有島武郎 火事とポチ②/⑥

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問題文

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(ぼくもむちゅうでかけた。おとなりさんのおじさんのもんをたたいて、)

ぼくも夢中で駆けた。お隣さんのおじさんの門をたたいて、

(「かじだよう!」とに、さんどどなった。)

「火事だよう!」と二、三度どなった。

(そのつぎのいえもおこすほうがいいとおもってぼくは)

その次の家も起こすほうがいいと思ってぼくは

(つぎのいえのもんをたたいてまたどなった。そのつぎにもいった。)

次の家の門をたたいてまたどなった。その次にも行った。

(そしてじぶんのいえのほうをみると、さっきまでまっくらだったのに、)

そして自分の家の方を見ると、さっきまで真暗だったのに、

(やねのしたのところあたりからひがちょろちょろともえだしていた。)

屋根の下の所あたりから火がちょろちょろと燃え出していた。

(ぼくのいえはまちからずっとはなれたたかだいにあるかんしゃまちにあったから、)

ぼくの家は町からずっとはなれた高台にある官舎町にあったから、

(ぼくが「かじだよう」といってあるいたいえはみんなしったひとのいえだった。)

ぼくが「火事だよう」といって歩いた家はみんな知った人の家だった。

(あとをふりかえってみると、ふたりさんにんくろいひとかげがぼくのいえのほうに)

あとをふりかえって見ると、二人三人黒い人影がぼくの家の方に

(はしっていくのがみえる。ぼくはそれがうれしくって、なおのこと、)

走って行くのが見える。ぼくはそれがうれしくって、なおのこと、

(つぎのいえからつぎのいえへとどなってあるいた。)

次の家から次の家へとどなって歩いた。

(にじゅっけんぐらいもそうやってどなってあるいたら、じぶんのいえから)

二十軒ぐらいもそうやってどなって歩いたら、自分の家から

(ずいぶんとおくにきてしまっていた。すこしきみがわるくなって)

ずいぶん遠くに来てしまっていた。すこし気味が悪くなって

(ぼくはたちどまってしまった。そしてもういちどいえのほうをみた。)

ぼくは立ちどまってしまった。そしてもう一度家の方を見た。

(もうひはだいぶもえあがって、そこいらのきやいたべいなんかが)

もう火はだいぶ燃え上がって、そこいらの木や板べいなんかが

(はっきりとえにかいたようにみえた。かぜがないので、)

はっきりと絵にかいたように見えた。風がないので、

(ひはまっすぐにうえのほうにもえて、ひのこがそらのほうにたかくあがっていった。)

火はまっすぐに上の方に燃えて、火の子が空の方に高く上がって行った。

(ぱちぱちというおとのほかに、ぱんぱんとてっぽうをうつようなおとも)

ぱちぱちという音のほかに、ぱんぱんと鉄砲をうつような音も

(きこえていた。たちどまってみると、ぼくのからだはぶるぶる)

聞こえていた。立ちどまってみると、ぼくのからだはぶるぶる

(ふるえて、ひざこぞうとしたあごとががちがちおとをたてるかとおもう)

ふるえて、ひざ小僧と下あごとががちがち音を立てるかと思う

など

(ほどだった。きゅうにいえがこいしくなった。おばあさまも、おとうさんも、)

ほどだった。急に家がこいしくなった。おばあさまも、おとうさんも、

(おかあさんも、いもうとやおとうとたちもどうしているだろうとおもうと、)

おかあさんも、妹や弟たちもどうしているだろうと思うと、

(とてもそのさきまでどなってあるくきにはなれないで、)

とてもその先までどなって歩く気にはなれないで、

(いきなりきたみちをむちゅうではしりだした。はしりながらぼくは)

いきなり来た道を夢中で走りだした。走りながらぼくは

(もえあがるひからめをはなさなかった。まっくらななかに、)

燃え上がる火から目をはなさなかった。真暗ななかに、

(ぼくのいえだけがたきびのようにあかるかった。かおまで)

ぼくの家だけがたき火のように明るかった。顔まで

(ほてってるようだった。なにかおおきなこえでわめきあうひとのこえがした。)

