有島武郎 或る女83

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1 布ちゃん 5337 B++ 5.6 94.4% 1023.6 5802 339 91 2024/04/17

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問題文

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(ようこはべにのまじったおしろいをほとんどつかわずにけしょうをした。あごの)

葉子は紅のまじった紅粉(おしろい)をほとんど使わずに化粧をした。顎の

(りょうがわとめのまわりとのおしろいをわざとうすくふきとった。まくらをいれずにまえがみを)

両側と目のまわりとの紅粉をわざと薄くふき取った。枕を入れずに前髪を

(とって、そくはつのまげをおもいきりさげてゆってみた。びんだけをすこしふくらました)

取って、束髪の髷を思いきり下げて結ってみた。鬢だけを少しふくらました

(のであごのはったのもめだたず、かおのほそくなったのもいくらかちょうせつされて、)

ので顎の張ったのも目立たず、顔の細くなったのもいくらか調節されて、

(そこにはようこじしんがきたいもしなかったようなはいたいてきなどうじにしんけいしつてきな)

そこには葉子自身が期待もしなかったような廃頽的な同時に神経質的な

(すごくもうつくしいひとつのがんめんがそうぞうされていた。ありあわせのもののなかから)

すごくも美しい一つの顔面が創造されていた。有り合わせのものの中から

(できるだけじみなひとそろいをえらんでそれをきるとようこはすぐえちごやにくるまを)

できるだけ地味な一そろいを選んでそれを着ると葉子はすぐ越後屋に車を

(はしらせた。)

走らせた。

(ひるすぎまでようこはえちごやにいてちゅうもんやかいものにときをすごした。いふくや)

昼すぎまで葉子は越後屋にいて注文や買い物に時を過ごした。衣服や

(みのまわりのもののみたてについてはようこはてんさいといってよかった。)

身のまわりのものの見立てについては葉子は天才といってよかった。

(じぶんでもそのさいのうにはじしんをもっていた。したがっておもいぞんぶんのかねをふところに)

自分でもその才能には自信を持っていた。従って思い存分の金をふところに

(いれていてかいものをするくらいきょうのおおいものはようこにとってはほかになかった。)

入れていて買い物をするくらい興の多いものは葉子に取っては他になかった。

(えちごやをでるときには、かんきょうとこうふんとにじぶんをいためちぎったげいじゅつかのように)

越後屋を出る時には、感興と興奮とに自分を傷めちぎった芸術家のように

(へとへとにつかれきっていた。)

へとへとに疲れきっていた。

(かえりついたげんかんのくつぬぎいしのうえにはおかのほそながいきゃしゃなはんかがぬぎすてられて)

帰りついた玄関の靴脱ぎ石の上には岡の細長い華奢な半靴が脱ぎ捨てられて

(いた。ようこはじぶんのへやにいってかいちゅうものなどをしまって、ゆのみでなみなみと)

いた。葉子は自分の部屋に行って懐中物などをしまって、湯飲みでなみなみと

(いっぱいのさゆをのむと、すぐにかいにあがっていった。じぶんのあたらしいけしょうほうが)

一杯の白湯を飲むと、すぐ二階に上がって行った。自分の新しい化粧法が

(どんなふうにおかのめをしげきするか、ようこはこどもらしくそれをこころみて)

どんなふうに岡の目を刺激するか、葉子は子供らしくそれを試みて

(みたかったのだ。かのじょはふいにおかのまえにあらわれようためにうらはしごから)

みたかったのだ。彼女は不意に岡の前に現われようために裏階子から

(そっとのぼっていった。そしてふすまをあけるとそこにおかとあいこだけがいた。)

そっと登って行った。そして襖をあけるとそこに岡と愛子だけがいた。

など

(さだよはたいこうえんにでもいってあそんでいるのかそこにはすがたをみせなかった。)

貞世は苔香園にでも行って遊んでいるのかそこには姿を見せなかった。

(おかはししゅうらしいものをひらいてみていた。そこにはなおにさんさつのしょもつが)

