海野十三 蠅男⑲

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※➀に同じくです。


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問題文

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(こたえにでたはえおとこ)

◇答に出た「蠅男」◇

(はんこうについやしたじかんはというと、そうですね、まずすくなくともにふんは)

「犯行に費やした時間はというと、そうですね、まず少なくとも二分は

(かかるでしょうね。てぎわがわるいとなると、ごふんもじゅっぷんもかかるでしょう)

懸るでしょうね。手際が悪いとなると、五分も十分も懸るでしょう」

(ああそうでっか。にふんよりはようはやれまへんか)

「ああそうでっか。二分より早うはやれまへんか」

(といとこはほむらにねんをおした。)

と糸子は帆村に念を押した。

(にふんよりはやくやるにはよほどにんずうがそろっているとか、あるいはまたどうぐが)

「二分より早くやるには余程人数が揃っているとか、或はまた道具が

(そろっていないとだめですね)

揃っていないと駄目ですね」

(ああそうでっか。ーーにふん、ああにふんはかかりまっかなあ)

「ああそうでっか。ーー二分、ああ二分は懸りまっかなア」

(いとこはなぜかにふんというじかんにこだわっていた。)

糸子はなぜか二分という時間にこだわっていた。

(ほむらはいとこのといにこたえているうちに、みょうなじじつにきがついた。それははんにんは)

帆村は糸子の問に応えているうちに、妙な事実に気がついた。それは犯人は

(どんなだいをつかってそういちろうをこんなたかいところにつりあげたかというぎもんだった。)

どんな台を使って総一郎をこんな高いところに吊り上げたかという疑問だった。

(なぜならこのへやはてんじょうがたいへんたかく、ふつうのいえのしょさいにくらべるとさん、よんしゃくは)

なぜならこの部屋は天井がたいへん高く、普通の家の書斎に比べると三、四尺は

(たかかったろう。そこからつりさがったしたいのつまさきは、ゆかからさんしゃくぐらいの)

高かったろう。そこから吊り下がった屍体の爪先は、床から三尺ぐらいの

(ところにあるが、それをつりさげるつなのいちばんたかいところはゆかうえからにけんばかり)

ところにあるが、それを吊り下げる綱の一番高いところは床上から二間ばかり

(うえにあった。はんにんのてはどうしてそんなたかいところへとどいたのだろう。)

上にあった。犯人の手はどうしてそんな高いところへ届いたのだろう。

(いまけんじやしょちょうなどが、したいのそばにおいているだいは、そのへやにあった)

いま検事や署長などが、屍体の傍に置いている台は、その部屋にあった

(にしゃくあまりのまるいたくしのうえに、かってにつかっていたにしゃくのふみだいをかさねあわせた)

二尺あまりの丸い卓子の上に、勝手に使っていた二尺の踏台を重ねあわせた

(ものだ。はんにんがそういちろうをころしたときには、このふみだいはこのへやになかった。)

ものだ。犯人が総一郎を殺したときには、この踏台はこの部屋になかった。

(ではかれはどうしてじゅうにしゃくあまりもあるところへつなをとおしてむすびめを)

では彼はどうして十二尺あまりもあるところへ綱を通して結び目を

(つくったのだろう。)

作ったのだろう。

など

(このふみだいにかわるようなものがしつないにあるかとみまわしたが、ひくいいすのほかに)

この踏台に代るようなものが室内にあるかと見廻したが、低い椅子の外に

(なんにもみあたらなかった。しかもいまだいにつかっているまるたくしのほかは)

何にも見当らなかった。しかも今台につかっている丸卓子のほかは

(なんにもうごかさなかったというのだから、ますますふしぎである。)

何にも動かさなかったというのだから、ますます不思議である。

(でははんにんのにんずうがおおくて、かるわざでもやるようにかたぐるまをして、そういちろうを)

では犯人の人数が多くて、軽業でもやるように肩車をして、総一郎を

(つりあげたろうかとかんがえるのに、これもちとおかしい。それはこのへやのとびらから)

吊り上げたろうかと考えるのに、これもちと可笑しい。それはこの室の扉から

(でいりしたものはたぶんなかったろうとおもわれるしーーたぶんというわけは、きんぎょばちが)

出入りした者は多分無かったろうと思われるしーー多分というわけは、金魚鉢が

(にかいからふってきたときに、このとびらのまえをけいびしていたけいかんが、ついそちらへ)

二階から降ってきた時に、この扉の前を警備していた警官が、ついそちらへ

(みにいって、いっときとびらのまえをまもるものがいなかったことがある。ただしそれはけいかんの)

見に行って、一時扉の前を守る者がいなかったことがある。但しそれは警官の

(じはくによって、わずかいち、にふんのあいだだったという。そのあいだだけははっきり)

自白によって、僅か一、二分の間だったという。その間だけはハッキリ

(わからないが、そのほかのじかんにおいては、このとびらはひがいしゃそういちろうがうちがわからじょうを)

分からないが、その外の時間に於いては、この扉は被害者総一郎が内側から錠を

(おろしたままで、だれもでいりしなかったといえる。ではほかにこのへやへのいりぐちは)

下ろしたままで、誰も出入りしなかったといえる。では外にこの部屋への入口は

(あるかというのに、にんげんのとおれそうなところはただのいっかしょもない。それは)

あるかというのに、人間の通れそうなところは只の一個所もない。それは

(ひがいしゃそういちろうがはえおとこのしのびこんでくるのをおそれて、いりぐちいがいのとびらもまども)