ほてってるようだった。何か大きな声でわめき合う人の声がした。

(そしてぽちのきちがいのようになくこえが。)

そしてポチの気ちがいのように鳴く声が。

(まちのほうからははんしょうもならないし、ぽんぷもこない。ぼくはもう)

町の方からは半鐘も鳴らないし、ポンプも来ない。ぼくはもう

(すっかりやけてしまうとおもった。あすからはなにをたべて、)

すっかり焼けてしまうと思った。明日(あす)からは何を食べて、

(どこにねるのだろうとおもいながら、はやくみんなのかおが)

どこに寝るのだろうと思いながら、早くみんなの顔が

(みたさにいっしょうけんめいにはしった。)

見たさにいっしょうけんめいに走った。

(いえのすこしてまえで、ぼくはひとりのおおきなおとこがこっちに)

家のすこし手前で、ぼくは一人の大きな男がこっちに

(はしってくるのにあった。よくみるとそのおとこは、ぼくのいもうととおとうととを)

走って来るのに会った。よく見るとその男は、ぼくの妹と弟とを

(りょうわきにしっかりとかかえていた。いもうともおとうともおおきなこえをだして)

両脇にしっかりとかかえていた。妹も弟も大きな声を出して

(ないていた。ぼくはいきなりそのおおきなおとこはひとさらいだとおもった。)

泣いていた。ぼくはいきなりその大きな男は人さらいだと思った。

(かんしゃまちのうしろはやまになっていて、おおきなもりのなかのふるでらに)

官舎町の後ろは山になっていて、大きな森の中の古寺に

(ひとりのこじきがすんでいた。ぼくたちがいくさごっこをしに)

一人の乞食が住んでいた。ぼくたちが戦ごっこをしに

(やまにあそびにいって、そのこじきをとおくにでもみつけたらさいご、)

山に遊びに行って、その乞食を遠くにでも見つけたら最後、

(おおいそぎで、「ひとさらいがきたぞ」といいながらにげるのだった。)

大急ぎで、「人さらいが来たぞ」といいながらにげるのだった。

(そのこじきのひとはどんなことがあってもかけるということをしないで、)

その乞食の人はどんなことがあっても駆けるということをしないで、

(ぼろをひきずったまま、のそりのそりとあるいていたから、)

ぼろを引きずったまま、のそりのそりと歩いていたから、

(それにとらえられるきづかいはなかったけれども、とおくのほうから)

それにとらえられる気づかいはなかったけれども、遠くの方から

(ぼくたちのにげるのをみながら、うしのようなこえでおどかすことがあった。)

ぼくたちのにげるのを見ながら、牛のような声でおどかすことがあった。

(ぼくたちはそのこじきをなによりもこわがった。ぼくはそのこじきが)

ぼくたちはその乞食を何よりもこわがった。ぼくはその乞食が

(いもうととおとうととをさらっていくのだとおもった。うまいことには、そのひとは)

妹と弟とをさらって行くのだと思った。うまいことには、その人は

(ぼくのそこにいるのにはきがつかないほどあわてていたとみえて、)

ぼくのそこにいるのには気がつかないほどあわてていたと見えて、

(しらんかおをして、ぼくのそばをとおりぬけていった。ぼくはそのひとを)

知らん顔をして、ぼくのそばを通りぬけて行った。ぼくはその人を

(やりすごして、すこしのあいだどうしようかとおもっていたが、)

やりすごして、すこしの間どうしようかと思っていたが、

(いもうとやおとうとのいどころがしれなくなってしまってはたいへんだときがつくと、)

妹や弟のいどころが知れなくなってしまっては大変だと気がつくと、

(いえにかえるのはやめて、おおいそぎでそのおとこのあとをおいかけた。)

家に帰るのはやめて、大急ぎでその男のあとを追いかけた。

(そのひとはほんとうにはやかった。はいているおおきなぞうりが)

その人はほんとうに早かった。はいている大きなぞうりが

(じゃまになってぬぎすてたくなるほどだった。)

じゃまになってぬぎすてたくなるほどだった。

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