岡は詩集らしいものを開いて見ていた。そこにはなお二三冊の書物が

(ちらばっていた。あいこはえんがわにでててすりからにわをみおろしていた。しかし)

散らばっていた。愛子は縁側に出て手欄から庭を見おろしていた。しかし

(ようこはふしぎなほんのうから、はしごだんにあしをかけたころには、ふたりはけっして)

葉子は不思議な本能から、階子段に足をかけたころには、二人は決して

(いまのようないちに、いまのようなじょうたいでいたのではないということを)

今のような位置に、今のような状態でいたのではないという事を

(ちょっかくしていた。ふたりがひとりはほんをよみ、ひとりがえんにでているのは、いかにも)

直覚していた。二人が一人は本を読み、一人が縁に出ているのは、いかにも

(しぜんでありながらひじょうにふしぜんだった。)

自然でありながら非常に不自然だった。

(とつぜんーーそれはほんとうにとつぜんどこからとびこんできたのかしれない)

突然ーーそれはほんとうに突然どこから飛び込んで来たのか知れない

(ふかいのねんのためにようこのむねはかきむしられた。おかはようこのすがたをみると、)

不快の念のために葉子の胸はかきむしられた。岡は葉子の姿を見ると、

(わざっとくつろがせていたようなしせいをきゅうにただして、よみふけっていた)

わざっと寛がせていたような姿勢を急に正して、読みふけっていた

(らしくみせたししゅうをあまりにおしげもなくとじてしまった。そして)

らしく見せた詩集をあまりに惜しげもなく閉じてしまった。そして

(いつもよりすこしなれなれしくあいさつした。あいこはえんがわからしずかにこっちを)

いつもより少しなれなれしく挨拶した。愛子は縁側から静かにこっちを

(ふりむいてふだんとすこしもかわらないたいどで、じゅうじゅんにむひょうじょうに)

振り向いて平生(ふだん)と少しも変わらない態度で、柔順に無表情に

(えんいたのうえにちょっとひざをついてあいさつした。しかしそのちんちゃくにもかかわらず、)

縁板の上にちょっと膝をついて挨拶した。しかしその沈着にも係わらず、

(ようこはあいこがいままでなみだをめにためていたのをつきとめた。おかもあいこも)

葉子は愛子が今まで涙を目にためていたのをつきとめた。岡も愛子も

(あきらかにようこのかおやかみのようすのかわったのにきづいていないくらい)

明らかに葉子の顔や髪の様子の変わったのに気づいていないくらい

(こころによゆうのないのがあきらかだった。「さあちゃんは」とようこは)

心に余裕のないのが明らかだった。「貞(さあ)ちゃんは」と葉子は

(たったままでたずねてみた。ふたりはおもわずあわててこたえようとしたが、おかは)

立ったままで尋ねてみた。二人は思わずあわてて答えようとしたが、岡は

(あいこをぬすみみるようにしてひかえた。「となりのにわにはなをかいにいって)

愛子をぬすみ見るようにして控えた。「隣の庭に花を買いに行って

(もらいましたの」そうあいこがすこししたをむいてびんだけをようこにみえるようにして)

もらいましたの」そう愛子が少し下を向いて鬢だけを葉子に見えるようにして

(すなおにこたえた。「ふふん」とようこははらのなかでせせらわらった。そしてはじめて)

素直に答えた。「ふふん」と葉子は腹の中でせせら笑った。そして始めて

(そこにすわって、じっとおかのめをみつめながら、「なに?よんで)

そこにすわって、じっと岡の目を見つめながら、「何? 読んで

(いらしったのは」といって、そこにあるしろくほそがたのうつくしいひょうそうのしょもつを)

いらしったのは」といって、そこにある四六細型の美しい表装の書物を

(とりあげてみた。くろかみをみだしたようえんなおんなのあたま、やでつらぬかれたしんぞう、)

取り上げて見た。黒髪を乱した妖艶な女の頭、矢で貫かれた心臓、

(そのしんぞうからぽたぽたおちるちのしたたりがおのずからじになったように)

