーリミー商人はまずアラビア半島南端の港町アデンでインド商人から買いつけ
(こうかいとないるがわけいゆであれくさんどりあまではこびいたりあしょうにんにうりわたした)
紅海とナイル川経由でアレクサンドリアまで運びイタリア商人に売り渡した
(むすりむしょうにんはだうせんをもちいていんどやとうなんあじあちゅうごくにまでしんしゅつした)
ムスリム商人は、ダウ船を用いてインドや東南アジア・中国にまで進出した
(なかにはきょりゅうちをつくってすみつくむすりむしょうにんもあらわれた)
なかには、居留地を作って住みつくムスリム商人もあらわれた
(むすりむしょうにんはとうなんあじあのしょちいきにいすらーむのしゅうきょうやぶんかをひろめた)
ムスリム商人は、東南アジアの諸地域にイスラームの宗教や文化を広めた
(10せいきいこうちゅうごくのけいざいはってんによりちゅうごくしょうにんのかいじょうしんしゅつもかっぱつかした)
10世紀以降、中国の経済発展により中国商人の海上進出も活発化した
(そうげんのじだいにはうみのみちによるこうえきがいちじるしくはってんした)
宋・元の時代には、「海の道」による交易が著しく発展した
(そうだいのちゅうごくではとうじきのせいさんがさかんできぬやどうせんとともにじゃんくせんでゆしゅつされた)
宋代の中国では、陶磁器の生産が盛んで絹や銅銭と共にジャンク船で輸出された
(なんそうをほろぼしたげんはちゅうごくえんがんのしょこうをしはいしとうなんあじあのかいじょうこうえきをしんてん)
南宋を滅ぼした元は、中国沿岸の諸港を支配し東南アジアの海上交易を進展
など
(げんのしはいりょういきではえきでんせいがせいびされかへいせいどがいきわたっていたとされる)
元の支配領域では、駅伝性が整備され貨幣制度がいきわたっていたとされる
(6せいきそぐどじんはないりくあじあやちゅうごくりょうないでゆーらしあとうざいのこうえきもうをこうちく)
6世紀、ソグド人は内陸アジアや中国領内でユーラシア東西の交易網を構築
(8せいきいごむすりむしょうにんがこのこうえきもうにさんにゅうしとるこけいじゅうみんがいすらーむか)
8世紀以後、ムスリム商人がこの交易網に参入しトルコ系住民がイスラーム化
(もんごるていこくのけんせつによってゆーらしあたいりくぜんいきにおよぶこうだいなこうりゅうけんがけいせい)
モンゴル帝国の建設によって、ユーラシア大陸全域に及ぶ広大な交流圏が形成
(ていこくないはあんぜんかくほやえきでんせいのせいびなどによってとうざいをむすぶりくじょうこうえきがかっぱつか)
帝国内は、安全確保や駅伝性の整備などによって東西を結ぶ陸上交易が活発化