海野十三 蠅男㉙
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問題文
(なぞ!なぞ!)
◇謎! 謎!◇
(なんというおもいがけなさであろう。)
何という思いがけなさであろう。
(じぶんのべっどのうえにながながとねているかいじんぶつはなにものだろう。それはきみのわるい)
自分のベッドの上に長々と寝ている怪人物は何者だろう。それは気味の悪い
(したいでもあろうかと、むねおどらせてやぐをはいでみればいがいにもいがい、)
屍体でもあろうかと、胸おどらせて夜具を剥いでみれば意外にも意外、
(れいじんいとこのにんぎょうのようなうつくしいねがおがあらわれたのである。これはいったい)
麗人糸子の人形のような美しい寝顔が現われたのである。これは一体
(どうしたことであろう。)
どうしたことであろう。
(べっどのうえのいとこはしんでいるのではなかった。めざめこそしないが、)
ベッドの上の糸子は死んでいるのではなかった。目覚めこそしないが、
(おちついたねいきをたててすやすやとねむっているのであった。そのろうのように)
落ち着いた寝息をたててスヤスヤと睡っているのであった。その蝋のように
(つやのあるかおは、いくぶんあおざめてはいたけれど、かたちのいいだんりょくのあるくちびるは、)
艶のある顔は、いくぶん青褪めてはいたけれど、形のいい弾力のある唇は、
(まるでばらのはなびらをおいたようにあかかった。)
まるで薔薇の花片(はなびら)を置いたように紅かった。
(ほむらのたましいはきょうふのたにからたちまちこうこつののにうきあがり、ゆめをみるひとのように)
帆村の魂は恐怖の谷からたちまち恍惚の野に浮き上がり、夢を見る人のように
(べっどのうえのれいじんのおもてにいつまでもすいつけられていた。)
ベッドの上の麗人の面(おもて)にいつまでも吸いつけられていた。
(なぜだろう?)
「なぜだろう?」
(ほむらは、とけないなぞのために、やっとしょうきにもどった。ゆめではない、いとこが)
帆村は、解けない謎のために、やっと正気に戻った。夢ではない、糸子が
(かれのへやのべっどのうえにねているのはげんぜんたるじじつだ。げんぜんたるじじつなれば、)
彼の部屋のベッドの上に寝ているのは厳然たる事実だ。厳然たる事実なれば、
(このおおきいいがいをもたらしたじじょうはどういうのだろう。それをしらなければ)
この大きい意外をもたらした事情はどういうのだろう。それを知らなければ
(ならない。かれはちょうばへでんわをかけようかとおもって、それにてをかけた。)
ならない。彼は帳場へ電話をかけようかと思って、それに手を懸けた。
(けれどそのときふときがついてふところをさぐった。でてきたのは、)
けれどそのときふと気がついて懐中(ふところ)を探った。出て来たのは、
(いっつうのせいようふうとうだった。さっきちょうばでわたされてきたあてなもさしだしにんのなまえもない)
一通の西洋封筒だった。さっき帳場で渡されてきた宛名も差出人の名前もない
(へんなてがみだ。かれはそっとふうとうをないふのはではがしてみた。そのなかからは)
変な手紙だ。彼はそっと封筒をナイフの刃で剥がしてみた。その中からは
(しんぶんしがでてきた。しんぶんしをはちとうぶんしたくらいのちいさいかたちのものだった。)
新聞紙が出て来た。新聞紙を八等分したくらいの小さい形のものだった。
(しんぶんしがでてきたとみるよりはやく、ほむらははえおとこのきょうはくじょうをれんそうした。)
新聞紙が出て来たと見るより早く、帆村は蠅男の脅迫状を連想した。
(ひろげてしらべてみると、かぜんかつじのうえに、あかえんぴつでほうぼうにまるがつけてある。)
拡げて調べてみると、果然活字の上に、赤鉛筆で方々に丸がつけてある。
(これをひろってつづってゆくと、ぶんしょうになっていることがわかった。)
これを拾って綴ってゆくと、文章になっていることが分かった。
(うむ、やはりはえおとこのしわざだな)
「ウム、やはり蠅男の仕業だな」
(あかいまるのついたじをひろってゆくと、つぎのようなもんくになった。)
赤い丸のついた字を拾ってゆくと、次のような文句になった。
(ーーこのじけんからただちにてをひけ、きょうまでわおおめにみてやる、)
「ーーこの事件カラただちに手をひケ、今日まデワ大メに見テやる、
(そのしょうこに、いとこをあんぜんにかえしてやる、てをひかねば、きさまもいとこも)
その証コに、イと子を安全に返シテやる、手を引カネバ、キサマもいと子も