その心臓からぽたぽた落ちる血のしたたりがおのずから字になったように

(ずあんされた「みだれがみ」というひょうだいーーもじにしたしむことのだいきらいなようこも)

図案された「乱れ髪」という標題ーー文字に親しむ事の大きらいな葉子も

(うわさできいていたゆうめいなおおとりあきこのししゅうだった。そこには「みょうじょう」という)

うわさで聞いていた有名な鳳晶子の詩集だった。そこには「明星」という

(ぶんげいざっしだの、しゅんうの「いちじく」だの、ちょうみんこじの)

文芸雑誌だの、春雨(しゅんう)の「無花果」だの、兆民居士の

(「いちねんゆうはん」だのというしんかんのしょもつもちらばっていた。「まあおかさんもなかなか)

「一年有半」だのという新刊の書物も散らばっていた。「まあ岡さんもなかなか

(ろまんてぃすとね、こんなものをあいどくなさるの」とようこはすこしひにくなものを)

ロマンティストね、こんなものを愛読なさるの」と葉子は少し皮肉なものを

(くちじりにみせながらたずねてみた。おかはしずかなちょうしでていせいするように、)

口じりに見せながら尋ねてみた。岡は静かな調子で訂正するように、

(「それはあいこさんのです。わたしいまちょっとはいけんしただけです」)

「それは愛子さんのです。わたし今ちょっと拝見しただけです」

(「これは」といってようこはこんどは「いちねんゆうはん」をとりあげた。「それは)

「これは」といって葉子は今度は「一年有半」を取り上げた。「それは

(おかさんがきょうかしてくださいましたの。わたしわかりそうもありませんわ」)

岡さんがきょう貸してくださいましたの。わたしわかりそうもありませんわ」

(あいこはあねのどくぜつをあらかじめふせごうとするように。)

愛子は姉の毒舌をあらかじめ防ごうとするように。

(「へえ、それじゃおかさん、あなたはまたたいしたりありすとね」ようこは)

「へえ、それじゃ岡さん、あなたはまたたいしたリアリストね」葉子は

(あいこをがんちゅうにもおかないふうでこういった。きょねんのしもはんきのしそうかいを)

愛子を眼中にもおかないふうでこういった。去年の下半期の思想界を

(しんかんしたようなこのしょもつとぞくへんとはくらちのまずしいしょかのなかにもあったのだ。)

震撼したようなこの書物と続編とは倉地の貧しい書架の中にもあったのだ。

(そしてようこはおもしろくおもいながらそのなかをときどきひろいよみしていたのだった。)

そして葉子はおもしろく思いながらその中を時々拾い読みしていたのだった。

(「なんだかわたしとはすっかりちがったせかいをみるようでいながら、じぶんの)

「なんだかわたしとはすっかり違った世界を見るようでいながら、自分の

(こころもちがのこらずいってあるようでもあるんで・・・わたしそれが)

心持ちが残らずいってあるようでもあるんで・・・わたしそれが

(すきなんです。りありすとというわけではありませんけれども・・・」)

好きなんです。リアリストというわけではありませんけれども・・・」

(「でもこのほんのひにくはすこしやせがまんね。あなたのようなかたにはちょっと)

「でもこの本の皮肉は少しやせ我慢ね。あなたのような方にはちょっと

(ふにあいですわ」「そうでしょうか」おかはなんとはなくいまにでもはれものに)

不似合いですわ」「そうでしょうか」岡は何とはなく今にでも腫れ物に

(さわられるかのようにそわそわしていた。かいわはすこしもいつものようには)

さわられるかのようにそわそわしていた。会話は少しもいつものようには

(はずまなかった。ようこはいらいらしながらもそれをかおにはみせないで)

はずまなかった。葉子はいらいらしながらもそれを顔には見せないで

(こんどはあいこのほうにやりさきをむけた。「あいさんおまえこんなほんをいつ)

今度は愛子のほうに槍先を向けた。「愛さんお前こんな本をいつ

(おかいだったの」といってみると、あいこはすこしためらっているようすだったが、)

