有島武郎 火事とポチ①/⑥
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問題文
(ぽちのなきごえでぼくはめがさめた。)
ポチの鳴き声でぼくは目がさめた。
(ねむたくてたまらなかったから、うるさいなとそのなきごえをおこっている)
ねむたくてたまらなかったから、うるさいなとその鳴き声をおこっている
(まもなく、まっかなひがめにうつったので、おどろいてりょうほうのめをしっかり)
まもなく、真赤な火が目に映ったので、おどろいて両方の目をしっかり
(ひらいてみたら、とだなのなかじゅうがひになっているので、にどおどろいて)
開いて見たら、戸だなの中じゅうが火になっているので、二度おどろいて
(とびおきた。そうしたぼくのそばにねているはずのおばあさまが)
飛び起きた。そうしたぼくのそばに寝ているはずのおばあさまが
(なにかくろいきれのようなもので、むちゅうになってとだなのひを)
何か黒い布(きれ)のようなもので、夢中になって戸だなの火を
(たたいていた。なんだかしれないけれどもぼくはおばあさまのようすが)
たたいていた。なんだか知れないけれどもぼくはおばあさまの様子が
(こっけいにもみえ、おそろしくみえて、おもわずそのほうにかけよった。)
こっけいにも見え、おそろしく見えて、思わずその方に駆けよった。
(そうしたらおばあさまはだまったままでうるさそうにぼくを)
そうしたらおばあさまはだまったままでうるさそうにぼくを
(はらいのけておいてそのきれのようなものをめったやたらにふりまわした。)
はらいのけておいてその布(きれ)のようなものをめったやたらにふり回した。
(それがぼくのてにさわったらぐしょぐしょにぬれているのがしれた。)
それがぼくの手にさわったらぐしょぐしょにぬれているのが知れた。
(「おばあさま、どうしたの?」ときいてみた。)
「おばあさま、どうしたの?」と聞いてみた。
(おばあさまはとだなのなかのひのほうばかりみてこたえようともしない。)
おばあさまは戸だなの中の火の方ばかり見て答えようともしない。
(ぼくはかじじゃないかとおもった。)
ぼくは火事じゃないかと思った。
(ぽちがとのそとできちがいのようにないている。)
ポチが戸の外で気ちがいのように鳴いている。
(へやのなかは、しょうじも、かべも、とこのまも、ちがいだなも、)
部屋の中は、障子も、壁も、床の間も、ちがいだなも、
(ひるまのようにあかるくなっていた。おばあさまのかげぼうしがおおきく)
昼間のように明るくなっていた。おばあさまの影法師が大きく
(それにうつって、ばけものかなにかのようにうごいていた。)
それに映って、怪物(ばけもの)か何かのように動いていた。
(ただおばあさまがぼくにひとこともものをいわないのがへんだった。)
ただおばあさまがぼくに一言も物をいわないのが変だった。
(きゅうにおしになったのだろうか。そしていつものようには)
急に唖になったのだろうか。そしていつものようには
(かわいがってくれずに、ぼくがちかよってもじゃまものあつかいにする。)
かわいがってくれずに、ぼくが近寄ってもじゃま者あつかいにする。
(これはどうしてもたいへんだとぼくはおもった。ぼくはむちゅうになって)
これはどうしても大変だとぼくは思った。ぼくは夢中になって
(おばあさまにかじりつこうとした。そうしたらあんなによわい)
おばあさまにかじりつこうとした。そうしたらあんなに弱い
(おばあさまがだまったままで、いやというほどぼくを)
おばあさまがだまったままで、いやというほどぼくを
(はらいのけたのでぼくはふすまのところまでけしとばされた。)
はらいのけたのでぼくはふすまのところまでけし飛ばされた。
(かじなんだ。おばあさまがひとりでけそうとしているんだ。)
火事なんだ。おばあさまが一人で消そうとしているんだ。
(それがわかるとおばあさまひとりではだめだとおもったから、)
それがわかるとおばあさま一人ではだめだと思ったから、
(ぼくはすぐへやをとびだして、おとうさんとおかあさんとがねている)
ぼくはすぐ部屋を飛び出して、おとうさんとおかあさんとが寝ている
(はなれのところへいって、「おとうさん・・・おかあさん・・・」と)
離れの所へ行って、「おとうさん・・・おかあさん・・・」と
(おもいきりおおきなこえをだした。)
思いきり大きな声を出した。
(ぼくのへやのそとでないているとおもったぽちが)
ぼくの部屋の外で鳴いていると思ったポチが
(いつのまにかそこにきていて、きゃんきゃんとひどくないていた。)
いつのまにかそこに来ていて、きゃんきゃんとひどく鳴いていた。
