こころ
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(わたくしはそのひとをつねにせんせいとよんでいた。)
私はその人を常に先生と呼んでいた。
(だからここでもただせんせいとかくだけでほんみょうはうちあけない。)
だからここでもただ先生と書くだけで本名は打ち明けない。
(これはせけんをはばかるえんりょというよりも、)
これは世間を憚かる遠慮というよりも、
(そのほうがわたしにとってしぜんだからである。)
その方が私にとって自然だからである。
(わたしはそのひとのきおくをよびおこすごとに、)
私はその人の記憶を呼び起すごとに、
(すぐせんせいといいたくなる。)
すぐ「先生」といいたくなる。
(ふでをとってもこころもちはおなじことである。)
筆を執っても心持は同じ事である。
(よそよそしいかしらもじなどはとてもつかうきにならない。)
よそよそしい頭文字などはとても使う気にならない。
(にぎやかなけしきのなかにつつまれて、すなのうえにねそべってみたり、)
にぎやかな景色の中に裹まれて、砂の上に寝そべってみたり、
(ひざがしらをなみにうたしてそこいらをはねまわるのはゆかいであった。)
膝頭を波に打たしてそこいらを跳ね廻るのは愉快であった。
(わたしはじつにせんせいをこのざっとうのあいだにみつけだしたのである。)
私は実に先生をこの雑沓の間に見付け出したのである。
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