(みな、いのちがないものとかくごせよ、はえおとこより、ほむらそうろくへーー)
皆、いのちがナイものと覚悟セヨ、蠅男より、ほムラそう六へーー」
(かぜん、はえおとこからのきょうはくじょうだった。)
果然、蠅男からの脅迫状だった。
(ほむらたんていに、このじけんからてをひかせようというはえおとこのこんたんだった。)
帆村探偵に、この事件から手を引かせようという蠅男の魂胆だった。
(ほむらは、このしんぶんしにあかまるじるしのきょうはくじょうをよんでいるうちに、)
帆村は、この新聞紙に赤丸印の脅迫状を読んでいるうちに、
(きょうふをかんずるどころかむらむらとしゃくにさわってきた。)
恐怖を感ずるどころかムラムラと癪にさわって来た。
(かよわいいとこさんをおどかしのたねにつかおうなんて、ひきょうせんばんなやつだ)
「かよわい糸子さんを威(おど)かしの種に使おうなんて、卑怯千万な奴だ」
(それにしても、いとこはどうしてこのへやにはこばれてきたのだろう。)
それにしても、糸子はどうしてこの部屋に搬ばれて来たのだろう。
(またそのきょうはくじょうはどうしてちょうばにとどけられたのだろう。それがわかれば、)
またその脅迫状はどうして帳場に届けられたのだろう。それが分かれば、
(にくむべきはえおとこのしょうそくがはっきりするにちがいない。)
憎むべき蠅男の消息がハッキリするに違いない。
(ほむらはでんわをちょうばにかけた。)
帆村は電話を帳場にかけた。
(だれかぼくのいないるすに、このへやにはいったろうか)
「誰か僕の居ない留守に、この部屋に入ったろうか」
(ちょうばではとつぜんのほむらのしつもんのいみをかいしかねていたが、やっとそのいみを)
帳場では突然の帆村の質問の意味を解しかねていたが、やっとその意味を
(りょうかいしてへんじをした。)
了解して返事をした。
(はあけさ、おきゃくさんががいしゅつなさいまして、そのあとでぼーいがしつないを)
「ハアけさ、お客さんが外出なさいまして、その後でボーイが室内を
(おかたづけしただけでっせ。そのほかに、だれもいちどもいれしまへん)
お片づけしただけでっせ。その外に、誰も一度も入れしまへん」
(ふうむ。ぼーいくんのはいったのはなんじかね)
「ふうむ。ボーイ君の入ったのは何時かネ」
(そうだすな。ちょっとおまちーーとしばらくそうわぐちをおさえたあとで、)
「そうだすな。ちょっとお待ちーー」と暫く送話口をおさえた後で、
(けさのごぜんじゅういちじごろだす。それにまちがいおまへん)
「けさの午前十一時ごろだす。それに間違いおまへん」
(うそをついてはいけない。そのあとにも、このへやをあけたにちがいない。)
「嘘をついてはいけない。その後にも、この部屋を開けたに違いない。
(さもなければかぎをだれかにかしたろう)
さもなければ鍵を誰かに貸したろう」
(いいえめっそうもない。かぎはひとつしかでていまへん。そしてぼーいに)
「いいえ滅相もない。鍵は一つしか出ていまへん。そしてボーイに
(つかわせるんやっても、じかんはげんかくにやっとりまんが、ことにひるからこっち)
使わせるんやっても、時間は厳格にやっとりまんが、ことに昼からこっち
(ずっと、おへやのかぎはこのちょうばでばんをしていましたさかい、へやを)
ずっと、お部屋の鍵はこの帳場で番をしていましたさかい、部屋を
(あけるなどということはあらしまへん)
開けるなどということはあらしまへん」
(ちょうばのへんじはすこぶるがんこなものであった。ほむらはそれをきいていて、)
帳場の返事はすこぶる頑固なものであった。帆村はそれを聞いていて、
(これはけっしてちょうばがしったことではなく、そっちへはばんじひみつでおこなわれた)
これは決して帳場が知ったことではなく、そっちへは万事秘密で行われた
(ものにちがいないとさとった。まったくふしぎなことだったが、なにものかがちょうばと)
ものに違いないと悟った。全く不思議なことだったが、何者かが帳場と
(おなじようなかぎをつかってとびらをあけ、そしてそこにいとこをいれてにげたのだった。)
同じような鍵を使って扉を開け、そしてそこに糸子を入れて逃げたのだった。
(これももちろんはえおとこのしわざにちがいない。いっぽうにおいてきょうはくじょうをおくり、そして)
これももちろん蠅男の仕業に違いない。一方において脅迫状を送り、そして
(たほうにおいていとこをいけたにべっていからこのべっどのうえにおくりこんだのにちがいない。)
他方において糸子を池谷別邸からこのベッドの上に送りこんだのに違いない。