被害者総一郎が「蠅男」の忍びこんでくるのを懼れて、入口以外の扉も窓も

(すっかりくぎづけにしてはいれなくしてしまったからだ。)

すっかり釘づけにして入れなくしてしまったからだ。

(ただひとつほむらはへんなものをはっけんしていた。それはてんじょうのほうからかみをはりつけて)

ただ一つ帆村は変なものを発見していた。それは天井の方から紙を貼りつけて

(あなをふさいであった。しかるにじけんごには、そのあながぽっかりとしかくけいに)

穴をふさいであった。しかるに事件後には、その穴がポッカリと四角形に

(あいていたのであった。かみはなにかえいりなはものでもって、あなのかたちなりにさんぽうを)

明いていたのであった。紙はなにか鋭利な刃物でもって、穴の形なりに三方を

(きりさかれ、いっぽうのふちでもってだらりとてんじょうからさがっていた。)

切り裂かれ、一方の縁でもってダラリと天井から下がっていた。

(これはいったいなにをいみするのであろうか。)

これは一体何を意味するのであろうか。

(そのあなはいっしょうますぐらいのしかくいあなだったから、そこからふつうのにんげんはでいり)

その穴は一升桝ぐらいの四角い穴だったから、そこから普通の人間は出入り

(することはできない。ちいさいさるならはいれぬこともなかったが、よしやさるが)

することは出来ない。小さい猿なら入れぬこともなかったが、よしや猿が

(はいってきたとしても、さるがよくひがいしゃそういちろうのあたまにするどいきょうきをつきこんだり、)

入ってきたとしても、猿がよく被害者総一郎の頭に鋭い兇器をつきこんだり、

(それからにけんもうえにあるつなをむすんでたいじゅうにじゅっかんにちかいかれをつりさげることが)

それから二間も上にある綱を結んで体重二十貫に近い彼を吊り下げることが

(できるであろうか。これはいずれもまったくできないそうだんである。さるがはいってきても)

できるであろうか。これはいずれも全く出来ない相談である。猿が入ってきても

(なんにもならない。)

何にもならない。

(どうやら、これはいりぐちのないへやのさつじんということになる。しかもはんにんは)

どうやら、これは入口のない部屋の殺人ということになる。しかも犯人は

(そういちろうをたかさがにしゃくあまりのたくしにのぼってつりさげ、ゆかうえにけんのところに)

総一郎を高さが二尺あまりの卓子にのぼって吊り下げ、床上二間のところに

(つなのむすびめをつくったとすれば、うでがあたまのうえににしゃくちかくのびたとかんがえたに)

綱の結び目を作ったとすれば、腕が頭の上に二尺ちかく伸びたと考えたに

(しても、そのはんにんのせたけは、にけんすなわちじゅうにしゃくからよんしゃくをひいてまずはっしゃくの)

しても、その犯人の背丈は、二間すなわち十二尺から四尺を引いてまず八尺の

(しんちょうをもっているとみなければならない。へんなはなしであるが、かんじょうからは)

身長を持っていると見なければならない。変な話であるが、勘定からは

(どうしてもそうなるのである。しかもこのはっしゃくのかいぶつがいりぐちからはいって)

どうしてもそうなるのである。しかもこの八尺の怪物が入口から這入って

(きたのでないとすると、まるでけむりのようにこのへやにしのびこんだという)

きたのでないとすると、まるで煙のようにこの部屋に忍びこんだという

(ことになる。)

ことになる。

(このとき、どうしてもきになるのは、はりつけてあったかみをきりとって、)

このとき、どうしても気になるのは、貼りつけてあった紙を切りとって、

(いっしょうますぐらいのしかくなあなをあけていったらしいはんにんのおもわくだった。このあなが)

一升桝ぐらいの四角な穴を明けていったらしい犯人の思惑だった。この穴が

(どうしたというのだろう。もしはっしゃくのかいにんげんがいたとしたら、このような)

どうしたというのだろう。もし八尺の怪人間がいたとしたら、このような

(ちいさいあなからは、かれのうでいっぽんがとおるにしても、かれのあしはもものところでつかえて)

小さい穴からは、彼の腕一本が通るにしても、彼の脚は腿のところで閊えて

(しまって、とてもまたのところまではとおるまい。)

しまって、とても股のところまでは通るまい。

(ーーこれはかんがえればかんがえるほど、よういならぬじけんだぞ)

「ーーこれは考えれば考えるほど、容易ならぬ事件だぞ」

(と、ほむらたんていはこころのなかでひじょうにおおきいおどろきをもった。)

と、帆村探偵は心の中で非常に大きい駭きを持った。

(ーーみっしつにけむりのようにでいりすることのできるせたけはっしゃくのかいぶつ!)

ーー密室に煙のように出入りすることの出来る背丈八尺の怪物!

(はえおとこをかんじょうからだすと、いやどうもなんといってよいかわからぬおそろしい)

「蠅男」を勘定から出すと、イヤどうも何といってよいか分からぬ恐ろしい

(ようかいへんげとなる。はたしてこんなおそろしいはえおとこなるものが、ぶんかはなとさく)

妖怪変化となる。果してこんな恐ろしい「蠅男」なるものが、文化華と咲く

(いっせんきゅうひゃくさんじゅうしちねんにすんでいるのであろうか。)

一千九百三十七年に住んでいるのであろうか。

(ほむらは、かれがいとこのそばにちょりつしていることさえわすれて、かれのみがしるおそろしさに)

帆村は、彼が糸子の傍に佇立していることさえ忘れて、彼のみが知る恐ろしさに

(ただ、ぼうぜんとしていた。)

唯、呆然としていた。

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