お買いだったの」といってみると、愛子は少しためらっている様子だったが、

(すぐにすなおなおちつきをみせて、「かったんじゃないんですの。ことうさんが)

すぐに素直な落ち着きを見せて、「買ったんじゃないんですの。古藤さんが

(おくってくださいましたの」といった。ようこはさすがにおどろいた。ことうは)

送ってくださいましたの」といった。葉子はさすがに驚いた。古藤は

(あのかいしょくのばん、ちゅうざしたっきり、このいえにはあしぶみもしなかったのに・・・。)

あの会食の晩、中座したっきり、この家には足踏みもしなかったのに・・・。

(ようこはすこしはげしいことばになった。「なんだってまたこんなほんをおくって)

葉子は少し激しい言葉になった。「なんだってまたこんな本を送って

(およこしなさったんだろう。あなたおてがみでもあげたのね」「ええ、)

およこしなさったんだろう。あなたお手紙でも上げたのね」「ええ、

(・・・くださいましたから」「どんなおてがみを」あいこはすこしうつむきかげんに)

・・・くださいましたから」「どんなお手紙を」愛子は少しうつむきかげんに

(だまってしまった、こういうたいどをとったときのあいこのしぶとさをようこは)

黙ってしまった、こういう態度を取った時の愛子のしぶとさを葉子は

(よくしっていた。ようこのしんけいはびりびりときんちょうしてきた。「もってきて)

よく知っていた。葉子の神経はびりびりと緊張して来た。「持って来て

(おみせ」そうげんかくにいいながら、ようこはそこにおかのいることもいしきのなかに)

お見せ」そう厳格にいいながら、葉子はそこに岡のいる事も意識の中に

(くわえていた。あいこはしつようにだまったまますわっていた。しかしようこから)

加えていた。愛子は執拗に黙ったまますわっていた。しかし葉子から

(もういちどさいそくのことばをだそうとすると、そのしゅんかんにあいこはつとたちあがって)

もう一度催促の言葉を出そうとすると、その瞬間に愛子はつと立ち上がって

(へやをでていった。)

部屋を出て行った。

(ようこはそのすきにおかのかおをみた。それはまたむくどうていのせいねんがふしぎな)

葉子はそのすきに岡の顔を見た。それはまた無垢童貞の青年が不思議な

(せんりつをむねのなかにかんじて、はんかんをもよおすか、ひきつけられるかしないでは)

戦慄を胸の中に感じて、反感を催すか、ひき付けられるかしないでは

(いられないようなめでおかをみた。おかはしょうじょのようにかおをあかめて、ようこの)

いられないような目で岡を見た。岡は少女のように顔を赤めて、葉子の

(しせんをうけきれないでひとみをたじろがしつつめをふせてしまった。)

視線を受けきれないでひとみをたじろがしつつ目を伏せてしまった。

(ようこはいつまでもそのでりけーとなよこがおをみつめつづけた。おかは)

葉子はいつまでもそのデリケートな横顔を 注視(みつめ)つづけた。岡は

(つばをのみこむのもはばかるようなようすをしていた。「おかさん」そうようこに)

唾を飲みこむのもはばかるような様子をしていた。「岡さん」そう葉子に

(よばれて、おかはやむをえずおずおずあたまをあげた。ようこはこんどはなじるように)

呼ばれて、岡はやむを得ずおずおず頭を上げた。葉子は今度はなじるように

(そのわかわかしいじょうひんなおかをみつめていた。)

その若々しい上品な岡を見つめていた。

(そこにあいこがしろいせいようふうとうをもってかえってきた。ようこはおかにそれを)

そこに愛子が白い西洋封筒を持って帰って来た。葉子は岡にそれを

(みせつけるようにとりあげて、とるにもたらぬかるいものでもあつかうように)

見せつけるように取り上げて、取るにも足らぬ軽いものでも扱うように

(とびとびによんでみた。)

飛び飛びに読んでみた。

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