(ぼくがおおきなこえをだすかださないかに、おかあさんがねまきのままで)
ぼくが大きな声を出すか出さないかに、おかあさんが寝巻きのままで
(とびだしてきた。「どうしたというの?」とおかあさんは)
飛び出して来た。「どうしたというの?」とおかあさんは
(ないしょばなしのようなちいさいこえで、ぼくのりょうかたをしっかりおさえて)
ないしょ話のような小さい声で、ぼくの両肩をしっかりおさえて
(ぼくにきいた。「たいへんなの・・・」)
ぼくに聞いた。「たいへんなの・・・」
(「たいへんなの、ぼくのへやがかじになったよう」といおうとしたが、)
「たいへんなの、ぼくの部屋が火事になったよう」といおうとしたが、
(どうしても「たいへんなの」きりであとはこえがでなかった。)
どうしても「大変なの」きりであとは声が出なかった。
(おかあさんのてはふるえていた。そのてがぼくのてをひいて、)
おかあさんの手はふるえていた。その手がぼくの手を引いて、
(ぼくのへやのほうにいったが、あけっぱなしになっている)
ぼくの部屋の方に行ったが、あけっぱなしになっている
(ふすまのところからひがみえたら、おかあさんはいきなり)
ふすまの所から火が見えたら、おかあさんはいきなり
(「あれえ」といって、ぼくのてをふりはなすなり、)
「あれえ」といって、ぼくの手をふりはなすなり、
(そのへやにとびこもうとした。ぼくはがむしゃらに)
その部屋に飛びこもうとした。ぼくはがむしゃらに
(おかあさんにかじりついた。そのときおかあさんは)
おかあさんにかじりついた。その時おかあさんは
(はじめてそこにぼくのいるのにきがついたように、)
はじめてそこにぼくのいるのに気がついたように、
(うつむいてぼくのみみのところにくちをつけて、「はやくはやく)
うつ向いてぼくの耳の所に口をつけて、「早く早く
(おとうさんをおおこしして・・・それからおとなりにいって、)
おとうさんをお起こしして・・・それからお隣りに行って、
(・・・おとなりのおじさんをおこすんです、かじですって・・・)
・・・お隣のおじさんを起こすんです、火事ですって・・・
(いいかい、はやくさ」そんなことをおかあさんはいったようだった。)
いいかい、早くさ」そんなことをおかあさんはいったようだった。
(そこにおとうさんもはしってきた。ぼくはおとうさんには)
そこにおとうさんも走って来た。ぼくはおとうさんには
(なんにもいわないで、すぐあがりぐちにいった。)
なんにもいわないで、すぐ上がり口に行った。
(そこはまっくらだった。はだしでどまにとびおりて、かけがねをはずして)
そこは真暗だった。はだしで土間に飛びおりて、かけがねをはずして
(とをあけることができた。すぐとびだそうとしたけれども、)
戸をあけることができた。すぐ飛び出そうとしたけれども、
(はだしだとあしをけがしておそろしいびょうきになるとおかあさんから)
はだしだと足をけがしておそろしい病気になるとおかあさんから
(きいていたから、くらやみのなかでてさぐりにさぐったら)
聞いていたから、暗やみの中で手さぐりにさぐったら
(おおきなぞうりがあったから、だれのだかしらないけれども)
大きなぞうりがあったから、だれのだか知らないけれども
(それをはいてそとにとびだした。そともまっくらでさむかった。)
それをはいて戸外(そと)に飛び出した。外も真暗で寒かった。
(ふだんならきみがわるくって、とてもよなかにひとりであるくことなんか)
ふだんなら気味が悪くって、とても夜中にひとりで歩くことなんか
(できないのだけれども、そのばんだけはなんともなかった。)
できないのだけれども、その晩だけはなんともなかった。
(ただなにかにつまずいてころびそうなので、おもいきりあしをたかく)
ただ何かにつまずいてころびそうなので、思いきり足を高く
(あげながらはしった。ぼくをわるものとでもおもったのか、)
上げながら走った。ぼくを悪者とでも思ったのか、
(いきなりぽちがはしってきて、ほえながらとびつこうとしたが、)
いきなりポチが走って来て、ほえながら飛びつこうとしたが、
(すぐぼくだとしれると、ぼくのまえになったりあとになったりして、)
すぐぼくだと知れると、ぼくの前になったりあとになったりして、
(もんのところまでおっかけてきた。そしてぼくがもんをでたら、)
門の所まで追っかけて来た。そしてぼくが門を出たら、
(しばらくぼくをみていたが、すぐへんななきごえをたてながら)
しばらくぼくを見ていたが、すぐ変な鳴き声を立てながら
(いえのほうにかえっていってしまった。)
家の方に帰っていってしまった。