(しかしはえおとこは、いったいどうしていとこを、そっとこのへやにおくりこんだものだろうと)
しかし蠅男は、一体どうして糸子を、ソッとこの部屋に送りこんだものだろうと
(ほむらはかんがえた。)
帆村は考えた。
(もしもしおきゃくさん。なにかまちがいでもおこりましたやろか)
「モシモシお客さん。何か間違いでも起こりましたやろか」
(ちょうばでは、いぶかしげにききかえした。)
帳場では、訝しげに聞きかえした。
(うむ。ーーほむらはうなったが、このときあることにきがついて)
「うむ。ーー」帆村は唸ったが、このとき或ることに気がついて
(じゅわきをもちかえ、そうだ。さっきちょうばでもらったせいようふうとうにはいった)
受話器を持ちかえ、「そうだ。さっき帳場で貰った西洋封筒に入った
(てがみのことだが、あれはだれがもってきたのかね)
手紙のことだが、あれは誰が持ってきたのかネ」
(あああのてがみだっか。あれはーー)
「ああ あの手紙だっか。あれはーー」
(とちょうばしはことばをきってちょっとためらった。)
と帳場氏は言葉を切ってちょっと逡った。
(さあ、それをいってくれたまえ。だれがあのてがみをもってきたのだ)
「さあ、それを云ってくれたまえ。誰があの手紙を持って来たのだ」
(ーーそのことだすがな、おきゃくさん。ちょっとみょうなところがおまんね。)
「ーーそのことだすがな、お客さん。ちょっと妙なところがおまんね。
(じつはな、あのてがみはわたしがひろいにでましてん)
実はナ、あの手紙は私が拾いに出ましてん」
(てがみをひろいにでたとは?ほむらのまゆがぴくりとうごいた。)
「手紙を拾いに出たとは?」帆村の眉がピクリと動いた。
(いえーな、それがつまりみょうやなあとはおもってましたんですわ。くわしく)
「いえーな、それがつまり妙やなアとは思ってましたんですわ。詳しく
(おはなしせにゃわかってもらえまへんが、あれはごごよじごろやったと)
お話しせにゃ分かってもらえまへんが、あれは午後四時ごろやったと
(おもいますが、このちょうばへでんわがかかってきましてん。かかってみますと)
思いますが、この帳場へ電話が掛かって来ましてん。掛かってみますと
(おとこのこえでな、いまげんかんをでるとにわにせいようふうとうがほうりこんであるさかい、それを)
男の声でナ、いま玄関を出ると庭に西洋封筒が抛りこんであるさかい、それを
(ひろってほむらさんにわたしといてくれーーと、こないにいうてだんね。そしてでんわは)
拾って帆村さんに渡しといて呉れーーと、こないに云うてだんネ。そして電話は
(すぐきれました。なにをあほらしいとおもうたんやけど、まあまあそんにして)
すぐ切れました。なにを阿保らしいと思うたんやけど、まあまあそんにして
(げんかんのそとにでましたんや。するとどうだす、でんわのとおりに、じゃりのうえに)
玄関の外に出ましたんや。するとどうだす、電話のとおりに、砂利の上に
(あのせいようふうとうがおちていますやないか。ははあ、こらやっぱりほんとうやとおもって、)
あの西洋封筒が落ちていますやないか。ハハア、こらやっぱり本当やと思って、
(それでひろって、おきゃくさんにおとどけしたというようなしだいだす)
それで拾って、お客さんにお届けしたというような次第だす」
(ほむらはそれをきいて、たいへんきょうみをおぼえた。ほてるのにわにおいたてがみを、)
帆村はそれを聞いて、たいへん興味を覚えた。ホテルの庭に置いた手紙を、
(ひろってくれとちょうばにでんわをかけたというのは、これはけっしてふつうのやりかたでは)
拾ってくれと帳場に電話をかけたというのは、これは決して普通のやり方では
(ない。とにかくそれがじじつにちがいないことは、ふうとうにふちゃくしていたどろをみても)
ない。とにかくそれが事実に違いないことは、封筒に附着していた泥を見ても
(しれる。それがほんとうだとすると、このきみょうなきょうはくじょうのはいたつほうほうのなかに、)
知れる。それが本当だとすると、この奇妙な脅迫状の配達方法のなかに、
(なにかふかいいみがあるものとみなければならぬ。)
何か深い意味があるものと見なければならぬ。
(さて、それは、いかなるふかいいみをもっているか、ほむらのずのうはれいじんいとこの)
さて、それは、いかなる深い意味を持っているか、帆村の頭脳は麗人糸子の
(みちかくにあることをわすれて、いよいよさえかえるのであった。かれはそのひみつを)
身近くにあることを忘れて、愈々冴えかえるのであった。彼はその秘密を
(どうとくであろうか。)
どう解くであろうか。